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元最強、引き続き素材集めに精を出す

 当たり前の話ではあるが、結界の外の光景に、パッと見それまでとの違いは見受けられなかった。


 全てを含めての相違点をあげるならば、今までとは違って魔物の気配を感じるというものがあるが……本当にそれぐらいだろうか。

 周囲を一通り眺め、魔物の気配に関してもかなり遠くにあるのを確認すると、ソーマはそのまま気楽に歩き出した。


 これは聞いた話でしかないのだが、この世界は正方形の形に作られているらしい。

 切り取られた、と言うべきなのかもしれないが……まあ、そこら辺はどうでもいいだろう。


 そのうちの南端にフェリシアのログハウスが存在しており、結界は円形に展開されている。

 結界は半径一キロというところであり、世界そのものの大きさは不明。

 ただ、その倍程度で済まないのだけは、確かなはずだ。


 そして何にせよ、その全ては森で覆われている。

 あのログハウスのある場所のように、幾つかは開けているような場所もあるが、逆に木々が密集しすぎてろくに光が差し込まないような場所も存在していたりと、環境で考えるならば多彩だ。

 だからこそ、様々な植物が生えているのであり――


「……光で思い出したであるが、あれは本当にどうなっているのであろうなぁ」


 呟きながら視線を上に向ければ、当然のようにそこには空があり、太陽が浮かんでいる。

 その位置は中天から僅かに傾いたところであるし、時間が経てばやがて沈む。


 そうなれば夜が訪れ、星が瞬き、時には雨だって降る。

 どうなっているのだろうと疑問に思うのは、当然のことだろう。


 詳細は聞いていない……というか、フェリシアも知らないようではあったが、どうやらここは元々エルフが作り出した世界らしいのだ。

 数十どころか数百のエルフの力を合わせた大魔法だったとのことだが、こんなよく分からないことができるあたり、さすがは魔法といったところだろうか。

 早く自分の手で使ってみたいものだと思うものの、焦ったところで意味はない。


 いつも通り、変わらずに――


 ――剣の理・龍神の加護・常在戦場・気配察知特級:奇襲無効。


「マイペースにいくだけ、であるな」


 ――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・疾風迅雷:紫電一閃。


 瞬間、後方から飛び出してきた影の首を刎ね飛ばした。


 しかし一瞬遅れて、あ、と気付き、その正体を確認したところで安堵の息を吐き出す。

 今倒したそれは、猪のような外見をしたものであったからだ。


 この森には猪のような魔物が数種類生息しているも、そのどれであっても必要とされる素材は牙や爪、一部の肉といったところだったはずである。

 頭部を斬り飛ばしても、それほど問題にはならない。


 だが結局それは、運がよかっただけであった。

 必要とされる部位と状況次第では、それが欠損してしまっていた可能性もあったからである。


「ふむ……やっぱりいつも通りでは駄目そうであるな、これ」


 多少手間だが、魔物の襲撃がある度にその姿を確認する必要がありそうだ。

 瞬殺しないように気をつけなければならない、というのもおかしな話だが、まあたまにはそんなのもいいだろう。


 そんなことを考えつつ、ソーマは今倒したものから必要そうな素材を剥ぎ取ると、気を取り直して探索を続行した。












「というわけで、今回の成果はこのぐらいだったのである!」


 そう言ってソーマがテーブルの上に並べたものを眺め、フェリシアは三度ほど目を瞬かせた。


 ソーマが素材を探しに行ってから、三時間ほどが経っての帰還だ。

 これは今までと比べると倍ほどの時間がかかっているが、まあそれは仕方がないだろう。

 何せ今回は、結界の外にまで探しに行ったらしいのだ。

 探索距離が伸びる分、時間がかかるのは当たり前である。


 それを疑う理由はない。

 そもそも最初から疑ってはいないが、何よりそれ以上に目の前に並べられたものからして、それが事実なのだと物語っていた。


 素材集めの際、これまでだったら籠などをソーマは持っていっていたが、それは単純にそこに入る程度のものしか持ってこなかったからだ。

 しかし今回は魔物から素材を剥ぎ取ってくる予定ということで、食料を渡される際に食料が入れられている魔導具を貸したのだが……そこから取り出された品々は正直かなり予想外のものであった。


 魔物から得られる素材の中で、最も薬の材料として必要とされるのは、実のところ血だ。

 そして最も難度の高いものでもある。

 それは龍ほどではないものの、新鮮であればあるほどによく、最善なのは生きたまま血を抜くことだからだ。


 これが人手が多く機材などが十分に揃っているのであればまた話は別だろうが、生憎とここにはそのどちらもがない。

 難度が高いというのは、そういったことも関係しているのだ。


 ちなみに機材はないが、一応血を保管しておくための容器はある。

 三十個ほどの大小様々なものがだ。


 もっとも、新鮮さを求められるそれらは当然のように長期保管には向いていない。

 先代が亡くなり、フェリシアがここで一人きりとなってからは、ずっと使われずにいたままであった。

 そういった理由もあったため、置いておくだけでは仕方がないと、その全てを今回ソーマに魔導具と共に貸したのだが――


「……まさかここまで血を集めてくるとは、正直予想外でした」

「うん? そうであるか? 血が素材となる魔物に遭遇したのは三分の一程度の割合だったであるし、こんなものだと思うであるが」


 それはつまり、魔物と三桁近く遭遇し撃退したということか。

 確かに、妙に牙や爪などの数があるとは思ったものの……どうすればそんなことが出来るのか、フェリシアには想像も付かなかった。


 先ほども少し話したが、フェリシアが結界の外に出たことがあるのは、先代に連れられて行った時の一度だけだ。

 幼い頃だったこともあり、正直よく覚えてはいないのだが、それでもかなりの恐怖を覚えたことだけは、しっかり記憶に焼き付いている。


 だからこそ、それ以来結界の外に出ようとはまったく思わなかったのであり……ふと、今まであまり考えたことのなかった疑問が頭を過ぎった。

 それは、ソーマは果たしてどのぐらい強いのだろうか、ということだ。


 剣を使うということぐらいは知っていたが、フェリシア自身に戦闘能力がほぼ皆無ということもあって、あまり気にしたことはなかったのである。

 それだけ魔物と戦えるということは、それなりに強いということなのだろうが……。


 しかしそんな疑問は、直後に起こった出来事によって跡形も無く吹っ飛んだ。

 ソーマが、そういえば、と言いながら、それを取り出した瞬間に、である。


「っと、そういえば、これを出すのを忘れていたのである」

「……? まだ何かあるのですか?」

「うむ、驚かせようと思って、敢えて最後に回しておいたのであるが――」


 そう言ってソーマが袋状の魔導具から取り出したのは、血を保管するための容器の一つであった。

 ここにある中でも最大のものであり、こんなに量を保管しても使い切れないのではないかと思った覚えがある。


 しかし不意に過ぎったそんな思考は、フェリシアが冷静だったからではない。

 むしろ逆であり、それはただの現実逃避であった。


 何故ならば、目の前に置かれたその中身は、そこらの魔物から得た血では絶対に有り得なかったからだ。

 一目見ただけで、そこに込められている圧倒的な神秘の量を理解出来た。


 かつて一度だけ、同じものを見た事がある。

 その時は威圧感すら覚えたそれが、どんな意味を持っているのかなど、当時はまるで分かってはいなかったが――


「……ソーマ、さん? これって、もしかして……」

「お、見ただけで分かったであるか? さすがであるな。うむ、これこそが、龍の生き血なのである!」


 それが真実か否かなど、今更確認するまでもなかった。

 かつて見たものとまったく同じものを感じるそれは、確かに龍の血以外では有り得ない。


 だが同時にだからこそ、信じられないことでもあった。

 その意味するところはつまり……龍から血を得る事が出来たということだ。


 しかも龍を殺して得たというわけではなく――まあそれはそれで不可能なはずではあるのだが――龍から譲り受けた可能性が高い。

 その理由は、かつて見たものと本当にまったく同じだと感じたからだ。

 龍の血は、それを手に入れた状況によってまるで状態が異なるものであり、ならばかつてフェリシアが見たものがそうであったように、これも龍から譲り受けたということになるのである。


 しかしそれには、龍に認められる必要があるはずだ。

 そして龍は自分より上の者しか認めないと聞く。


 上というのは、何も武力に限った話ではない。

 それは何でもいい、ということではあったが――


「……ちなみに、これどうやって手に入れたのかを聞いてもよろしいですか?」

「うん? 別にいいであるが……そもそも、我輩は特に何もしていないであるぞ?」

「何もしていない、というのはどういうことですか? まさか、何もしていないのに血を差し出してきた、などということがあるわけも――」

「その通りであるが?」

「……はい?」


 何でもソーマによれば、適当に魔物を倒し素材を回収していたら、偶然龍に遭遇したらしい。

 そして、おおこれは龍の生き血を手に入れるチャンス、などと喜んでいたら、次の瞬間には龍が平伏していたとのことだ。


「……平伏、ですか?」

「うむ、頭を下げるというレベルではなく、全身を地面に投げ出しての平伏であったからな。あ、いや、直後に腹を見せたりもしていたから、厳密には違うのかもしれんであるが……」

「いえ、別にそういう細かいのはどうでもいいです」


 どっちにしろ有り得ない事態なことに、変わりはない。


「そうであるか? まあともあれ、何故そんな状態になっていたのかは分からんであるが、とりあえず何もしないから血を分けてくれと言ったら、気前よくこんなに沢山くれたのである。アレ龍にしては結構いいやつだったであるな」

「……はぁ」


 良いとか悪いとか、そういう次元の話ではない気がするのだが、どうにもいまいち現実味が感じられず、そんなものだろうかと思ってしまう。

 だがそうして、半ば現実逃避をしながらも、一つだけ聞かなければならないことがあった。


「……ソーマさん、あなたは一体、何者なんですか?」

「うん? ただの何処にでも居るような、魔導士志望の元剣士であるぞ?」


 フェリシアはこれでも、自分が常識に疎いという自覚がある。

 魔女であり、こんな場所にずっと居るのだからある意味当然なのだが……それでも。


 こんなとぼけた顔でそんなことをのたまう存在が何処にでも居てたまるかと、それだけは強く確信して思うのであった。

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