夢の中から
スピリットクラスタはヘッドマウントディスプレイと、2つの3Dマウスを両手で操作するVRMMOゲームだ。
この操作方法は、マインドボックス社に買い取られる前の旧スピリットクラスタと同様の方式となっている。
ヘッドマウントからは視覚と聴覚の情報がバーチャルリアリティーで表現され、キャラクターの前後左右の移動を脳波でコントロールする役割も兼ねている。両手の3Dマウスは操作するキャラクターの各種コマンドと、手の指の細かい動きを再現できる。
1ヶ月くらいプレイすれば、誰でも現実世界とほぼ変わらないように、自在にキャラクターを操作できる…。
(のはず…なのだけど、ここは間違いなく、始まりの街だよね。)
光輝は眠りについたはずの状況から、なぜかスピリットクラスタのゲーム内に入り込んでいる。
(ヘッドマウントディスプレイと3Dマウスを使わずに、スピリットクラスタへログインしている?)
光輝は身長が急に伸びたり、色々なことがあって、ご飯食べて…お風呂入ったらすぐに疲れて寝てしまった。
「夢からスピリットクラスタにログインした?そんな、どうやって…」
始まりの街はスピリットクラスタを始めると一番最初に訪れる街だ。街といっても数十の家々と簡素な道具や、それとチュートリアル用の小さな図書館がある。
街の中の道路は石畳で舗装され、両脇を西洋と東洋を織り交ぜたような独特の街並みが続いている。
「うわああああああん。誰かたすけてえええ」
(街中で座り込んで、少女が助けを求めている…。ああ…これは覚えがある、面倒くさいやつだ…)
クエスト:少女の宝物
「キラーアントに私の大事な宝物を取られたの。どうか、キラーアントをやっつけて宝物を取り返してください」
少女は泣きながら光輝の手にしがみ付いてきた。
「キラーアントってたしかレベル3だよね。無理だよ、今レベル1だし」
「うわあああああああん」
「わかった、わかったよ、受けるよ」
少女はもちろんNPCで、ゲームで用意されたキャラクターだ。このようにクエストが発生するキャラクターは、ものすごく困っている演出で、断りずらいケースが多い…。
(仕方ない、やるか…)
光輝はこのクエストを旧スピリットクラスタでやった事がある。クエストの対象であるキラーアントは、初級プレイヤーの第1の試練のようなモンスターだ。デカイ蟻のモンスターで、ーーといっても全長1メートルくらいだーー皮膚がわりと硬いが、さほど強いモンスターではない。
しかし、現実の世界で1メートルの蟻と対峙したら、誰もが逃げ出すだろう。このでのプレイヤーの試練とは、モンスターの見た目をどう克服するかにある。
(僕は戦闘があまり得意ではないけど、旧スピリットクラスタで散々キラーアントは倒したし、攻撃のパターンも覚えている。レベル差はあるけどれ、まあなんとかなるだろう)
「たしかこの辺だったかな…」
光輝は始まりの街の外れにある小さな物置小屋に入って行った。
(はじめの街は、旧スピリットクラスタとほぼ変わっていないと思う。だとすれば…)
「あった、よかった」
システムメッセージ:こうは宝箱から火炎瓶を取得した。
光輝は宝箱の配置も変わっていない事に安堵して、キラーアントが生息する川辺の方へ進んで行った。
街から数分のところにある川辺に到着すると、お目当てのキラーアントが1体のそのそと動いているのが確認出来る。
光輝は川下の草むらから静かに近づき、取得した火炎瓶を用意した。
「うりゃ」
「ギュアァァァァァァ」
難なくキラーアントを倒す事ができたが、これまでのゲームとの違いを浮き彫りにした。
「これはキツイ……」
丸焼きになったキラーアントは、見た目が凄くグロテスクなのは同じだが、物凄く臭かった。
(うわぁ…嗅覚も再現されている。って事は味覚もあるかも、街に帰ったら何か食べて見よう)
無事、はじめの街に戻ってきた光輝は、キラーアントを倒して取得した人形を少女に渡して、みごとクエストをクリアーすることができた。
「ありがとう。おにいちゃん!」
光輝は少女の笑顔ともう一つ報酬を手にいれた。
「重さ+10、…ん??」