元最強、魔女に悲願を託す
まあとはいえ、だからどうしたというわけでもない。
魔女は世界の敵であり、フェリシアはその魔女なのだという。
それがどうしたのかという話であった。
先に述べ、フェリシアにも伝えた通りだ。
ソーマはそれを気にしない……いや、それは正確ではない。
むしろそれは、望ましいことであった。
何故ならば、そのうち会いたいと思い、会いに行こうと思っていたからだ。
その理由こそが、魔女が扱うという呪術である。
それは魔法の一種ではあるが、他の魔法とは色々と異なるらしいのだ。
その純白の髪が示す通り、魔女には才能というものがない。
ソーマのようにスキル鑑定では見えないのではなく、正真正銘覚えられるスキルが存在しないのだ。
未来永劫、ただ一つの加護しか手に入ることはない。
それはヒルデガルドも言っていたことであるため、間違いようもないほどの事実である。
そしてそれこそが、ソーマが会いたいと思っていた理由だ。
スキルがなくとも魔法が使える。
ならばソーマにも使えるのではないか。
つまりは、そういうことであった。
まあ本当は色々と気にすべきことはあるし、フェリシアの姿を正確に認識する前までは考えてもいた。
だがその白い髪を目にし、勢いあまって魔女であることを確認した瞬間、他の全ては次元の彼方へと吹っ飛んでいっていたのである。
魔女はその名が伝わってはいても、何処に居るのかは分からなかった。
あるいは既に存在していないのかもしれない、とまで思っていたのである。
それが偶然目の前に居るのだという。
このチャンスをものにしないなど有り得るだろうか?
他の何があろうとも、それだけは有り得ないことであった。
ともあれ、そういったわけで――
「ふむ……もっと周辺には色々なものがあるのだと思っていたのであるが、意外とそうではないのであるな」
「所詮森ですからね。そのほとんどが採集地なのは当然ですし……そもそも、わたしが知ってるのはその中でもさらに一部です。結界が張っていない場所に何があるのかは、わたしもよく分かっていません」
「魔女の森なのに、であるか?」
「魔女の森などと呼ばれているのは、単に魔女が住んでいる森だから、というだけです。この森そのものとわたし達は、実際には何の関係もありません。勿論森の主だということもありませんし……まあ、かつては主同然に振舞えていた人がいたのは事実ですが。しかしわたしに限って言えばそうではなく、わたしのことを簡単に殺せてしまうような魔物も、ここでは珍しくはない……という話です」
「要するに、人による都合、であるか……まあ、よくあることと言ってしまえばよくあることであるな」
そんな話を交わしているうちに、二人の足が止まった。
鬱蒼と生い茂った草木はいつの間にか周囲から姿を消しており、そこだけ刈り取ったかのようにポッカリとした空間が空いている。
そしてソーマ達の目の前にあるのは、間違うことなき家であった。
主に木、というか丸太を利用して形作られているそれは、所謂ログハウスなどと呼ばれるものだ。
この森で発見されたらしいソーマが運ばれ、この一週間世話になっている場所であり、フェリシアの住居であった。
「ただいま帰りました」
「うむ、おかえりなのである」
「……これまでは確かにそれで正しかったでしょうが、今はソーマさんも一緒に戻ってきたのですからそれはおかしくありませんか?」
「とはいえ、返事が返ってこないのも寂しいであろう?」
「いえ、別に。……今までずっとそうでしたし」
「今までがそうだからといって、寂しくないわけではないだろうに。まあならば我輩が気に食わんから、という理由で構わんので大人しく受け入れるのである」
「何ですか、それは……まったく、あなたが来てからというもの、ペースが狂って仕方がありません」
「そうは言われても、我輩を拾ったのは汝であるからな。その責任は、汝自身で取ってもらわねば。ということで、我輩もただいまなのである」
「随分と勝手な言い草ですが……確かに、拾った側が責任を取るのは道理ですか。そ、それでは……えと、こほん。お、お帰りなさい、です」
この森にはフェリシアしか住んでいない、という話は既に聞いていた。
しかも、数十年という単位でそうらしく、あるいは、お帰りという言葉を口にするのは初めてなのかもしれない。
その言い方はどこかたどたどしく、ソーマは口元をほんの少しだけ緩めた。
「さ、さて、それでは食事にしましょうか。もうお昼ですし」
「……そうであるな」
それはあからさまな話題転換であったが、混ぜっ返す必要もないので、苦笑を浮かべつつ乗っておく。
さっさと先に進んでしまったフェリシアの後をゆっくりと追えば、ログハウスの内装が視界に映る。
当たり前と言うべきか、そこにあるのもまた木造であった。
木で作られたテーブルや椅子が置かれており、こう言っては何だが、ちゃんとした家の内装になっている。
こんな周囲に森しかない……というか、森の中にある家とは思えないほどだ。
「ふむ……」
ただ、これはしっかりと聞いた話ではないのだが、どうもこの家はフェリシアが作ったものではないらしい。
先代や先々代などの歴代の魔女が、少しずつ整備し拡張していったのだとか。
そういった言い方をするのは、魔女は血筋でなるものではないからである。
白髪の子供が生まれたらそれを魔女と呼ぶとも、魔女になったから白髪になるのだとも言われているが、その詳細は一般的には不明だ。
少なくとも、不明ということになっている。
まあそれは、白髪の者が有り得ない、などと言われている時点で明らかだろう。
もしもそんな子供が生まれてしまったら――
「ソーマさん、すみませんお待たせ……ソーマさん?」
「ん、何でもないのである」
ふと頭を過ぎったことを投げ捨て、ソーマは椅子へと座る。
食事時に考えるようなことではないし、どうせ考えたところで愉快なことではないからだ。
それよりも今はと、フェリシアが持ってきた料理を眺め……料理……?
「ふむ……」
「な、何ですか……? 何か言いたいことがありそうに見えますが……何か文句でも……?」
「いや、別に文句はないのであるが……」
ない、が……目の前のものは料理ではないなと、そう思っただけである。
これは別にフェリシアの料理の腕を揶揄しているわけではない。
揶揄も何も、そもそも文字通りの意味でしかないからだ。
ソーマ達の目の前に置かれたもの。
それは俗に、フルーツ盛りなどと呼ばれるものであった。
「ちゃんと切ってありますし、問題ない……ですよね?」
その言葉がどこか自信なさげなのは、以前果実を丸ごと出してきたことがあるからだろう。
その時から考えれば、ああ、学習し成長しているのだな、と思いはするが――
「……病人食的なものではなかったのであるな」
「はい? 何か言いましたか?」
「んー、いや、ちょっと聞きたいことがあるのであるが……もしかしてフェリシアは、肉とか野菜とかを普段食べたりしないのであるか?」
そんなことを聞いたのは、ソーマがここに世話になって一週間、出てくるものは丸ごとか切られてるかの違いはあっても、その間ずっとこれと同じようなものだったからだ。
病気ではないものの、床に臥せっていたことに違いはないので、てっきりそれは病人食的なものなのかと思っていたのだが……この様子では違う可能性が高い。
そしてそれは、案の定であった。
「そうですね……そもそも貰っていませんし」
貰う、という言葉はそのままの意味だ。
聞いたところによると、フェリシアは一月に一回程度、食料を分けてもらっているらしいのである。
この森の、この空間の外にいる者達から。
それはとある言葉を自然と連想させるものではあったが、今ソーマがどうこういうことではない。
「それは最初からであるか?」
「いえ、最初の頃は肉なども貰っていましたし、捨てるのも申し訳ないので食べてもいました。ですが、食べづらかったり、味がなくて正直おいしくなかったので、いつの頃からか貰うことそのものをしなくなりましたね」
「……なるほど」
いや、何となくそんな気はしていたのだ。
特に果実が丸ごと出てきたあたりで。
どうやらこの見た目少女は、料理という工程の意味をまるで理解していないらしい。
推測でしかないが、多分肉や野菜をそのまま食べたのだろう。
そりゃ美味しくないし、果物ばかりとなるのは道理だ。
ただし勿論のこと、それは栄養のことを無視すればの話だが――
「ちなみに、風邪とかはひかんのであるか?」
「風邪、ですか……? そうですね……ひいた記憶はありません。と言いますか、そもそも病気になったこと自体がないかと。まあここで病気になったりしたら色々と大変ですし」
「ふむ……」
そこでソーマが目を細めたのは、どう考えてもそれが普通では有り得ないからだ。
幾らなんでも果物だけでは、色々と栄養が足りなすぎるだろう。
最初の頃は、と言っているあたりから考えても、相当に長い間そうしているはずだ。
だがその割には、特に栄養失調だったりするようにも見えない。
少なくとも、ソーマの目に映るフェリシアという少女の身体は、健康そのものだ。
たとえ数十年という月日を生きているくせに、その体格はソーマと大差なくとも、である。
一見それこそが栄養失調の証のようにも思えるが、おそらくそれは種族的な問題だ。
パッと見フェリシアは人類種のようにも見えるのだが、本人の言動から察するにどうも違うようなのである。
病気になったことがないというあたりからすると、妖魔種の可能性があるが、妖魔種の寿命は人類種のそれとほぼ同じだ。
そもそも長命種とも呼ばれるような種は限られており……だが寿命の問題も、病気のことも、あるいはそれも魔女になったことの副作用な可能性もある。
案外聞けば答えてくれるのかもしれないが、別に詮索したところで意味のあることではないので、聞く必要もないだろう。
「ふむ……肉や野菜などは、まったく残っていないのであるよな?」
「残っていないはずですね。食べきれない分があったところで、さすがにとっくに捨ててしまったはずですし」
「まあそれはそうであるか」
いつ頃まで貰っていたのかは知らないが、最低でも十年以上は前のはずだ。
この家の地下には食料保存庫があり、貰った食料はそこで保存しているらしいが、快適な状態が維持されているらしいそこでもさすがにそれだけの期間もたせるのは無理だろう。
「それが何か?」
「いや……何でもないのである」
果物が実は特別であり、だからこそそれだけを食べていても問題はないのか、それともフェリシアの種族、あるいは魔女だからなのか。
それ如何ではこのままではソーマが栄養失調で倒れそうな気もするが……まあ、今すぐ問題になるようなことでもない。
様子を見つつ、どうするべきか考えればいいことだろう。
まあ念のために周辺で食べられるようなものがないか探しといた方が――
「む……探すといえば」
そこでふと、思い出した。
そう、そういえば、今日はそのために外に出たのだ。
周辺の調査やようやく身体を動かしても大丈夫な程度に回復したので、そのリハビリも兼ねてはいたものの、本命はやはりそれなのである。
今も持ったままであった籠に手を突っ込むと、そこからそれを取り出す。
一輪の、青い花を、だ。
それを目にしたフェリシアが、溜息を吐き出した。
「もうお昼を用意してしまったのですが?」
「別に多少置いといても腐るわけではないであろう?」
「それを言ったら、それこそお昼の後でも問題ないと思いますが?」
「我輩の心情的に問題が発生するのである」
「それ完全にソーマさんの都合ではないですか……まったく」
そう言ってフェリシアは再度溜息を吐き出し、だがテーブルから身を離した。
そのことにソーマは口元を緩め、フェリシアへと近づくと、その手の花を差し出す。
そして。
「うむ、では、すまんのであるが――これで我輩が魔法を使えるようにして欲しいのである」
悲願であるそれを、口にするのであった。




