57:祭壇の間
第57話です。
目の前に大きな扉が現れました。この奥に、魔王が居るのでしょうか。
二人で押してみてもビクともしません。
「【ウィストモス】」
土の巨人の力で、扉は重い音を立てて開いて行きました。
扉の先も、真っ暗な空間が広がっています。
『私は戻った方が良いか?』
「いえ、この先何が出てくるかわかりませんし、このまま行きましょう」
ブライトニングで照らすと、少しずつこの場所の姿があらわになって行きました。
鉱山で見た祭壇に似ています。規模的には圧倒的にこちらの方が大きいのですけど……。
祭壇の上に大きな玉座の様なものがあり、誰かが座っています。
あれは────
「ディア様!!」
呼び掛けても返答はありません。
ただ、虚無を見るかのような瞳をこちらへ向けています。
「すぐお助けします!」
私達は祭壇の上へ向けて駆け出しました。
もう少しでディア様をお助けできる……そう思ったその時、あの男の声が響きました。
「遂にここまで来たか」
「……アリエス!!」
ディア様の前に姿を現したその男は、右手に大きな水晶のような物を持っていました。
「やはり、全てあなたの仕業だったのですね!」
「それはこちらのセリフだ!邪魔をしている者が居ると聞き、誰かと思えばやはり貴様だったようだな……小娘!!」
水晶から怪しい邪気が立ち込め、アリエスの足元から膨大な数の魔物が沸いてきました。
「貴様はあの場で何としても殺しておくべきだった」
人間とは思えないほどの邪悪な魔力が、この男を包んでいます。
クルス様は剣を構えて私の前に立ちました。
「【エプリクス】!」
形見の指輪から光が放出され、巨大なドラゴンの姿を具現化していきます。
あなたには、いつも頼ってばかりです……。
『オォォオオオオ!!』
エプリクスの咆哮が響きました。燃え盛る火炎が、祭壇を明るく照らします。
「頼りにしています、エプリクス」
『うむ、任せておけ。ウィストモスよ、主達の防衛は任せたぞ』
魔物達が襲い掛かってきました。
エプリクスは魔物へ向かい、激しく燃え盛る火炎を吐きかけます。
炎を飛び越えてきた魔物は、ウィストモスの腕で叩き落とされていきました。
『いくら魔物を呼び出そうが無駄だ。我の相手にはならんわ』
「貴様、あの時の火の精霊か……ここまで具現化させるとは、恐れ入ったぞ!」
はるか頭上に巨大な魔法陣が現れました。アリエスの魔法です。
「【ミリューガ・アストラル・メテオライト】」
燃え盛る巨大な岩石が多数降り注ぎます。
ウィストモスは身を呈し、私達を庇いました。その衝撃に、彼も苦悶の表情を浮かべます。
『主達は、絶対に私が守る……!!』
『ウィストモス、頑張ってくれ!』
魔力の供給が間に合わない……!
ウィストモスの体が崩れていきます。
その時、腕の精霊石から音が聞こえました。
ヒビが入っている……!?
「ウィストモス!戻って!」
『そうはいかん……この身が果てようとも、主達を守るのが私の使命だ!』
魔力を注いでも、ウィストモスの体のヒビは戻りません。
このままじゃ、あなたが死んじゃう!
「お願い、戻って!!お願いだから……!!」
頭にウィストモスの大きな腕が乗せられました。
土でできた腕なのに、温かい……その顔は、優しく微笑んでいました。
音が止みました……そこには、巨人だったものの残骸が残っていて、腕の精霊石は粉々に砕け散っていて…………。
『ウィストモス……立派な最期だったぞ』
アリエスは、祭壇の上で笑っていました。
何が可笑しいの…………ウィストモスの死を、笑っているというの!?
「アリエス!!」
この男だけは……こいつだけは絶対に許さない!!
絶対に殺してやる!!
「リズさん!冷静になるんだ!」
「ウィストモスが殺されたのよ!? ディア様だってあいつが……!!」
『主よ……悲しいのは皆一緒だ。大事なのは、その死を無駄にしない事ではないのか』
そう言って、エプリクスは前に立ちました。
「あなたは死なないで!エプリクス……」
『大丈夫だ、リズよ。お前を残して我は死なんよ』
エプリクスが初めて私の名前を呼びました。
そして、アリエスへ向けて進んで行きます。
「憎き火の精霊よ。お前も仲間の下へ送ってやろう」
『図に乗るなよ、人間!』
巨大な魔法陣……ミリューガ級の魔法が来る!
「【ミリューガ・ミストラル・ブリザード】」
凶暴で膨大な冷気が、エプリクスに向けられました。
辺りが凍りつくほどの冷気をエプリクスは一身に浴びています。
私達に……届かないように……。
『我は魔王エプリクス!! 人間なぞに二度と敗れはせぬ!!』
全身を燃やし、その口から強大な火炎を発しました。
吹雪を押し返し、あと少しでアリエスに到達します。
「ぬううう!!」
精霊石にヒビが……もうやめて!! あなたまで失ったら私……!!
『ガァアアアアアアッ────!!』
────────
────
──
吹雪は消えました。
そして、指の精霊石は砕けて………………。
「やった……やったぞ!! 精霊共を倒してやったぞ!!」
「やりすぎだ、お前は」
クルス様は、いつの間にかアリエスの隣に立っていました。
「お、お前は……!?」
「それが全ての元凶のようだな」
ドラゴンスレイヤーは、アリエスの腕を斬り落とし、持っていた水晶を真っ二つに切り裂きました。
「ぐああああああああっ!!」
先の無くなった腕を押えて、アリエスは転げ回ります。
水晶が落ちた時、そこに付いていた歪な棘の様なものも、音を立てて砕け散りました。
その時、奥で何か叫び声が聞こえました。
深く、重い叫び声……闇色に蠢く何かが、こちらへと向かってきます。
「リズさん、ディア様を早く!」
「……はい!」
いつまでも悲しんではいられません……ディア様をお助けしないと!
エプリクス……ウィストモス…………泣くのは後です!!
「ディア様!」
その体を揺さぶりましたが、反応がありません。
生気も感じられず、まるで人形のようです……。
「……無駄だ……ディアは、全てを忘れてしまっておる……残念だったな!!」
アリエスは仰向けで笑っています。
その声は、この広い空洞内に不気味に響きました。
「【カペルキュモス】!」
水の精霊を呼び出しました。彼女ならきっと、ディア様を治してくれる。
お願いです……ディア様をお救いください!
『……やってみましょう』
重苦しい声でした。
私の魔力ならどうなってもいい……だから、ディア様を助けて下さい!
暗闇がこちらへ近付いてきます……まさか、あれが闇の魔王!?
「クルスよ……とんでもない事をしてくれたな!あの水晶こそが、魔王の力を制御していたのだ!
そして、その周りに付いていた闇の原石こそ、魔王の最期の封印!闇の魔王チェムルタースを止められるものはこれで無くなった!!」
エプリクスとウィストモス……最大の攻守の要を無くした状態の私達に、闇の魔王が迫ります。
「魔王を倒すのは、勇者の弟子である僕の役目だ……」
アリエスの言った言葉に、クルス様は責任を感じているのかも知れません……。
その表情に、悲痛な覚悟が感じられます。
もう、私達は魔王に勝つ事はできないでしょう……。
ここまで送り届けてくれたメアリ様とレド様には、申し訳無い事をしてしまいました。
「クルス様、やれるだけやってみましょう」
「リズさん……」
私も彼の横に立ちます。
「これできっと終わりです。だから、私は……愛するあなた……クルスの横に居たい…………」
「……リズ、やっとそう呼んでくれたね」
私は弓を、クルスは剣を構えます。そして、互いに魔法の詠唱に入りました。
暗闇でもわかる……魔王はもう目前まで来ています。
行き場を無くし暴走した闇の力が、遂に目の前に現れる────────!
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