58:闇の魔王(1)
第58話です。
闇の魔王────それは、暗黒の衣を纏う不定形で巨大な何かでした。
中心部に人の顔の様なものが見えます。
そこから覗き込む目からは感情の様なものは読み取れません。
魔法を乗せた矢と、魔法剣の衝撃波が闇の魔王に当たりました。
ただ、それらは闇に飲みこまれるだけで、効果があったのかも定かではありません。
口と思われる場所から、魔族達の使ってきた暗黒のオーラが放たれました。
何とか避けましたが、その破壊力は魔族のものの比では無く、切り裂かれた祭壇の一部が大きく沈んでしまい、そこから地下水が吹きあがりました。
ディア様を守り、治療を続けていたカペルキュモスは、胸元の精霊石へと戻ってきました。
私の魔力も、とうとう尽きる時が来たようです。
倒れそうなほどの倦怠感が、全身を襲ってきました。
「クルス……」
クルスは何も言わず、ただ私を見つめ返しました。
最後まで抵抗する……その気力も底を尽きようとしています。
突然、闇の魔王から触手の様なものが伸びました。
触手の進む先には、ディア様が────私達が駆け出すよりも早く、あの男が動きました。
「ディアに何をする!!」
魔王の触手は、アリエスの胸を貫きました。
触手が引き抜かれ、胸から血を流しながら、アリエスは座り込むように膝をつきます。
「ディ……ア…………、わた……し……の………………」
アリエスはディア様に手を伸ばし、そのまま倒れました。
「悲しい男だ……」
私が殺したいとまで思った憎き男は、自らの呼び醒ました魔王の手により、あっさりと死にました。
アリエスが何を考えていたのかはわかりません。
でも、最期にアリエスは、ディア様をその身を呈して庇ったのです。
「ディア様……」
全く反応がありません。カペルキュモスの力でもディア様を治すことはできませんでした。
前みたいに、優しく微笑んでほしい……いたずらっぽく笑ってほしい……。
でも……どうせ滅びを待つだけなら、このままの方が幸せなのかもしれない。
袋の中から、お守りを取り出しました。
「あなたの大切にしていたお守りです」
お守りを、ディア様の手にそっと握らせました。
私はクルスと手を繋ぎ、魔王の前に立ちました。
絶望はしない。愛する人と一緒なら……怖くなんてない。
「愛しています……クルス……」
「僕もだよ、リズ……ずっと一緒だ……」
闇の魔王は、私達をそのまま包み込んで行きました。
────────
────
──
静かです……。
前世で死んだ時は、気が付いたら人間に生まれ変わっていました。
果たして私は死んだのでしょうか……世界が滅んでしまったから、何かに生まれ変わる事も無く、こうしてただ何も無い暗闇を漂っているのでしょうか。
光……? 暗い闇に光が見えます。
あそこに行けば、何かわかるのかもしれません。
『リズよ……』
声が聞こえます。この声は懐かしい声です。
いつも私を守ってくれた、頼もしくも優しい声────エプリクス!
『エプリクス、どこ!?』
『こっちだ』
視界が広がって行きます。そこには、エプリクスだけでは無く、四人の精霊達が待っていました。
『エプリクス!』
私はエプリクスに抱き付きました。もう会えないかと思ってた……私の大好きな精霊!
『エプリクス……エプリクス…………!』
『わかった!わかったから泣くな、リズよ!』
『うふふ、然しもの魔王エプリクスもリズには形無しね』
『私も頑張ったんだがなぁ……』
『それを言ったら私だって、空を飛んで運ぶという大役を担ったんですからね!』
精霊達は相変わらずです。
エプリクスとウィストモスだけじゃ無いという事は、いよいよ世界は滅んでしまったのですね……。
『ごめんなさい……私は、世界を救う事ができませんでした……』
私は精霊達に頭を下げました。
せっかく彼らが協力をしてくれたのに、その力で魔王を倒すまでに至れなかったのです。
『リズよ、お前は勘違いをしているようだ』
『え?』
『まだ終わっておらんぞ』
どういうこと……? 世界は滅んだのではないの?
『魔王の下へ行こうではないか』
エプリクス達は歩き出しました。私もそれに付いていきます。
◆◇◆◇
僕は、死んだのか……?
指を動かしてみると、思い通りに動く……そうだ、リズは!?
「これは……?」
目を開けると、そこは祭壇の上だった。
どういう事だ? 僕は、リズと一緒に魔王に呑まれたはず……。
魔王は進行を止め、目の前でただ揺れている。そして、中央にある瞳は閉じられている。
よくわからないが助かったのか……?
「ロ……デ…………オ…………」
────ディア様!?
振り向くと、ディア様は目から涙を流していた。そして、その前には見知った騎士の姿が……。
首の無い騎士は、ディア様を見守るように立っていた。あれは……ロデオさんだ。
騎士はディア様の頭を撫でると、闇にまぎれて姿を消していった。
……
…………
………………
「……夢を見たわ……ロデオが暗闇から、私を助けてくれたの……」
「ディア様……正気に戻られたんですね」
ディア様は立ち上がった。
「ここを出た所に、レドさんが居るはずです。一緒に脱出して下さい」
「クルス……あなたは行かないの?」
「僕は、リズを捜します」
ディア様は何かを察したのか、頷くと黙って走って行った。
これでいい……ここへ居ても危険なだけだ。
リズはどこへ消えてしまったんだ……ずっと一緒だって言ったじゃないか。
僕を置いて消えてしまったのか……一人で死んでしまったというのか?
そんなのは嫌だ……僕を置いていかないでくれ!
「リズーーーーッ!!」
僕の叫び声だけが、虚しく空洞内に響き渡った。
◇◆◇◆
誰かに呼ばれたような気がします。
でも、立ち止まることはできません。この先に魔王が居るのですから。
『もうすぐだ』
エプリクスは言いました。
暗闇を進んで行くと、強力な魔力の様なものが漂ってきました。
あれは……?
闇の中で、ただじっと、小さな子供が泣いています。
『あなたが魔王……?』
『僕は……タース。お姉ちゃんは誰?』
◆◇◆◇
「国王様ですね? すぐにその傷を治します」
「そなたは……?」
「私はチキータと申します。ジュノーの町に住む冒険者です」
チキータは回復魔法を唱えた。コルン王の受けていた傷が、たちまちに癒されていった。
「すまぬ、礼を言うぞ」
「礼なら彼らに言ってやってください」
あちこちに散らばる魔物の屍骸。そして、一番の脅威だった鳥の魔族は、冒険者達の手により葬り去られた。
コルン王国は救われたのだ。もちろん、冒険者達だけではない。国の為に戦った王国軍の活躍もあってこその勝利だ。
「冒険者達よ、礼を言うぞ!皆の者、よく頑張ってくれた!!」
辺りから一斉に歓声が上がった。
皆一様に自分達の戦果を語り合う。
王も例外では無く、戦闘から一変、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。
「フリューゲルと言ったな、よくぞ駆けつけてくれた」
「ここに来たのは偶然です。ある少女を探して旅をしていたところ、この国が魔物の襲撃に遭っているのを見つけたのです」
「ある少女?」
「ええ……どうしても、そこの女性が会いたいと言うので」
フリューゲルは、チキータの方を見た。
「リズという少女です。助けてもらったのに、何もお礼も言えず……それどころか、酷い態度を取っちゃって……」
「リズだと……!?」
偶然でも奇跡でもなかった……これは、起こるべくして起こった事なのだ。
コルン王は、神に感謝した。そして、リズ達の無事を祈らずにはいられなかった。
────これで、お前達の帰ってくる場所は守られた。あとは、魔王を倒すだけだ。
暗闇の空を見上げ、コルン王は誰にでもなく呟いた。
◇◆◇◆
いつの間にか精霊達がいない?
この子が本当に、闇の魔王だと言うの?とてもそうは見えないのだけど……。
『怖いよ……!誰か……誰か僕を助けて!!』
『タース!』
思わずその子に手を触れると、様々な映像が私の頭の中に流れ込んできました。
これは……この子の記憶!?
闇の魔王は如何にして生まれたのか……私は、その真実を知る事となりました。
お読みいただきまして、ありがとうございます。




