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元最強、妹と久しぶりに会う

 少女の流す涙に焦りまくっていた時から、三十分ほど後のこと。

 ふぅ、危なかったである、などと独りごちるソーマは、屋敷の廊下を歩いていた。


 外から戻ってきたわけではあるが、その足取りは堂々としたものだ。

 外に出ていたことを隠している様子がないのは、その必要がなくなったからであった。


 ただしそれは、外出が許可されるようになったからではない。

 ソーマは一年前から変わらず、その許可をもらえていないのだ。

 というかそもそも、それを禁止した母親と、ここ一年顔すら合わせていないのだから、当然のことではあるのだが。


 では何故外出しているのを隠す必要がなくなったのかといえば、幾つかの複雑な事情が絡み合っており――


「――お?」

「――えっ?」


 と、廊下の角を曲がった瞬間、不意にソーマは見知った顔に遭遇した。


 性別は女であり、顔は自分に似通っている。

 ただし背は自分より幾らか小さく、さらには年齢は一つ下だ。


 まあ端的に言ってしまうのであれば、ソーマの妹である、リナであった。


「おお、リナではないか。久しぶりであるな?」

「そ、そうですね、に……ソーマ、さん」


 だがソーマは親しみを感じさせる笑みを向けたのに対し、リナは少々他人行儀気味だ。

 そもそも視線を合わせる事がなく、むしろ目は泳いですらいる。

 極めつけは、ソーマの呼び方であり――


「ふむ……元気そうで何よりであるが、昔みたいに兄様とか呼んでくれてもいいのであるぞ?」

「……いえ、そういうわけには、いかないのです」

「むぅ……」


 まあ駄目だろうなと思ってはいたが、やはり駄目であった。


 何せリナと顔を合わせるのも、約一年ぶりだ。

 昔と同じようにするのは難しい、ということは理解しているのだが――


「……む。そうである」


 ふとそこでそれを思い付いたのは、妹が妙に疲れているように見えたからだ。

 かといって、多分屋敷では今心を休めることは出来ないだろうし……だから、気分転換をするのはどうかと、そう思ったのである。


「少し疲れているようであるし、たまには外に出るのはどうであるか? ほら、昔に一度、一緒にここを抜け出したこともあったであろう? あの時のように、我輩と一緒にまたあそこに――」


 だが。


「――お心遣いは嬉しく思いますし、折角のお誘いなのですが、わたしにはそんなことをしている暇はないのです。に……ソーマさんも、そんな無駄なことはさっさとやめて、もっと建設的なことをしたらどうなのですか? そうすれば……いえ、何でもないのです」

「ふむ……? リナ……?」

「……では、こんなところでこれ以上時間を無駄にするのも惜しいので、失礼するのです」


 それだけを告げると、リナは本当に忙しげに、その場からさっさと去っていってしまった。

 振り返ることすらなく、見送るソーマの視線の先で、その後姿が曲がり角へと消えていく。


 一人残されたソーマは、視線をそのままに、何となく頭を掻いた。


「ふうむ……言われてしまったであるな。ただ、一概に無駄とも言えんのであるがなぁ……」


 特に今日は、意味があったと思う。

 そしてそれが今までの成果だというのであれば、やはりそれまでのことにも意味はあったのだろう。


 まあその弁明に意味があるかは別であり、さらには弁明する相手はとっくに目の前から姿を消してしまったわけではあるが。


「月日の流れは残酷、とでも言うものであるかな……」


 兄様兄様と言いながら、自分の後ろを引っ付いて来ていたかつての妹の姿を思い浮かべながら、ソーマは肩をすくめたのであった。


















「ふむ……やはり我輩はいつの間にか嫌われてしまった、ということなのであろうか?」

「それを私に言われたところで答えは出しようもないが……さて、どうだろうな?」


 授業時間の最中、片手間にと朝にあったことを話したソーマに、カミラはそう言って肩をすくめた。


 実際のところ、そう言う他はない。

 ソーマの妹であるリナにはカミラも何度か会った事があるが、親しい関係ではなく、またカミラもここ一年以上会えてはいないのだ。

 そんなリナがソーマのことをどう思っているのかなど、分かるわけがない。


 もっとも、ある程度の推測ぐらいならば、可能ではあるが。


「それより私としては、その前の話の方が気になるけどな」

「うん? アイナのことであるか?」

「ああ。魔法が使えないっていうから視てみたら、変なものが見えたから斬ってみたとか、相変わらず過ぎるだろ」

「ふむ……そうであるか?」

「いや、せめてそれぐらいは自覚しろよ。まあ一年ぶりに遭遇した妹におまえは暇だとか言われるあたりも、おまえらしいと言えばらしいけどな」

「んー、何がらしいのかはちと分からんであるが……まあ、暇なのは事実であるのだし、確かにその通りだと言えばその通りではあるか」

「あん? いや、そういう意味じゃねえっての。というか、お前が暇なら、この国には怠け者しかいないことになるだろうが」

「そうであるか……?」


 それはさすがに言いすぎであろう、などと言いながら、手元の本に目を通していくソーマの姿に、カミラはつい溜息を吐き出した。


 高等部どころか、その上の研究機関で行われた研究結果を眺め、それに的確な意見を述べていく人間が、暇なわけがあるまい。

 確かにある意味で、それを可能とするのは時間のある人間だけではあるだろうが……生憎とカミラは、それを暇と呼ぶような世界を知らなかった。


 たとえ究極的には、そこに意味がなかったとしても、だ。


「……ま、そういう意味ならば、あの娘がそんなことを言いたくなかった気持ちは分からんでもないんだけどな」


 何せリナは、現在公爵家の当主となるべき勉強を行なっているのである。

 年齢を考えれば、それは明らかにやりすぎであり、相当の無茶をしているのだろう。

 そんなところに、ちょっと外に出て気分転換でもしようぜ、などと暢気に言われたら、そう言いたくなるのも無理ない話だ。


 ただしそれは、ただの八つ当たりでしかなかった。

 何と言っても、そもそもそれを望んだのは、リナ自身だからだ。


 まあここら辺のことはソーマに伝えていないことではあるのだが、ソーマが無能と判断された直後、実はカミラはリナのこともスキル鑑定している。

 これはリナも無能であったらその後のことを考えなければならないという、ある意味で当然の判断だったのだが……結果的にはそれが不幸を呼び寄せてしまったと言えるだろう。


 何せリナは、無能どころか有能だったのだ。

 それも、飛びきりの、である。


 だから、リナは判断出来てしまったのだ。

 判断、してしまったのである。

 自分が兄の代わりとなることが、最も全てが上手くいくということを、理解出来てしまっていたから。


 そしてその恩恵は、ソーマにも確実に降り注いでいた。

 例えば、ソーマが今自由に外に出る事が出来るのは、間違いなくそのおかげだ。

 ソーマは現在この屋敷でカミラを除きほぼいないものとして扱われており、そのために外出を見咎められることはないのである。


 それは一見酷い扱いにも見えるが、つまりソーマを縛るものが何もないということだ。

 或いは人によってはそれを悪い方向に考えていたかもしれないが、少なくともソーマがそう捉えることはなかった。

 もしかすると、それを分かっていたからこそ、ソフィアはソーマの扱いをそうすることにしたのかもしれないが。


 まあともあれ、故に今のソーマの生活があるのは、確かにリナのおかげでもあるのだ。


 とはいえ、ソーマはその辺のことを知ってはいないはずだが……おそらく、予測は出来ているのだろう。

 だからこそ、余計にリナのことを気遣ったのである。


 そしてそれは……多分、当時のリナであれば、素直に受け取ることが出来たはずのものであった。

 しかしそうならなかったのは、一年で心境の変化があった……いや、起こさせられたからだろう。


 公爵家の当主となるべき勉強というのは、ソーマがかつてやっていたものとは僅かに異なるものだ。

 それはソフィアが敢えて一部のことを教えないようにしていたためではあるのだが……そのため、リナのことを教えている家庭教師の数は、ソーマの時と比べるとほんの少し増えている。

 帝王学などを教える人間ということだが……どうにもその中の一人が、あまりよろしくないタイプだという噂を、カミラは小耳に挟んでいた。


 何でもそいつは、自分が教えた人間が上にいくことで悦を感じる人間だという話だ。

 しかもそれだけならばまだしも、そいつはそのために他の人間の足を引っ張るのだという。

 いや、より正確に言うならば……他の者を蔑むことで、その者の立場が相対的に上がったと思わせ、それに感謝されることで悦を覚えるとか。


 まあ言うまでもなくカミラは心底嫌いなタイプだ。

 そしてさらに悪いことに、この屋敷には今、そいつが蔑む標的となる人物が存在していた。

 これまた言うまでもなく、ソーマである。


 面識はなく、現在公的には居ないことになっているソーマだが、完全に隠しきれるはずもない。

 さらには屋敷で働いている使用人よりも、家庭教師の方が立場は上なのだ。

 情報提供を求められれば、拒めまい。


 その結果どんな話がされているのかは……おそらく想像の通りだろう。

 まったく胸糞悪い話である。

 ついでに言うならば、そんな話を聞かされ続けているであろうリナにどんな影響を与えているのかは、考えたくもない。


 リナは歳の割には聡明で、早熟ですらあったが、まだまだ子供なのだ。

 どうしたって、周囲の人間の影響を受けやすい。

 それが分かっているからソフィアはなるべく厳選したらしいが、それでも全てが叶うことはなかったのだろう。


 そして悪影響を与えるからといって、具体的な何かでもなければ、そいつを排除することも出来ない。

 ここは公爵家であり、しゃくなことに、そいつの教えている分野はあまり教えることの出来る者がいないものなのだ。

 うかつな真似は出来ない。


 逆に言えば、具体的な何かがあれば確実に排除されているので、今のところそれほどの影響はないのだろうが……さて。

 兄妹間の関係に若干のひびが入ってそうだが、それも公的には存在しないことになっているのだ。


 まったく――


「色々と、ままならないもんだな……」


 そんなことを考えながら、本を読み続けるソーマへと、カミラは小さな呟きをこぼした。

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