元最強、宿を探す
まあ、ともあれ、いつまでも受付の前でしているような話でもない。
というか、そもそも今は依頼の報告の途中なのだ。
興味深げにこちらを眺めている受付嬢に苦笑を浮かべ肩をすくめた後で、討伐完了の報告をしてしまう。
受付嬢は何やら聞きたそうにしていたが、それが自分の職務の範囲外だということも理解していたのだろう。
対応は事務的なもののみに終始し、スティナの報告も終わったところで、ソーマ達は一先ずギルドを後にした。
「さて……それではどうするであるか」
「スティナとしては、ここで解散ってなった方が、色々と面倒がなくて一番なんですがね」
「ま、そうであろうな」
色々、の部分を強調したのは、わざとだろう。
スティナも、さすがに何も疑われていないと思うほど楽観的ではあるまい。
それでも逃げも隠れもしないのは、疑いが確定となることはないという自信があるのか……あるいは、自棄か。
良心によるものが理由だったりすると、ソーマとしてはとても助かるのだが……ともあれ。
「とりあえず、スティナさんが最終的にどうするにせよ、わたし達と一緒に旅をすることを検討する余地はあるんですよね?」
「……ま、なけりゃとっとと別れてるですしね」
「では、一先ず何処か落ち着ける場所に行くのはどうでしょう? その方が話しやすいですし……ついでに、今日の宿を決めてしまうのもいいかもしれませんね」
「ああ、それがいいかもしれんであるな」
未だ時刻は昼にすら差し掛かっていないが、ここ二日ほどは野宿が続いたのである。
疲れを取るために今日は宿で休もうと、予め決めていたのだ。
予想よりも報酬の高い依頼を受けることも出来たので、懐に余裕も出来た。
あまりのんびりすべきではないが、後々のことを考えれば、休息はしっかりと取るべきだろう。
それに昼前であれば、宿も取りやすいに違いない。
例え何かするにしてもそれからで問題があるわけもなく、少なくともソーマに異論はなかった。
「……まあ、そうですね。スティナも今日はゆっくり休むつもりだったから、構わねえですが……」
「……ん、じゃあ決定?」
「決定であるな。では宿探しに移行するであるが……スティナは何処か良い宿を知ってたりしないであるか?」
「スティナもここ来たら直で依頼受けたですから、知らねえんですよねえ……ああ、ギルドで聞いとくべきだったかもしれんですね」
「とはいえ今から聞きに戻るのも少し間抜けですよね……?」
「ま、散策がてら探すのもいいであろう」
それにも皆異論ないらしく、一先ず周囲を歩いてみることになった。
既に述べたように、ギルドは目抜き通りに面している。
ギルドに向かうために、合計三回――厳密には東側を一回、西側を二回、と言うべきだが――通っているものの、朝だったこともあり、あまりよく見てはいなかった。
しかしそれから時間が経ち、今改めてよく見てみると、意外と言ってしまえば失礼になるだろうが、そこはそれなりに活気があるようだ。
ちらほらと見覚えのあるような顔が店先を眺めているのは、これからやろうとしていることへの準備のためだろう。
身に纏っているものを見れば分かる通り、彼らは冒険者だ。
見覚えがあるのは、ギルドで見たから、ということである。
はっきり見たわけではないものの、さっき目にしたばかりなのだ。
その程度の見分けはついた。
「ふむ……ギルドの周りに冒険者ご用達の店が並んでるわけであるか。合理的ではあるが、若干違和感を覚える光景でもあるな」
一部高級な店ならばともかく、一般的な冒険者が利用するような店は、路地裏などで隠れるようにして構えているのが普通だ。
これは店そのものの問題ではなく、そこを訪れるのが冒険者であることを所以とするものである。
冒険者がちょくちょく寄り付くような店が大通りにあったら、一般市民達はそれをどう思うか、という話だ。
だからこういった光景は、正直珍しいを通り越して違和感をすら覚えるのだが――
「そうです……? 小せえ村とかならともかく、ある程度の大きさの街なら大体こんなものだと思うですが?」
「うん……?」
「はい……?」
スティナの言葉にソーマが首を傾げ、そんなソーマにスティナが首を傾げる。
互いを見て余計に疑問が募るのは、冗談でそうしているわけではない、ということが分かるからだ。
だがそうしているうちに、ふとソーマはあることに気付いた。
同時に、そういうことかと納得がいく。
「なるほど、ここではこれが普通なのであるな。冒険者の地位が高い……いや、低くはない、というところであるか」
ここ、とは、この街のことではなく、ディメントという場所そのもののことだ。
力が法であるならば、力を生業として用いている冒険者が、ただそれだけで一般市民と同格であってもおかしくはない。
そもそも基本的に冒険者がここ以外で下に見られているのは、粗暴で荒くれ者が多いからでもあるが、何よりも税金を払わず市民権を得ていないからなのだ。
しかし力が基本であるここは、粗暴だったりしたところで、それがマイナスになることはない。
だから、冒険者であっても、おそらくは最初から市民権を得ているのだろう。
ギルドが目立つ場所に堂々と建っているのも道理だ。
人々から利用され、認められているのならば、隠れるようにして外れた場所に存在している理由こそがないのである。
「ああ……なるほどです。そっちでは冒険者の地位は低いんですか」
そしてそんなこっちを見て、スティナも気付いたようだ。
場所が違えば、常識も違う。
これはつまり、そんな当たり前のことだ。
ただそれはつまり、ソーマ達がディメント出身者ではない……魔族ではないことを示しているが、そんなものは今更だろう。
少なくともスティナには隠す意味がなく、シーラ達もそのことには気付いていたようだ。
会話を遮ったりすることはなく、なるほどと納得するように頷いてすらいた。
「そういえば、そんな話を聞いたことがあったかもしれんですね。興味ねえですから忘れてたですが」
「興味がないって……スティナさんも冒険者、ですよね?」
「冒険者ですが、そっちに行かなけりゃ関係ねえじゃねえですか。行く予定はなかったですし、今後もねえですしね」
「ふむ……」
まあそんなものと言ってしまえば、そんなものだろう。
人間誰しも、興味がない、関係がないと思っていれば、それがどんな情報であろうとも覚えてはいないものだ。
「ま、とりあえずこの光景に納得はしたであるが、こうなってくるとこの近くに宿泊施設はなさそうであるな」
そこにあるのは主に雑貨であったり、武器や防具などを扱うような類の店だ。
ざっと見ただけでも、そういった場所がないということだけは分かる。
となれば移動が必要だが――
「ふむ……皆、東西南北のどこから行きたいであるか?」
「別にスティナはどこからでもいいですから、オメエらに任せるです」
「わたしも特に希望はありませんね……」
「……ん、ソーマに任せる」
「皆して主体性がないであるなぁ……」
「どこに行きたいかを聞いてきたオメエが言うんです? 大体結局全部回るんなら、どこから行ったところで同じじゃねえですか」
「いや、よさげな宿を見つけたらそこに決めてしまうつもりであるから、全部回るとは限らんであるぞ?」
「では、尚更どこから行っても同じことなのでは? 手がかりがないことに変わりはありませんし」
「まあそうなのであるが」
というか、だからこそソーマも聞いたのであるし。
ちなみにこの街の目抜き通りは、ちょうど街を四分割するような形で走っている。
中央部分を、東から西へ、そして北から南へ。
ギルドはその二つの道が交差する場所に建てられているのだから、本当に街の中心部に建っているということだ。
そのため、今のソーマ達は街の何処へ行こうとしても苦はないが、そのせいで逆に明確な方針も必要なのである。
だがそんなものはなく……こうなったら仕方ないので棒倒しでもして決めようか、などと考えていた時のことであった。
「あ、基本的にはどこでもいいですが、一つだけ止めといた方がいいことがあったです」
「ふむ……?」
「南だけは止めといた方がいいと思うです」
「ほぅ……その意図を聞いてもいいであるか?
無意味にスティナがそんなことを言うとは思わないが、だからこそ余計気になった。
具体的な場所ではなく、漠然とした方角を指定した以上、そこには何かしらの理由があるはずだろう。
「特に理由があるわけじゃねえと思うんですが、昔から伝統的に南側は素行のよろしくない連中を押し込める場所になってやがるんですよ。なんで、南側にはそういった連中用の場所……まあぶっちゃけて言っちまえば、冒険者用の宿があるとは思うです」
「宿があるのでしたら、むしろ行くべき場所なのでは?」
「……冒険者は、基本的にランクに合った宿を選んで泊まる。……それは色々な理由があるけど、素行がよくない人は大体いい宿には泊まれない」
「ま、そういうことです。そっちにあんのは、あんま質のよくねえ宿ってことですし、普通に考えれば質の良い宿はそんなとこにねえですからね」
「なるほど……」
市民権が与えられようとも、冒険者の扱いは大差ない。
そういうことのようだ。
まあ、当然と言えば当然のことなのかもしれないが。
そしてそれは、場所が変われば常識も変わるが、変わらないこともある、ということでもある。
これもまた、当たり前のことではあるが。
ともあれ。
「では、それ以外の三方向の中から、ということになるであるが……あまり状況は変わっていないと言えば変わっていないであるな。これはやはり棒を倒して占うしか……?」
「あ、ではソーマさん、こういうのは如何でしょうか? 三方向ということで、三手に分かれる、というのは」
「ふむ……」
なるほど、それならば何処へ行こうかと悩む必要はないし、効率的でもある。
問題があるとすれば、それは効率的に宿を探す必要が今あるか、ということだが――
「そういうことなら、我輩は北を探すであるかな。スティナは東、シーラとフェリシアは西、ということでいいであるか?」
「問題はありませんが……何故わたしは当然のようにシーラと組まされているのでしょうか?」
「どうせ一人ではどう街を探索していいのかも分からんであろう?」
「……確かにその通りなのですが……何となく不満が残ります」
そう言って睨みつけるようにこちらを見てくるフェリシアに肩をすくめつつ、口元を僅かに緩めてしまったのは、好ましい変化だと思ったからだ。
自分一人では探索するのが無理だとは分かっていても、それに挑戦しようとしたことが、である。
先ほどの提案は、つまりそういうことなのだ。
もっともそれが分かってはいても、さすがに本当に一人でさせるわけにはいかないので、シーラをつけたわけだが。
それでも、それが好ましいことに変わりはない。
フェリシアにはどことなく、自身の意思が希薄なところがあった。
特にそれは自分にとって完全に未知なものが相手となると顕著で、旅に出た当初はほとんどがこちらの言うがまま動くだけだったのだ。
それが先ほどは自らの意思で提案をし、今度は未知に自ら挑もうとした。
それはフェリシアを連れ出したからこその変化に思え、ならそれが嬉しくないわけがあるまい。
しかしそんなことを考えていると、ふともう一つの視線を感じた。
スティナである。
「どうかしたであるか?」
「……別にどうもしねえんですが、いいんですか?」
「何がである?」
「一人で探索して、そのままスティナはふらっといなくなっちまうかもしれねえんですよ?」
本当にそうしようと思っている人物は何も言わずにそうすると思うが……あるいは、未だにスティナはこちらの意図が読みきれていないのかもしれない。
何故自分と旅をしようとしているのかと、疑っているのだろう。
とはいえそれを語るつもりがないソーマとしては、ただ肩をすくめるだけである。
「ま、そうなった時はそうなった時である。その時は仕方ないと諦めるしかないであるな。というか、そうしたいなら止めんであるぞ? 最終的にはスティナの意思次第なわけであるしな」
「……ふんっ。そうさせてもらうです」
すねるように顔を背けた姿に、ソーマは苦笑を浮かべる。
まあとりあえずは、すぐにいなくなるということはなさそうだった。
「……ところで、集合場所は時間は?」
「そうであるな……」
呟き、ソーマが見上げたのは、ギルドの最上部である。
地上から十数メートル離れたそこはこの街の中で最も高い場所であるらしく、それを象徴するように立派な鐘と時計が存在していた。
一時間ごとに、その時間分あの鐘が鳴らされる仕組みらしい。
ソーマには懐中時計があるが、これならば他の皆も時間が分からなくなるということはないだろう。
「では、昼のことなども考えて、十二時にここ、とするであるか」
「……ん、了解。……姉さんのことは、任せて」
「うむ、任せたであるぞ」
「姉なのに任されるのがわたしではないということがどこか釈然としませんが……まあ、仕方のないことですか。ではシーラ、よろしくお願いしますね」
「……ん」
「じゃ、スティナは気楽に見て回ってくるです。宿以外に何か探すのはあるですか?」
「いや、特にないであるかな。個人的な話ならば別であるが……それは個人で探せばいい話であるしな」
「とりあえず良さげな宿を探せばいいってわけですね。了解です」
「それじゃ、皆また後で、なのである」
そうしてソーマが足を向けたのは、北。
未だ冒険者達と店主がざわめきを作る中、宿と……とあるものを探して、そのまま歩き始めたのであった。




