47:扉の先に
第47話です。
「ディア様……」
「……彼、なんでしょう?」
あたしは黙ってしまった。ディア様は、ロデオさんの最期を知らない。
遺体のあまりの酷さに、ディア様は面会を断られていたんだ。
でも、さっき現れた騎士の姿は、その鎧も含めて生前の彼のままだった。
体の一部が欠けている事を除けば……。
「……助けに来てくれたのね」
ディア様は立ち上がった。そして、何度も涙を拭う。
あれがロデオさんだと気付かれない方が良かった。
ディア様は賢い方だ。きっと、全てをわかってしまったんだろう。
「あたしが、もっと早く魔法を撃てていたら……すみません……」
ディア様に謝ったところで、ロデオさんが帰ってくるわけじゃないけど……。
あの時、あたしがもっと上手く立ち回れていれば、違う結果があったかもしれないんだ。
「【グランドヒール】」
ディア様の唱えた上級回復魔法が、お互いの傷を癒していく。
「メアリのせいじゃないわ。それより、先に進みましょう!」
ディア様は、もう泣いていなかった。
そして、あたし達は再び歩き出す。ここでいつまでも立ち止まっていたら、せっかく助けてくれたのに彼に怒られてしまいそうだ。
「……ありがとう」
ディア様は、何かを握りしめながら、誰も居なくなったその場所にそっと呟いた。
◆◇◆◇
中は、瓦礫の山だった。
こんな状態で、地下室なんて見つかるんだろうか。
「こっちよ」
ディア様の案内に付いて行く。崩れた城壁の山を越え、堅牢な扉の前に出た。
扉の表面は傷付いているものの、破られる事は無かったみたいだ。
「ここに、私の手を入れれば……」
ディア様は、扉に装飾された獅子の口に手を入れた。
何かが開いたような音が聞こえる。魔法か何かだろうか。
扉は音を立てて開いた。
「さあ、行きましょう」
扉の先には階段が続いていた。中は真っ暗だ。
「【ブライトニング】」
魔力を抑え魔法を唱えた。指先の光が周囲を明るく照らす。
「便利ねー私も覚えようかしら」
「ディア様ならすぐに覚えられますよ」
廊下の壁には絵画が飾られていた。誰かの肖像画みたいなものもある。
ところどころにランプも飾られている。本来は、ここに火を灯しておくのかな?
「着いたわ」
扉を開けると、室内から書物独特のにおいが漂ってきた。
「わぁー……凄い量ですね」
「お父様は読書家だったもの」
書庫というだけあってそんなに広くは無いけれど、棚には所狭しと本が収まっていた。
どれも、文化的価値がありそうなものばかりだ。
室内のランプに火を灯し、歴史書がありそうな所を探す。
「この辺かしら」
歴史書の並ぶ棚があった。アステアの歴史って書いてあるんだろうか。
これも気になるけど、魔王に関してのものが見当たらない。
「無いですねえ……」
「そうねえ……」
二人してため息をつく。
あー……今、幸せが逃げていった感じがしたわ。
「無駄足だったみたいね」
「そんな事無いですよ。ちょっと色々と見ても良いですか?」
「え?うん……」
何か役に立ちそうなものは無いだろうか。
魔王に関する文献のものじゃ無くても、魔法関連の書物とかでもいい。
あたしが探している魔導書も、この中にあったりしないかなあ。
「これ、何かしら?」
「何かありました?」
ディア様が、カバーの着いた本を棚から取り出した。
いかにも大事そうにされている感じだ。もしかすると、とんでもない秘密が書き記された本なのかも。
「あ……」
「あらー……」
それは、たしかにとんでもない秘密と言えるものだった。
主に、アステア王にとってだけど……。
「やだ、もう!お父様ったら!」
「あはははは……」
気を取り直して、何かめぼしい本でも探そう。
「キャッ!」
「大丈夫ですか、ディア様!?」
明かりが灯っているとはいえ、ところどころ暗い部分がある。
何かに躓いてしまったんだろうか?
「心配無いわ…………ん?」
「どうしました?」
「これ……」
棚がずれて、奥に扉が見えている。
「躓いた拍子に押しちゃったみたい」
「奥に続く扉でしょうか?」
ディア様は、そのまま片手で棚を動かした。さすがの筋力だ。
「こんな所があったのね……」
「行ってみましょう」
扉はすんなり開いた。やはり中は真っ暗だ。
ブライトニングで照らし、中の様子を確認する。
「本がいっぱいだわ」
「見てみましょう」
狭い部屋に、書物が幾つか並んでいた。一冊手に取ってみる。
「えっと……“古代魔法”!?」
中を開くと、ずらっと術式が並んでいる。
「これは……!」
「どうしたの?メアリー」
思わず、持つ手が震えた。そこには、あたしが求めていた最上位高等魔法【ミリューガ】の術式に加え、禁術と呼ばれている魔法についても記されていた。
「ディア様!これ、貰ってもいいですか!?」
「え? ええ、もちろん。もう誰も使わないし」
「ありがとうございます!」
思わぬところで、凄いものが手に入ってしまった。
これは、後で絶対に読もう。
「魔王に関して……あ、あったわ!」
「“闇の魔王”……?」
本を開くと、相当古い書物のようでところどころが色褪せていた。
文字を読むには問題無さそう。ディア様と一緒に、本を読み進めていく。
ディア様が、ある所で手を止めた。
「メディマム族……かの者達は、精霊を操り人類を襲った……?」
「精霊って、まさか……」
リズちゃんの操る精霊魔法が真っ先に浮かんだ。
そういえば、ゲルドとかいう奴が言っていた────。
『精霊使いの娘よ!貴様は本来、こちら側の人間だ!』
もしかして、そういう事なのか?
精霊魔法については、そういうものがあるという事は聞いた事があった。
リズちゃんに会うまで実際に目の当たりにした事は無かったけど、具現化した魔法と彼女が会話するのを見て、精霊魔法とは禁術に近い物なのかもしれないと思っていた。
書物を読み進めると、魔王と呼ばれた者が、そのメディマム族という種族だったことがわかった。
その魔王は、勇者によって封印されたらしい。その勇者が操っていたのも、精霊魔法だったと書いてある。
「どういうこと……?」
「さあ……?」
一気に情報が入り過ぎて、わけがわからなくなってきた。
「これは、持ち帰ってから読み直した方が良さそうね」
「そうですね。どうせなら、ここの本全部持ち帰りたいくらいですけど」
他にも、世界の歴史的文献が幾つか並んでいた。
「じゃあ、全部持ってく?」
「さすがに無理ですよ、こんなに……結構重いですし……」
「私なら、たぶん持って行けるわ」
「やめて下さい!あなた一応王女様なんですよ!」
今のディア様なら、実際に持って行けそうで怖い。
頼みますから、これ以上あたしの王女様のイメージを崩さないでください!
「疲れたわ……ちょっと休みましょう」
ディア様は、室内にあった大きな椅子に腰を掛けた。
ここなら、野宿よりもはるかに安全だね。
「朝になったら出ましょうか」
荷物から布を取り出した。ディア様にも一枚渡す。
少しだけ、仮眠しよう。
でもよく考えたら、ここって地下だし、日が昇ってもわからないんじゃ……。
あたしの体内時計を信じよう。たぶん、起きれると思う。うん。
それより、帰ったら怒られるんだろうな……あーあ……。
◇◆◇◆
私達は海を渡り、これまで見た事も無かった大陸を横断中です。
「クルス様!あんな所に町がありますよ!」
「リズさん、よく下見れるね……」
クルス様は頑なに前だけを見ていました。
森を抜け、山岳を越え、大きな滝も越えました。
『もう少しですよ』
アルネウスの声に前を向くと、前方に雲がかかるほど高い山が見えました。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




