41:天気のいい日は狩りをしましょう
第41話です。
外は、まだ真っ暗でした。夢の中に居た時間は、思ったほど長くは無かったようです。
なんだかスースーすると思ったら、服がはだけていました。そこには赤く染まった布が巻いてありました。
布を取ると、傷は綺麗に消えています。
「これは、クルス様が……?」
「ごめんなさい!」
クルス様が、ひれ伏すように頭を下げてきました。
私のような者に、クルス様のような高貴な方がする事ではありません。
「あの、どうか頭を上げてください!私はむしろ、クルス様に感謝しているのですから!」
「え? ……って、リズさん!前!ちゃんと隠して下さい!」
「ああ!ごめんなさい!」
前を止めようとしたら、破れてしまっているようで上手く止められませんでした。
私が血を流していたので、慌てて破ってしまったのでしょうか?
荷物から代わりの服を出し、着替えたら、破れてしまった服は針と糸で修繕することにします。
「リズさん、ごめん……服、弁償します」
「大丈夫ですよ。このくらいでしたら、すぐに直せますし」
私は細かい作業が得意です。こういう所も、前世の影響を受けてしまっているんでしょうね。
雨で埋まってしまった、巣の修繕をしていた時を思い出します。
「リズさんって、器用なんだね」
服を縫う私を見て、クルス様が言いました。
「……私は、前世……働きアリだったんです」
「そっかー、リズさんは働き者だもんね」
「違うんです! ……私には、前世の記憶があります。聞いていただけますか?」
手を止めて、クルス様を見ました。
先程までおどけていた彼の目は、まじめな眼差しに変わりました。
「教えて。僕はリズさんの事、全部知りたい」
いざ言おうとすると、怖くなります。
私の前世の事を知ったら、クルス様は私から離れて行ってしまうかもしれない。
でも、この方には隠さずに、本当の私を知っていてほしい……。
━・━・━・
この世界とは違う世界で、私は小さな昆虫の中のアリとして、生を受けました。
卵から孵った私は、女王様を守る働きアリとしての使命を得ました。
雨の日も、風の日も、雪の日も、雹の日も。
女王様や、これから生まれてくる兄弟姉妹達の為に、私は働き続けていました。
そんなある日、私は旅のコオロギさんと知り合いました。
彼は、素敵な音楽を奏でながら、私に色々なお話をしてくれました。
コオロギさんの語るお話は、人間が出てくる童話や、胸の躍るような冒険譚のお話が中心でした。
彼のお話を聞いているうちに、私は密かに人間に憧れを抱くようになりました。
そして、私の最期の日は、突然訪れました。
森の中で仲間の死骸を見つけた私は、それを巣へ持ち帰ろうとしました。
私達働きアリは、死んだ後も次の世代の糧として使われます。
死骸へ近付くと、何だかおかしなことに気が付きました。
死んで間もないように見えたその体は、よく見ると、ところどころ欠損していたのです。
そうしているうちに、私の居た足場がどんどん沈んで行きました。
その中心には、私達アリの間に伝わる悪魔が潜んでいました。
私の体はどんどん引きこまれていき、とうとう悪魔に喰い裂かれてしまいました。
それから気が付くと、私はこの世界で、人間として生を受けていました。
・━・━・━
「これが私です。今まで誰にも話して来なかった、私の秘密……」
「……」
クルス様は、何も言わずに私を見ていました。
私は怖くなり、彼から目を逸らしました。
人間じゃ無くてアリだったなんて知ったから、きっと彼は、私を軽蔑しているんだ……。
「……そっか。じゃあ、リズさんの夢は叶ったんだ」
「え……?」
「リズさんは、人間になりたかったんだよ!憧れていたって言ってたじゃないか!」
「そう……ですけど?」
クルス様は、目を輝かせて答えました。その目は、まるで少年のようです。
「魔物であるデミアントと仲良くなれたのも、そういう経緯があったんだね」
「そうですね。久し振りに仲間と会えたようで、私も嬉しかったです」
「僕はリズさんの、純粋なところに惹かれた。時々君は、人間じゃ無いんじゃないかって思ったくらいだよ」
「メディマム族だったみたいですし……人間と言えるかどうかわかりませんけど……」
クルス様は私の体に手を掛けて、その腕の中へ引き寄せられました。
「リズさんは人間だよ……誰よりも純粋で、心の綺麗な人間だ」
「あ、あの……クルス様?」
「大人になっても、リズさんはそのままで居てくれた。
僕は気が付くと、そんな君を、いつも目で追うようになっていた」
クルス様は、私が畑仕事をしている時でも、よく挨拶に来て下さりました。
忙しい王宮の仕事の合間を縫って、来てくれていたんです。
腕がギュッと絡みついて、その力はいっそう強まりました。
「前世も種族も関係無い。僕はリズさんを、愛している……」
どうしたらいいのでしょうか……クルス様は、切なそうな顔をしています。
「リズさんの返事を聞いていない……リズさんは、僕の事は嫌い?」
「嫌いなわけ……無いじゃないですか」
逃げようとしましたが、無理みたいです。なぜだか、体に力が入りません。
「私も、クルス様の事が……好きです」
それから────────。
◆◇◆◇
朝です。
窓から射し込む光で、私は目が覚めました。
クルス様は、まだ寝ていらっしゃるみたいです。
まるで子供のように寝息を立てています。
井戸で顔を洗いました。
冷たい水が、とても気持ちいいです。
湯浴びもして、身も心もすっきりとしました。
せっかくですし、服も洗って干してしまいましょう。
そういえば、昨日は何も食べずに寝てしまったので、お腹が空きました。
この辺りにも動物は居るはずです。弓も矢もありますし、狩りにでもしてきましょうか。
外は良い天気です。
夜は冷え込んでいましたが、朝は陽が差して、ポカポカと暖かい感じがします。
「あれ?リズさん、何してんの……?」
クルス様が、眠そうな顔で起きてきました、
「お腹が空いたので、狩りでもしようかと思っていたんです」
「そっか……僕も手伝うよ」
クルス様は、あくびをしながら井戸の方へ歩いて行きました。
◇◆◇◆
町を出て、狩りをしに向かいます。
子供の頃、森には近付くなと母がよく言っていましたっけ。
魔物が出るというので、あまり人が近付かなかった森です。
今日はクルス様が一緒ですし、魔物が出ても彼に任せておけば大丈夫でしょう。
「私は動物を狩りますので、クルス様は魔物が出たらお願いしますね」
「リズさんって、結局いつまでも“クルス様”なんだよなー」
「尊敬している証ですから」
クルス様は、顔を赤く染めて、必死に剣の素振りを始めました。
そんな彼を見て、思わず笑みが零れてしまいます。
子供の頃は、怖くて近付けなかった森の中。
クルス様と一緒なら、怖くはありません。
コボルトが出ても、ブルースネイクが出ても、彼がその剣で退治してくれますから。
「この蛇、食えるのかな?」
「野兎も獲れた事ですし、無理して食べなくても……」
思ったよりも、動物を狩る事ができました。
これなら数日は、食べる事には困らないでしょう。
野草も摘んでおきました。
食べ物は、バランス良く摂らないといけません。
クルス様はお肉が好きみたいですけど、それだけでは病気になってしまいますよ?
家に帰って、スープを作りました。
塩などの長持ちする香辛料は、この家にも多少は残してあります。
「やっぱり、リズさんは器用だね」
「孤児院で、マザーに教わったんです」
野草と野兎のスープが完成しました。
これなら、お肉も入っていますし、クルス様にも満足していただけるでしょう。
思った通り、美味しいと言っていただけました。
私も作った甲斐があったというものです。
お腹も膨れて、洗い物も済ませました。
そろそろ、あの丘へと向かおうと思います。
「それでは、行きましょうか」
「そうだね」
この時期になると、蓮華が咲き乱れる花畑。
果たしてそこに、世界を渡り歩く精霊はいるのでしょうか。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
アリさんのお話は、とても健全なお話です。
安心してお読みください。
※文章少し修正しました。




