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ギルドと魔物

 真昼間の冒険者ギルドというものは、基本的には暇を持て余しているものだ。

 その理由は単純で、ギルドを利用する冒険者が昼間にやってくることがほぼないからである。

 利用者が皆無というわけではないものの、それでも暇と言ってしまえる程度にはその数は少ない。


 反面ギルドが忙しいのは、朝っぱらと夕方以降だ。

 朝は依頼を受けるため、夕方はその報告をするために冒険者達がギルドを訪れるため、必然的にそうなるのである。


 稀に日を跨いで依頼をこなしてきた冒険者が朝に報告に来たり、依頼を早く終えた冒険者が昼間にやってくることがあったりもするが、フェルガウは辺境ということもあって、そういったことは非常に珍しい。

 まだ酒場の方が忙しいかもしれない、と言えるぐらい、本当に昼間のギルドというのは暇そのものなのだ。


 と、本来ならばそのはずなのだが、今日のギルドは違っていた。

 何せいつもであれば閑散とした光景が広がっているというのに、今日に限っては冒険者で溢れているのだ。

 まあそれも、当然のことではあろうが。


「とはいえ雁首そろえて何してるかっていえば、原因不明のことについて騒いでるだけにゃんだから、正直邪魔なだけにゃんだけど。そんなことしてるぐらいならこっち手伝えにゃ」

「無茶言ってやるんじゃないわよ。まあ気持ちは分かるけど、これはこっちの仕事でしょ」

「そうなんにゃけどさー」


 それでも言いたくなってしまうのが人情というものだろう。

 人類じゃなくて魔族だけど。


「その自虐あんたらの中で流行ってるの? それとも、流行らそうとしてるの?」

「よくないかにゃ? 魔族なら誰でも使える鉄板ネタになると思うんにゃけど」

「スベるだけだから止めておきなさい。ていうかあんたこそくだらないこと言ってる暇があったら手を動かしなさいよ。嘆いてたって忙しさが変わるわけじゃないのよ?」

「分かってるんにゃけど、だからこそ愚痴の一つや二つ言ってないとやってられないにゃ……」


 そう言って溜息を吐き出しながら、エミリは資料の一つを手に取った。

 それは今までこの街で冒険者達が達成してきた、あるいは達成する事が出来なかった依頼の詳細が記されたものだ。

 受付嬢が話を聞き、纏めたものであり、何か変わった事があった際、それが後に何らかの役に立つかもしれないと考え、残されているものなのである。


 とはいえ――


「魔物が急にいなくなったなんて前例、やっぱどこにもないにゃー」


 魔物がいなくなった。

 それは文字通りの意味であり、つい先ほどギルドに届けられた情報である。


 しかも特定の場所からとかいう話ではなく、街の周囲全てから消えたという話なのだ。

 これが一人か二人が言っているのならば与太話を、ということになるのだが、討伐依頼を受けた全員が早々に戻ってきて、しかもその全員が口々に言っているとなれば冗談では済まされない。

 事実ギルド側でも確認してみたところ、誰一人として魔物の姿を一匹足りとも見つける事が出来なかったのだ。


 考えるまでもなく、異常事態である。

 本来受付嬢としての仕事だけをするはずのエミリまでもがこうやってギルドの資料を漁っているのは、そんなことにどうやって対処していいのかが分からず、てんやわんやになっているからなのであった。


「っていうか、前例あったらあちし達が聞いたことないわけないと思うにゃー」

「それはその通りではあるけど、だからって何の情報もあるわけがないって決め付けるわけにもいかないでしょ?」

「あー……あちしもあいつらみたく無責任に気楽に騒いでいたいにゃー」

「無責任なのはそうだけど、あいつらも気楽に騒いでるわけじゃないでしょ。何せ飯の種がなくなるかもしれない……っていうか、現在進行形でないんだから」

「それはあちし達もだけどにゃー」


 魔物がいなくなるというのは、住人からしてみれば危険が減って万々歳とでもなりそうなものだが、実際にはそうそう上手い話はない。

 少なくとも冒険者の大半は、魔物を討伐し、その素材の換金も含めた報酬でもって何とか日々を暮らしているのだ。

 その飯の種がなくなってしまえば、困るとかいうレベルではない。


 街にとっても冒険者がいなくなっては困るだろうし、それはギルドにとっても同様だ。

 いや、どちらかと言うならば、ギルドにとって魔物がいなくなるというのは、もっと直接的に困ることなのである。

 何せ魔物というのは、ギルドにとっても飯の種なのだ。


 ギルドは国が運営しているという建前があるものの、その実態は非営利ではない。

 ギルドはギルドとして雇っている者達が暮らせる程度には稼がなければならず、特に上に明確に国というものが存在していないフェルガウ支部にとっては尚更だ。

 補助金などが存在しない以上、全て自分達で稼ぐ必要がある、ということである。


 だがギルドにとって依頼の仲介手数料などというものは微々たるものだ。

 そもそも街の住人からの依頼も請け負ってはいるが、その大半は雑用である。

 受ける者が少ないうえ、報酬が安ければ手数料も安い。

 それだけでやっていけるわけもなかった。


 だからギルドが得ている利益の大半は、魔物の素材を卸した際に発生しているものだ。

 しかもそれはこの街ではなく、他のギルド支部に対してである。


 もちろんこの街の職人たちにも卸しているのだが、その儲け分は少ない。

 あまり高額で売ろうとすれば、職人達が冒険者から直接買い付けようとしてしまうからだ。

 ギルドが品質等を保証する分を遥かに超える手数料は、転じて自分達の不利益にしかならないのである。


 しかし遠方の支部に対し売る場合は話が別だ。

 何せわざわざ遠方から仕入れるということは、それは自分達では手に入らない魔物の素材ということである。

 限度はあるものの、多少ふっかけたところで問題はない。


 もっとも、やりすぎてしまえば向こうから仕入れる場合にふっかけられてしまうし、それを職人達に卸す際に高すぎて買えないなどということにもなってしまう。

 何事も程ほどに、ということだ。


 ともあれ、そうして利益を得ているがゆえ、魔物がいなくなってしまったというのは一大事なのである。

 冒険者達が騒いでいる以上に、自分達にとっても大変なことであるため、こうしていつもは暇な昼間に一生懸命働いている、ということなのであった。


「何せいつもは何だかんだでサボりまくってる代行が仕事してるぐらいだもんにゃー。本当に一大事って感じにゃ……受付嬢にこんなことさせて自分は受付嬢の真似事してるのが心底納得いかにゃいけどにゃ」

「冒険者の不満が爆発して危険かもしれないから、とかそれらしいこと言ってたけど、どう考えてもあれ自分が楽したいだけよね。ぶっちゃけ今受付嬢としては暇だし」

「マジでそのうちぶっ飛ばすことになる気がするにゃ」


 冒険者が沢山居るのに何故受付嬢としては暇なのかといえば、冒険者達は先に言ったように今は騒いでいるだけだからだ。

 情報は既に受け取っているし、他の依頼に向かおうとする者達は既に向かっている。

 受付嬢がするべきことは、現状存在していないのだ。


 もちろん他の冒険者がやってきたらその限りではないが、この騒ぎが始まったのは二時間ほど前である。

 大半の冒険者は一度戻ってきただろうし、戻ってきていないのは依頼を優先した者達ぐらいだろう。

 そしてその者達はおそらく、夕方ぐらいまでは戻らない。


 つまり今受付でだらけきっているあの代行は、そこら辺のことも考慮したうえであの役目を引き受けたに違いなく――


「ま、そのうち報い受けるでしょ。っていうか受けなきゃ納得がいかないっていうか、それを祈るしかないっていう…………か?」

「にゃ? どうかしたにゃ?」


 代行を睨みつけるように見ていた同僚の動きが不自然に止まり、エミリは首を傾げた。

 もしかして代行が何かやらかしたのかと思い、エミリも手元の資料から顔を上げると、そちらへと視線を向ける。


 途中、そういえば騒いでたはずの冒険者達の声が聞こえないなと、そんなことを思い――瞬間、同僚の現在の心境が、痛いほどよく分かった。


「えっ……ちょっ……にゃん……?」


 いつの間にか代行は、冒険者の相手をしているようであった。


 エミリが居るのは、三階の資料室だ。

 下の様子は見ようと思えば見れるものの、逆に言えば見ようと思わなければ見えないのである。

 だから新しく冒険者がやってきたところで、気付かなくとも不思議はない。


 だがそこに居たのは、『あの』冒険者達だったのだ。

 ギルドカードは確認できなかったものの、確か仲間からはソーマなどと呼ばれていた――


「……あー、かなりびっくりしたけど……でも、いい気味、ね」

「……確かににゃー」


 いい気味というのは、下であからさまにテンパってる代行のことだろう。

 今回は下がろうとしたところで、代われる者は誰もいない。

 皆エミリ達と同じように、今回の件を調べるのに忙しいのだ。


 何か粗相をしてしまったら、などと考えたら気が気ではないのはよく理解出来るが……だからこそ、ざまあみろ、である。


「早速報いを受けて胸がすく思いだけど……あれってこっちに飛び火してきたりしないわよね?」

「そんなことはないって思いたいところにゃけど……ま、代行に任せりゃいいことにゃ。たまには代行らしく働けって話にゃし」

「……それもそうね。アレの時だけ働くってだけでは割に合わないし。こっちはこっちで、自分のことをやりましょうか。……何となく、無意味に終わりそうな気もしてるけど」


 その感覚は理解出来るものであった。


 というか、今まさにエミリも同じことを考えていたのである。

 本当に何となくでしかないのだが……仮に何かが分かったところで、あるいは分からなかったところで、あの人達がそんなことは無関係に解決してしまいそうな、そんな気がしたのだ。


 そして同時に、ふとあることに気付く。

 今回のことは、改めて言うまでもなく異常事態である。

 しかしだというのに、エミリは特に危機感などを覚えてはいなかったのだ。


 こうして文句を言いながらも、普通に仕事をしていたのは……もしかしたら無意識のうちに、その必要がないと思っていた、ということなのかもしれない。


「まあ問題があるとすれば、あの人達がこの件が解決してくれるまで残ってくれるかどうか、ってところだけどにゃー」

「そこはそれこそ代行の腕の見せ所じゃない? 代行なんだから、さすがにそこら辺のことは気付いてて、何とかここに残らせようとするだろうし」

「ああ、なんか必死になって説明してるっぽいし、みたいにゃねー。あまり危機感を煽りすぎると逆にいなくなる気もするんにゃけど……」

「それも含めて腕の見せ所、ってところね」


 それが本当に上手くいけば、今までのサボりは帳消しにしてもいいかもしれない。


 そんなことを思い、話しながら、とりあえずエミリは自分の仕事をするため、階下の様子を気にしつつも、資料を読み進めていくのであった。

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