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元最強、変わらずに授業を受ける

 クルトが重症を負って迷宮内で発見された。


 正直に言ってしまえば、それ自体は大したことではない。

 学院ではよくあることの一つだし、今更騒ぐようなことではないのだ。


 だからそれが騒がれることとなったのには、幾つか理由がある。


 まず、クルトが倒れていたという場所だ。

 それは第三階層だったのである。


 これが初等部の、しかも後衛職あたりならばまあまだ有り得たかもしれない。

 しかしクルトは中等部の最高学年であり、さらには槍使いだ。

 一人でも鼻歌交じりに、それこそ目を閉じてすら踏破出来ただろう。


 それなのに何故、ということであり……倒れていたクルトの状態もまた問題であった。


 重症とはいえ、クルトが負っていた傷は大まかには二箇所となる。

 それは、右腕と顔だ。


 右腕は徹底的に破壊され、くっついているのが不思議なほどであった。

 治療したところで元のようにどころか、動かせるようになるかすらも不明である。


 だがそれよりもさらに酷いのが顔だ。

 何せ原型が分からないほどに、グチャグチャになっており……そこに残された歯形などから、魔物に食われたのだろうことが分かっている。

 その時の恐怖故か、発見から三日経ったというのに未だ目を覚ます気配すらなかった。


 ちなみに顔がそんな状態なのにクルトだと分かったのは、学院証を持っていたからだ。

 学院に入学したのと同時に渡される、本人であることを証明する掌サイズのカードであり、時に身分証として、時に死体の身元が判別できない状態だった時などに用いられる。

 顔どころか頭皮すらも食われてしまっていたため、それがなければ身元を特定するのには少々時間がかかってしまっていたかもしれないが、それと身体的特徴などにより、クルトだと判断されたのだ。


 そしてその状態こそが、今回のことで最も問題だったと言えるものでもあった。

 特に、破壊されたその右腕である。

 調査の結果、それは魔物にではなく、人間にやられた可能性が高い、とされたからだ。


 ついでに言うならば、その日以降学院から姿を消した生徒が一人いる。


 ――ラルス・ホフマンスタール。


 今回の件の重要参考人と見られている人物であった。


 まあ厳密に言うならば、何らかの証拠が見つかったわけではなく、ただの状況証拠でしかないのだが……明らかに怪しいのは確かだ。

 それとついでにラルスは、もう一つの事件にも関与が疑われていた。


 同日シルヴィアの身に起こった、それだ。

 シルヴィアとヘレンから当時の状況を聞き、学院側はそれを人為的な事件と判断。

 これまた状況証拠でしかないが、ラルスを重要参考人としたのだ。


 というか、クルトが襲われたのもそれ関係なのではないかと学院側は見ている。

 クルトが何かを気付き、ラルスを問い質したものの、そのせいで襲撃を受けることとなってしまった、ということだ。


 何故それを迷宮の中で行ったのかや、初等部の第一学年であるラルスがクルトに勝てるのか、など気になることはあるが、考えたところで分かるようなことでもない。

 クルトが目を覚ましたら詳しい事情を聞くということで、今は保留となっている。


 そしてそれに絡んで、学院ではその日のうちにとある会議が行われた。

 今回の事件は、学院の生徒が狙われた可能性の高いものだ。

 基本的に学院は大半のことに関し自己責任をうたってはいるものの、さすがにこれは看過することは出来ない。


 そのためそこで決まったことは、三つ。


 一つは、学院の警備の強化。

 ラルスが何処かに潜んでいる可能性は高いと見て、学院側はまた誰かが襲われる可能性が高いと判断。

 手の空いている講師が昼夜問わず警戒を行うことになった。


 一つは、ラルスの探索。

 本当に事件と関係があるのかは分からないが、失踪したのは事実だ。

 学院の中且つ授業中だったこともあり、これを放置するわけにもいかないため、警戒とは別にその探索も行うことになった。


 最後の一つは、シルヴィアの警護。

 今回の真意が何処にあるのかはともかく、シルヴィアが狙われたのも事実だ。

 一応今までもそれなりに警備をしてはいたようなのだが、これからしばらくはこれの強化と可視化を行い、その対策が行われることとなった。


 他二つはともかく、最後は明らかな特別扱いだ。

 そこは会議でも揉めたらしいが、状況が状況故に仕方がないと、結局はそう判断したらしい。


 そしてその次の日である現在、物々しい雰囲気が教室に漂っているのは、つまるところそういった理由によるものなのであった。


「ふむ……随分とやりづらそうであるな」

「……それは先生が? それとも皆が?」

「両方である。まあ仕方ないと思うではあるがな」


 言いつつ、ソーマは肩をすくめる。

 それもまた、二重の意味でだ。


 狙われていたと判断したのにも関わらず、王族の警備を疎かにするわけにもいかないだろう。

 幾ら学院とはいえ……或いは、王立学院だからこそ、時にはやらねばならないことが存在しているのである。


 その結果が、皆が時折向けている教室の入り口にあるそれだ。

 そこには、普段はあまり見かけることもないような中等部の武闘系の講師が二人おり、彼らが警護役ということらしい。

 外にも同様に二人居るようであり……本当に随分と手厚い警備だ。


 まあしかしそれは言ったように仕方のないことだとは思うし、おそらくは教室の皆もそう思ってはいる。

 とはいえだからといって普段通りでいられるかは、別の話なのだ。

 皆がやりづらそうにしているのもまた、仕方ないことではあった。


「そんなこと言いつつ、あんたは平気そうにしてるじゃない」

「そっくりそのまま返すであるが?」

「あたしは……まあ、何だかんだでこういった雰囲気は慣れているもの。生まれ過ごした場所の関係上、ね」

「ま、我輩も似たようなものであるな」


 違いがあるとするならば、ソーマは自ら望んでそういったものへと身をさらしていたということだろうか。

 剣の道を極め、頂へと辿り着くには、必要なことだったのだ。


 それに所詮は、慣れである。

 つまりそのうち誰もが可能とするということだ。


 もっとも、慣れるのが先か、いつもの光景に戻るのが先かは、分からないが。


「……それと、そっちも、であるかな」

「……そうね」


 ちらりとソーマ達が視線を向けたのは、隣の席。

 そこに座っているシルヴィアだ。


 沈みきっているその様子は、何もこの状況に責任を感じているから、というわけではあるまい。

 いや、それもないとは言わないだろうが……どちらかといえば、多分クルトのことが原因だ。


 そこにシルヴィアの責任は微塵もない。

 だがシルヴィアはそこにも自分に責任があると思ってしまっているのだろう。

 こればかりは、誰が何を言ったところでどうにもならない。


 或いは、もう少し時間が経つか、事態に変化でもあれば別だろうが……とりあえず今出来ることがなさそうなことに違いはなかった。


「ヘレンもどうなるやら、という感じであるしな」

「……うん。昨日部屋の前にまで行ってみたら、一応それなりに元気そうではあったみたいだけど」


 そう言ってアイナはいつもヘレンが居た場所へと視線を向けるも、そこには今誰の姿もない。

 ヘレンは昨日からずっと部屋に閉じこもったままであるらしく、授業にも出てこなくなってしまったのだ。

 どうやらラルス達のことで、ヘレンもまたショックを受けてしまったらしい。


 まあほんの少し前まで、共に実習を受けていた者達だったのだ。

 分からないことではない。


「ま、何にせよ我輩達に出来ることが何もないのは変わらぬであるしな。今出来ることなど、こんな状況でも真面目に授業を続けてくれる先生に敬意を払いながら、こちらも真面目に授業を受けることだけなのである」

「……なんかちょっといいこと言ってそうだけど、あんたがそんなこと言ってるのって、今やってるのが魔導の授業だからでしょ?」


 実際その通りではあったので、肩をすくめて返す。

 いや、厳密には他の先生にも敬意はあるものの、それでも授業を聞く気にはならないというだけなのだが……まあ、同じことだろう。


 そして今ソーマに出来ることがないということに関しては、間違うことなき事実だ。

 大体の状況は察したものの、だからといってソーマに出来ることはやはりないのである。


 ソーマの本質は、何処までいっても剣なのだ。

 障害が目の前にあれば斬ることも出来るが、障害があることは分かっていても、それがどこにあるのか分からなければどうしようもない。

 目がその障害を認識してくれることで、初めて役に立てるのだ。


 だから今出来ることは、ただその時に備えて刃を研ぎ澄ませることだけだと。

 魔法に関する話を聞きながら、ソーマは目を細めるのであった。

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