08:悪魔との戦い
第8話です。
怖い……私はやはりあの悪魔が怖いです……!
でも、このままでは皆さんがあの悪魔にやられてしまいます。
ディア様と皆さんを守る為、私はこの恐怖に打ち勝たなくてはいけません。
エプリクスを呼び出すことができたのは幸いでした。盟約など、彼に関してはわからないところも多く、うまく呼び出す事ができる確証はありませんでした。
彼の力無くしては、あの悪魔に立ち向かうことなどできません。悪魔は私達を見て威嚇を続けます。
「お、おい、アレは何だ!?」
「リズの使役する精霊魔法だ。動けるか?いったん離れるぞ!」
ロデオ様はレド様を連れて、悪魔との距離を取りました。
「キシャァァァ!!」
悪魔がこちらへ向かって来ました。強大な顎でエプリクスに噛み付こうとします。
『猪口才な』
エプリクスは顎を尻尾で薙ぎ払い、そのまま返す尾で悪魔を真上から叩き付けました。
「カシィィィイイイ……!」
悪魔は再び距離を起きます。そして、地面へと潜り始め姿を消しました。
「どこへ行ったの……」
もしかして逃げたのかもと思いましたが、その考えは甘かったようです。
私の足元がすり鉢状に広がり始めました。
「これは……身動きが取れない!?」
『主よ、我が尾に捕まるのだ』
エプリクスの尾に捕まり、脱出を図ります。しかし、穴はどんどんと広がり中心へ向けて吸い込まれていきます。
あの時の恐怖が脳裏に蘇ります────怖い…………!怖い!!
『主よ、気をしっかり持つのだ。我との盟約は主の精神状態と魔力に左右される。このままではあの魔物の思う壺だ』
私の手はガタガタと震え、尾を掴む力も弱くなってきました。勝たなくてはいけないのに……守らなくてはいけないのに!
そして、ついに私の手は尾から離れてしまいました。
「リズさん!今助けます!」
クルス様が私に手を伸ばしました。クルス様は私の腕を掴むと、そのまま引き上げてくださりました。
「大丈夫ですか!? こんなにも震えてしまって……怖かったでしょうに」
「すみません……大丈夫です、まだやれます!」
悪魔は再び地面に潜ります。どこからかまた奇襲をかける気なのでしょう。
私は気を落ち着けることにします。先程エプリクスが言っていました。彼の力は私の精神状態に左右されると。
いつまでも過去の恐怖を引き摺っているわけにはいきません。
ディア様を守ると誓ったのですから、ここで負けるわけにはいかないのです!
「一先ずこの場を離れましょう。リズさん、走れますか?」
「はい、大丈夫です!」
あの悪魔はどこから出てくるかわかりません。辺りを見渡し、悪魔の出現に備えます。
「どこだ……どこから出てくる?」
私達はそれぞれの足元を注視していました。
しかし、悪魔の狙いは思わぬ方向へ向かっていたのです。
「キャァアア!!」
馬車からの悲鳴……!?
悪魔の流砂はディア様の乗る馬車へと向けられました。
「ディア様!!」
ロデオ様が駆け寄り馬車を押さえます。
「レド、クルス、手伝ってくれ!」
「わかりました!」
「こっちは怪我人だってのによお!!」
このままではディア様が……!
ディア様にまで危害を加えようとするあの悪魔を許す事はできません!
────────私の中で悪魔に対する恐怖よりも、怒りの方が勝りました。
「エプリクス!」
私の感情に呼応し、エプリクスの全身に炎が燃え盛ります。
「あいつはすり鉢状の中心に居る!危険かもしれない……けど、そこへ飛び込んで!」
『うむ、わかった』
エプリクスは悪魔の巣目掛けて突撃しました。私の最期も、中心に潜む悪魔に噛み砕かれたのです。
流砂の中心に必ず潜んでいることはわかっています。
そして、あの強大な顎が流砂から飛び出しました。
「エプリクス!両顎を腕で掴んで!あなたならできるはず!」
『容易いことだ』
顎はエプリクスの腕に捕まれ、そのまま微動だにしなくなりました。
悪魔はそれでも流砂にエプリクスを沈めようとします。
「私の魔力を全部使ってもいい!! その力でその悪魔を燃やし尽くしなさい!!」
『御意!』
エプリクスの全身から炎が吹き上がりました。
私の体の魔力がどんどん消費されていくのがわかります。
悪魔はもがきながらも、燃え移った火を砂で消そうとします。
「もう私は……お前なんかに負けない!!」
『ウォォォオオオ!!』
「グギィィィ……アアア」
巨大な顎は砕かれ消し炭となりました。悪魔にもう武器はありません。
「エプリクス!とどめを!!」
『ヌォオオオ!!』
「ギィィィ……ヤァァァァ!!」
悪魔の全身が燃え出しました。逃げようとしますが、エプリクスは悪魔を捕らえて離しません。
やがて悪魔は身動きをやめ、そこには存在があったことを示すだけの消し炭が残りました。
「や、やった…………やりました……」
私の魔力が尽き、エプリクスも消えました。
「リズさん、大丈夫ですか!?」
「私よりも……ディア様を」
「もう大丈夫だ。リズ、よくやってくれた」
馬車は流砂を脱し、ディア様も無事のようです。
「……良かった……ディア様……」
安心した私の体からは、すっかり力が抜けてしまいました。
そんな私の体をクルス様が支えてくれました。
「おっと……リズさん、馬車に戻りましょう。お疲れ様です」
クルス様は私を軽々と抱え、馬車へ運んでくれました。
さすが騎士様です。クルス様はとても力持ちなのですね。
「すまない、助かった、リズ!」
「ありがとう、リズ!」
ロデオ様とディア様に褒めていただきました。
ディア様は、私を抱きしめ頭を撫でてくれました。
私がアリだった頃に最期に願った願いが、たった今叶ったような気がします。
◆◇◆◇
馬車は再び進みだしました。
やがて馬車は、アステアとコルンの間にある町、ウィルクへとたどり着きました。
「疲れだったな、今日はここで宿を取ろう」
馬車から降りて、私達は宿屋へと向かいます。
「レド様、すみません。私の魔力が不足して治療ができないままで……魔力が戻ったらすぐにヒールしますので」
「なに、気にすることはねえさ!こんなのは一晩寝たら治っちまうよ」
ここに来るまでに私の魔力が回復することはありませんでした。
さすがに、限界まで使ってしまった魔力は回復に時間が掛かるようです。
「ディア様、高級な宿はお取りできず、ご不便をおかけいたしますがお許しください」
「構いませんよ。むしろ、こんな時までいいお部屋に泊まりたいと言うなんて、そんなことできるわけが無いでしょう」
ディア様はいたずらっぽく笑いながら言いました。
部屋は男女で別れることになりました。私はディア様と同じ部屋です。
高貴な方と同じ部屋に泊まるという事で、少し緊張します。
「さあリズ、お部屋に行きましょう」
「はい、ディア様」
今夜をここで過ごし、明日の朝にはいよいよコルンへ向けて出発です。
ここに来るまでに様々な魔物に遭遇しました。この先にも恐らく魔物との遭遇は避けられません。
ディア様を守り、無事コルンまで送り届ける……窓から見える景色を眺めながら、私は気を引き締め直しました。
お読みいただきましてありがとうございました。