06:火を司るもの
『指輪を引継ぎし者よ、我と【盟約】するのだ』
頭の中に直接声が響きました。その声は指輪の光と呼応しているかのようです。
『さすれば、このような炎など瞬時に掻き消してくれよう』
盟約というのがよくわからないけど、この状況をどうにかするには、この声に従うしかなさそうです。
『さあ、我が名を呼ぶがいい。我が名は────────』
「【エプリクス】」
名前を呼ぶと指輪の光は増し、体から魔力が根こそぎ持っていかれるような倦怠感が私を襲いました。
光は次第に形を成し、巨大なトカゲのような姿を現しました。
『この程度の炎、喰らい尽くしてくれる』
その巨大なトカゲ【エプリクス】は大きな口を開け、私達に向かってきていた炎を飲み込みました。
「これは……魔法が具現化しただと!? 小娘、貴様一体……」
『火の化身である我に炎は効かぬ。貴様に本当の炎の力を見せてやろう』
エプリクスは再びその口を開き、火炎の巨大渦を放出しました。
「ぬぅ……こしゃくな!」
男は半透明の魔法の盾を展開し、火炎を防ごうとします。
『それしきで防げると思うか』
エプリクスは更に力を込めます。
炎の力が増すほど私から魔力が抜けていくのがわかります。おそらく私の魔力を糧にして攻撃をしているのでしょう。
その炎は、魔法の盾をも飲み込み、アリエスという男を包み込もうとしています。
でも、その傍らにはディア様も居るのです。
「いけない!やめてください、エプリクス!」
私がそう叫ぶと、エプリクスは攻撃を止めました。
「そこにはディア様も居るの!あなたのその炎ではディア様も傷付けてしまう!」
「くっくっく……思わぬところでこの女が役に立ったな」
男は不敵な笑みを浮かべ、ディア様を前に突き出しました。
なんて卑劣な……
「アリエス!」
動けるようになった騎士様が男に飛び掛りました。
そして、男に切り掛かり、ディア様を救出しました。
「おのれ……我が僕よ、こやつらを血祭りに上げよ!」
男の影から魔物達が飛び出してきました。
「さて、王も殺し用件は済んだ。ディアはまたいずれ奪うことにしよう。私は引かせてもらう」
「待て、アリエス!」
男は去っていこうとします。
「エプリクス!魔物達を攻撃してください!」
エプリクスの炎が魔物達をなぎ払いました。
しかし、そこにはもう男の姿はありませんでした。
「逃げられたか……!」
騎士様は、剣の柄で壁を叩きました。
◆◇◆◇
「あの男は、アリエス。この国の宮宰だった男だ」
「宮宰……だった?」
「国の政務を任されていた男だったんだがな、腹黒い男で陰湿なやり口を王に咎められ、国外追放の身となったのだ。
怪しい動きがあることまでは掴んでいたのだが、魔物と組んでいることまでは把握しきれていなかった……」
騎士様は悔しそうに、唇を噛みます。
ディア様は魔法で眠らされているのでしょう。まだ目覚めないようです。
辺りでは、怪我を負った兵士様や騎士様が疲れきった顔で項垂れています。
「王と王妃も殺されてしまった……」
「騎士様……」
「……だが、私は諦めない。ディア様と共にアステアを再興してみせる!」
騎士様はゆっくりと立ち上がり、言いました。
「君のおかげで助かった。礼を言おう」
「いえ……そんな」
「リズと言ったな、君は精霊魔道士なのか?」
精霊魔道士?そう言われてもわかりません。恐らく、私が呼び出したエプリクスのことでしょうけど、あれが何なのかは私にもわかりません。
エプリクスは、私の魔力が尽きると共に消えてしまいました。もう一度呼び出せるかどうかも不明です。
「私にもよくわからないんです。母から貰ったこの指輪が何か関係しているとは思うのですが……」
「これは魔法石……なのか?実物を見たことが無いので何とも言えないが……」
「母は、火の精霊の加護のある指輪だと言っていました」
エプリクスが、この指輪に関係があることは間違いないでしょう。
でも、エプリクスが何者なのか、盟約というのもどういうことだったのかなど、わからないことだらけです。
「そうか、ともかく貴重な指輪であることには違いないな」
この指輪がどういうものかはわかりませんが、私にとってはお母さんの形見でもあります。
これが無ければディア様をお救いすることもできませんでした。私はそっと指輪を握り締めました。
「これから私達はアステアと親交のあるコルンへ向かい、救援を要請しようと思う。
そこで提案があるのだが、リズ……君も私達と共に来てもらえないだろうか?」
「私が……ですか?」
「今回の件でも君の活躍は顕著だった。
コルンへ向かうにあたって、我々の中に魔道士が居ないことを考えると、君が居てくれた方が助かるのだがな」
「もしエプリクスのことをおっしゃっているのなら、あれがどういうものなのか私にもわかりません。
それを除けば私にできるのは初等魔法のヒールのみです。それでお役に立てるかどうか……」
「ヒールだけでも充分だ。
我々は明日の朝発つ……それまでに考えてくれればいい。
もちろん、強制はしない」
「わかりました……」
◇◆◇◆
私は王宮を出て教会へと戻りました。
ここには大勢の難民の人達が居ます。私と同じように親を亡くした子供達も居ます。
指輪を眺めます。指輪の石は、不思議な赤色をしていました。
この指輪は、お母さんがいつも大事そうにしていた指輪です。まさか、こんな力を持っているとは思いませんでした。
石に触れると、少し暖かい気がします。お母さんの温もりに似た何かを感じます。
人間に生まれ変わって、人間に育てられて、アリだった時には知らなかった温かさを、私は知ることができました。
それが、私にとって、本当に幸せでした。
「お母さん……お母さん……」
近くに居た子が、目を覚まし泣き始めました。
「大丈夫……大丈夫……」
私はその子を抱きしめました。
やがて、子供は泣き疲れると再び眠りました。
ディア様は、そろそろ目を覚まされた頃でしょうか……
ディア様も両親である王様と王妃様を亡くしました。きっと、この子と同じように悲しまれていることでしょう。
私に何ができるかはわかりません。
でも、私がいることで少しでも助けになるのでしたら、私は騎士様達と一緒に行こうと思います。
翌朝に備え、私は眠れないまま冷たい石畳の上で目を瞑り続けました。
話に出てこないお父さんが不憫でなりません。