07:国境を越えて
翌朝、集会所へ行くと既に騎士様は準備が整っていました。
ディア様もお目覚めになられていたようです。
「リズ、来てくれたのか」
「はい。私にもぜひお手伝いさせてください」
不安もありますが、私なりに考えた結果です。
もう私には帰る場所はありません。お父さんもお母さんも死んでしまい、初めての友達も亡くしてしまいました。
「リズ……あなたの家族やマリーのことはロデオから聞きました。国の権力争いに巻き込んでしまい……何とお詫びしたら良いか……」
ディア様は私に頭を下げます。ディア様もご両親を亡くされたのです。この方は、ご自身がそうであるにも関わらず、私達の事も考えてくださります。
「私のこの命を、ディア様の為に捧げます」
「リズ……ありがとう。でも、命を粗末にしないで……」
やはりディア様は、私が使えるべき“女王様”です。
この方を守り続ける……それが、一人生き残ってしまった私の使命なのです。
コルンへは少人数での出発となります。騎士様……ロデオ様は、私に護衛メンバーを紹介してくださりました。
「僕はクルスと言います。騎士団の副団長をやっています」
「俺はレド。たまたまこの国に来ていた傭兵だ。よろしく頼む」
「私はリズです。ヒーラーとして皆さんに同行させていただきます。よろしくお願いいたします」
挨拶も済んだところで、いよいよコルンへ向けて出発となりました。
◆◇◆◇
道中、様々な魔物が襲ってきます。
街道が整備されていないところは野生の魔物が棲息します。護衛の方々は、魔物に屈することなく薙ぎ払って行きます。その際に生じた怪我などは私がヒールで治癒を行います。
「ディア様、馬車の中は不便ではありませんか?」
「お気遣いありがとう、ロデオ。大丈夫です。それより急ぎましょう」
コルンまでは二日ほどかかるそうです。
途中に町があるということですので、今夜はそちらに泊まるそうです。
「しかし、ここ最近魔物の数が異常じゃないか?」
レド様が言うには、このところ急激に魔物が多くなったとの事です。
もともと魔物自体は世界中に棲息していましたが、その動きが活発化しつつあるそうです。
「まぁ、傭兵の俺には悪くない話ではあるのだがな」
「僕は勘弁して欲しいですね。魔物が増えれば生態系も崩れる」
この世界には魔物以外にも普通の生き物が生息しています。
私が以前にいた世界と同じような動植物は、この世界にも存在しています。
「もう少しで中間にある町が見えてくる。武器なども必要があればそこで揃え直そう」
馬車はやがて荒野のような場所に差し掛かりました。
植物はほとんどなく、ところどころに枯れた木々が生えています。
「ディア様、少し馬車内が揺れますのでお気を付けください」
「大丈夫です。構わず進んでください」
荒れた地面から露出した岩が、馬車を大きく揺らします。
私は平気ですが、ディア様は少し苦しそうです。ヒールをかければ少しは辛さが軽減されるのでしょうか?
「リズ……ヒールされてもこればかりはどうしようもないと思いますよ……ウプッ、失礼……」
「そうですか……お役に立てずに申し訳ありません」
ディア様は辛そうです。こういう時に効果がある魔法は無いのでしょうか。
とりあえず、ディア様のお背中をさすります。これだけでも少しは良くなるそうです。
◇◆◇◆
順調に進んでいた矢先、馬車が大きく傾きました。
「何事だ!?」
突然、片側の車輪が大きく沈みました。道が荒れていたとはいえ、そこまで酷く荒れた場所は通っていないはずです。
レド様は斧を構え外に飛び出します。
「これは……まずい、アントライオンの巣だ!」
何も無かった地面が、突如としてすり鉢状の形に変わります。車輪はどんどん沈んでいきます。
「キャアア!!」
「レド、クルス、引いてくれ!」
ロデオ様は馬車にロープを巻きつけると、レド様とクルス様へそれを投げました。
二人が引っ張ると、馬車はなんとか脱出することができました。
しかし、せっかくの食事を邪魔された巨大な魔物が、そのすり鉢状から飛び出しました。
「あれは……あの時の悪魔……!?」
そこに居たのは、アリだった頃の私を殺したあの悪魔です。
巨大な顎をカシカシと鳴らし、こちらを威嚇してきます。
「こいつは一度目を付けるとどこまでも追ってくる。ここで倒すしかないか……」
馬車を安全な場所へ退避させ、ロデオ様も魔物と対峙します。
「ロデオ……大丈夫かしら」
ディア様は心配そうに外を見つめます。
「リズ、あなた震えてるの?」
「いえ……大丈夫です」
あの時の記憶が蘇ります。
前の私の最期の時────────。
無慈悲なまでの巨大な顎は、私を軽々と噛み砕きました。その顎がロデオ様達を襲います。
この世界であの悪魔に遭遇するとは思いませんでした。
「ぐあっ!」
悪魔の顎がレド様の腕に突き刺さりました。
そして、悪魔はそのままレド様を持ち上げて放り投げます。
「大丈夫か、レド!」
「こいつ……凶暴化してやがる……」
クルス様も悪魔に切り掛かりますが、硬い体は剣を跳ね返してしまいます。
「このままでは、ロデオ達が……」
「ディア様……しばらくこちらでお待ちください!」
「リズ!?」
私は、馬車を飛び出しました。
あの悪魔は怖い……けれど、このままではロデオ様達が危険です。
「ロデオ様!」
「リズ、ここは危険だ!馬車に避難しているんだ!」
私は指輪を付けた腕を前に掲げます。そして、再びあの名を呼びました。
「【エプリクス】!!」
指輪から光が生じ、エプリクスが現れました。私の体から魔力が吸い取られていきます。
「エプリクス、あの悪魔を攻撃してください!!」
『容易い御用だ』
エプリクスの体が炎で燃え盛ります。それは、まるで巨大な竜のように見えました。
アリ地獄はウスバカゲロウという虫の幼虫らしいです。成虫になったほうが可愛らしい顔をしています。(どちらも苦手ですけど)