56:空洞内の戦い(3)
第56話です。
「この鳴き声は、あの時の……みんな、気を付けて!こいつは噛みついて血を吸ってくるわ!」
「マジかよ!!どうすんだ!?」
ここは足場の悪い階段の上。
おまけに相手は翼を持ち飛んでいます。このままでは、こちらが絶対に不利です。
「飛び下りましょう!」
額の精霊石に手を当てます。
「【アルネウス】」
光が放出され、魔王に近い状態のアルネウスが現れました。
「鳥……じゃ無い!?」
「なんか、ヒラヒラした気色悪い男が出て来たぞ!?」
メアリ様とレド様が驚いています。お二人は、この形態のアルネウスを見るのは初めてでしたね。
『風の力を利用するんだね?リズ』
「はい!私達を下まで運んでください!」
アルネウスが指を鳴らすと、足元に風が舞い上がり、体がふわっと浮き上がりました。
これなら、落下の衝撃も防げそうですね。
「待って!スカートが捲れる!!」
ハーフパンツ履いてて良かったです。メアリ様は、なんだかごめんなさい。
『長時間は持たないですよ。魔物も来ています』
「すぐに行きましょう!」
「待って、僕高い所苦手なんだけど……」
「俺も高いところは苦手なんだよー!チクショー!!」
「もういいやパンモロで!ショーツだから恥ずかしくないもん!」
私達は一斉に跳び下りました。それに気が付いた羽の生えた魔物が、私達を追ってきます。
「下を見なけりゃ怖くないな……」
「真っ暗でどうせ見えねえしな!」
落下しながらの戦闘が始まりました。
クルス様は剣で切り裂き、レド様は斧で叩き落とすように魔物を撃退していきます。
私も狙いを定めて矢で魔物を落としていきます。
「前すら見えないんだけど!」
「僕達が倒すから、メアリさんは休んでて」
「色気も何もあったもんじゃねえな」
魔物の数が増えました。まだ下に着かないようです。
こんなの、歩いていたらどれだけ時間が掛かっていたというの?
「【ワイド・アイシクルアロー】!」
メアリ様が魔法を唱えると、魔物達の羽を氷の矢が貫きました。
空中の自由を奪われた魔物は落下していきます。
魔物の断末魔は、どんどん遠くなりました。
「随分深いな」
「もう真っ暗だ。ランプもこんな状態じゃ出せねえ」
『全員着地に備えて下さい』
先行して降下していたアルネウスの声が聞こえました。
足元に風の反射を感じます。地面が近いようです。
「うお!?」
「下へ着いたようだ」
風の力のお蔭で、無事に着地できました。
苔入りのランプで照らすと、地べたには魔物の死骸が転がっています。
アルネウスは精霊石へと戻って行きました。
「こりゃ帰るのも大変そうだな……」
クルス様が、真っ暗な空間を見上げて言いました。
たしかに帰るのも一苦労しそうです。アルネウスの分の魔力は残しておく必要がありそうですね。
「本当に地下なのか?城の一つや二つ建ちそうなくらいの広さだぜ……」
「どっちに行ったらいいんでしょう?」
目の前にも真っ暗な空間が広がっています。
「【ブライトニング】」
いつもより、少し強めの光を出しました。
これなら、ある程度の範囲が見えそうです。
「リズちゃん、しんどくなったら言ってね。代わるから」
「大丈夫です、メアリ様」
こういう時は壁伝いに歩いた方が良さそうです。
しばらく何も無い暗闇を進んで行きます。
「あ、あっちは明るいですよ!」
遠くに灯りが見えました。私達はそこへ走って行きます。
でも、目の前に広がっていた光景は、思っていたものとは違いました。
「これは……」
灯りに見えたのはマグマでした。ここはかなり深い場所のようです。
マグマが煮えたぎり、時折大きな音を立てて膨れ上がっています。
「リズさん、危険だから近付かないで」
クルス様が私の腕を引っ張りました。その瞬間、一際大きくマグマが膨れ上がりました。
「アリエス様の下には行かせんぞ!」
巨大な手が、マグマの中から現れました。這い上がるように巨体が出てきます。
「魔族!?」
溶岩の魔族が、マグマを私達に向けて浴びせてきました。
魔法じゃ無く物理での攻撃……シールドの魔法で防いだとしても、足元にはマグマが流れてきます。
火の攻撃とも違うので、エプリクスでも防げない……だとしたら!
「【ウィストモス】」
腕輪から土の巨人が現れました。
以前よりも大きく屈強なその体は、魔王ウィストモスと言っても差し支えはありません。
『私に任せろ!』
私達の前に巨大な土の手が出現し、マグマを防ぎました。
「なかなかやるな、でかいの」
『お前もでかいでは無いか』
巨人同士が睨み合います。凄い迫力です。
「巨人のおっさん!悪いけど少し時間を稼いでちょうだい!」
『おっさん……』
メアリ様は詠唱に入りました。
ここまでずっと魔法を使いっぱなしです。魔力は大丈夫なのでしょうか……。
「メアリ様、無茶しないでください!」
「さっき少し休んだから大丈夫よ!それに、まだ奥の手は出して無い!」
「奥の手……?」
メアリ様は杖をしまい、両手をかざして詠唱に入りました。
「何をするつもりか知らんが、魔法如きでこの俺様に勝てるはずが無かろう!」
溶岩の魔族が、マグマを身に纏い攻撃態勢に入ります。
まるで、エプリクスを相手にしているような気分です。
「うおおおお!!」
『行かせん!』
巨人同士の激突です。ぶつかった衝撃で、マグマがこちらに飛んできました。
『させんぞ!』
地面に突き刺されたウィストモスの腕が、マグマを受け止めました。
「隙だらけだぞ!」
魔族がウィストモスを殴りつけます。ウィストモスの体にヒビが入り、修復される度に私の魔力が消費されていきます。
「マグマを纏ったあの状態じゃ、斬る事もできない……」
クルス様もレド様も、溶岩の魔族を見て歯噛みしています。
「こいつを倒したら、次はお前らの番だ!!」
『ぬああああ……!!』
ウィストモスが苦しそうです。
腕輪に手を当てて、魔力を送ります。でも、このままでは……。
『うおりゃあああ!!』
ウィストモスの張り手が、溶岩の魔族をマグマへ押し返しました。
「今だ!おっさんも、みんなも離れて!」
メアリ様の声が響きました。両手を大きく開いて、魔族のいるマグマに向けます。
「────【ミリューガ・デオブリザード】!!」
ミリューガ……!?
メアリ様が唱えた魔法は、ルドラの操っていた高等ランクのものでした。
開いた両手から放たれた猛烈な冷気と吹雪が、マグマ溜まりごと溶岩の魔族を襲います。
「ぐがああああああ!?」
マグマがただの岩へと変質していきます。メアリ様の叫びと共に、冷気の力は上がっていきました。
魔族が再び腕を伸ばしてきますが、その腕ごと押し込んでいきます。
マグマの明かりが消え真っ暗な空間が広がると、魔族の声はしなくなりました。
「……やった……ぁ……」
「メアリ様!?」
倒れていくメアリ様をレド様が受け止めました。魔力を消費し過ぎたのでしょう。
ブライトニングを唱え、私も駆け付けます。
「無茶し過ぎだお前は……」
「メアリ様……」
「……大丈夫……少し休むわ……」
メアリ様はそのまま目を瞑りました。
まさかと思って耳を近付けると、寝息を立てています。
良かった、メアリ様……。
「心配させやがって……」
レド様もホッとしています。魔族も倒れました。
────束の間の安堵が訪れたと思った、その時です。
「このくらいで俺様を倒した気になるなよ!!」
固まった溶岩を割り、叫びと共に魔族が這い出てきました。
「お前らはしつこいからな」
そこに立つ、一つの影。
クルス様がドラゴンスレイヤーを構え、魔族の額の部分に切っ先を向けていました。
「ま、待て……俺にそんなものが通じるとでも……」
「【トルネード・クロス】」
クルス様の、巨大な岩をも切り裂く魔法剣です。
「マグマはもう無い。お前はただの岩だ」
魔族の顔面は粉々に砕け散りました。
今度こそ、本当に魔族との戦いは終了しました。
◆◇◆◇
「俺とメアリはここまでだな……これ以上進んでも、お荷物になるだけだ。すまん……」
「そんな事ありません!お二人が居なかったら……」
メアリ様は、ずっと眠っています。
思えば、ここまでメアリ様は私の魔力を温存する為にずっと頑張ってくださりました。
魔力の消耗は、回復魔法などで治す事はできません……。
ここまでありがとうございました……メアリ様、レド様……。
「リズさん、行こう」
「はい……」
「死ぬなよ、二人とも!!」
私とクルス様は、先を目指して進みます。
どこまでも広がる暗い世界……まるで前世に戻ったような光景です。
でも、その光景は、あの頃とは違い私を不安にさせます。
「大丈夫……僕が付いてる」
クルス様の差し出した手を握ると、不安が薄らいでいく気がしました。
お読みいただきまして、ありがとうございます。




