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元最強、魔族領で依頼を受ける

 受付へと向かっている最中、後方からどことなく気の抜けたような雰囲気が漂ってくるのをソーマは感じ取っていた。


 とはいえ、その理由が不明なので、ソーマとしては首を傾げるしかない。

 もしかして、初顔には優先して依頼を取らせてあげるような、そんな決まりでもここにはあるのだろうか、などと思いつつも、受付へと辿り着く。

 そしてそこでソーマは、そこに立っていた人物に思わず目を瞬いていた。


 見知った顔だったわけではない。

 なのに驚いたのは、その頭部に人ならざる耳が生えていたからだ。


 別にソーマは亜人種を見るのが初めてだというわけではない。

 混成国家ラディウスにとって、亜人種は人類種の次に数の多い種だ。

 外に出ることはほぼなかったといえ、ソーマは割と最近まで王都にある王立学院に通っていたのである。

 見たことがないわけがなかった。


 しかしその王立学院に通っていた者達からしてそうだが、混成国家などと言いつつも、ラディウスに住んでいるのはその大半が人類種だ。

 他の種族が住むのを歓迎しているし、実際に住んでもいるものの、その比率は一割にも満たない。

 亜人種が多いとは言っても、適当に歩いていれば一人ぐらいは見かけるかもしれない、という程度でしかないのである。


 とはいえそれでも他の国――特に隣国でもあるベリタスと比べれば、遥かにマシだ。

 完全に人類種の国であるベリタスには、奴隷でもなければ他の種族は一人も住んでいないからである。


 そしてラディウスの前身がベリタスの一部であったことが、混成国家であるにも関わらず、人類種に比率が偏っている理由だ。

 要するに、元々人類種しか住んでいないのだから、人類種に偏るのは当然なのである。


 しかもラディウスが他国と面しているのは二箇所しかなく、その片方は魔族の住む地へと通じ、さらにもう片方はそのベリタスだ。

 他の種族の移住を歓迎しようとも、来るに来れないのである。

 最近ではベリタスの国内でゴタゴタが起こっているため、少しずつ他の種族も増えてきているようだが、比率に表れるにはまだまだかかるだろう。


 ともあれ、そういったこともあり、他の種族を見るのは珍しいというほどでもないのだが、ソーマにしてみれば亜人種がギルドで受付嬢をしているというのは少々予想外なのであった。

 と。


「もしかして、獣人種が受付やってるのを見るのは初めてですにゃ?」

「む……」


 どうやら、あまりにもジロジロ見すぎてしまっていたようだ。

 そう言った受付嬢は笑みを浮かべてはいたものの、そのネコ耳が何かを抗議するようにピクピクと動いている。


 ソーマにとってこの光景が珍しかったのは事実だが、それは相手を視姦していい理由にはならない。

 素直に頭を下げた。


「その通りだったのではあるが、不躾に眺めてしまいすまなかったのである」

「……ん、ごめん」

「確かに、ジロジロと見ていては失礼でしたね。申し訳ありませんでした」


 自身の言葉に二人も続いたことを、一瞬おやと思ったが、ソーマの無作法を一緒になって謝ったわけではなく、二人も受付嬢のネコ耳が気になって見ていた、ということのようだ。

 まあ、シーラは分からないが、フェリシアはあの森からずっと出たことすらなかったのである。

 ここまでの道中も色々と物珍しそうにしていたので、今回のこともソーマと一緒になって見てしまったというのも分かる話だ。


 いや、分かるからといっても、失礼なことに変わりはないのだが。


「ああ、いや、別にあち……私は気にしてないから、大丈夫ですにゃ。他ではあまりないことらしく、珍しがられるのは慣れてますからにゃ」

「ふむ……そうであるか?」

「それよりも、お仕事ですにゃ。依頼書を持ってきたんですにゃよね? 確認しますから、お渡しくださいにゃ」

「了解なのである」


 気にしない、と言ってくれるのであれば、それに甘えるべきだろう。

 実際のところ、これ以上彼女の仕事の邪魔をすべきでもない。


 不思議と何故か未だに他の冒険者達は動いていないが、これから彼らも依頼書を持ってやってくるはずなのだ。

 早く終わらせることが出来るのならば、そうすべきである。


 そんなことを考えていると、依頼書に目を通していた受付嬢が小さく驚きの声を上げた。


「これ、ランク指定依頼にゃね……しかも、五以上……? 何でこの街にそんな依頼が……ああいや、そういえば、今朝そんな依頼が来たとか言ってた気がするにゃ……。えーと、大丈夫なのですかにゃ?」


 それは多分、二重の意味でだろう。


 ソーマは見た目子供であり、他の二人は怪しげな格好。

 ついでに言えばその二人の背もソーマと同じぐらいであるため、単純に実力を疑うのは当然だ。

 そして勿論、必要なランクに達しているのか、ということも。


 そこでソーマがシーラに視線を向けたのは、ソーマの冒険者ランクは五に達していないからだ。

 というか、シーラと旅をしたあの時以来、今の今までギルドに寄ることすらなかったため、未だ最低ランクのままである。


 しかしシーラのを提出すればそれで問題はないはずであり、ギルドカードはこっちでも共通で使えるという話だ。

 その話をソーマに聞かせた当の本人であるシーラは、当然そのことを理解しており――


「……ん」


 ソーマの視線に頷くと、シーラは自身のギルドカードを受付嬢へと差し出したのであった。







「あー……もうめちゃくちゃ緊張したにゃー。こんなに緊張したのは多分最初にここで働いた時以来……もしかしたら、その時以上だったのかもしれないにゃ……」


 少年達がギルドを後にしたのを確認した瞬間、エミリはそう嘆くように呟きながら、その場に突っ伏した。

 それは偶然にも妹がとっていた格好と同じではあったものの、そんなことを気にしている余裕もない。


「それにしては、随分と普通に対応してたじゃない?」

「あちしが受付嬢やって何年経ってると思ってるにゃ? それぐらい出来て当然にゃ。……まあ正直あちしのところに来たときはそのまま逃げ出したかったけどにゃ」


 友人であり同僚でもあるデモニスの少女の言葉にそう返せば、肩をすくめられた。

 背中の片羽が共に動き、同意するように軽く羽ばたく。


「ま、でしょうね。あたしは自分のとこに来ないでよかったって思ってたし、ジッとあんたのネコ耳が見られてたからむしり取られるんじゃないかって期待……いや、心配してたけど」

「今は冗談に付き合う気力もないにゃ……」


「ありゃりゃ、こりゃ重症ね。ま、無理もないだろうけど。ただ、出来るだけ早く回復しなさいよ? あいつらも少しは気を使ってくれるだろうけど、どうせすぐにそんな余裕なくなるんだから」

「分かってるにゃ……」


 それに気の毒だったのは冒険者達も同じだ。

 あの三人組がいなくなった途端依頼書の奪い合いが発生し、それどころか軽い乱闘騒ぎにすらなっているが、それは先ほど受け続けたストレスを解消するためでもあるのだろう。


「見られてたっていうか、見張られてたっていうか……あいつらの心の声が聞こえてくるようだったわね。あの時ばかりは、全員同じ事考えてたでしょうねー」

「依頼書持ってこっちに来た時露骨に安心してたしにゃー。見咎められないか心配になったぐらいだったにゃ」


 もっともそれも、分かる話ではあった。

 明らかにやばいと思えるような人物が、何故だか自分達のことを見ているのだ。

 どうするのが正解なのか分からない以上、依頼書が張り出されようとも迂闊に動くわけにもいかない。


 だというのに、依頼書が張り出されても件の人物は動こうとせず、さらには意味深な会話すら交わしていたのだ。

 気が気ではなかっただろう。


 そうしている間に依頼書を持ってこっちに来てくれたのだから、どれだけそこで安心したのか分からない訳がない。


「ところで、あの子……いや、あの人? まあともかく、持って来た依頼書って結局何だったの? なんかランク制限とか言ってたのは聞こえてたんだけど……あれって今朝言われてたやつのことよね?」

「依頼そのものはただの討伐依頼にゃし、割もかなりいいにゃね。ランク五なんてものになれてれば、にゃけど」

「ああ、討伐対象がアレってタイプね。……本当にランク五以上だったのよね? 確かに明らかにランク五以上って感じではあったけど、幾ら力が法とか言われてるここでも、それ破ったらただじゃ済まないわよ?」

「だからあちしがここで何年働いてると思ってるにゃ。それら辺はちゃんとしてるにゃ。まあ、渡されたギルドカードは隣の……女の子? のだったけどにゃ。だから余計驚いたんにゃけど」

「え、それ本当? あの人が気になりすぎて他に二人いたってことしか意識してなかったけど……その調子だともう一人もやばそうねえ。というか、本人が出さなかったのって、もしかしてそのことをそれとなく伝えるため?」

「あるいは、そっちの方がやばいと思った、とかかもしれないにゃ」


 所詮外れであるここでは、よくてランク三程度の冒険者しかいない。

 ランク五のギルドカードを本当に提示されてさえ、エミリは何とか驚くのを堪える事が出来た、という程だったのだ。

 しかもそれは先日同じものを見ていたからで、それよりも上のものを見せられては驚かないでいられた自信はない。

 もしかしたらそういうのを察知されていたのかもしれなかった。


「ああ、受付嬢が驚くってのはよっぽどのことだし、ただでさえ混乱振りまいていったんだから、そこは気を使ってくれた、って可能性は確かにあるわね。まあなら最初から混乱振りまかないで欲しいんだけど」

「それは仕方ないにゃ」


 結局あの人が何だったのかは分からないままだが……ギルドの抜き打ち査定だったり、あるいは魔族の上の方が何かを確認しにきた、とかだったりするのかもしれない。

 何にせよ、受付嬢でしかないエミリにはあまり関係がなく……関わりたくもないことだ。


「それにしても、先日といい、制限依頼が張り出されると、変な人が来てすぐに持っていってくれるわね? こっちとしちゃどうせ塩漬けにしかならないものだから助かるんだけど……もしかして、それを懸念したギルドがああいった人を送ってくれたりするのかしら?」

「ギルドがそんなとこまで気を使ってくれるなんて聞いたことないんにゃけど……ギルドって言えば、代行はどうしたにゃ? 考えてみれば、ああいう人って普通代行が相手しないかにゃ?」

「あの人が来るなり急にお腹が痛くなったとか言って引っ込んだわよ?」

「マジあの代行使えねえにゃ……幸運の星の下に生まれたから自分がすることは何でも上手くいく、とかいっつも豪語してる割に。この前もそうだったし、嫌なことから逃げるだけな気がするにゃ」

「それでも代行になれたあたり、実力や人望もそれなりにあるんだろうけど……っと、どうやらのんびり出来るのはここまでみたいね」

「にゃ?」


 その言葉の意味が何となく理解出来たので、依頼書の張られている方へと視線を向けてみれば、予想通り乱闘は治まりつつあるようだった。

 あの様子では、あと幾ばくかもしないうちにこっちへと殺到してくることだろう。


「回復はできた?」

「正直なところまだ休んでたいけど、言ってもいられないにゃね」


 受付嬢を何年も続けているのは、伊達ではないのだ。

 エミリは身体を起こすと、今からやってくる修羅場を乗り越えるため、一つ息を吐き出すと、意識を切り替えるのであった。

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