師匠
「え?なんでそんな厚着してるの?」
「うるさい、こっち見るな」
涼子はぐいっと、光輝の顔を視線が当たらないように外側へ向けた。空は快晴で心地よい日差しが降り注いでいるが、涼子の服装はダボダボのパーカーとパンツにマスクを付けている。
「大丈夫だよ。10キロ増えたからって、そんなに変わらないよ」
「ぜんぜん、変わるからっ!!」
涼子は背後からガシっと腕を光輝の顔に回して、胸と腕力で光輝の顔と首をロックする。技名はフェイスロックだ。
「いたたああああああ。ギブギブ、なんか当たってるしっ」
「ばかああああ」
涼子の必殺掌底が炸裂して、光輝は完全に沈黙した。
僕がスピリットクラスタを始めたのは、涼子に無理やりやらされた…というのがキッカケだけど…。
涼子はというと、師匠から勧められたらしい。
涼子の父親は元プロレスラーで、引退してプロレス道場を開いている。僕は体が細かったので、両親に無理やりこのプロレス道場に通わされた。
もちろん小さい頃の話で、今は通っていない。涼子と初めて会ったのも、このプロレス道場だった。
道場では受け身とか、基礎体力作りがメインで、涼子のようなプロレス技は教えてもらわなかったけど。
師匠も同じく、この道場で知り合った。一つ上の先輩で、金髪碧眼の…ちょっと変わった師匠だ。
涼子が重さ+10が嫌だと泣き叫ぶので、なんとかゲーム内で消せるステータスを探そうと思ったが…、ベータテストの終了とサービス開始の無期限延長の知らせにより、僕らは八方ふさがりとなった。
無期限延長と書いてあったものの、予算が枯渇して事実上の倒産、新たな受け入れ先を探している……みたいな事が書いてあった。完結にいえば、サービス終了だろう。
こういう時に頼りになるのが、我らが師匠だ…。という事で、二人で師匠のマンションに向かっている。
「うぃーす。二人とも久しぶりー」
「ししょおおおおおお」
涼子はマンションのドアから現れた師匠にがっしっと飛びついた。師匠は表情の起伏が乏しいが、喜んでいるような気がする。
「はいはい、わかったわかった…」
師匠はガシガシと涼子の頭を撫でながら、事務的に対処している。
「師匠お久しぶりです」
「おぅ、光輝も元気そうだなー」
いいから早く入れと、マンションの部屋に通された。
「師匠の部屋久しぶり!」
部屋は女の子っぽさはまったく無く、見た事もないキャラのグッズやら、コスプレの衣装やら空きパッケージやらが散乱している。
「変わらないですね…」
「まあ、適当に座れ」
光輝と涼子は、雑誌やらお菓子のゴミやらを掻き分けて座るスペースを作った。師匠は、キャスター付きのマイ椅子に体育座りしている。
「んで、どうした。困った事でもあったのか?」
「ししょおおおお。コレ見てください。これで10キロも体重が増えちゃったんです!!」
涼子は師匠の目の前まで進んで、自分の手の甲に書かれた文字を見せた。
「ふーん、まだまだスキルの厳選が甘いなぁ」
「厳選?師匠どういう事ですか?」
師匠が何気無く言った厳選の意味が、光輝にはわからなかった。涼子も首を傾げている。
「まあ、2つだから厳選は知らないよね……あ!でもバスト+5は初めて見た」
師匠のバスト+5の発言で涼子が赤くなる。光輝は同感ですと頷いている。
「ツルペタの私には喉から手が出る程欲しい……一番初めという事はランダムで引いたのか…なんという強運…運命…」
師匠の目線が鋭く涼子の胸に向けられ、語尾がごにょごにょと、ひとりで呟いている。
師匠は、スピリットクラスタの数少ないガチ勢だ。もちろんベータテストにも参加している。
「師匠?」
「おっと失礼、厳選の説明だった。ステータスのスロットは3つが上限だ。4つ目からは不要なステータスを選択出来る」
師匠は着ていた薄いブルーのスエットをガバッと上へまくって、真っ白いお腹を二人に見せた。
賢さ+2
賢さ+3
賢さ+1
「師匠はお腹に表示されているんですね。ってか、何時間やったんですか………」
「ししょおおお。もういいでしょう、早くお腹をしまって下さい!こうちゃんもジロジロ見ない!」
涼子は師匠のお腹を隠すように言うと、光輝の目を手で塞いだ。しかし、光輝は急に涼子が抱きついて目を隠すので、ジタバタしている。
「はいそこ!人の部屋でイチャイチャしない!!」
師匠は二人の額に、ばっしっとスエットの袖に包まれたチョップを落とす。
「「すいません」」
「さっきまで、ずっとインしてたよ。二人が来るって言うから、時間合わせてログアウトしたけど」
(さすがガチ勢……半端ない……)
「あれ?でもスピリットクラスタのサイトではサービス終了って書いてありましたよ?」
「ああ、コンソールからは無理だけど。夢からは入れるよ」
「「ええええええええ」」