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魔物と魔王とその娘と

「とはいえ、知ってるってだけで、それが容易かは別の話ですがね。少なくともスティナには出来ねえですし」


 肩をすくめてのその言葉は、事実であった。

 実際にスティナはかつて試してみたことがあり、失敗したのだから間違いない。


 もっとも、自らの失敗談を得意気に話す趣味はないので、それを口にすることはないが。


「ふむ……何故それを知っているのかを聞いてもいいであるか?」

「別に構わねえですよ? つーか、単に父親から教えてもらったってだけですし」


 とはいえ、さすがに何故あの人がそんなことを知っていたのか、ということに関しては分からない。

 当時はそんなことに興味がなかった……というと語弊が生じるが、大体そんな感じだったのだ。

 聞いていないことは知りようがないのである。


「それで……具体的にそれは、どういう方法なのですか? それ次第では、誰が今回の件に関わっているのかを調べやすくなると思うのですが……」

「あー、まあ、それが出来るやつはかなり限られるでしょうねえ。何せ神の領域に踏み込むような話ですし」

「…………神? ……どういうこと?」


 さすがにそんな言葉を聞くとは予想外だったのか、シーラ達の反応が一瞬鈍る。

 まあ、それは単純に神という言葉そのものによるものでもあるのだろうが……敢えて気付かないふりをすると、そのまま言葉を続けた。


「どういうことも何も、そのままの意味ですよ? さっきソーマは、雑多な魔物を代償として強力な魔物を召喚する、とか言ってたですが、多分それは正確には正しくねえです。正確には、雑多な魔物の代わりに強力な魔物が出現するようにした、ってところでしょうか。まあ、スティナの推測が正しければ、ですが」


 ほぼ正しいだろうと思ってはいるが、スティナもこの世界の全てを知っているわけではない。

 スティナが知らないだけで同じような事が出来る可能性も、ありえないとは言い切れないのだ。


 さすがにないとは思うが。


「うん? その言い方からすると……もしかして、魔物の生態について知っているのであるか?」

「魔物の生態に関しては、確かそのほとんどが判明していないはずですよね?」

「うむ、生殖についてすら……いや、その必要があるのかも分かってはいないである」


 確かに、それが一般的な認識だろう。

 分かっているのは、魔物というのはどれだけ倒したところで絶滅することはないということだけ。

 しかも気がつけば、その数は元に戻ってすらいるのだ。

 とはいえ倒しまくれば一時的に見かけなくなったりはするため、それだけの数の魔物が何処かに潜んでいるのではないか、などと言われてはいるが。


 だがそれは別に、何ということはないのだ。

 ただ単純に――


「まあ、知ってるですよ? というか、単に神の権能だってだけの話なんですが。何故そうなるかも何も、神がそうやって管理しているからってだけです」


 厳密には神の力によって、そうやって管理されるようになっている、ということらしいが、大差はないだろう。

 何にせよ、魔物の管理をしているのが神であることに違いはないのだ。


「それはつまり……その力によって、魔物が作り出されている、ということですか?」

「そこまではさすがにスティナも知らねえですねえ。まあそうなんじゃねえかとは思ってるですが。じゃないとどうやって補充してるんだってことになるですし」

「……それが本当なら、何故知られていない?」

「さあ? それもスティナの知ったこっちゃねえですが……まあ、予想は出来るですかね。というのも、この権能は本来邪神って呼ばれてる神のものだったらしいです。で、昔は一時期邪神って名前を口に出すことすら禁止されてた時代があったらしいですからね。その時に色々な資料も失われたらしいですから、そこに混ざってたんじゃねえですかね?」

「ふむ……邪神の権能『だった』であるか」

「あー……そこに反応しちまうですか? さらっと流すつもりだったんですが」


 そこら辺はやはりさすがというべきか。

 色々な情報を流し込まれながらも、的確に必要な情報を掴み取る。


 直感で動いているようなところもあるのに、そういったところでは目敏かったりもするのだから、本当に食えないやつだ。


「そもそも、条件はあるようであるが、それをどうにか出来る、という口ぶりだったであるしな。スキルか何かで干渉するか、権能を誰か、あるいは何かが受け継いでいて、それで以ってどうにかするか。そこら辺だろうと推測するのは難しいことではないであろう?」

「いや、普通は難しいことだと思うですが? 実際そこの二人は半ばついてこれてねえじゃねえですか」

「……申し訳ありません。後で整理すれば理解も追いつくとは思うのですが、色々と知らない情報が出てきているため、それを纏めるので精一杯です」

「……ん、何となくしかまだ分かってない」


 むしろそれが普通だというか……いや、普通ではないか。

 そこまで出来ているだけで、二人も十分以上に優秀だろう。


 スティナがこんな話を出来るのは、あくまでも知っているからなのである。

 しかもこの知識は、年単位の時間をかけて叩き込まれたものだ。

 何も知らなければ、多分スティナこそがついていけていなかっただろう。


 しかしそれが普通なのだ。

 何せ話しているのは神の力に関することである。

 知るわけがないし、理解が追いつくわけもない。


 知っていて理解が追いつくどころか、こちらを追い越しそうな気配すら漂わせているソーマがこそが、異常なのだ。


「……ま、知ってたことですが」

「うん? 何がである?」

「何でもねえですよ。ついでに言うならば、ソーマの推測は当たってやがるです。その権能は魔導具……と呼ぶには力を持ちすぎですが、まあ、物の形となって存在してるです。ただ、使うにはスキルとはまた別の、生まれ持った才能が必要らしいですが」

「スティナさんには出来ないと先ほど言っていましたが、つまりスティナさんはそれを使う事が出来なかった、ということですか?」

「そういうことですね」

「……それは、何処に?」

「スティナが最後に見たのは、魔王城の宝物庫ですね。まあこの様子では今そこにはねえんでしょうが」

「それはつまり……今回の件に、魔王が関わっている、ということであるか?」

「んー、関わりがあるか否かで言えばある意味ではあるでしょうが、基本的には本人は無関係だと思うですよ? 多分それ宝物庫から盗まれたんでしょうし」

「……はい? 盗まれた、ですか? そんなものが……?」


 呆然、といった顔を向けられるが、スティナはそれに肩をすくめるだけだ。

 確かに事情を知らなければ、そう思うのも無理はないのだろうが――


「あー、そうですね、まず前提としてですね、今から一年前……いえ、そろそろ二年になるですかね。その時に魔王城で反乱が起こったんですよ」

「反乱、であるか?」

「まあ魔族も一枚岩じゃねえですからね。その反乱の首謀は所謂前魔王派とか呼ばれてるやつらでですね、そいつらが現体制のやつらを気に入らないと襲いかかったわけですよ」

「……直接?」

「直接です。まあそんなことしたら逆に叩き潰されるのは目に見えてたんですが……それでも予想以上に頑張ったって言うべきですかね。やつらはその時に、どさくさに紛れて宝物庫も襲ったらしいんですよ。で、そっちはある意味で成功しちまったらしくて、幾つかのものが盗まれたって話です」


 どこまで話すべきか迷いながら話を進めて行くも、正直核心に至る部分以外は喋ってしまっても構わないのではないかとスティナは思ってもいた。

 確かに魔族の中ですら知っている者は限られていることではあるだろうが、どうせ向こうにはアイナが居るのだ。

 アイナがこっちに戻ってくれば自然と誰かが教えることだろうし、そう考えれば隠す意味は薄い。


 むしろ変に隠して不自然な話となってしまうよりは、一通りのことを喋ってしまった方が話は早いだろう。


「何が盗まれたか、というのは分からなかったんですか? 少なくとも、盗まれてはまずいようなものが一つ盗まれているようですが……」

「どうも無造作に色々なもんが放り込まれてたのと、引継ぎが上手くいかなかったこともあって、元々全部は把握しきれていなかったらしいです。さらには、直接襲い掛かってきたのはぶっ潰したんですが、宝物庫のものを盗んだやつらも含めて、全部は潰しきれなかったらしいんですよね」

「あー……ゲリラ化でもしたであるか?」

「似たようなもんですね。忘れそうになった頃になると嫌がらせのようなことをしてきて、その対応とか、あとはそもそも磐石の態勢で引き継げたわけでもねえですし。そこら辺のこともあって、宝物庫に関しては後回しにせざるを得なかったらしいです。何があったのか分からない以上、何を盗まれたのかを把握することなんて不可能ですから」


 その時点ではスティナは疎遠になりつつあったので話に聞くぐらいではあったが、実際かなり大変ではあったようだ。

 まあ、ようやく落ち着いてきたと思った時での反乱である。

 それを狙っていたとはいえ、向こうにしてみればたまったものではなかっただろう。


 と、そんなことを思い出し、考えていると、フェリシアが控え目に手を挙げた。


「あの……先ほどから一つ疑問に思っている事があるのですが、聞いてもよろしいでしょうか?」

「はい? 何です? まあ確かにざっと流れを話してるので分からねえことも多いとは思うですが……わざわざ改まって聞かねえといかねえようなことってあったですか?」

「その、当たり前のように引き継ぎ、という言葉が出てきていますが……誰から何を引き継ぐのでしょう?」

「誰から何もなにも、そりゃ倒した側が倒された側のを引き継ぐ、ってことに決まってるじゃねえですか。幾ら魔王一派とはいえ……いえ、だからこそ、倒されたら倒しっぱなしにされても困るですよ? ちゃんとそれまでやってたことを引き継いでくれねえと。厳密には魔王が魔族を率いているわけじゃねえですが、一応象徴的な存在ではあるですしね」

「え……魔王って、倒されたんですか?」

「倒されたって言っても、もう十年以上前のことですよ?」


 つまり落ち着くまでに十年以上かかったということでもあるが、それはそれで仕方のないことであったのだろう。

 何せ魔族でも何でもないものが、魔王を倒し、その座を引き継いでしまったのだ。

 魔王の血縁の力を使ったりして色々やったとはいえ、むしろその程度でよく落ち着かせる事が出来たものである。


 もっともそれが完全ではなかったからこそ、反乱などが起こるのを許してしまったわけではあるが。


「魔王が、倒された……シーラ、知っていましたか?」

「……ん、初耳」

「あれ……?」


 二人の言葉に、今度はスティナが首を傾げる番であった。

 当時はかなり大騒ぎになったという話だし、当然知っているものだとばかり思っていたのだが――


「ソーマも、知らねえです?」

「知っていたかいないかで言えば知らなかったであるが、まあそうだろうと思っていた、というところであるかな。ただ少なくとも、こっちでは周知にされてはいないであるな」

「そうなんですか……」


 ということは、敢えて外には知らせなかった、ということだろうか?


 いや……考えてみれば当然のことだ。

 不安定だということを知らせるなど、攻めてくれと言っているも同然である。


 そんな危険を犯すぐらいならば、落ち着くまで黙っているのが得策だ。


「それはすまなかったです。まあですが、そういうことです」

「はい……分かりました。ありがとうございます」

「こっちの落ち度ですから構わねえです。で、えーと、何処まで話したんでしたっけ?」

「もう大体話したのではないであるか?」

「そうですか? ……ああ、そうかもしれねえですね。まあそういうわけで、今回の件にはその時に盗まれたであろうもんが使われたんじゃねえかってのがスティナの予想、ってわけですね」


 色々と一気に喋って疲れたため、そこで一つ息を吐き出す。


 さて、しかし語ってみたものの、どこまで把握してくれたのだろうか。

 とはいえ正直後半は蛇足といえば蛇足ではあったが――


「ふむ……で、その予想が正しかったとして、結局スティナはそんなものを使ってここで何をしてると思っているのである?」


 ソーマがそう問いかけてきたのは、全てを理解したからなのだろう。

 それはある意味で語った甲斐があったということであり、嬉しくもあるのだが……まったく本当にと、溜息を吐き出す。


「まあ多分でしかねえですが、実験だと思うですよ? ここは辺境ですからね、そういったことを試すには、悪くねえ場所です」

「実験……ですか。ところで、その力を使った場合、どんなことが出来るんですか?」

「ああ、そういえば肝心なそれ言ってなかったですか。えーと、何でも魔物が出現する場所は、幾つもの区画に分かれてるらしいです。スティナ達の目には見えねえし感じられもしねえですが、それは確かにあって、その中ではどんな魔物がどのぐらい出現するのか、というのが決まってるとか」


 そして彼の権能を宿した魔導具は、それを書き換える事が出来るのだそうだ。

 ただし自在には不可能であり、場所によって容量が決まっているらしい。

 弱い魔物であれば使用する容量が少ないため数を増やせるが、強い魔物であれば使用する容量が多いため数は限られるとか。


「……今まさに行われてるのが、それ?」

「ってことでしょうねえ。とはいえここでんなことをしてもさっき話してたように意味はねえですから、スティナは実験だろうと思ったわけですが」

「実験して、どうするんですか?」

「それを持ってるのが前魔王派のやつらの可能性が高いですからね。それで魔王城周辺の魔物を何とかして混乱でもさせようって魂胆なんじゃねえんです? あの人達をその程度でどうにか出来るとは思わねえですが、それで諦めるぐらいなら最初から反乱なんて起こしちゃいねえでしょうし」

「それが使えているのは……偶然使える者がいた、というところであるか?」

「だと思うですよ? 今頃こんなことをしてるのは、藁にもすがる思いで試してみたら偶然使えた、とかいうことだったのかもしれねえですね」


 それは半ば口からのでまかせではあったが、意外とその通りなのかもしれない。

 ……昔から使えるのを知っていたのであれば、スティナが知らなかったはずはないだろうから。


「とりあえず、それを使っている可能性が高い、ということは分かりましたが……特徴のようなものはないのですか?」

「そうですねえ、掌に乗る程度の黒い球体だったんですが……まあ、少なくともスティナが見れば分かると思うですよ? あとあれは近くの場所に対してしか干渉できねえはずですから、この近くにいるはずです。っていうか、この街にいる可能性が高いですね」

「……それが分かれば、十分?」

「で、あるな。この先どうしようかは迷っていたであるが、ここまで分かったのであれば、その人騒がせな連中をどうにかするまで付き合うとするであるか。問題があるとすれば、これをギルドに知らせるかどうか、ということであるが……」

「んー……知らせてもいいですが、ちと面倒なことになりそうですねえ」

「では、一先ずわたし達だけで動き、無理そうでしたらギルドに話す、ということではどうでしょうか?」

「……ん、異議なし」

「ないであるな」

「了解です。ところで、具体的にはどうやって動くつもり――」








 明日以降の動きも決め、夕食をとれば、心地いい疲労感が身体を襲ってきていた。

 自分の部屋に戻って来たスティナは、それに逆らうことなく、そのままベッドへと倒れこむ。


「……はぁ」


 そこでふと溜息が漏れたのは、疲れたという思いと共に、色々なことがあったという感想を抱いたからだ。

 なんか今日は、妙に濃かったような気がする。


 ……いや、気のせいではなく、実際にそうだっただろう。


 目的の物を手に入れ、魔物に襲われてあわやというところで助けられ。

 その助けられた相手があのソーマで、そのソーマ達と旅をしないかと誘われ……返事を一旦保留にして街に戻って宿探しをしたら変な場面に遭遇して、ついやっちゃって。

 その一部をソーマに見られるわ、幼女に妙に懐かれるようになってしまうわ、ソーマ達の旅についていくことを決めるわ、前魔王派の実験に遭遇したっぽいわで――


「……本当にちと濃すぎじゃねえです?」


 数日どころか、一月に起こったことでも濃いと思うだろうに、それが一日で起こるなど摂取過多で死にそうだ。

 しかも下手をすれば、この先もこんなことが起こるかもしれないのである。


「……まったく、何をしてんですかねえ」


 それは色々なことに対してのものだった。

 今日やった色々なことに対するもので、そんな自分に対するもので……こんなことで、僅かにでも安らぎを覚えてしまっている自分に対するもので。


「……はぁ。ま、とりあえずはいいです。今日は本当に疲れたですし、とっとと寝ちまうですか」


 言い訳のような呟きと共に、瞼を閉じる。

 しかし疲れていたのは本当であったため、すぐさまスティナの意識は闇の底へと落ちていくのであった。

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