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捜索と怪しげな影

 ギルドを後にしたソーマは、そのまま東側へと足を向けた。

 どの方角でもよくはあったのだが、あの後あの場がどうなったのか、少し気になったのだ。


 もっとも、辿り着いた先で広がっていた光景は、先ほどと大差ないと言えばない状況であった。

 強引に外に行こうとした者を冒険者が押さえる中を、怒声が飛び交っている。


 あそこに行くと面倒なことになりそうだとは思ったものの、行かないわけにもいかない。

 溜息を吐き出し向かい、だが予想に反しソーマはあっさりとそこを抜けられた。


 許可証を見せると、男達はソーマのことを簡単に通したのだ。

 その呆気なさは、男達と言い争っていた者達まで一瞬唖然としたほどである。


 もっともその直後、何故あいつはいいんだとか後ろで叫んでいたのが聞こえてきたりしたが……ソーマには既に関係のないことだ。


「ふむ……事前に話を通しておいたにしても、随分スムーズだったであるな」


 そこは少し気になったことではあるものの、スムーズだと問題が発生するわけでもない。

 まあいいであるかと呟き……だからそこで振り向いたのは、そこを気に掛けたからではなかった。


 意識を向けたのは、そのさらに先だ。


「そういえば、あっちはどうなっているのであろうなぁ……」


 こっちは最初から予想外の出来事が起こっていたのである。

 向こうでもそういった何かが起こっている可能性は否定出来ない。


 だがそんなことを考えながらも、ソーマは前方に向き直る。

 たとえ何かがあったところで、彼女達ならば大丈夫だろうと、そう思える程度にはあの三人を信頼しているのだ。

 ならば今ソーマがやるべきことは、向こうのことを気にして足を止めることではない。


 自分のやるべきことを果たすため、ソーマはそのままさらに足を進めていくのであった。











 端的に言ってしまうのであれば、街での捜索は難航していた。


 とはいえこれは、何か予想外のことがあったからではない。

 むしろ予想通りだったからこそ、難航しているのだと言えるだろう。


 そもそも探している相手の特徴などは一切分からず、分かることといったら特定の魔導具を持っている可能性が高い、ということだけなのである。

 部屋に閉じこもられてでもいたら探しようがないし、仮に外を出歩いていたとしても、普通に考えれば魔導具を分かりやすく外に出しているわけがない。

 必然的にそれと分かるためには、その魔導具を使用している現場を押さえるしかないのだが、現場を押さえられるのであれば、その時点で捜索は終了しているだろう。


 となれば、そんな状況で出来ることなど限られている。

 ひたすらに足を使って歩き回り、偶然手掛かりが得られるのを待つことぐらいだ。


 つまるところ――


「……死ぬほど地味ですねえ」


 思わず、といった様子でスティナはそう呟いていた。

 左右にあるのは代わり映えしない建物ばかりであり、怪しいと言えば怪しいが、怪しくないと言えば怪しくない。

 要するに何処までも普通の場所だ。


 捜索開始からずっとこんな光景ばかりを見ているのだから、ぼやきの一つや二つ漏れようかというものである。


「まあ、仕方がないかと。そもそもこうなるであろうことは、予測できていたことですし」


 言葉に視線を向けてみれば、そう言った本人であるフェリシアの様子にも、若干の辟易さがにじみ出ていた。

 ゆえにそれには、肩をすくめて返す。


「ま、そりゃそうなんですがねえ」


 大体これは元を辿ればスティナが出した案だ。

 つまりは自業自得と言えなくもなく……だがスティナが言わなければ、誰かが言っていたことでもあるだろう。

 そのぐらい今やっていることは、何の面白味もなければ工夫も存在しないことなのだ。

 まあ、本当にただ歩き回っているだけなのだから、当たり前のことではあるが。


 だからこそフェリシアも、そしてシーラもそれに同意を示したのだろうし――


「……ん、地味だけど、その分確実。……それに、ソーマが出した案に比べれば、マシ」

「ああ……怪しいと思った場所に問答無用で踏み込んでぶっ飛ばす、とかいうやつですか。アイツ別に脳筋じゃねえはずなのに、たまに物凄く馬鹿にならねえです?」

「何を根拠に怪しいと判断するのか、という問いには、勘、とか言い出しましたからね。まあある意味ではソーマさんらしい気もしますが……」

「……ん、しかもそれで解決しそう」


 それが否定出来ないのが怖いところであった。


 実際ソーマは何も知らないはずなのに、天運としか呼べないような行動で、今までも数度、放っておけば確実に大惨事となるような出来事を防いでいる。

 そのことをスティナはよく知っているし、そんなソーマの勘だ。

 馬鹿に出来るわけがない。


 とはいえ、さすがに本当にそれに頼るわけにはいかないだろう。

 結局はこうして地味なことをやり続けるしかないのである。


「さて、とりあえずこれでこの周辺は終わりですかね」

「……そうですね」

「……うん?」


 と、そこでスティナが首を傾げたのは、フェリシアの返事からどことなく陰のようなものを感じた気がしたからだ。

 事実よくよくその姿を眺めてみれば、先ほど見つけた辟易さ以外のものもそこには感じ取れ……肩をすくめる。


 当たり前のように顔は隠されているものの、それでも何となく、何を考えているのかを悟ってしまったからだ。


「あんま考えても仕方ねえですよ? 究極的に言っちまえば、スティナ達には関係のねえことですし」


 その言葉で、フェリシアも悟られたことに気付いたのだろう。

 何事かを言おうとしたのか、そんな気配が感じられ、しかし最終的には苦笑のような形となって落ち着いた。


「……すみません。分かってはいるんですが……」

「別に謝るこっちゃねえですよ。それに……」


 その気持ちは少し分かる、と続けようとして、止めた。

 それを口にしたところで、何の意味もないからだ。


 代わりとばかりに周囲に視線を向け、小さく息を吐き出す。

 そこにあったのは先ほども言ったように、代わり映えのしない景色……自分達の泊まっている宿よりも余程ボロい建物であった。

 怪しいというよりは、倒壊の危険性が先に頭に来る、そんな場所だ。


 ただし問題なのは、これでもここまで来た建物の中では比較的マシな方だということだろう。

 しかもここも含めてその全ては放棄されたわけではなく、現在進行形で誰かが住んでいるはずだ。


 言葉を選ぶならばスラム、選ばなければ廃棄場といったところか。

 南の南側、そのさらに路地裏の奥へと進んだ先でのことだ。


 もっともこんな光景は、何処の街でだって存在しているような、珍しいものではない。

 あるいはないとするならば、それは村などの限定された集落ぐらいだろう。

 そういった場所では、こんな光景が作り出される余裕はないからだ。


 こんな場所に住む人間などは決まって底辺の人間であり、そんな者を養う余裕はどこにだってない。

 だからそんな人間は街にまで繰り出し、その大半が道中で魔物に食われて死ぬが、運よく辿り着けた者はこういった場所に潜り込む。

 やがてはいなくなったり上に這い上がったりするものの、その頃にはまた別の人間がやってくる。

 そうやって続いていくからこそ、こういう場所がなくなることもないのだ。


 そしてそんな場所だからこそ、脛に傷を持っていたり、何か怪しげなことを企んだりするのには格好の場所なのである。

 ここを真っ先に、重点的に調べるのは当然のことだろう。


 とはいえ、知識と経験は別物である。

 知識としては知っていただろうが、初めてこういったものを目にしたのだろうフェリシアが相応の衝撃を受けているのだろうことは想像に難くない。


 もっとも、そこでスティナが何かをするかといえば、肩をすくめるだけだ。

 何かをするのはシーラの役目であり、ソーマの役目である。

 仲間とすら呼べないだろうスティナの今の役目は、この二人では見逃してしまうような、あるいは気付けないようなものを見つけ、手掛かりとすることであって――


「……む?」


 瞬間、視界の端を人影が横切った。


 それそのものは、別に何の不思議もない。

 先ほども述べたように、ここには身元が不確かな者も多いとはいえ、普通に人が暮らしているのだ。

 冒険者なども、ここよりもう少しだけマシな場所ではあるも、住んでおり、人が出歩いているのはむしろ自然なことである。


 だが気のせいでなければ、スティナはその顔に見覚えがあったのだ。


「……二人とも、ちといいですか?」

「はい? どうかしましたか?」

「……怪しいの、見つけた?」


 疑問系ではありながらも、確信を持って聞いているように思えるシーラに、スティナは苦笑を浮かべる。

 ソーマも怖いが、この少女も十分過ぎるほどに怖い。


 まあ、今は頼もしいというべきなのかもしれないが……そう思いつつ、頷く。


「そうですね、今回のことと関係があるかは分からねえんですが……少なくとも、怪しいのだけは確実です」

「そうですか……まあ、今のところ、他に手掛かりもありませんしね」

「……ん、任せる」


 話が早くて助かると、再度苦笑を浮かべながら、もう一度頷くと、足早に移動を開始した。

 向かうのは当然、先ほどの人影が向かった先だ。


 向こうはこっちに気付かなかったようだが、気付かれれば間違いなく逃げられてしまうだろう。

 そのためこっそりと、片目だけを出すようにして角から顔を出せば、道の先には先ほど見たのと同じ背中があった。


「あの人ですか……? まあ確かに、怪しいと言えば怪しいですが……」

「いや、間違いなく怪しいと思うです」


 何せ全身を黒いローブで覆い、フードまで被っているのだ。

 あれを怪しいと言わなくて誰を怪しいと言うのかという話である。


 もっとも、フェリシアの言いたいことも分かるが。

 色は白であっても、外見だけであればフェリシアもシーラも似たようなものなのだ。

 怪しいと断言するのは少しだけ抵抗があるだろう。


 しかしそれでも、スティナはアレを怪しいと断言する必要があった。

 フェリシア達のことを考慮して見逃すわけにはいかないし……何よりも、その姿に見覚えがあったからだ。


「……まあ、怪しいか怪しくないかで言えば、怪しい? ……どことなく、周囲を警戒してるし」

「のんびりと話してる暇はないんで、詳細は省きますが……まあ、アイツがろくでもねえことやろうとした現場に、偶然スティナが遭遇したんです」


 姿を見たのは数秒程度だが、忘れてはいない。

 最初から殺すつもりはなかったものの、あっさりと無傷のまま逃がしてしまったのだ。

 その後姿が忘れられるわけもなく……そして視線の先にあるのは、間違いなくそれだった。


 もちろん黒いローブを纏っているだけなので、背丈が似たような人物であれば別人ということもないとは言わない。

 だがこの場所で、この状況だ。

 例え別人であったとしても、明らかに怪しい以上は見逃す理由にはならないだろう。


 正直言ってしまえば、あれらと魔物の件とが関係あると思っているわけではない。

 少しだけではあるが、話を聞いた限りでは別件であるように思えたからだ。


 とはいえ、さすがに放置しておくわけにはいかないだろう。

 別人ではなかった場合、見つけておきながら放置しておいたら、またあの娘が――


「……いえまあそれは別にどうでもいいし、関係ねえんですが」

「はい? 何か言いましたか?」

「……ただの独り言ですから、気にするなです。それよりも、後追うですよ」


 ここはあまり複雑な地形をしていないようだが、それでもこちらのことが見つからないよう、敢えて角を曲がるまで待っているのだ。

 あまりのんびりとしていたら見失ってしまいかねない。


「……ん、急ぐ」


 こちらをジッと見つめていたシーラが、そう言って前を向いたことに、ほんの少し安堵の息を吐き出しながら。

 スティナはあの後姿を追い、音を立てないよう気をつけつつ、駆け出すのであった。

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