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元最強、無事解決する

 不意に笑ってしまったのは、それがあまりにも唐突で、そして呆気なさ過ぎたからだろう。

 唐突に現れたソーマは、当たり前のような顔をしてその場に降り立ち……しかし彼方へと視線を向けると、首を傾げた。


「ふむ……おや? 今ので終わりであるか……? 随分と呆気ないであるな……てっきり復活でもしてくるかと思ったのであるが」


 その言葉に応えたのは、聞き覚えのある声だった。

 ソーマと同じようにやはり唐突に、しかして当たり前のように、三つの人影が姿を現す。


「ここまでの道中を考えると、あたしには何の不思議もなかったようにしか思えないんだけど? そもそも何でそんな発想に至ったのよ……」

「いや、ここはエリアボスしか出現しないという話であるし、ならば他の魔物が出ない分超強化されててもおかしくないと思ったのであるが」

「んー、ここは確かにエリアボスしか出ないとはいえ、基本的には入ったら出れぬ仕様じゃからなぁ。それを考えたら下手な強化は過剰にしかならんじゃろう」

「ああ、確かに普通は、初見でアレと戦い倒さなければならないのですよね。そう思えば妥当な気がするのです」


 先ほどまでここには、間違いなく死を目前にしたような緊迫感に溢れていた。

 だが今は既に、放課後の訓練場での一角のような空気が流れており……そのことに自然と、口元が緩む。


 何故か滲み歪んだ視界を、目元を拭うことで戻し、一つ息を吐き出す。

 それから、ようやく口を開いた。


「えっと……助けてくれてありがとう、でいいのかな?」

「ふむ……では我輩はどういたしまして、と言っておくであるか。色々と他にも言いたい事はあるであるがな」

「あー、うん……だよね」


 まさか偶然ここに辿り着いた、などということはないだろうし、助けに来てくれたのだということは間違いない。

 ということはつまり、こんなことになってしまった事情を知っているということであり……まあ、その件については大人しくお叱りを受けるしかないだろう。


 ……叱られることが出来る。

 それは喜んでいいことではないはずなのに、それでも口元が緩むのを抑えることはできなかった。


「怒られるのが分かってるじゃろうに、嬉しそうにするとは……まさか我が学院の生徒がマゾだなんて知りたくはなかったのじゃ」

「いや、そういうことじゃ……って、学院長、さん?」


 現れた三人のうち二人は、アイナとリナだというのは認識出来ていた。

 しかし最後の一人が学院長であるヒルデガルドとは、あまりにも予想外で、それと色々なことが一気にありすぎて、今ようやく認識できたのだ。


「うむ、その通りじゃが?」

「え、その……ということは、学院長さんまで、ワタシを助けに来てくれた、ということですか?」


 王立学院の長が直々に、一人の生徒を助けに来る。

 それは見方によっては美談にも見えるかもしれないが、そう思ってしまうほどシルヴィアは世間知らずではない。

 その意味するところとは、要するに――


「ああ、まあ、これのことはあまり気にする必要はないであるぞ? 単にここまで来るのに最も手っ取り早いから連れて来ただけであるし。道案内というか、ただの地図であるな。現在地からの最適な道順を言葉で教えてくれる地図である。……そう考えると、割と便利であるな、貴様」

「うむ、我のことは存分に褒め称えればいいのじゃが……何故なのじゃろうな? 褒められてるはずなのにまったく褒められている気がしないのは」

「気のせいであろう?」


 とぼけて肩をすくめるソーマに、そんなソーマを睨みつけるヒルデガルド。

 それは互いにとても気安い態度である。


 だが同時に、学院の一学生が学院長に向ける態度でなければ、学院長が一学生に見せるような顔でもなかった。


「えっと……ソーマ君と学院長さんって、仲良し……というか、もしかして昔からの知り合いとかなの?」

「あ、そういえばそれあたしも道中で気になってたのよね。あんた学院長に対して妙に気安いわよね?」

「わたしは学院に来る以前に会った記憶はないので、以前からの知り合いということはないとは思うのですが……もしかして試験を受けた時、というよりも、面接の時にでも何かあったのです? ……そういえば、以前休日の予定を聞いた時、図書館に行ったり誰かと何処かに出かけるとか言ってましたが……もしや、なのです?」


 疑惑と好奇心とに溢れた、三対の瞳を向けられたソーマ達は、一度だけ顔を見合わせると、直後に揃って肩をすくめた。


「ま、色々ある、ということである」

「うむ、秘密なのじゃ」

「むうぅ……怪しいのです」

「怪しいわね……」

「というか、そんなことを言っている場合でもないであろうに。心配している者達も居るであろうし、とりあえず戻るのである」

「あっ……うん、そうだよね」


 助かったという安堵で気が抜けてしまっていたが、まだ安心させなければならない人達が残っているのだ。

 この様子ではどうやら他の人達にも知られてしまっているようだし……特にあの三人には、出来るだけ早く顔を見せるべきだろう。


「その後で説教も待ってるであるしな」

「うっ……お手柔らかにお願いシマス」


 ともあれ、そうしてシルヴィア達は一路地上へ向けて歩き始めた。








「えっ……何これ?」


 そう言ってシルヴィアが、ついといった様子で立ち止まったのは、第四十階層から脱出するための階段の前へとやってきた時のことであった。


 これ、が何を指しているのかは……まあ、明らかだろう。

 空間に直接入っている、ひび割れ。

 強引に斬り裂いたことで生じた、その痕跡だ。


「さっきここに来た時には、こんなのなかったはずなんだけど……これって、もしかして?」

「もしかしても何も、こんなこと出来るのなんて一人しかいるわけないでしょ?」

「……だよね」


 言葉と共にちらりと視線が向けられるが、肩をすくめて返す。

 確かにソーマがやったことだが、別に不思議でも何でもないだろう。


 空間が閉じているというのならば、それを斬り裂きそこに侵入するための隙間を生じさせればいいだけなのだ。

 そもそも閉じた空間の外郭そのものを破壊しなかっただけ、まだマシな方法である。


「えっと……これって、大丈夫なの? 色々な意味で……」

「とりあえずそこを通ってわたし達はやってきたので、そういう意味でならば大丈夫なのは保障するのです」

「空間の傷というのは、そのうち放っておけば勝手に直るものじゃしな。そういう意味でも問題はないはずなのじゃ」

「でもここのエリアボスは倒したんだから、もう閉じた空間は解除されてるのよね? わざわざそこを通る必要もないんでしょ?」

「必要があるかないかで言えばないであるが、かといってそれで何か問題が起こるわけでもないであるしな。まあ興味があるんなら通ってみてもいいと思うであるぞ?」

「興味があるかないかで言えばあるけど……一応、今回は止めとくよ」

「そうであるか」


 まあこの状況でそこを通っても、本当に普通の場所と何ら違いはないのだ。

 ならばそんな判断もありだろうと、ソーマも敢えてそこは通らずに、その脇の部分を歩き……当然のように、そのまま先へと通過する。


 そして何事もなく階段を上り始め……さて、どういうことだろうかと、目を細めながら思った。

 仕掛けてくるのならばこのタイミングだろうと、そう思ったからだ。


 しかし実際にはその気配すらもなく、それは第三十九階層に辿り着いても、同じであった。

 それとなく周囲を眺めながら、ヒルデガルドへと視線を向けると、問いかける。


「……どう思うである?」

「ふむ……まあ、他に本命がある、というところじゃろうな」


 同感であった。

 そうでなければ、わざわざこんなことをするはずがないからだ。


 そう、ソーマもヒルデガルドも、今回の件を不幸な、或いは不注意ゆえに起きた事故、などと考えてはいなかった。

 いや、シルヴィアが不注意だったのは事実だ。

 この後でシルヴィアからも詳細な話を聞くつもりだが、それだけは間違いない。


 だがその大元となったものには、間違いなく誰かの手が入っている。

 明らかに色々と都合がよすぎるからだ。


 いくらシルヴィア達が過信していたとはいえ、先頭から三番目に居たシルヴィアだけがそれに気付き、しかもそれは強制的に空間転移を起こさせるもので、さらには跳んだ先が脱出も救出も不可能な場所?

 そんな出来すぎた偶然があってたまるか、という話だ。


 つまり今回のは、明確にシルヴィアが狙われたのである。


 とはいえその理由は不明だ。

 推測するには、考えられる理由が多すぎる。

 王族だというだけで、命を狙われる理由など五万とあるだろう。


 だからそれは考えたところで無駄であり……問題なのはやはり、仕掛けてこなかった、ということである。

 シルヴィアの命を本当に狙っていたのならば、今回救出されるのはまずかったはずだ。

 その邪魔をしなかったということは……考えられる可能性は、二つ。


 今回は分が悪いと悟って諦めたか、或いは最初からシルヴィアは囮、もしくはついででしかなかったかである。


 しかし分が悪い程度で諦めるぐらいならば、ここまで大げさなことはしなかっただろう。

 ここまでやってしまったのならば、最後までやらなければ割が合わない。

 なのにそうしなかったということは、実際には後者だった可能性が高い、ということだ。


 シルヴィアに今回のようなことが起これば、かなりの数の目がシルヴィアへと向く。

 それは誰かが救出に行っても、行かなくても結果的には同じことだ。

 おそらくはそこで生じた隙に、何かをしようとしたのだろう。


 それが何なのかは分からないが――


「……ま、とりあえず救出は出来たのであるし、後のことは後で考えればいいであるか」

「じゃな」


 たとえそれがどんなことなのであろうと、命は失われたらそれまでなのだ。

 ならば、それを救うのを最優先にするのは当然だし、何の問題もない。

 そのせいで起こってしまう何かがあったのだとしても、その時はその時でどうにかすればいいだけの話である。


 ともあれ、全ては無事に戻ってからだと、そう思い、ソーマ達は帰りの道を急ぐのであった。

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