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元最強、依頼先へと向かう

 木製の扉を開け放ったソーマは、直後に広がった光景に目を細めた。

 何処となく覚えのあるような光景に、やはり大して変わらないのだなと思ったからだ。


 後方にあるのは、冒険者ギルド。

 たった今依頼を受け、出てきたところであった。


 ソーマに続き、フェリシアとシーラもギルドを後にし……何となく二人が出てくる姿を見守っていたソーマの視界に、一瞬だけギルド内部の光景が映る。

 とはいえ、それは当然のように出てくる直前に目にしたものと同じだ。

 冒険者達も相変わらず、微動だにしていない。


 そう、彼らは結局最後まで大人しいままだったのだ。

 気にはなったし、何かを待っているようにも見えたが……まあ、何も言われなかったということは、ソーマ達のしたことに問題はなかったということなのだろう。

 彼らの間でだけ決まっている暗黙の了解的な何かでもあるのか……あるいは、シーラがランク五だということにも受付嬢に驚いた様子はなかったし、ここはそういう、他と比べ少し変わった場所だということなのかもしれない。


 変わっていると言えば、そういえば、何故かディメントに来てから、会う人会う人が優しくしてくれるような気がするな、などとふと思い――


「む……? この思考はいかんであるな……」

「ソーマさん? どうかしましたか? 先ほどから何事かを考えているみたいですが……」

「ん、いや……そんなことないと思っていたのではあるが、どうも我輩自分で思っていたよりも色眼鏡で見ていたようであるな、と思っていただけである」

「はあ……?」


 何のことを言っているのか分からない、といった様子でフェリシアは首を傾げるが、こちらも理解させるつもりはないのだからそれでいいのだ。

 ただ、反省が必要だなと、自分に言い聞かせる。


 場所によって決まりごとが異なるなど、それこそどこでも同じことだし、人から優しくされることを何故かなどと言うことの方が問題だろう。

 魔族だ人類だなどと、それは人類が勝手に決めたことでしかないのだ。

 そんな当たり前のことを思い出しながら、自分もまだまだだと、ソーマは溜息を吐き出した。


「さて、ともあれこれからのことであるが……」

「これからって……依頼を果たしに行くのではないのですか?」

「……ん、基本はそうだけど、まずは情報収集とかが必要」

「で、あるな」


 何せこの街には、本当に来たばかりなのだ。

 周囲の地理的情報や、どんな魔物が出るのか程度のことは最低限知っておくべきである。


「そういえば、今までは新しいところに着いたら、まずは情報収集を行っていましたね?」

「うむ、行動方針を決めるには、とりあえず情報がなければ話にならないであるからな。その点今回は最初の方針が決まっていたため、それを優先したわけであるが……」

「……ここから先は未知だから、情報が必要」


 本当は先に情報収集をしておいた方が効率はよかったのだろうが、この街に着いた時間を考えると、そのままギルドに向かえばちょうど依頼書の張り出しに間に合いそうだと思ったのだ。

 もちろん間に合わなかった可能性もあったものの、その時は改めて情報収集をすればよかっただけのことである。

 だから一先ず情報収集を後回しにしてギルドへと向かった、ということだ。


「なるほど……ですが、今回受けた依頼は確か討伐依頼でしたよね? ソーマさんとシーラでしたら、そのまま討伐に向かってしまっても問題はないのでは?」

「ふむ……まあ、問題ないと言えば、問題ないとは思うであるが……」


 確かに今回受けた依頼の内容は、とある魔物の討伐だ。

 それに、ランク制限がかかっているだけありかなりの高額報酬だった、というのがそれを選んだ主な理由だが、自分達で十分対処可能だと判断出来たのも、大きな理由の一つではある。

 出現する場所や特徴、注意すべき点なども依頼を受けた際に聞いているため、そのまま討伐しようとしたところでおそらく問題はないだろう。


 だが。


「……依頼に、絶対はない。……備えられるなら、備えておくべき」

「最悪何が起こり、どんなのが出てきたところで、我輩とシーラならばどうとでも対処出来るとは思うであるが、状況次第ではフェリシアを守りきれないかもしれんであるからな」


 戦闘に関して、フェリシアは完全な素人だ。

 備えておけるならば、やりすぎということはない。


「それは、そうかもしれませんが……それならば、そもそもお二人が討伐依頼をしている間、わたしはこの街で待っていればいいのでは?」

「いや、それはそれで心配であるし」

「……ん、何が起こるか分からない」

「さすがにそれは心配しすぎだと思いますが……。お二人は相変わらずわたしに対して無駄に過保護ですね……」

「そんなことはないと思うであるがな」


 むしろ最悪の状況を想定しておくのは、義務だろう。


「まあわたしとしては文句はないので構いませんが……ところで、それならば今度は逆に、調べるのは周辺のことだけでいいのですか? いつもはもっと色々調べていますよね?」

「まあ、そうであるな。それなりに大きな街のようであるし、次に立ち寄るところがまた村な可能性があることも考えれば、他にも色々と調べたいところではある。とはいえ、既に依頼を受けた立場であるからな。とりあえず依頼の方を優先とすべきであろう」

「……ん。……報酬が手に入れば、出来ることの幅も増える。……今後の方針も含めて、あとで話し合えばいい」

「なるほど……ですから、一先ず依頼に関係のあることだけを調べる、ということですか」

「そういうことである」


 そんな会話を交わしながら、ソーマ達は一先ずその場から移動することにした。

 何せソーマ達が今居るのは、ギルドの前だ。

 普通に考えて、立ち止まって話をしているような場所ではない。


 とはいえ普通ならば、あまりそういうことは気にしなかっただろう。

 ギルドは街の中心近くにあることが多いが、同時に中心からは外れた、あまり人の来ないような場所にあるからだ。


 しかしこの街独自なのか、ディメントそのものでそうなっているのかは不明だが、少なくともこの街のギルドは中心地そのものにあった。

 目の前を目抜き通りが走り、道を挟んで反対側には巨大な商館が建っている。

 見つけやすくはあったし、最初目にした時にはシーラ共々驚いたものだが……ともあれいつまでもここに居ては明らかに邪魔だ。


 ソーマは二人を伴いながら、ギルドを背にして左側――今回の依頼で指定のあった魔物が現れたという森にも通ずる道を歩き出した。


「あれ? こっちでいいんですか?」


 フェリシアがそう疑問の声を上げたのも、そのことが分かっていたからだろう。


 だがこれで問題はないのだ。

 というか――


「まあそもそも、このまま件の森まで行くつもりであるしな」

「……はい? えっと、情報収集する、んですよね?」

「……ん、する。……ただし、現地で」

「……え? あの、冗談……」

「ではないであるぞ? むしろそれ以外に情報を得る手段がないであるしな」


 もちろんと言うべきか、これは本来ならばフェリシアが正しい。

 現場で不測の事態がないように情報収集をするのに、それを現場でするなど本末転倒だ。


 しかしそうする以外に手段がないのであれば、仕方がないのである。


「大体冒険者における情報収集の基本というのは、同じ冒険者相手かギルドに対して行うもの……つまり普通は、依頼を受けたらそのままギルドで情報収集をすべきなのである」

「……ん、でもそれは、普通の依頼の場合。……ランク制限がある依頼では、そんなことはしない。……無駄だから」

「無駄って、何故ですか?」

「ランク制限があるのは基本三以上……要するに、その依頼はギルドにとってのお得意様に向けてのものなのである。そのため、ギルドも相応の手間をかけてくれている、ということであるな」


 普通の依頼は、それこそ依頼の概要と報奨金、討伐依頼であればどこそこにそれが出現した、程度のことを知らされるだけだ。


 だがランク制限がある討伐依頼は、それに加えてもっと詳細な情報も伝えられる。

 周囲の地理的情報、自分達が調べ、あるいは冒険者達に聞いたこと。

 誰に聞いてもそれ以上のものは分からないだろうということが、だ。


 わざわざこちらが情報収集をしなければならない手間を省いてくれるのである。


「……あれ? ということは、最低限の情報は既に集まっているのではないですか?」

「そうであるな。字面の上だけでは」

「……? どういう意味です?」

「……そのまま。……間違ってるかもしれない、ということ」


 状況というものは、刻一刻と変わっていくのだ。

 ギルドが調べた時には正しかったかもしれないが、今は違う可能性もある。


 そしてそれは一日どころか、僅か数分の間にすら起こりえることなのだ。

 ランク制限が必要なものがいるとなれば、尚更である。


 だからこそ、現場に行って確認しなければならない、ということであった。


「なるほど……つまりどちらかと言えば、情報収集よりは偵察、ということですね?」

「厳密には、威力偵察、と言うべきかもしれんであるがな」

「……偵察どころか、そのまま討伐してしまいそうな気がするのですが?」

「……ん、その可能性は否定しない」

「それが出来るのであればそれはそれで構わんであるしな」


 あくまでもまずはより正確な情報を得ることを――フェリシアの安全を確保することを目的とするものなのだ。

 その上で問題なく倒せると判断出来たのならば、倒してしまったところで問題はないのである。


 とはいえ、そうならない可能性も、またそれなりに高い。

 情報というものは、伝え聞くだけでは分からず、正確性に欠けることも多いのだ。


 例えば、直接この街に来なければ、人類種以外の種族がこれほど多く住んでいるということも、亜人種が受付嬢をやっているということも分からなかったように、である。


 そんなことを思いながら、ソーマは街行く人々の姿を眺め、目を細めた。


「ま、なんて偉そうに言ってみたところで、こういった冒険者に関するあれこれは、我輩もそのほとんどをシーラから教わったのであるがな」

「……でも、現場での情報の再確認の重要性を教えてくれたのは、ソーマ」

「言ってはみたものの、実際に試す機会はなく、ぶっちゃけ今回が初めての実践なのであるがな」

「とりあえず、お二人が共に頼もしいということが分かり何よりです。まあ、最初から知ってはいましたが」


 そうして、やはり普通としか思えぬ街中を歩き、抜け……そのままソーマ達は、街の外へと踏み出した。


 そこに広がっているのは草原であり、少し離れた場所に、件の森の姿が見える。

 その光景を前に、ソーマは肩をすくめた。


「ディメントには荒野ばかりが広がっている、という話であるが、こういうのも伝え聞く情報との差異であるな」

「なるほど……確かにわたしも、魔族というものが実際にはどんなものなのか知ってはいたはずなのに、最初は驚きましたし……自分で情報を確認することの大切さ、ですか」

「……ん、私も森を出てそれを実感したし……ソーマに出会ってからは、尚更」

「うん? 我輩何かしたであるか?」

「……色々?」

「ああ、それはわたしも何となく分かりますね」

「我輩は当たり前のことしかしていないはずなのであるが……解せぬ」


 そんなことを呟きながら、もう一度周囲を見渡し……そこでソーマが首を傾げたのは、魔物の姿も、気配すらも感じなかったからだ。

 備考として、道中そこそこ魔物が出る、などと言われたのだが――


「はて……まだ他の冒険者はギルドにいるはずであるし、討伐された、というわけではないであるよな?」

「……討伐されたにしても、いなすぎ?」


 街には魔物避けの結界が張ってあるようだが、周囲に魔物が出るのは今日張り出されていた依頼書の数を見ても明らかだ。

 全部をはっきりと見たわけではないものの、魔物による被害に関してのものがそれなりの数あったのは間違いない。

 あと魔物の討伐依頼は常設のものがあるはずだし……それが必要がないような場所には、そもそもあれほど立派なギルドが出来るはずもないのだ。


 そうなると、ここには普段それなりに魔物がいるはずであり……だが今は何故か、その姿を見かけない、ということになる。


「何か異常事態が起こったのであれば、それこそ依頼書として出されていたでしょうし……昨日倒しすぎてしまった、とかでしょうか?」


 迷宮ではないのだから、魔物を倒したところで、一定時間で復活するようなことはない。

 それでも魔物が絶えないのは、それほど多くの魔物がいるということだが、当然倒しまくればその分魔物の数は減る。


 その可能性もなくはないが――


「……ま、とりあえず今はいいであるか。何かあったのならば、帰りにギルドに寄った時何か情報があるであろうしな」

「……ん、今は考えたところで、分からない」

「それもそうですね」


 そう結論付けると、とりあえずソーマ達は件の森へと向かった。


 しかし一応警戒はしていたものの、道中ではやはり魔物の気配を感じることすらなく、順調すぎるほど簡単に、呆気なくそこへと辿り着く。

 目の前に広がっている森は雄大ではあるのだが、どことなく小さくも感じてしまうのは気の持ちようのせいか。


「うーむ、これは……」

「……ちょっと、手応えがない?」

「楽なのはいいことだとは思うのですが……」


 三者三様に首を捻りながら、それでもやはりとりあえず行ってみるしかない。

 先に進めばさすがに件の魔物はいるだろうと、気が抜けそうになる心に気合を入れ、引き締め――


「い、いいからちょっと落ち着くです! スティナを食ったところで美味くはねえですよ!?」


 そんな、ソーマにとってはどことなく聞き覚えのあるような声が耳に届いたのは、その瞬間のことであった。

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