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元最強、少女と交流を深める

 カミラの授業を受けるようになってから、早いもので一年もの月日が流れていた。


 最近では、以前にも増して多様な分野を学ぶようになってきているが、相変わらずその内容は分かりやすいため、特に苦になるということはない。

 少し前から、ようやく魔法に関することも習うようになってきたから、尚更だ。


 つい昨日もその話を聞き、積極的に質問なども繰り返したところであり――


「ま、相変わらず魔法を使えるようになる気配は欠片もないわけではあるが」

「……駄目じゃないの」


 呆れたように溜息を吐き出すアイナに肩をすくめながら、ソーマは引き続き腕を振るった。


 振り上げ、振り下ろし……足の踏み込みも加えながら、眼前に作り出したイメージと合わせていく。

 数年どころか、数十年と繰り返してきたことだ。

 会話をしながらでもそこによどみはなく、気にすることなく言葉を続ける。


「確かに駄目ではあるが、そんな簡単に使えるようになるなど最初から思っていないであるからな。いつも通り、想定内というやつである」

「想定内、ねえ……幾ら分かっていたところで、何の成果も出ていないことをよくそんな続けられるわよね。……それはやっぱりあれかしら? 続けることにこそ意味がある、とかいうやつ?」

「……いや? 続けることそれ自体に、意味などないであるぞ? 少なくとも我輩は、そこに意味があるとは思っていないのである」

「……え?」


 それは意外なことであったのか、呆然とした呟きが聞こえたが、ソーマは視線を向けることすらなくそれを続けていく。

 腕を薙ぎ払い、足を踏み込み――


「だ、だって……今やってることだって、意味があると思ってるからこそ、毎日こんなことしてるんでしょ?」

「んー、何故そんなことを思ったのかはわからんであるが……別に我輩がこれをやっているのは、そこに意味を求めてのものではないのであるぞ?」


 ソーマがこれを――毎日の日課をこなしているのは、そもそも鍛錬のためですらないのだ。


 そこに意味はなく、根本的に意味を求めていない。

 ソーマが日課を続けているのは、それが日課だからなのだ。

 数十年も続けていたそれは、既にやらなければ何となく気持ちが悪いと思ってしまうほどに、ソーマの中で習慣づいてしまったのである。


 生まれ変わったところで、それは同じだ。

 そこに意味が、理由があるからやっているのではなく、やらない理由がないから続けている。

 ソーマにとって日課とは、そういうものなのであった。


「……ね、ねえ。一つあんたに聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「我輩に答えられることであるならば、構わんであるが?」

「そ、そう……それじゃあ質問なんだけど。やっぱり、結果が出ない努力や過程に、意味はないと思う?」

「何故やっぱりと言ったのかはわからんであるが……んー、まあ、ないであろうな。意味があると言えるのは、そこに結果が伴った時のみだと思うのである」


 例えば、前世でソーマは剣の頂に至るため、必死に努力をしてきたという自負がある。


 だがそこに意味があったと思うのは、そこに辿り着くことが出来たからなのだ。

 仮に辿り着くことがなかったならば、ソーマはそれを無意味だったと、そう断じたに違いない。

 意味があるかないかなど、所詮は結果のみが決めることなのである。


「そう、よね……そうなる、わよね。なら、やっぱり、あたしのしてることは――」

「もっとも、そこに価値がないかどうかに関して言えば、また別の話ではあるがな」

「……え?」

「何不思議そうな顔をしているのであるか? 意味は結果が決めるものではあるが、価値は個人が決めるものである。ならばたとえ意味がなくとも、そこに価値があると思っているのであれば、それをすることに価値はあるのであろう」

「……じゃあ、あんたが無意味に終わるかもしれないと思っていても、魔法の勉強を続けるのは、そういうことなの?」

「んー、それはどうであろうなぁ……いや。多分違うであるな」

「どうしてよ?」

「だって我輩は、無意味に終わるとは思っていないであるからな」


 その可能性があるのを承知の上でやっている、という意味ならば、それは確かだ。

 だが決して、ソーマは諦めているわけではないのである。


「……実現する可能性の方が低いのに?」

「ゼロでないのならば、それで十分であろう? 極論ではあるが、我輩は死ぬ間際に魔法を使えるようになったのだとしても、それで満足なのである」

「……なにそれ、馬鹿じゃないの?」

「馬鹿じゃなければ、最初からそんなことしていないと思うのである」

「……それもそうね」


 聞こえた声は、馬鹿にしたものではなく、どこか温かみと、同意を含んだものであった。

 その意図するところは……まあ、追求するようなことではないだろう。


「どちらかと言えば……そうであるな。この日課の方が、それに近いであろうな」

「日課が?」

「うむ。我輩はこれが意味あるものになるなどと思ってはいないであるが、価値あるものだとは思っているであるからな」

「最初から意味を求めていないっていうのに、そこにどんな価値があるのよ?」

「だってほら、こうして日課を続けることで、アイナと関係を深めることが出来ているのである」

「――なっ!?」


 そう、ずっと続けられていた日課ではあるが、その内容もずっと同じだったというわけではない。

 転生してからは勿論のこと、ここ一年ほどは、こうして剣を振るいながら、アイナと喋っているのもまた、日課の一部となっていたのである。

 まあ、再会したあの日から、何故かソーマが日課をするたびに姿を見せ、言葉を少しずつ交わすようになっていった、というだけなのではあるが、それも立派に日課であることに、違いはあるまい。


 しかし話をしていたとはいえ、それはほとんど雑談であり、さらにその大半はソーマが前日どんなことをしていたかとか、そういったことだったのである。

 アイナのことはほぼ名前だけしか知らないような状況であり……だが先ほどようやく、アイナは少しだけその内心を出してくれたのだ。

 ならばこの日課はソーマにとって、十分価値のあることであった。


「な、何言ってんのあんた……!? 馬鹿じゃないの!?」

「うむ、だからさっき我輩は馬鹿だと肯定したはずであるが?」

「そ、そういうことじゃなくて……!」


 焦ったような、慌てたような声に、ソーマの口元が自然と緩む。

 それは別に悪趣味的な何かではなく、ようやく彼女の素に触れられたような気がしたからだ。

 どうにもここ一年の間、妙な壁のようなものを感じていたのである。


「ふむ、そういった姿を見せてくれるようになったということは、我輩はようやくお目に適ったというか、信頼され始めた、といったところであるかな?」


 それは多分意識的なものではなく、無意識的なものだ。

 しかしだからこそ、それは心を許され始めているという証でもあった。


「……っ、あんた、気付いて……?」

「まあ、我輩が幾ら話を振ってもろくに乗ってこなかったであるしな。何故か警戒されていたのはよく分かったのである」

「何故かって……むしろ何であんたはどう考えても怪しいあたしに色々と喋ってるのよ……? 普通もっと警戒すべきでしょう?」

「ふむ? ああ、もしかすると、それも警戒させた一因だったのであるか?」


 なるほど、自分が怪しいという自覚を持っているのであれば、その相手に無警戒で向かってくる相手は逆に怪しく見えるのかもしれない。

 何を考えているのか、それを見極めるための壁だったのかと、ソーマは納得した。


「つまりこっちからも少し警戒してみせていたらもっと早かった、ということであるか? いやでもその必要がないのに警戒するっていうのもアレであるしなぁ……」

「……警戒する必要がなかったって、なんでよ? 自分で言うのもなんだけど、明らかにあたしは怪しかったと思うんだけど? 人が近寄らないはずの森に偶然助けに現れたり、それからもちょくちょく現れるとか、自分は怪しいですって言ってるようなものじゃない」

「本当に自分で言うことではないであるな」

「それぐらい怪しいってことでしょ!」

「本当に怪しい人物はそんなこと自分から言わんであるしな……そもそも、言葉通りであるし」


 大体それを言うならば、人が近寄らないはずの森で倒れてた時点で十分以上にソーマも怪しい。

 もうその時点で、ソーマに相手を疑う権利はないのだ。

 それに怪しい人物は、倒れている者を助けになど来ないだろう。


「……そうとは限らないでしょ? 助けたことで信頼を得ようとするとか、普通に有り得るじゃない」

「それは助けに来たのではなく、恩を売りに来た、というのである。その違いぐらい、簡単に見分けられるのであるしな」


 それは本当のことであった。


 剣士にとって物事を正確に見抜く目というのは、剣の腕そのものと同様、最も重視すべきものの一つなのだ。

 再度そこを目指すつもりがないとはいえ、一度磨いた技術はそう簡単にはなくならない。

 その程度を見極めるのは、ソーマにとって簡単なことなのであった。


「そ、そう……それで?」

「ふむ? それで、とは?」

「……警戒が緩むのを待ってたってことは、何かあたしに用があったってことでしょ? ……まあ、それはそうよね。そうじゃなきゃ、こんな怪しいやつの話し相手を毎日しないもの」

「いや、だから別に怪しいと思っていなかったわけであるが……まあ、用がある、というのは否定しないであるがな」

「……でしょうね。まあ、どうせ――」

「うむ。まあ、どんな悩み事があるのかということが気になっていたとか、その程度のことではあるがな」

「まぞ……はい?」

「うん? どうかしたであるか?」

「悩みって……え、何で?」

「何でと言われてもであるな……」


 誰にでも悩みの一つや二つあるだろう……などいう冗談は置いておき、それも観察していれば割と簡単に分かることだ。

 ソーマの話に相槌を打つ時に時折憂鬱そうな顔を見せることがあったし、何よりもわざわざこんなところに毎日来るのである。

 そこに理由があるのだと考えるのは、難しい事でもないだろう。


「本当に初期も初期の頃は何か企んでいるのではないかと思ったこともあるであるが、すぐに気分転換のようなものだと分かったであるしな」

「そ、そう……それで? ……悩み事を知って、あんたはどうしようと思ったのよ? ……あたしを脅そうとでもしてるの?」

「何で発想が明後日の方向に行くのであるか?」


 今までずっと動かし続けていた腕を足を止めると、息を吐きだす。

 ちょうどそっちの日課は終わりだったということもあるが、これは片手間にではなく、きちんと言っておきたいことであったからだ。


「そもそも一年前に言ったではないか。何かあったら助ける、と。悩み事が知りたかったのは、それにちょうどいいかもしれないと、そう思っただけのことである」


 そう、つまりソーマが少女の悩み事を知りたかった理由は、単純にして明快。

 少女の悩みを解決したかったという、それだけのことであった。


「…………何よそれ」


 そう呟くと、アイナは顔に様々な感情を表した。

 色々なものがごちゃまぜになったそれを一言で表すのは難しいが……それでも敢えて言うのであれば、それは多分、泣き笑いに近かった。


「……まあでも、そうね。確かにあんたに対する警戒心は大分薄れてきちゃったし、悩み事があるのは確かだし。それに、あんたの話だけを、一方的に色々聞いちゃってたしね」

「うむ、そろそろそっちの話も聞かせてくれないと、不公平なのである」

「……そうね」


 そう言って口元を緩めると、アイナは一つ息を吐きだした。

 そして。


「実はあたしね、皆から出来そこないとか呼ばれてるの」


 その悩みを、喋り始めたのであった。

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