43:精霊達の過去(2)
第43話です。
神々により、我々魔王の魂は、精霊石へと封じ込められました。
石の中で魂を浄化され、精霊となった私達は、【盟約】を果たしたメディマム族の高い魔力を糧にのみ、力の行使を許されました。
それは、別の意味で言えば、我々の力の枷でもあったのです。
それでも、メディマム族の操る精霊魔法は、人間の生み出すあらゆる魔法を凌駕していたと言えます。
本来は世界を豊かにするはずのこの能力も、裏を返せば強力な兵器ともなるのです。
ある人間の王は、戦争の道具として、メディマム族の力を利用しようと考えました。
純粋な心の持ち主であるメディマム族は、その王に誑かされ、彼らの心にも野心が芽生え始めました。
メディマム族達は、我々精霊の力を戦争に用いました。人間の王は、戦果に応じて彼らに富を授けました。
いつしかメディマム族は、神々により託された任を忘れ、戦いに溺れるようになっていきました。
しかし、その強大な力は彼らにとって、諸刃の剣でもあったのです。
力による支配が進むにつれ、人間の王はメディマム族と精霊魔法を恐れるようになりました。
人間と、メディマム族の戦いが始まりました。彼らを利用しようとした王は、その戦いで殺されました。
それが更なる悲劇を生み、彼らは人類全てを敵に回す事になるのです。
幾ら強大な力を持っていても多勢に無勢。戦局は人類に傾き始めました。
そんな折、メディマム族の中に一際高い魔力を持つ男が現れました。
男は生まれながらに闇の魔力を宿していました。
戦乱が続く中、男に眠る闇の力は、彼を魔王へと変貌させていきました。
闇の魔王が誕生したのです。
闇の魔王は、その膨大な魔力で魔族や魔物を従えました。
メディマム族も魔王へと加担し、戦争は激化していきました。
人類は、魔王に対抗する為、神々に祈りを捧げます。
祈りは届き、新たな勇者が現れました。
勇者は次々と魔族を打ち破り、闇の魔王の下へと辿り着きました。その勇者の体には、精霊石が身に付けられていました。
彼もまた、メディマム族だったのです。
勇者は我々精霊の力を用い、遂に魔王を封印する事に成功しました。
そして、精霊の力で、荒廃した世界を再生していきました。
全てが終わった時、神々は勇者を含むメディマム族から、罰として力を奪いました。
メディマム族は、その髪の色に名残を残すのみの普通の人間となったのです。
精霊石に戻った我らを使役できる者は、この世界から居なくなりました。
力を失ったメディマム族は、その後、人間により滅ぼされたと聞きます。
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風の精霊の話は、ここで終わりました。
「そういえば、幼い頃にそんな話を本で読んだことがあった。
御伽噺か何かの寓話みたいなものだと思っていたけど、そんな歴史が隠されていたのか」
クルス様は、感慨深げな表情で呟きました。
メディマム族は、その力に溺れ、自滅への道を辿ったのです。
なんと愚かで悲しい種族なのでしょう。そして、私にもその血は流れているのです。
「メディマム族は力を失ったはずなのに、なぜ私は精霊を使役する事ができるのですか?
しかも、私はその血を半分しか受け継いでいないんですよね?」
『それについては、感付いた事があります。一つは、あなたの魂の問題です。
人間にしては純粋過ぎるその魂、この世界のものではありませんね?』
風の精霊の問いに、私は頷きます。
『あなたは、偶然この世界へ生まれたと思いますか?』
「どういう事でしょう……?」
『実際にあなたを見るまではわかりませんでしたが、恐らく神の意志が働いています』
神の……?私のようなものに、そんな事が起こり得るのでしょうか?
精霊達の話を聞いても、いろいろと疑問だらけです。
「ルドラというメディマム族に会いました。彼の力は、メディマム族と呼ぶに相応しい強大な力だったと思います」
『それは、もう一つの要因に直結していると考えています』
もう一つの要因……?
「では、私の母についてです。母は、そのルドラという男の妹だと聞きました。
ですが、母はの髪は赤では無く、私と同じ色をしていました」
『その髪の色は、メディマム族にとって異端者の証です。
かつて、闇の魔王を封印したメディマム族も、あなたと同じ髪色をしていたのですから』
勇者が、私や母と同じ髪色を?
『では、もう一つの要因についてお話しましょう』
精霊達は、精霊石へと戻っていきました。
精霊石が一際輝きを増します。
『闇の魔王の復活が、迫っています』
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「土の精霊石の奪取に失敗したか……」
アリエスは、口惜しそうに呟いた。
その手には、闇色の歪な形をした宝玉が握られている。
「カペルの消息も不明です。おそらく、倒されたものだと思われます」
報告を受けたアリエスは、無言のまま祭壇へと上がっていった。
勇者が現れたとでも言うのか……?いや、それよりも気になる事がある。
アステアで見た、あの具現化魔法を使う娘……もしや……。
アリエスは、宝玉を高く掲げた。
その宝玉の中は、まるで絵の具を落としたかのように、闇の色が漂っている。
生贄が足りない……もっと、魂を捧げなくては。
「我らの王を復活させる為に、生贄を捧げるのだ!」
祭壇の上から叫ぶアリエス。
魔族や魔物達は、それに応えるように喝采の声を上げた。
「いよいよ、愚かな人類に打って出るときが来たのだ!」
魔物達から雄たけびが上がる。北の大地は、魔物達の声で打ち震えた。
この宝玉が完全に闇色に染まる時、闇の王は復活する。
我々の悲願も、その時達せられるのだ。
「アリエス様、出陣の許可を」
大きな羽の生えた魔族が、アリエスに跪き言った。
「西の国だ。必ず滅ぼして来い」
「承知致しました」
魔族は多数の魔物を率い、北の大地から出陣した。
その数は、北の大地の空を黒く染めるほどだった。
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「闇の魔王というのは、先程の話に出てきた魔王の事ですか?」
『その通りです。闇の魔王の魂は、我々と同じく石に封じられています。
何者かが、その封印を解こうとしているのです』
そんな……もし、そんな事になれば、世界は大変な事になってしまう!
ゲルドという男が、死の間際に言っていたのは、この事だったの……!?
私の脳裏に、あの男の今際の言葉が響きました。
『リズよ。あなたは選ばれたのです。太古から続く因縁を断ち切る為に……』
私なんかが、なぜそんな使命に選ばれたのかはわかりません。
ですが、このままでは世界が滅ぶとわかっていて、傍観者を決め込むのは嫌です。
「私は、私の大切な人達を守りたい……その為なら何だってしてみせる!」
人間に生まれ変わって、ディア様やクルス様……私にも大切な人達ができました。
家族や友達、生まれ育った町の人々を失って、辛く悲しい思いもしました。
もう、そんな思いはしたくない……!
「僕も……リズさんに付いていく。彼女を守ると決めた!
僕はもっと強くなりたい……どうしたら強くなれるんだ!」
クルス様は叫びました。
私は愚かにも、クルス様も守るつもりでいました。でも、彼は私を……。
『世界を渡り歩き、様々な地域を見て来ました。
ここよりはるか東……そこに、あなたの求めるものはあります』
「はるか東!? そんな遠くまでどうやって行けば……」
『私の力を持ってすれば、それほど時間は掛からないでしょう』
精霊石が私に近付きました。
『迷いはありませんね?リズ』
「はい」
『では、私と【盟約】をしましょう』
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