プロローグ 旅の始まり
俺の名前は林はやた、25歳フリーター、夢があってフリーターをやっているわけではなく大学時代に始めたゲーム会社でのバイトを今でも続けているだけ、まっニートよりはマシだろう?
そんな俺だが今日は早起きだ、朝の6時にも関わらずもう自転車でバイト先に向かっている、なぜか社長に呼び出された。
社長と言っても近所に住んでいる小さい頃からよくしてくれている人、言わば兄貴のような存在の人だ。
最初は自堕落な生活をしている俺に救いの手を差し伸べるべくバイトに誘ってくれたのだと思っていたけれど、今思うといいように使える駒が欲しかっただけなんじゃないかとも思っている。
結果的に助かってるのだから感謝しなければいけないのだが……
そうこうしているうちにバイト先が見えてきた。長い信号の先、古くもなく特別新しくもないありふれたビル、あれが俺の-バイト先「野沢菜株式会社」社長は小さい頃からネーミングセンスが無い、昔の俺のあだ名が「ダブルウッド」だった時点でセンスの無さに気づいた。
それにしてもこの信号は長い、時間にすれば大したことはないのだろうけど、特にすることもなく待つというのはどうしても長く感じてしまう
右、左、右 よし来てない! 流石に朝のこの時間は車が少ない、まだ赤だが行けるだろう。
足に力を込めペダルを一気に踏みつける、横断歩道を半分ほど渡った所で耳にけたたましい音が飛び込んできた。
なんの音だ? 認識が追いつかない、確かに車はいなかったはずなのに認識とは裏腹に俺の体は反射的に膠着する。
鈍い、ひどく濁った金属音のような音が響いた、と同時に視界に飛んでる自転車が写った。
俺の自転車じゃん……俺の意識はそこで途絶えた。
プロローグ「旅の始まり」
テッテレーテッテレーテーテーテー♪
ひどくチープな音で目が覚めた、こんな目覚まし設定した覚えがない――――
飛び起きた、嫌な汗が吹き出るのを感じる。
「俺、轢かれた?」
「惹かれてはいない、引かれてはいるかもしれないが轢かれたのは確かだな。」
この回りくどい喋り、低音で聞いてるとなんだか眠くなるような声、社長だ。
あたりを見回して見るが鼻の先すら見えない暗闇、いったいここはどこなんだ? 社長がいるということは死んだ訳ではないのか?
「はやた、よく聞け、お前は死んだ、間違いなく死んだ、めったにないほどに死んだ」
人の死がめったにあってたまるか
「オブラートに包んでもしょうがない、お前が死んだのは事実だ今からいう話をよく聞け、耳の穴をでかくして聞け、トラックに轢かれたのは覚えているか?」
トラックかは分からないけど確かに轢かれた
「その音に気づいた俺は外に出た、俺は腕も足もあらぬ方向に曲がっているお前を見つけた、あっこいつダメだ死んだって思った」
「軽いな! もう少し焦って!」
「おやっ? しかしお前死んだと言われてるのに別段焦った様子もないようだな」
「訳がわからないだけです、死んだはずなのに今ここに存在して、社長がいる時点で理解が及ばないですしだいたい夢もへちまも無い人生でしたから本当に死んでても思い浮かぶ様な悔いもないですよ」
「悲しいなお前……夢は無理だがヘチマくらい買ってやったのに」
ツッコミをいれるべきか悩んだがスルーすることにした
「では仕切り直して本題に入る、お前を発見した俺は救急車を呼ぶ前に社内に連れ込み開発中のゲーム機に繋いだ」
「重症な人間になにしてくれちゃってんのこの人」
「そして説明すると複雑で長いから簡単に説明するとお前の意識をゲーム内にインストールしたわけだ」
「そんなことできるわけ――」
「俺が仮想現実をテーマにゲームを作っていることを忘れたか? 実はお前にテスターになってもらいたくあの日呼んだんだがまさかお前が轢かれてまさにうってつけのテスターになってくれるとは思わなかったがな」
「人の命をなんだと思ってるんだ」
「とにかくそのゲーム内がお前の新しい世界だ! とりあえずその辺にスタートボタンが浮いてるはずだから押してくれ」
社長に言われ辺りを見回すと白枠の中に白字でスタートと書かれた箱? が浮いていた。某RPGゲームで見たことあるようなデザインだが
「これですか? めちゃめちゃ懐かしいRPGみたいなデザインなんですけど」
「それだ! やはりRPGと言えばそれだろう」
最先端のゲームがこれでいいのか? そんなことを思いながら箱を叩いてみた。箱の上の蓋から光が溢れ出す――――
眩しい――暗闇から急に光の世界に連れこまれ視界が回復しない、そもそもゲーム内の俺の視界が生前と同じように機能する保証なんてないじゃないか
そんな俺の考えは一瞬で吹き飛んだ、視界が回復するにつれて現れた一面に広がる緑、鳥のさえずり、木々の擦れ合う音、美しい――
俺は起き上がり周囲に目をやる、どうやら俺は神殿の中から出てきたようだ、RPGのお決まりってやつかな
しかしどこを見てもゲーム内だとはとても信じられない、神殿の質感、風に揺れる草や木に至るまで本物にしか見えない
「んっ? なんだあれ?」
木の下にうさぎが2匹……一見普通に見えるが顔がない。正確には顔のあるべき場所が文字化けみたいになってる。
「あれはバグね」
唐突に後ろから声がした、振り返るとそこには黒髪のボブヘアー、クリっとした大きな目、茶色の瞳、真紅のローブを身に纏い小柄な体格には不釣り合いな大きくゴツゴツとした杖を持った女性が立っていた。年齢は俺よりも下だろうか? 高校生と言われても不思議ではないがその割には堂々とした態度だ。
「あ、あなたは?」
滅多に女性と話さない俺は思わず声が上ずってしまった。
「はじめまして! 私はアリーサ、あなたの旅に付き添うことになったから宜しくね」
彼女はニコッと笑みを浮かべ手を差し出してきた。