42:精霊達の過去(1)
第42話です。
クルス様と一緒に、丘の上の草原に来ました。
しかし、そこに広がっていたのは、草花のほとんど生えない不毛の大地でした。
大地は深く抉り取られた跡があり、僅かに残る白詰草だけが、ここが草原であった事を物語っていました。
「リズさん……」
精霊に会えなかった事より、思い出の場所が無くなってしまった事の方が、私には堪えました。
ここには、私にとっての大切な思い出がたくさんあるのです。
「こんな事って……」
立ち尽くす私に、ウィストモスの声が聞こえました。
『主よ。私の力は土の力。この大地を蘇らせる事は可能だ』
「【ウィストモス】……お願い!この大地を蘇らせて下さい!」
右腕の琥珀色の精霊石から、光が放たれました。
そこから生まれた巨人は、荒れ果てた大地の土壌を、作り変えていきました。
『もし土地を豊かにする力でもあれば、国の再建にも役立つかもな────』
ロデオ様の生前の言葉が、ふと頭をよぎりました。
◆◇◆◇
ウィストモスのお陰で、この地の土壌は蘇りました。
きっと、またいつか、蓮華の花が咲き乱れる時が来るでしょう。
いつまでも、くよくよしていられません。世の中そんなに、都合の良い事ばかりでは無いのですから。
『主の思う以上に、自然の力というものは強いのかも知れんぞ』
「どういう事ですか?」
『私には感じた。この地に眠る、力強い生命の力を。水の精霊を呼ぶがいい』
「わかりました。【カペルキュモス】」
ウィストモスの言う通り、私は水を司る精霊を呼び出しました。
光が、慈愛の精霊の姿を象ります。
『優しき主よ。土の精霊により、大地は蘇りました。 私はこの地に、潤いを与えましょう』
カペルキュモスが、そのしなやかな腕を高く掲げました。
大地に潤いの雨が降り注ぎます。
「リズさん、あれ!」
蘇った土壌から、小さな芽が発芽しました。それは、全体へと広がって行きます。
「私は夢でも見ているのでしょうか……!」
緑に染まった大地は、一気に花を開花させました。
一面に、蓮華の花畑が広がって行きます。
「奇跡だ……」
これが精霊の力……思い出の場所は、精霊達の力により息を吹き返しました。
「ウィストモス、カペルキュモス……あなた達は、こんなにも素晴らしい力を秘めていたのですね」
『優しき主よ。私達の主が貴女で無ければ、この奇跡はあり得なかったでしょう。
そして、この奇跡は、もう一つの奇跡を起こしたようです』
カペルキュモスは優しく微笑みました。丘の上に風が吹きすさびます。
蓮華達が揺れる中、風をはらみながら舞い降りてくる光を見つけました。
『主よ。あれが、四大精霊の最後の一柱、風の精霊だ』
光の中心には、深い緑を称えた精霊石が浮かんでいました。
装飾も何も無い純粋な精霊石です。
晴れ渡る空の下でも、はっきりとわかる光を放ち続けています。
綺麗な花畑を好むという世界を渡る精霊。それが、目の前に現れました。
『この力……メディマム族ですか?』
精霊石から男性の声が響きます。
「はい。私はメディマム族のリズと言います」
深緑の精霊石の光が増していきます。
急に辺りの空間が、まるで色彩の反転したように変化していきました。
『さあ、優しき主よ。火の精霊も呼びましょう。彼だけ仲間外れでは不貞腐れてしまいます』
「え?あ、はい。【エプリクス】」
指輪から、火の精霊が解き放たれました。
『水の精霊よ。我は別に、不貞腐れてなどいない』
カペルキュモスは、ちょっと意地悪そうな顔で微笑んでいました。
エプリクスは、尻尾を上げて猛抗議しています。
『我々が揃うのは、もうどれほど以来の事なのでしょうか』
『風の精霊よ。今の我々の主は、これまでのメディマム族とは全く違う。
同時に我らを使役するなど、そもそもあり得なかった事だ』
エプリクスがそう言うと、浮かんでいた精霊石は強い光を放ち、優しそうな目をした緑髪の男性の姿へと変化しました。
「この人が、風の精霊……?」
「僕にもはっきり見える……」
男性は、優しく微笑みを浮かべました。
『メディマム族の娘、リズよ。私もあなたと盟約をしましょう。
ですがその前に、あなたには、精霊の真実を知っておいて貰いたいのです』
「精霊の真実……わかりました。お聞かせ下さい」
私は、風の精霊に答えました。
ウィストモスと盟約する時、彼は過去の呪縛という言葉を言っていました。
真実とは、その事に関連しているのかも知れません。
「僕も聞いてしまっていいのか?」
『構いません。あなたは、新たな主にとって特別な存在のようです』
クルス様は、真剣な眼差しで風の精霊を見ていました。
その様子を見て、風の精霊は再び微笑みました。
『ではお話しましょう。我ら、四大精霊の真実を────』
異空間と化したこの場所に、火・水・土・風の柱が舞い上がりました。
『火の精霊・水の精霊・土の精霊……そして私、風の精霊。
我ら四大精霊は、その昔、別の呼称で呼ばれていました』
空間が、暗黒に染まり始めました。
柱となった精霊達と、私達だけが色彩を保ち存在しています。
『人々は、畏怖の念を込めて我らをこう呼びました。【魔王】と────────』
魔王……聞いた事があります。コオロギさんのお話に出てきた、勇者に相対する魔の存在。
『我は、魔王エプリクス』
火の柱は、巨大なドラゴンの姿に変わりました。
『私は、魔王カペルキュモス』
水の柱は、妖艶な漆黒の衣を纏った魔族の女性の姿に変わりました。
『私は、魔王ウィストモス』
土の柱は、屈強な体の黒い瞳の巨人の姿に変わりました。
『私は、魔王アルネウス』
風の柱は、深緑色の髪をした翼の生えた魔族の姿に変わりました。
『これが、我ら四大精霊の本当の姿です』
翼の生えた魔族は、私達を見据えて言いました。
その姿から放たれる威圧感からは、先程までの男性の姿が想像できません。
「精霊達が元魔王……それがなぜ、精霊に?」
クルス様の問いに、魔王達の姿が柱へと戻って行きます。
『精霊とは、我ら魔王だった者達にかせられた罰だ』
エプリクスが答えました。
『魔王とは、人に仇為す存在。我らは魔族を率い、人間の世界を滅ぼそうとしていた。
そんな我らに神罰が下る事になった。神託により選ばれた【勇者】によって』
勇者……コオロギさんのお話に出てきた、お話の主人公とも言える英雄の事です。
魔を打ち滅ぼす力を得し者……。
『我らには、あつらえたように得意とする属性の力があった。火を得意とする我は火の精霊に』
『水の力を得意とする私は、水の精霊に』
『土の力を得意とする私は、土の精霊に』
『風の力を得意とする私は、風の精霊になりました』
柱は再び、精霊の姿へと変わりました。
風の精霊は、話を続けます。
『我ら魔王の罪は、精霊となり、人々を助ける事により浄化されるはずだったのです。
そして、我ら精霊と交信できる唯一の種族が、メディマム族と呼ばれる赤髪の種族でした』
赤髪の種族……ルドラの事を思い出しました。
メディマム族は赤い髪。でも、私の髪の毛は赤くありません。
『リズよ。あなたは、通常の民とメディマム族の間に生まれし者です』
つまり、私は純粋なメディマム族では無かったのですね。
でも、母も赤髪ではありませんでした。これは一体どういう事なのでしょうか。
『メディマム族達は、我ら精霊の力を使い、世界を豊かに導く任を受けました。
しかし、新たな魔王の出現により、それは遂に果たされる事は無かったのです』
精霊達により語られる真実。
それは、私の想像を超えて、はるかに重く悲しいものでした。
お読みいただきまして、ありがとうございます。




