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元最強、素材集めに精を出す

 この森において、ソーマ達の朝は早い。

 それは単純に、夜やる事がないからだ。

 そうなれば必然的に夜早くに寝ることになり、これまた必然的に朝早くに目が覚める。

 それだけのことであり……だがどうやらそれも、過去のことになりそうであった。


「あ、おはようございます、ソーマさん」


 起き出し、リビングとして使われている部屋へと向かうと同時、ばったりフェリシアと遭遇した。


 フェリシアの朝がソーマよりも少しだけ早いというのは、筋肉痛で苦しんでいた頃から分かっていたことだ。

 起き抜けにここでこうして会うのも、挨拶をされるのも珍しいことではない。


 だがその頃と現在とでは、明確に異なるところがあった。

 フェリシアの様子が若干眠そうだというのは同じなのだが……どう見ても現在のそれは、寝ていないが故のものだったからである。


「我輩は確かにおはようであっているのであるが……フェリシアは違うであろう? また徹夜であるか?」

「仕方ありません。試したいこと、試すべきことは、幾らでもあるんですから」


 フェリシアがこんなことになってしまっている理由は、改めて言うまでもないだろうが、あの魔女の書をソーマが解読……と言ってしまっていいのかは分からないが、ともかくその内容を明らかにしてしまったからだ。

 そこには膨大な数の知識が眠っており、フェリシアはそれを自分のものにしようと頑張っているのである。


 その結果フェリシアが落ち込んだりしなかったのはいいことだと言っていいのだろうが……さて。


「ま、分かっているとは思うであるが、あまり無理はしないようにするのであるぞ?」


 ただ少なくとも、ソーマはそれを止めるつもりはなかった。

 その気持ちは、よく理解できるからだ。


 求めていたものがあって、そこに届くための知識が得られたのであれば、それを実践しないことこそ馬鹿だろう。


「分かっています。今日もこれから寝ようとしていたところですから」

「ふむ……完全に昼夜逆転してしまっているであるなぁ」

「まあ色々な意味で、これが最適ですからね」


 実際のところ、その言葉は事実だ。

 フェリシアが現在最も注力しているものは薬の調合だが、その大半はどうやら夜から朝方にかけて行うことでその効力が最大限に発揮されるらしいのである。

 そのため、調合が終わる時間はどうしたってこのぐらいの時間になり……あとは――


「それでは、申し訳ありませんが、今日もよろしくお願いします。必要なものはここに書いておきましたから」

「うむ、了解なのである。他にもそれっぽいのがあったら取ってきていいのであるよな?」

「そうですね、お願いします」


 そう言ってソーマへと羊皮紙のようなものを渡すと、フェリシアは頭を下げ早々に自分の部屋へと戻っていった。

 多少ふらついていたし、やることが終わったことで一気に眠気が来たのだろう。


 その姿を見送ると、ソーマは渡されたものへと視線を落とし、ふむと頷く。

 そこに書かれていたのは、調合に必要と思われる素材の名だ。


「さて、見つけられるかは分からんであるが、まあ最大限頑張ってみるであるか」


 しかしその前にまずは朝食だと、ソーマはその部屋を後にした。













 魔女の書に書かれていたことの全てを読むことが出来たソーマだが、その全てが理解出来たというわけではない。

 敢えてなのか何なのか、解説されていない用語などがあったりしたし、何よりも問題だったのは薬の調合に関してだ。

 調合の方法は勿論のこと、薬の名や効能、注意すべきことなどは書かれていたのだが、それに必要な素材の具体的な特徴などは、書かれていないことも多かったのである。


 一部は書かれていたものもあったし、フェリシアが知っているものもあった。

 中にはソーマが知っているものも。

 だがその大半はやはり、具体的にどんなものなのかが分からなかったのである。


 フェリシアが知っているものは先代の魔女から教わったものらしいので、本来そこは口伝で伝えていくものだったのだろう。

 おそらくは万が一、魔女の書が魔女以外の者に読まれてしまった場合のために、である。

 そのせいでフェリシアが苦労することとなってしまっているわけだが……まあ、言っても仕方のないことだ。


 ともあれ、だからフェリシアが現在やっていることは、調合そのものというよりは、それに使う素材の見極めということになる。

 当然と言うべきか、物凄く地味且つ大変なことだ。


 何せ実際に調合してみないと、正しいのか間違っているのかはまるで分からないのである。

 危険でもあるし……しかし非常にやりがいはありそうだ。

 疲れている顔をよく見るようにはなったものの、同時にその顔は以前よりも遥かに生き生きとしたものであった。


 そしてそんな中でソーマは、素材集めを行っている。

 厳密には、名前やそれらを調合されることで出来上がる薬の特徴などから、それと思わしきものを推測し当てはまりそうなものを探し、集めるといったことだ。

 あるいは何となく何かに使えそうな素材っぽいものを見つけたら回収するという、まあ何にせよこちらもまた非常に行き当たりばったり感溢れることではあるのだが、ソーマ個人としてはそれなりにこれを楽しんでもいた。


 連想ゲームのようなものであったし、上手く見つけることが出来ればフェリシアへの恩返しになるのだ。

 いい暇つぶしにもなったし、色々な意味でちょうどよかった。


 ちなみに、フェリシアの言っていた色々は、ここにもかかっている。

 フェリシアが寝ている間に、ソーマが素材と思しきものを見つけるから、ということだ。


「まあそうそう都合よく見つかるものでもないのであるがな」


 そんなことを呟きながら、足元にあった花のようなものを摘み取る。

 見知らぬものではあるが、だからこそだ。

 初見だということは、それだけでどれかの素材に該当する可能性がある、ということなのである。


 それは何も無根拠に言っているわけではない。

 そもそもここは、魔女の森だ。

 外界と隔離されている以上、何処か別の場所から花の種が飛んでくる、などということは有り得ない。


 そしてフェリシアの話によれば、少なくとも五代ほどはここに魔女が住んでいたらしいのだ。

 ならばここに存在しているもののほとんどは、実際何らかの素材として用いられるものな可能性が高い。

 試してみる価値は、十分にあるだろう。


 勿論、そんなことをしなくても済むよう、見知ったものがあれば言うことはないのだが――


「我輩が見て分かるものなど、有名どこのものだけであるし、さすがにそんなものはそう簡単に――」


 と、それを見つけたのは、その時のことであった。


 一瞬自身の目を疑うも、間違いない。

 それは――








「というわけで、こんなものも見つかったのである」

「え、これって……マンドラゴラ、ですよね?」


 そう、ソーマが見つけたのは、あの有名なマンドラゴラだったのである。

 当然のように魔女の書にはそれを使った薬なども載っており、しかもその効能は高いようだ。

 間違いなく今までで最大の成果に、ソーマはそれを得意げに差し出す。


「……わたしも見るのは初めてですが、まさか同じようなものがあるとは思えませんし。よくこんなものが見つかり…………うん? いえ、ちょっと待って下さい。……見つかったのはいいんですが、これ、どうやって取ったんですか?」

「どうやってって、普通にであるが?」

「……マンドラゴラの性質は、わたしも当然知っています。引き抜く際の声を聞いたら死に至る、ということも。まさか、とは思いますが……それに耐えた、ということではないですよね……?」

「いや、さすがにそれは無理であろう」


 実際どうなのかは分からないが、多分何の対策もしていなければ、ソーマも死ぬだろう。

 両手が空いていれば何とか出来る気もしなくはないが、それならば耳を塞いだ方が確実だ。

 そして当然のように、突発的に見つかったそれへの対策などしているわけがない。


「では、どうやって取ったのですか?」

「うん? いや、別に難しいことではないであるぞ? 引き抜く時が問題ならば、そもそも引き抜かなければいいだけの話である」


 具体的には、地面の方を吹っ飛ばしたのだ。

 念のために持っていっていた剣ではやりすぎてしまう恐れがあったため、そこら辺に落ちていた木の棒で。


「…………ちょっと待って下さい」

「幾らでも待つであるが、そんな悩むような要素が今の話のどっかにあったであるか?」

「そうですね、発想の時点でおかしいですし、そもそも木の棒をどう使ったところで地面は吹き飛ばないと思うのですが……」

「割と簡単に吹っ飛ぶであるぞ?」

「普通は吹き飛びません」

「そうであるか……?」


 むしろ吹き飛びすぎて、三回も失敗してしまったのだが。


「ですから普通は……待って下さい、三回とはどういうことですか?」

「そのままの意味であるが? ああそういえば、その件について謝っていなかったであるな。いや、実は合計で四つ見つけていたのであるが、残りの三つは色々と失敗して地面ごと吹き飛ばしてしまったのである。貴重な素材を無駄にしてしまってすまなかったのである」

「いえ……その、それは……はぁ」


 そうしてその失敗に関して謝るも、溜息を吐かれてしまったのは、まあ仕方のないことだろう。

 何せマンドラゴラとは、本当に貴重な品なはずなのだ。

 それを三つも無駄にしてしまったとなれば、それは呆れて当然である。


「そういうことではないのですが……どうやら、わたしもまだまだだった、ということですね。言動から何となく予想はしていましたが……まさかここまでとは……。まあ最後にそれを知れてよかった、というところでしょうか。あるいは知らなかった方がよかったのかもしれませんが」

「……うん? 最後とは、どういうことである?」


 不穏……というわけではなかった。

 それはとても自然な口調だったのだ。

 まるで当たり前のことを言っているような、そんなものであり――


「はい? 何を言っているんですか? ソーマさんは明日、ここを出て行くんですよね? ですから最後ということで、何もおかしくはないと思うのですが」


 やはり当然のように、フェリシアはそんな言葉を口にしたのであった。

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