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少女の悩みとその解決法

 アイナが出来そこないなどと呼ばれるようになったのは、今から一年と少し前にあった、とある出来事が原因であった。


 それはアイナ達にとって、成人の儀とされるものの一つだ。

 厳密にはその前段階のものというか、成人と認められるために通過する儀式の一つというところか。

 そういったことを何回か、年ごとに行うことで、やがて成人へと至るのだ。


 そして肝心のその内容は、簡単に言ってしまえばスキル鑑定を受けるということであった。


「ふむ……つまり我輩が、というか、我輩達がやっているのと同じようなもの、ということであるか?」

「まあ、そういうことでしょうね。似たようなことは、何処でも行われてるってことなんじゃないかしら?」


 或いは、もっと昔、分かたれる前から行われていたために、それが今もずっと続いているという可能性もあるが、まあそこら辺はどうでもいいだろう。

 ともあれ、アイナはそれを受けたのだが――


「失敗した、とかであるか?」

「いえ、それ自体は成功したわ」


 そう、それ自体は確かに成功したのだ。


 ――魔導特級。


 そのスキルを、現段階でアイナが覚えているということが、判明したのだから。


「……なるほど」

「なるほど……? え、もしかして、今の話だけで分かっちゃったの?」

「うむ、つまりこういうことであろう? ――我輩に自慢しているのであるな? 喧嘩を売っているのであろう? よろしい、買ったのである! 表へ出ろ!」

「全然分かってないじゃないの……! そもそも表ってどこよ!?」


 つい反射的に叫んでしまったが、ソーマはどこ吹く風といった様子であった。

 むしろ首を傾げると、不思議そうに問いかけてくる。


「ふむ……? もしかして違っていたであるか?」

「かすってもいないわよ……!」

「なるほど、そうであったか……まあ、冗談なので当たってたとしたら逆に困っていたであるが」

「冗談って、あのねえ……!」


 もしかして、真剣に聞く気がないのではないか。

 一瞬そう思い――


「ま、あれであるな。別に無理に聞く気はないであるし、辛いならここで止めても構わんのである。恩を返す機会は、別に今でなくとも構わんわけであるしな」


 続いた言葉に、自然と肩から力が抜けた。

 息を一つ吐き出す。


「……気遣ってくれたのは嬉しいけど、必要ないわ。そもそも話すって決めたのは、あたしだもの」

「ふむ……そうであるか?」

「大体あんたが言ったんでしょ? 今のままじゃ、不公平だって」

「なるほど……そうであったな」


 そう言ってソーマは苦笑を浮かべたが、それはアイナの本心でもあった。


 そう、確かに今のままでは、不公平が過ぎるのだ。

 ソーマが何のためにこの一年、こんなことを繰り返していたのかは知らないが……少なくともそれは、アイナにとって救いとなっていた。

 だというのに自分は何も語らないというのは、どこか後ろめたく思え――


「……まあ、要するにあたしが言いたいだけだから、別に聞きたくないっていうなら、無理にとは言わないけど」

「いや、そういうことなら、聞かせてもらうのである。気になっているのは事実であるしな」

「とはいえ、別に難しい話でもないんだけどね……」


 特級スキルを持っていることが判明した。

 そのことに、周囲の皆は喜び、浮かれ――だがそれは、長続きすることはなかったのである。


 それを祝すことも含め行われた盛大なパーティーの翌日に、あることが発覚してしまったからだ。


「ふむ……何がである?」

「あたしが魔法が使えないってことが、よ」


 それが分かった時の、皆の落胆っぷりはすごいものがあった。

 その掌の返しっぷりも、だ。


「ま、無理もない話よね。それだけ皆が喜び期待してくれてたってことでもあるんだし」

「ふーむ……? スキルは覚えているのであるよな……? 魔法が使えないというのは、具体的にはどんな感じなのである?」

「どんなも何も、そのままよ。例えば、そうね――炎よ」


 右手を前に突き出し、紡ぐのは炎の言霊。

 魔力は十分に循環させており――


 ――魔導特級・魔王の加護・■■■■:魔法・灯火(不発)。


 ……だがやはり、そこから炎の魔法が形作られ、放たれることはなかった。


 スキルを持っているということは、それを無条件で使用可能だということだ。

 理屈は必要なく、そもそも教えられる前に知っている。

 それはアイナも同じであった。


 そう、アイナは今この時も、炎の魔法がどうやったら使えるかという知識を、そのスキルによって得ているのだ。

 今試したのも、その通りのものである。

 特級相応に他の魔法の知識に関しても幾らでも得る事が出来るし……しかし幾ら試したところで、それが形になることはなかった。


「その方法が間違っていないっていうことは、城中――いえ、皆で確認したことだから、確かなはずなの。手順を一から確認してみて、皆が首を傾げてたわ。出来ないはずがない、って」


 だがそう言われたところで、出来ないものは出来ないのだ。

 何故出来ないのかなど、こちらが知りたいほどである。


 様々な知り合いを尋ね、伝手を辿り、試し……それでも、最も簡単と言われている魔法の一つさえ、使えることはなかった。


「勿論、色々と調べたし、試しもしたわ。でも、三日が経って、一週間が経って、一月が経って。やっぱりあたしは、魔法を使う事が出来なかった」


 ――だから。

 周囲からの目に耐え切れなくなってしまったから、アイナはあそこから逃げ出したのだ。


 ソーマには言えない、言いたくもないその内容を、心の中だけで呟く。

 一年前に実行した、この話の結末であった。


 今は偶然知り合ったこの森の近くにある街に住む老夫婦の世話になっているのだが……これもまた、ソーマには言ってはいけないことだろう。

 言ってしまえば多分、その意味するところに気付いてしまうから。


 まあ何となく、ソーマは既に気が付いているような気がするけれど。

 それでも、自分から決定的な言葉を告げてしまう気は、アイナにはまだないのであった。


「んー……一つ確認したいことがあるのであるが」


 と、そんなことを考えていると、不意にソーマがそんな問いを発してきた。


 そこでアイナが首を傾げたのは、確認するようなことなどあったか、と思ったからだ。

 それこそがアイナが出来そこないと呼ばれるに至った経緯であり、由来なのである。

 疑問を覚える余地など、何処にも――


「誰一人としてアイナが魔法を使えない理由が分からなかった。それは即ち、不審な点など一つも見つからなかった、ということであるよな?」

「え? ええ、そのはずだけど……」

「ふむ、ということは、それは別に不審だとは思われないようなものなのであるか……或いは、単純に分からなかっただけなのであるか? うーむ……まあ、とりあえず斬ってみれば分かるであるかな?」

「ちょっと……? 今何か不穏な言葉が――」


 言葉は、最後まで音になることはなかった。


 その前に感じたのは、光。

 煌いたのを視界に捉えた瞬間、それは既に通り過ぎていた。


 斬られた、と間違いなく感じた。

 何をなのかは分からず、痛みも感じなかったが、確実に何かを斬られたのだけは分かり――


「っ、あんたっ、一体何を……!?」

「んー、多分これで大丈夫な気がするのであるが……とりあえず、あれであるな。もう一度魔法を使ってみれば、はっきりすると思うのである」

「だからっ…………はぁ」


 追及するのを途中で諦め、溜息を吐き出したのは、それを無駄だと思ったからだ。

 明らかにソーマが何かをしたのは確かであり、それだけは確信出来るのだが……それもまた、何となく分かるのである。


 あとは……そう、もう一つ。

 何の意味もなくソーマはそんなことをしないと、それもまた確信出来ることなのであり――


「まあ、分かったわ。魔法を使おうとしてみればいいのよね? どうせ意味はないだろうけど」


 逃げ出してからの一年間。

 その日々の間もまた、アイナは何もしていなかったわけではないのだ。

 自分に出来る範囲で色々なことを試し……それでもやはり、どうにもならなかったのである。


 だから……そう、だから。


「――炎よ」


 手を突き出し、呟き――


 ――魔導特級・魔王の加護・積土成山:魔法・灯火(暴発)。


 一瞬だけ、掌の先が、光った。


「……え?」


 それは間違いなく、失敗であった。


 アイナの中にある、特級スキルによりもたらされた知識が告げている。

 それは魔力を過剰に与えすぎたことにより、炎が顕現される前に術式が吹き飛んでしまったことにより生じた現象。


 そう、つまりは――


「む? 今一瞬炎が出てなかったであるか?」


 今までのような、魔法がまったく発現しなかったのとは違う。

 正当な、魔法の失敗であった。


「……っ」


 溢れそうな何かがあった。

 こみ上げてくる何かがあった。


 だがその全てを押し殺し、震えそうになる唇を動かし、再度言霊を紡ぐ。

 それは先ほどまでと同じであり……しかし今度は、どうせ無理だからと、無駄に魔力を注ぐのではなく……慎重に、適量を加え――


「……炎、よ」


 囁くようなそれは、だが直後に明確な形となった。


 ――魔導特級・魔王の加護・積土成山:魔法・灯火。


 それは、小さな小さな、炎。

 灯りとすらならないような、ギリギリ火種として使えるかもしれないという、その程度の炎だ。


 そして。

 初めてアイナが成功させた、魔法の炎であった。


「お、今度は上手くいったであるな。うむ、やはりあれが邪魔していた、ということであるか。しかしとなると、あまり愉快な想像は出来んであるが……まあ今はそれより素直に喜ぶべきであるかな。というわけで、よかったであるな、アイ……アイナ?」


 そのままそれを呆然と眺めていると、不意にソーマの焦ったような声が聞こえてきた。

 何事かと思い、そちらへと視線を向けると、何故だかソーマがさらに焦りだす。


「ど、どうしたのであるか、アイナ……!? はっ、まさか何らかの罠が……!? くっ、しまったのである、我輩としたことが……! すぐにそれを斬って……何も見えんである……だと……!?」


 愕然とし、慌てだすソーマの姿に、首を傾げ……瞬間、頬を暖かい何かが伝ったのを感じた。


 それに、なるほど、これが原因かと、何処か他人事のように思うが……実際のところ、ほぼ他人事のようなものでもある。

 何せ止めようとしたところで止まらず、逆に次々とあふれ出していくのだ。

 何も出来ることはなく――いや。


 そこまで考えたところで、アイナは、自分にはまだ出来る事が……否、やるべきことがあることに思い至った。

 だから、アイナは……不恰好だということは、分かっていたけれど。

 その顔のまま――涙を流したまま。

 眉尻を下げ、口元を持ち上げ――


「何をしたのかは分からないけれど……あなたが何かをしてくれたというのは分かるから。ありがとう、ソーマ」


 笑みを浮かべながら、ソーマへと、感謝の言葉を、口にするのであった。

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