49:修行の終わり
第49話です。
今日も森に来ています。
お爺さんは私に“妖精を感じられるようになれ”と言いました。
でも、“魔力を感じようとするよりも、相手に合わせる事が重要だ”とも言っていました。
一体どういう意味なんでしょう?妖精を感じるって言うのは、魔力を感じ取る必要があるとばかり思っていました。
相手に合わせる……うーん……。
クルス様の薪割りの音が止みました。お昼の時間ですね。
「ただ今戻りました」
小屋へ戻ると、お爺さんとクルス様が何かを解体していました。
「これは何ですか?」
「ビッグボアだ。散歩していたら見掛けたので捕まえた」
大きな動物のようです。おじいさんは、その動物をサクサクと捌いていきます。
クルス様は、慣れない作業で苦戦しているようです。
「これも修行だ。簡単にできるようになれ」
「わかっているんだけど、難しいな……」
私も手伝おうとしましたが、必要無いと断られてしまいました。
なんだか、こう、じっと見ているだけというのは苦手です。
「私にも何か作業をください」
「では、茶を頼む」
お仕事を貰えました。
調理場でお湯を沸かし、ハーブティーを作ります。
「できましたよ~」
「うむ。そこへ置いてくれ」
せっかく作ったのに、お二人とも作業を続けています。
このままでは冷めてしまいますよ?
ハーブティーを飲みながら、作業を見守る私。
退屈です……。
そうだ!小屋の中をお掃除しましょう!
「あの娘、余計な事までし始めたぞ」
「じっとしていられないんでしょう……たぶん」
◆◇◆◇
お昼は、解体されたお肉を焼いて食べました。
クルス様もお爺さんも、焼けたそばからバクバクとかじりついています。
それにしても、すごい油です。食べると口の周りが油だらけになります。
私はどちらかというと、お肉は苦手……。
「娘、妖精を感じ取ることはできたか?」
「まだ全然です……」
「精霊魔法を使う時のような感じでやってみろ」
お爺さんから新しいヒントを貰いました。
つまり、魔力を注ぐみたいな感じでしょうか?
「わかりました。やってみます」
「うむ」
食事が終わり、片付けも済んだら修行再開です。
クルス様も薪割りに戻って行きました。
私も、森に戻って頑張ります。
◇◆◇◆
魔力を注ぐ……妖精に?
そもそも、その妖精が居ないんですけど。
とりあえず、お爺さんのヒントを頼りにやってみましょう。
例えば、この大きめの石に魔力を注いでみましょうか。
えっと、手を石に当てて……と。
この石はエプリクス……この石はエプリクス……。
『我は石じゃない……』
何か聞こえましたけど、気にしないようにしましょう。
この石はカペルキュモス……この石はカペルキュモス……。
『それはあんまりですわ……』
精霊達からの文句ばかり聞こえて、妖精は姿を現そうとしません。
魔力を注ぐっていうのも違うんでしょうか。
もう一度、よく考えてみましょう。
精霊魔法を使う時のような感じ……私は彼らを精霊石から呼び出す時、精霊石に魔力を注いでいます。
その魔力を糧に、彼らは具現化するのです。
うーん……精霊魔法ってそれだけでしたっけ?
あとは、【盟約】でしょうか。
この石と盟約……どうやって? 余計わけがわからなくなってきました。
じゃあ、開き直って、もう見えない妖精さんに名前を付けちゃいます!
名前があれば盟約できますもんね!
この石を妖精さんに見立てて、名前は“ソレル”にしちゃいましょう。
ハーブの名前です。
せっかくなので、姿もイメージしちゃいます。
妖精と言えば三角帽子に長い耳。小さな体に小さな服。
いたずらっ子なイメージです。
さあ、【ソレル】!出てきなさい!大きめの石に魔力を注いでいきます。
すると、石が光を放ち、私の魔力が減って行きました。
光が消えた場所には、イメージした通りの妖精が居ました。
「見つけました!」
妖精は、キョロキョロと辺りを見回しています。
そして、私の体に登ってきました。
小さくて、とっても可愛らしいです。
『バーカ』
……ん?
妖精は、肩に乗ってケタケタと笑っています。
気のせいでしょうか?今、バカって言われたような……。
『ブース』
今度はブスって言われました。
地味に傷付くのでやめて下さい。
妖精は肩から降りて走って行きました。
そっちは森の外ですよ?
◆◇◆◇
「待ちなさい!」
『やだよー!』
妖精は、小屋の裏へと逃げていきました。
そっちにはクルス様が……!
「あ、リズさん。修行は終わったの?」
「クルス様、その子を捕まえて下さい!」
「……ん? なんだこれ!?」
妖精は、クルス様の割った薪を積み木のようにして遊び始めました。
捕まえるなら今のうちです。
「クルス様、反対側から回って下さい。私はこっちから行きます」
「わ、わかった。捕まえればいいんだよな?」
二人で挟み打ちです。良い子ですから、そこで大人しくしていて下さいよ。
『ん?』
「今だ!」「今です!」
「「あいたっ!!」」
頭を打ってしまいました……痛いー……。
『バーカ!』
むむむ……もう許せません!精霊魔法を使う事も辞さないですよ!
「何をやっとるんだ」
お爺さんが、ひょいっと精霊を掴みました。
『離せジジー!』
「あ?」
お爺さんの目が、とっても怖い事になっています……。
「お前がイメージした妖精だろう。早く消さんか」
「え?」
消す……精霊魔法と同じでいいのかな?
「石に戻れ!」
すると、妖精は消えて、お爺さんの手にはさっきの石が残っていました。
「その石が妖精だったんですね」
「いや、妖精などどこにもおらんよ」
「え……?」
「これは、お前が作りだした妖精だ。あの森には妖精など棲んでおらん」
どういう事なんでしょうか?
「妖精を生みだしたその感覚、忘れないようしろ」
「はい」
私の修行は終わったみたいです。
「あとはお前だな。薪割りをやめて付いて来い」
「あ、はい」
クルス様の修行は続きます。
頑張って下さい、クルス様!
クルス様は、魔法の修行に入りました。
精神を集中し、魔法を唱えています。
その日のうちに、ある程度の初等魔法を覚えてしまいました。
さすがクルス様です!
……
…………
………………
「【トルネード・クロス】」
クルス様の放った魔法剣による衝撃波が、泉の水を真っ二つに割き、岩肌を十字に切り裂いて崩れ落ちました。
「ふむ。斧でここまでできれば上出来だろう。頑張ったな」
「ありがとうございます!お師匠様!」
最初はお爺さんの態度に怒って敬語を使わなかったクルス様も、修行が終わる頃には敬意を込めてお師匠様と呼ぶようになっていました。
お爺さんも、初めて見る優しい表情でクルス様を褒めています。
「小僧……いや、クルスよ。お前に渡す物がある」
お爺さんは小屋へ入ると、何やら煌びやかな装飾の鞘に収まった剣を持ってきました。
「お師匠様、これは?」
「その昔、ある魔王を倒した勇者が使っていたという剣だ。今のお前なら使いこなせるだろう」
「お師匠様……ありがとうございます!」
クルス様は、その剣を受け取りました。
鞘から抜くと、文様の刻まれた黒い刀身が出てきました。
「凄い……」
思わずその剣に見とれているクルス様。
そのまま素振りをすると、空を切る音が聞こえました。
「金属なのに、とても軽い気がする」
クルス様の修行も終わりました。
お爺さんともお別れの時が来たようです……。
「お師匠様、今までありがとうございました」
「なに……頑張ったのはお前だ」
「あの、お師匠様のお名前を教えていただいてもいいですか?」
「名乗るほどのもんじゃないよ。俺は、ただの隠居爺だ」
『……我にはわかったぞ』
エプリクスの声がしました。
『その剣は“竜殺し”……お前は……』
「ふむ……魔王エプリクスよ。皆まで言うな」
このお爺さん、エプリクスの魔王時代を知っている?
という事は──────。
「さて……引き継ぎも済んだ事だし、俺はまた、ここでのんびりと過ごすとしよう」
お爺さんの姿が薄くなっていきます。
「お師匠様!?」
「クルスよ、お前に託したぞ」
小屋があった場所が雲で覆われていきます。
泉も、森も、見えなくなってしまいました。
「お爺さん……」
「お師匠様……ありがとうございました!」
クルス様と私は、小屋があった場所に深く礼をしました。
お読みいただきまして、ありがとうございます。




