元最強、ギルドに依頼の完了を報告する
木製の扉を開け放つと、視界に広がったのは見覚えのある光景であった。
ただし厳密に言うならば、眼前にあるそれは、見知ったものと比べ僅かに欠けている。
人の姿だ。
そこはギルドであり、欠けた人とはつまり冒険者であった。
もっとも、冒険者の姿がないのは当然だ。
スムーズに依頼を達成できたとはいえ、ソーマ達がここを後にしてから何だかんだで一時間程度は経過している。
それだけの時間があれば、それぞれが依頼書を手にし、その手続きを終え、遂行しに向かうには十分であった。
そのため、ギルドに入るなり偶然目が合った亜人種の受付嬢の取った行動も、ある意味では仕方がないと言える。
こんな時間に人が来るわけがないと油断しきっていたのか、完全にだらけきっており、反射的に姿勢を正そうとするも、勢い余ってひっくり返ってしまったのだ。
とはいえそれは自業自得でもあるので、同僚である他の受付嬢から呆れの視線が向けられたのは当たり前のことだろう。
そしてそれを見たソーマ達としては、苦笑を浮かべるしかない。
「大丈夫であるか?」
「は、はい……! お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんにゃ……!」
「いや、別にこっちとしては気にしていないのであるが……」
というか、そこまでかしこまり、頭を下げる必要などはないと思うのだが……もしかすると、ここはそういったことに相当厳しいのかもしれない。
ギルドの雰囲気や方針などは、基本的にそこを担当する職員や代行によって異なるという話だ。
考えてみれば、依頼を受ける時も随分緊張した雰囲気であったし、その可能性は十分に有り得た。
まあ、それはともかくとして――
「えーと……それで、その、今回はどのようなご用件でしょうかにゃ? もしかして、先ほどの件で何か不備でもありましたでしょうかにゃ?」
「うん? 不備も何も、依頼が完了したからそれの報告に来ただけであるが?」
「えっ……完了って、もう終わったのですかにゃ!?」
そこまで驚くようなものだろうか、と一瞬思ったものの、考えてみれば普通討伐依頼とは最低でも一日がかりでするものなのだ。
場所次第では数日かかることも珍しくなく、実際ソーマも本来ならばまずは情報収集をしてからと考えていたのである。
確かに一時間程度で終わらせてきたというのは、驚くに値することかもしれなかった。
とはいえ、今回は偶然によるところも大きかったわけだし……いや、どちらかと言えば、単に運がよかった、と言うべきだろうか。
彼女に会えたということも含めて。
「まあ、幸運に恵まれたがゆえ、というところであるかな」
言いつつ視線だけを後方に向けてみると、その件の少女は、相変わらず胡乱げな瞳でソーマのことを見つめていた。
どうやら未だに信じてもらえていないらしい。
それでもここまで一緒に来てくれたということは、検討の余地があると判断してのことだろう。
ならばあとは、これからの話次第だ。
「幸運、ですかにゃ? ――にゃ!? あなたは……!?」
と、受付嬢もその少女――スティナが一緒にいることに、ようやく気付いたらしい。
おそらく最初が最初だったので、慌てていて確認することが出来なかったのだろう。
もっともその様子を見てソーマが思うことは、やはり、そこまで驚くようなことだろうか、ということだが。
スティナがこの街で討伐依頼を受け、その帰る途中だった、ということは道中で聞いている。
つまりこの受付嬢と面識があってもおかしくはない。
しかもこれまた道中の話で、スティナが上級冒険者だということは聞いているのだ。
ならば覚えているのは、むしろ当然だろう。
だが、だからといってソーマ達と一緒にいることは、それほど驚くようなことでもないはずだ。
いや、驚くには驚くだろうが、受付嬢のそれはいささか過剰に見えた。
それとも、この辺の冒険者は互いに助け合う、ということをあまりしないのだろうか?
シーラから聞いた話によれば、上級同士であっても必要とあらば普通に協力し合うということだったのだが……。
「うむ、彼女の協力あってスムーズに討伐対象を倒すことが出来たのであるが……ところで、何故それほどまでに驚いているのである? 偶然助け合うことになった者達が一緒にいるのは珍しくもないと思うのであるが……それとも、スティナ自身が驚かれるような何かをしでかした、ということであるか?」
「失礼なやつですね。スティナはそんなことしてねえ……はずですよ? 普通に依頼受けただけですし。まあ二日ほど留守にしてたですが、場所や相手を考えれば、その程度は驚く理由にはならねえはずです」
「そ、その通りですにゃ。その……驚いたのは個人的な理由によるものですから、あまり気にしないで欲しいにゃ」
「ふむ……そういうことなのであれば、分かったのである」
「つーかそれより協力って、あれは協力とは違うと思うんですが?」
「そうであるか? まあ多少の語弊はあるかもしれんであるが、大差ないと思うのであるが」
「語弊どころの話じゃねえと思うです。……オメエらもそう思うですよね?」
そう言ってスティナが問いかけたのは、両脇にいたシーラ達だ。
同意が欲しかったのだろうが、しかしその言葉に、シーラとフェリシアは揃って首を傾げる。
「同意を示したいところですが……そこで同意をしてしまいますと、何もしていないわたしは寄生しているだけの最低な女ということになってしまいかねませんので、難しいところですね……。まあ少なくともわたし以上に協力はしていただけたと思いますし、そういうことでいいのではないでしょうか?」
「……ん、あの時何もしてなかったのは、私も同じ。……だから、協力してた、でいいと思う」
「しまった……こいつらも同類でしたか。そもそも考えてみたら、スティナと一緒に旅をするとかいうとち狂った提案に同意してた時点で気付くべきでした」
「とち狂ったとはまた随分ないいざまであるな。少なくともそっちにしてみれば悪い話ではなかったと思うのであるが?」
「むしろ悪くねえからこそ、です。上手い話には裏がある。疑うのは当然じゃねえですか」
そんなことを言われ、ジト目を向けられても、ソーマとしては肩をすくめるしかない。
彼女に語ったことが全て……とは確かに言わないが、おおよそのところで間違ってもいないからだ。
去っていこうとするスティナに対し、ソーマは共に旅をしないかと誘った。
ここに来る前、討伐対象であるジャイアントフロッグを倒した後での一幕であるが、ソーマがそうした理由は端的に言ってしまえば一つだ。
借りを返したかったから。
それだけである。
本人がどう感じているのは分からないが、エルフの森でスティナから受けた助言は、ソーマが借りと認識するのに十分なものであった。
それは勿論ジャイアントフロッグから助けたという程度のことでは返せないものだし、多少の怪しさには目を瞑っても問題ないと判断できるものでもある。
そう、当たり前と言うべきか、ソーマはスティナが怪しいということにはきちんと勘付いていた。
下手をしなくとも、実際には多少というレベルでは済まないということにも、だ。
だが全ては、その上での話でもある。
分かった上で、借りがあると判断し、返すべきと思い、共に旅をしないかと誘ったのだ。
あるいは、だからこそ、と言うべきか。
怪しいと思うのであれば、尚更監視しておくべきだと、そういうことである。
もっとも、どちらかと言えば、そっちは建前ではあるが。
怪しいのは確かだが……根は悪くないのだろうと思うし、何か事情があるのだとも思うのだ。
今回再会し、その想いはより強いものとなった。
出来ればそれも見極めることが出来れば、と思うのは、さすがに欲張りがすぎるだろうか。
それをどうにかすることで借りを返すことになればと考えるのは、傲慢がすぎるだろうか。
しかし怪しいというのは明らかにシーラ達も感じていることであり、さらに彼女達自身はスティナに借りはない……自覚がない。
あのことについては話していないので当然だが、そうなるとシーラ達がスティナの旅の同行に賛成する理由はないのだ。
それでも同意を示してくれたというのは、彼女達もスティナが悪い娘ではないのだと思い、ソーマの考えを汲み取ってくれたのだと――
「まあ、実際のところ、彼女の懸念は当然でもあります。と言いますか、ソーマさんと同類扱いされるのはさすがに不本意なのですが?」
「じゃあどうしてあの時は同意しやがったです?」
「反対しても無駄だと思ったからです。ソーマさんのことですから、どうせわたしが反対したところで、何だかんだと言いながら自分の意思を貫くでしょうから」
「……ん、同感」
汲み、取って……?
「ああ……それは何となく分かる気がするですね。そういうことなら、確かに同類扱いしたのは悪かったです」
「いえ、分かっていただけたのでしたら幸いです」
「……ん、でもソーマだから、仕方ない」
「あっれ? 我輩の味方いない気がするのであるが?」
解せぬ、と呟くも……まあ、フェリシア達からは笑みの気配も感じるので、半分ぐらいは冗談だろう。
残りの半分は本気だとしても、それでも彼女達が最終的に是と頷いてくれるのならば十分だ。
ソーマはただ自分の勘と、彼女達と判断と……そして、スティナを信じるだけである。
そんなことを考えながら、様々な意味をこめ、ソーマは肩をすくめるのであった。
既にご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、この作品がネット小説大賞の最終選考を無事突破することが出来ました。
これで受賞が確定しましたので、何とか書籍化させていただくことが出来そうです。
これも皆様の応援のおかげです、いつも本当にありがとうございます。
これからも頑張って更新を続けていきたいと思っていますので、今後も引き続き応援していただけましたら幸いです。




