魔王軍の残党
眼下の光景を眺めながら、ソーマは溜息を吐き出した。
視線の先に転がっているのは、黒いローブを纏った男だ。
先ほどから街のあちこちを爆破している者達のうちの一人だと思われる人物である。
ソーマがその人物をそうだと判断したのは、こちらの姿を見るや否や攻撃を仕掛けてきたからだ。
まさかこの状況無関係なのにむやみやたらに攻撃してくることなど有り得ないだろう。
ついでに言えば、者達、と複数形で語ったのは、これで二人目であるのと、未だ音が止んで居ないからである。
まあそれを抜かしても、一人でやっていると考えるには少々頻度が多すぎであったが。
場所もバラバラではあったが、それに関してはあまり考慮する必要はない。
最初からソーマは、それが直接起こされたものだと考えてはいなかったからだ。
いや、厳密に言うならば、爆発が起こったと思われる現場の一つを偶然見てから、か。
そこに生じていた被害は、音の割には明らかに小さすぎたのだ。
精々が建物の一部や地面に拳大程度の大きさの穴が空いたぐらいであり、それそのもので街をどうにかしようとするには無理がありすぎる。
そもそも、街をどうにかしようとするならば、あまりにも迂遠過ぎる方法だ。
だからソーマはそれを、二重の意味での陽動だと考えたのである。
その爆発は何かの本命を隠すためのものであり、さらには爆発そのものも遠隔で行っている、ということだ。
とはいえ本命が何かなどは、さすがに分かるわけもない。
そのため、まずは陽動を先に潰そうと行動し、壁の近くの死角となりそうな場所を捜索した。
そうした理由は、この騒ぎに乗じ何かをした後そのまま外に逃げ出そうとしているのではないかと思ったからだ。
果たしてそれは当たっていたのか、こうして二度見つけることが出来たが――
「ふむ……音の頻度から考えるに、あと一人といったところであるか?」
どんな方法で遠隔で爆発させているのかは分からないが、何らかの仕掛けが存在している以上はそれも無限ではあるまい。
そして陽動である以上それを途切れさせるわけにもいかないわけで、ならばある程度決まった間隔で起こる必要があるはずだ。
そこから推測してみたところ、ソーマが導き出した陽動の数は四人というところであった。
つまり全てが正しければソーマ以外の誰かが一人捕らえたということだが……まあ、シーラ達だろう。
彼女達であれば、ソーマと同じような結論に達することは十分に可能なはずだ。
「問題があるとすれば、シーラ達が何処で見つけたのかが分からない、ということであるが……まあどうにかなるであるか」
というのは、当たり前のように、わざわざ隠れているというのに、近くの場所に隠れているはずがないからだ。
実際にソーマは二人をまったく違う場所で発見しているし、もう一人を発見した場所も分かれば、最後の一人がいるだろう場所を推測できる可能性が高い。
今でもある程度は可能だが、まだ大雑把にであるし、何よりも残っているのはどちらなのかが分からないのだ。
おそらく捕らえたのは同じようなタイミングだろうから、運良く合流できれば楽が出来るのだが――
「ま、とりあえず向かうであるか」
呟くと、ソーマは転がっている男を担いだ。
さすがに連れて歩くのは面倒だし、貴重な情報源を潰してしまうわけにもいかないので、向かう先はギルドである。
だがそのまま歩き出そうとしたところで、不意にソーマは視線を彼方へと向けた。
そうして首を傾げたのは、何となく何かを感じたような気がしたからである。
どちらかと言えば、それは予感などと言うべきであったかもしれないが……しかし当然のようにそれだけでは何のことか分かるわけもない。
少し気にはなったものの、どうしようもないかと息を吐き出すと、ソーマは歩みを再開させた。
「その呼び方……」
男が口にした言葉に、スティナは反射的に目を細めていた。
知らず槍を握る腕に、力がこもる。
それは限られた者しか口にせず、そもそも知らないはずのものだったからだ。
とはいえ、ある程度予想出来ていたことではあるため、あまり衝撃はない。
それでも、さすがにその名を知るとは思わなかったため、多少の驚きはあったが。
「残党だった、ってのはまあ予想通りではあるですが……まさかあそこにいやがったですか?」
「ちっ、やはり覚えてはいない、か……まあ、顔を見たのは一度だけ、しかも話すらしていなかったのだから、ある意味当然か」
「んなの覚えてるわけねえじゃねえですか……つーかそもそも認識してたかすら怪しいです。むしろそっちこそよく覚えてやがったですね」
「そうだな、正直オレも意外だったが……これでも主に対しての敬意などが存在していた、ということだろう。たとえそれが仮初で、且つ紛い物が相手だったとしても、な」
「……そうですか」
そこまで分かっているというのならば、逆に話は早い。
何の容赦もする必要はないからだ。
「ま、最初から容赦なんてするつもりはねえですが。もちろん、見逃すつもりも」
「ふんっ、酷い話だ。折角残された数少ない同類なんだ、ここは見逃してくれてもいいだろうに」
「……何寝ぼけたこと言ってやがるです? 確かにスティナ達は同類でしょうね。それを今更否定するつもりはねえです」
だがそれとこれとは、別の話だ。
そもそもスティナ達は、あくまでも互いに利用する価値があり、邪魔にならないからこそ集まっただけに過ぎない。
利害が衝突するならば、当然のように潰しあうだけなのだ。
「それが分かってるから、オメエもさっきからずっとスティナの首を狙ってんでしょうに」
「……ふんっ、バレバレ、か。まあいい。だがお前……本当にオレが何をしようとしていたのか、理解してるのか?」
「はい……?」
そこで思わずスティナが首を傾げてしまったのは、それが単なる命乞いや時間稼ぎとは思えなかったからだ。
まるで本当に、こちらが知るべきことを知っていない。
そんな言い方だったように思えたのである。
とはいえ、別に気にする必要はないと言えばないことだ。
このまま槍を突き出せば、何をしようとしていたところで関係がない。
が。
「……わざわざそんな勿体ぶった言い方をしやがったんです。大したことなかったらただじゃ済まねえですよ?」
「結局変わらない気がするが……まあ、問題はない。これを見れば、そんなことも言っていられないだろうからな」
そう言って男が懐から取り出したのは、漆黒の球体であった。
一瞬何をするつもりかと警戒していたスティナは、予想通りでしかなかったそれに小さく息を吐き出す。
こちらを油断させるための嘘だったらと、警戒していたからだ。
しかし予想通りのものであるならば、そんなことを考える必要はない。
それは同時に、多少の落胆を感じさせるものでもあったが。
「やっぱオメエが持ってやがったですか。……で? それがどうかしたですか?」
「何だ、知ってた上に気付いてたのか……だが、それなら尚更オレが何をしてたのか分かるんじゃないのか?」
「何って……その力を試してたとかじゃねえんですか?」
「そうだな、それは間違っていない。じゃあ、オレは何のためにそんなことをしてたんだ?」
「いや、んなことを言われてもですね」
そんなこと分かるわけがない。
むしろ何故分かって当然みたいな雰囲気を出しているのか。
首を傾げ……どうやら男も、それが分からないふりではないということに気付いたようだ。
何故分からないとばかりに、眉を潜める。
「……もしかして、本当に分かっていないのか? 魔王城に攻め込む時に使うために決まってるだろう? 細かい制御は出来そうもないが、混乱させるには十分だろうからな」
「……はい? 魔王城に攻め込む、です?」
完全に寝耳に水であった。
確かに混乱させるために使用する、ということは予測の通りだ。
だがそれでゲリラ的なことをするにしては、攻め込むという言葉はおかしいだろう。
とはいえ、その意味するところが分からない、というわけでもない。
それはつまり――
「また反乱を起こす、ってことですか?」
「……どうやら本当に知らないらしいな。各地に散った残党やその協力者には、連絡のつくものには全員連絡したと聞いたが……」
「ああ……なら簡単ですね。スティナには連絡取る方法なかったはずですから」
取り次ぐはずの者達が、全員死んでしまっているのだ。
それは連絡の取りようがあるはずもない。
「……つーことは、もしかしてあの娘を狙ったのも、それ関連ですか?」
「そうだ。アレはオレ達が作り出した生体兵器だからな。本来は前回の反乱の時に使うはずだったんだが、盗まれ……まあ、それはどうでもいい話か。自爆特攻して周囲を凍らせることしか能がないが、威力はかなりのものになるはずだし、十分役に立つはずだ。オレがそれを回収しようとした理由も、これで分かっただろう?」
「そうですね……もう十分です」
「ならとっととオレを――」
「つまりやっぱオメエは、生かしとく価値がねえってことですね」
「……は?」
その言葉は余程予想外だったのか、男は唖然とした間抜けな表情を見せる。
しかし今のは冗談でも何でもないのだ。
スティナはただ男を、冷徹な瞳で見下ろすのみである。
「……おい、分かってんのか? ここでオレを殺せば、反乱は……」
「別にオメエ一人がいなかったところで、成功するか否かに変わりはねえでしょう?」
「協力する気がない、ってことか……?」
「そもそも協力しろって要請が来てねえですし。なら協力する義務がねえのは当然です」
「……つまり、裏切るつもりか……!?」
「勝手に早合点してんじゃねえですよ。つーかだから協力の要請が来てねえんですから、裏切りも何もねえじゃねえですか」
それは詭弁と言ってしまえば、詭弁だ。
一側面から見れば、確かに裏切りということにもなるのだろう。
だが。
「スティナは別に再度の反乱の邪魔をしようってわけじゃねえんです。ただ……オメエが気に食わない。そのやり方が気に入らないっていう、それだけのことです」
「…………本気か?」
「冗談で言ってるように見えるです?」
「……ちっ」
どうやら、本気だということは伝わってくれたようだ。
そのことにある種の安堵を覚えながら、ほんの少しだけ目を細め、腕に力を込める。
あとはこの腕をほんの少しだけ突き出せば、本当に終わりだ。
そこに余計な何かが介在する余地はなく――
「……ところで最後に一つ聞きたいんだが、オレの何が気に入らなかったんだ? 周囲に無差別に迷惑をかけたことか? それとも……そこの一見子供にも見える兵器を使おうとしたことか?」
「……別に何でもいいじゃねえですか。……それでも敢えて答えるなら、オメエの全部がって答えるですがね」
「そうか……同類のくせに、博愛の精神にでも目覚めたか? ――今更過ぎて、とっくの昔に手遅れだろうに」
「……っ」
それがこちらに隙を作らせるための言葉だということは分かっていた。
分かっていて、それでも反応してしまったのだ。
しかしそれでも、問題はないはずであった。
男が咄嗟に何をしようとも、それごと断ち切れる自信があったからである。
だから……男が次に取った行動は、まるで予想していないものであった。
「はっ、これは試すつもりはなかったんだが……事ここに至れば仕方がない、か。これの効果は知っていたみたいだが、本当の使い道は知らなかったみたいだな? これは本当は……こうやって使うんだ」
そう言って男がやったことは、手に握ったままの漆黒の球体を稼動させることだったのだ。
だがそんなことをしたところでこの場で意味がないのは考えるまでもないことである。
本当の使い道などと言いながら、最後に嫌がらせでもしたのかと思い――瞬間起こった出来事に、頭の中が真っ白になった。
男の真下に魔法陣が出現すると、次の瞬間にはそこから何かが這い出し――そのまま、男を食らったのだ。
「……は?」
意味が分からなすぎるが、それでも理性ではなく本能によって、幾つかのことを咄嗟に把握する。
魔法陣も這い出た何かも、男が使用した魔導具によって生じたものであり……つまりアレは、魔物だということ。
そして。
それが自分ではどう足掻いても勝ち目のないような存在だということ、である。
『――――――――!!!!』
無意識のうちに身体を震わせるスティナの目の前で、全身を漆黒に染めたそれが背中の翼を広げながら、音にならない声で、吼えた。




