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元最強、情報を得る

「ふむ……それは確かに知りたいと言えば知りたいであるが、別に一番ではないであるぞ? 出来れば今日中に片をつけたいであるからな」


 そう言って返してきたソーマに、少女は苦笑を浮かべた。

 多分そう返してくるだろうなという予想そのままだったからだ。


 しかしだからこそ、続ける言葉によどみはなかった。


「何の目的でオメエが動いてるのかは知らねえですが、とりあえずそれは止めといた方がいいと思うです。とりあえず儀式を中断するだけならば贄を何とかすればいいだけですが、それだと根本的な解決になってねえですし……そのせいで、アレも納得しねえでしょうしね」

「ふむ……? どういうことである?」


 何故こんなことを喋っているんだろうか、という思いは、当然のようにある。


 だがこれは、仕方のないことなのだ。

 さすがに何も喋らずに見逃されるとは思わないし、何となくでしかないものの、嘘を吐いたところで見破られるという予感もある。

 だからこそ、喋れることとなればこれしかない。


 そう、だから仕方ないのだと、自分に言い聞かせるようにして心の中で呟きながら、口を開く。


「簡単な話です。別に贄はアレである必要はねえですからね。……これからアイツらが行おうとしてる儀式がどういったものなのかは、もう分かってやがるんですよね?」

「まあおおよそ見当が付いてはいたであるが……その『贄』という言葉で確信した、というところであるかな。むしろそっちが何故それを知ってるのか、という方が気になるであるが?」


 それは当然の疑問ではあろうが、肩をすくめて流す。

 全てを丁寧に教えてやる義理はないのだ。


「ま、それでですね、確かにアレが居なくなったら困るですが、その場合は別の贄を探して用意するだけです。しかもさすがにアレじゃない場合は今回やろうとしてることは無理でしょうから、定期的に贄が必要となるはずです。もちろん拒むのもありですが、その場合はエルフが滅びるだけですし、誰かが代わりにやることでしょうね。もっとも最終的には変わんねえでしょうけど」

「ふーむ……よく分からんであるが、とりあえずフェリシアを助けるだけでは駄目ということであるか。まあ多分そうだと思っていたというか、フェリシアが逃げれば済むのであれば、ああして素直に従っているはずがないとは思っていたではあるが……ではどうすればいいのである?」


 首を傾げているその姿からは、こちらの言葉を疑っている様子は見られなかった。

 だからだろう。

 余計なことを聞いてしまったのは。


「……自分で言うのもなんですが、こんな如何にも怪しい女の話をまともに聞こうとするなんて、正気です?」

「別に話を聞くだけならばタダであろう? 実際どうするかはその話を聞いてから決めるだけであるし」

「……まあ、別に、構わねえですが」


 何というか、どうにも先ほどから調子が狂いっぱなしだった。


 そもそも本当に、どうしてこんなことを喋っているのか、という話である。

 折角障害となる可能があるものを排除しようとしていたのに、このままでは今までの苦労が水の泡だ。

 まあそれを言ったら、今まさに目の前に、最大の障害となりそうなのが存在しているのだが。


 いや……あるいはそのせいかもしれないと、そんなことを思う。

 これがいるのに比べれば、別にアレが生きている程度何の問題にもならないだろう。


 そうだ、だからこの場から逃れるのが最優先なのだと、それを果たすために言葉を続ける。


「で、やることそのものは単純です。森神をぶっ潰せばいいだけですから。ただ、後のことを考えると、それだけでもまずいですが」

「うん? 何故である?」

「この森でエルフ達が尋常じゃねえ力が発揮できるのは、森神のおかげだからです」

「ああ、そういえばそうであったな。そうなると……確かにその場合は、非常にまずいことになりそうであるな」

「それが分かってたから、アイツらは森神を封印してたんですしね」

「うーむ……というかそもそもの話、何故エルフはそれを封印していたのである? 神と呼んで敬っていたのであるよな? まあ、怯えていたあたりからすると、何となく想像することは出来ているのであるが」

「大体想像通りだと思うですよ?」


 神と呼んで敬っていたのは、結果的とはいえ自分達に力を与えてくれていたからだ。

 だが同時にそれは、自分達のことを食らう存在でもあったのである。


 なのにそこから逃げずに歪な共存関係を続けていたのは、逃げたところで別の種族から搾り取られるだけだからだ。

 それを何とかしようと、エルフ達は神とすら呼んでいたものを封印してしまうことにしたのである。

 当時の族長達が、自らの命を引き換えにして。


「それが昔の儀式、であるか……まったく、少しは予想から外れててもよさそうなものであるが……。しかし、本当によくそんなこと知っているであるな?」

「……ま、どれだけ隠そうとしたところで、隠せねえもんはあるってだけです。それに知ったところで意味があるかは別ですしね」


 今の族長を多少揺さぶることは出来たものの、本当にその程度だ。

 しかもそれも、相手が焦っていたからである。

 使った労力に見合うかと言えば、間違いなく見合っていない。


「ふむ……で、結局どうすればいいのである?」

「今までずっと封印させられていたわけですから、とりあえずまず間違いなく暴れるとは思うです。だからそこを取り押さえて、言うことを聞かせれば問題はなくなると思うです。ま、当然それが出来ればの話ですがね」


 得られた情報によれば、森神は時間経過と共に力を増していくタイプらしい。

 それは封印の間も続いているらしく、下手をすればその力は実際に神の力に近いのではないだろうか。


 そんな風に単純に強大であることに加え、力の性質としてはおそらく既にこちら側だ。

 それこそ魔王でもなければ、従えるのはほぼ不可能だろう。


「なるほど……では、その場所は何処なのである?」

「……本当に分かってるんです? 森神を倒し、従えなければならねえんですよ?」

「と言われても、結局やってみなければどうなるかは分からないであろう? ま、無理だったら、その時はその時である。さすがに死ぬよりはマシであろうし、その時は大人しくエルフ達には我慢してもらうしかないであるな」


 まるで常識を口にしているようなその姿からは、森神など倒せて当たり前だと言っているように見えた。

 そんな相手ではないはずなのだが……いや、あるいは確かに彼ならば倒せるのかもしれない。

 そして考えてみたら、それはそれで問題なかった。


 森神と魔女という不確定要素二つが潰し合ってくれるのが理想ではあったが、そもそも魔女を贄としても森神をどうにか出来るかは不明瞭だったのである。

 ならば森神を倒してくれるというのは、望みこそすれ否定する理由はない。

 その代償と考えるならば、魔女が生きていることぐらいは許容範囲内ではないだろうか。


 そんなことを考え……そうだ、そのためにここまで色々と話したのだと、自らを納得させた。


「……ま、そこら辺は好きにしたらいいです。こっちの知ったこっちゃねえですし」

「うむ、そうさせてもらうのである。……ところでふと思ったのであるが、今日その森神とやらを倒すのは駄目なのであるか?」

「今はまだ一応封印されてる状態ですからね。それを解くのはエルフにしか出来ねえですから、どうしようもねえです」


 止めたのは、それも理由の一つなのだ。

 今から行ったところで、彼らを混乱させるのが精々である。

 そんなことをしたところで、何の意味もないだろう。


「ふむ、そうであるか……で、その場所というのは何処なのである?」

「この森の中で一際大きい樹があると思うですが、その頂上の空間から繋がった場所があるです。そこにはエルフの族長の家があって、さらにはその場所へと繋がる道もあるです」


 つまりは閉じた空間をまずどうにかしなければならないのだが……そのことを敢えて口にすることはなかった。

 何となく、目の前の少年はその程度のこと朝飯前にこなしそうだと思ったからだ。


「要するに、まず族長の家に侵入する必要がある、ということであるか……」

「潜入方法とかは特にねえですから、そこは自分で頑張れです。……じゃ、良いことはもう教え終わったですし、これで失礼するです」


 そう言ってその場から立ち去ろうとすると、ソーマが意外そうな顔をした。

 それはむしろこちらが首を傾げることであり――


「ふむ? 何か我輩に用があったのではないのであるか?」

「あー……」


 確かにそれは、当然の疑問であった。

 後をつけていたのだから、何か用事があると思うのが普通だろう。

 もう完全に用事は済んだ気になっていた。


 結局何故ソーマがここにいるのか、ということは聞けていないままなのだが……さすがにそれを聞くのは不自然極まりないだろう。

 まあ今の今まで完全に忘れていたし、その理由を知るのは諦めるしかなさそうだった。


「まあ、確かに用事はあったんですが、もう必要なくなったから気にしなくていいです」

「そうであるか? ふむ……まあとりあえず、色々と教えてくれて助かったのである」

「……別に気にする必要はねえです。こっちも思惑あってのことですから」


 むしろ本当に、感謝される謂れなどはないのだ。


 まったく自分は何をしているんだろうかと、そんなことを思いながら振り向くと。

 少女は早々に、その場を後にするのであった。








「……む。そういえば、名前を聞くのを忘れていたであるな」


 去っていった少女のことを見送りながら、ふとそのことを思い出すも、その時には既に少女の姿は見えなくなっていた。

 しかし溜息を一つ吐き出すと、ソーマは一先ずそれを諦める。


「……ま、そのうち会うこともあるであろう」


 それは予感であった。

 それも、確信に近い。


 結局何も言うことはなかったが、あの少女がソーマに用があったのは間違いないのだ。

 何のつもりなのかソーマに情報だけを与えて去っていったが……まあ、おそらくは嘘の情報ということはないのだろうし、ありがたく活用させてもらうとしよう。


 あとで何があるにせよ、その時はその時だ。

 今やるべきことは、別にある。


「さて、一番大きな樹であったか……」


 そこはソーマが目をつけていた場所の一つであった。

 特に感じるものが大きかったため、最有力としていた場所でもある。

 つまり何も教わらなくとも向かっていた可能性は高いが、それと分かっていればまた対応の仕方も異なるのだ。

 十分以上に意味はあっただろう。


「とはいえ……」


 上手く侵入する方法などは、当然のように思い浮かばない。

 襲撃をするだけでいいのであれば自信があるし、それを見つけることに関しても自信はあるのだが、生憎とこっそり侵入するのに自信はないのだ。


 いざとなれば正面から突撃するだけではあるが――


「ふむ……まあ、時間は出来たわけであるし、少し考えてみるであるか」


 今更収集するような情報もないし、そもそもエルフは全員家の中だ。

 あとやることがあるとすれば、もう一度その目的の場所に行ってみることぐらいだろうか。


「行って何があるというわけでもないであるが……」


 まあ或いは、実際に見ることで何か思いつくかもしれない。

 そんなことを思いながら、ソーマは移動を開始した。


 エルフの森に存在している樹木はそれこそ数え切れないほどあるが、それでもそれのことをはっきりと覚えていたのは、目星をつけていたのもあるが、単純に分かりやすかったからだ。

 一目で他のものとは違うと分かるほどの大きさであり……何よりも、それが立っていたのはちょうど森の真ん中と思われる位置だったのである。

 それを忘れるわけがない。


 ともあれそうして森の中心部へと向かえば、やはりそれは一目で分かった。

 近付かずともその威容ははっきりと目に映るが、近付けばさらに圧倒的な存在感を覚える。

 森と言えばソーマの中で最も馴染み深いのは魔の森であるが、あそこにあったどの樹木と比べてさえ圧倒的だ。


 見上げれば首が痛くなるほどであり、太さは大人が数人がかりで手を繋いでやっと一周できるといったところだろう。

 本当に大きく、雄大な樹であった。


 上ってる最中に落ちたら大変そうだが、大きいだけあって足をかけられそうな場所も沢山ある。

 とりあえず上に行くのだけならば支障はなさそうだ。


「問題は潜入の方法であるが……」


 というか、考えてみたら、ソーマが空間が繋がった先に行くには剣で斬るしかないわけだが、その時点でバレバレではないだろうか。

 かといって他には方法などないし……他のエルフに協力してもらうのは、なしだろう。


「うーむ……ま、これはもう、なるようになれ、と言うしかないであるかな」


 そもそも、別にこっそりと向かう必要はないのではないかとすら思えてきた。


 明日行われる儀式がどういうものであるかは、先ほどの少女が使った『贄』という言葉で確信している。

 あの少女もそれを肯定するようなことを言っていたし、つまりはそういうことなのだろう。


 それをぶち壊してフェリシアを攫い、森神というものまで倒そうというのだから、これはもう細かいことを気にしても仕方ないのではないだろうか。

 まあ勿論出来れば邪魔は入らないほうがいいし、余計な被害も出したくはないのだが――


「まあ、大事の前の小事とも言うであるしな。ある程度は仕方ないであろう」


 そう考えると、もう開き直ることとした。


 何にせよ、全ては明日だ。

 どうなるかは分からないが……ソーマに出来ることなど、所詮は一つである。


 何が来ようとも斬り捨て、斬り開く。


 それだけだと、視線の先の、何もない空間を睨みつけるようにして、ソーマは目を細めるのであった。

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