40:悪夢の世界(2)
第40話です。
『リズがお姉さんになっちゃった!』
「マリー、私を助けてくれてありがとう!」
マリーを抱きしめると、とても小さく感じられました。
あの頃は同じくらいの背丈だったのに、私だけが成長してしまった事が悲しいです。
『ここは、リズが見ている夢の世界だよ』
「夢の世界……?」
あの恐ろしい出来事は、全部私が見ていた夢だったようです。
では、目の前に居るマリーも私の夢なのでしょうか?
『リズ、行こう』
マリーは森の中を駆け出しました。私はその後をついて行きます。
森を抜けると、今度は異様な空間に出ました。
薄い紫色の空間で、天も地も無いような場所です。それなのに、地に足が付いているような感覚があります。
後ろを振り返ると、森はもうありませんでした。
『ここに、リズを苦しめたやつが居るんだ。あいつを倒さなきゃ!』
「あいつ?」
マリーと一緒に、空間の中を進んで行きます。
すると、男性がこちらへ走ってくるのが見えました。
『助けてくれ……!』
息も絶え絶えになりながら、男性は何かから逃げてきたようです。
「大丈夫ですか!?」
私はその男性に声を掛けました。
『リズ!駄目!』
心配して近付こうとした私を、マリーが制止しました。
男性はニヤリと笑い、その姿が怪しく変質していきます。
紫の肌が露出し、大きな尻尾が生えた魔物が姿を現しました。
『もう少しで、この娘の魂が俺の物になったのに、よくも邪魔をしてくれたな』
『リズ!こいつが悪夢の正体だよ!』
長い舌を垂らしながら、手には巨大な鎌を持っています。
何者かはわかりませんが、この魔物を倒さなければこの世界から出られないようです。
ここは、まだ夢の中……私には武器も精霊石も、何もありません。
魔法は使えるのでしょうか?
『ここから逃がしはせんぞ!』
魔物の尻尾が、私を捕らえました。
その力は凄まじく、身動きがとれません。
「ぐぅぅ……!」
『リズを離せー!』
マリーが魔物の尻尾に噛みつきました。
魔物は顔色一つ変えず、尻尾の締め付けも衰える事はありません。
『そんなものが俺に効くとでも思っているのか!邪魔をするなら小娘、お前の魂を先にいただくぞ!』
「マリーには手を出さないで!」
魔物の持つ鎌が、マリーへと迫ります。
マリーはそれでも、魔物の尻尾を必死に噛み続けています。
「マリー!私の事はいいから、逃げて!」
『イヤ!リズはわたしが助けるの!』
マリーは魔物の股間を蹴り上げました。
『ぬお!?』
突然魔物の動きが止まり、尻尾の力も緩みました。
どうしたのかはわかりませんが、今のうちに脱出です。
尻尾を振りほどき、急いで魔法を詠唱します。
「【デオフレイムゲイザー】!」
『グァアアア!!』
魔物の足元に魔法陣が出現し、噴き出した炎が魔物を包みました。
魔法は有効なようです。
『リズ、すごい!』
「マリー、危ないから離れていて!」
今の私では、せいぜい中等の上級魔法までしか使えません。
高等魔法があれば、もっと有利に進められるのですが……。
『おのれ……これしきの事で、俺から逃れられると思うなよ!』
魔物の体は多少の火傷はあるものの、それほどダメージを負っていないようです。
その割には、その顔は苦痛に満ちていました。
魔物は鎌を振り上げると、攻撃を仕掛けてきました。
「くっ……!」
胸元を鎌が切り裂きました。
夢の世界のはずなのに、そこからは血が零れます。
『大人しくこの世界に囚われていれば、痛い目を見ずに済むのだ』
魔物は私の血が付いた鎌を、その長い舌で舐めました。
気持ち悪い……!
『このままじゃリズが……誰か!誰か助けて!』
………………
…………
……
どうなってるんだ!? 急にリズさんの胸元から血が……!
止血しないと……リズさん、ごめん!
リズさんから冠を離さないように気を付けて、彼女の服を剥いだ。
するとそこには、まるで刃物で切られたような切り傷があった。
布を切り裂き、止血の為にそこへ巻いていく。
こんな時、僕に回復魔法が使えたら……。
リズさんは目を覚まさない。顔色は悪くなっていく一方だ。
血を吸い取った布が、すぐに赤く染まっていった。
僕の手の届かないところで、彼女が何かと戦っているのは間違いなさそうだ。
僕は、見ているだけしかできないのか……!
その時、冠からの光が急に強く発せられた。
その光に呼応するように、ベッドの片隅に置いてあったリズさんの精霊石が光り出した。
もしかして────!
僕は精霊石を、リズさんの胸元へ置いた。
頼む、精霊達よ……!リズさんを助けてくれ!
………………
…………
……
『叫んでも助けは来ないぞ。無駄に抵抗せず、俺と楽しくこの世界で過ごそう』
魔物はニタニタと笑いながら、私達に近付いてきました。
「マリー……あなただけでも逃げて!」
マリーを庇いながら後退ります。
魔物の体から、先程の魔法のダメージは完全に消えていました。
夢の世界でこのまま戦っても、無駄に魔力を消耗するだけです。
『リズ!あれ!』
マリーが上を見て叫びました。
何事かと私も上を見ると、上空から精霊石が降ってきました。
「これは……?」
精霊石達は、私の手の中に収まりました。
よくわかりませんが、チャンスのようです。
『なんだ、それは!?』
それを見て、魔物の顔色が変わりました。
精霊石を知らないようですが、直感的に危険を感じ取ったようです。
「【エプリクス】、【カペルキュモス】、【ウィストモス】」
ここは夢の世界です。遠慮はしません。私は精霊達を呼び出します。
光が放たれ、三体の精霊達が具現化していきました。
『主よ、今度こそ本当に、我の出番のようだな』
『優しい主よ、その傷を癒して差し上げましょう』
『私の主に、仇為そうとする愚か者はどこだ』
精霊達は、目の前の魔物を睨みつけます。
『こ、これは……えっと……どなた達かな?』
魔物は気まずそうな顔で、今度は後退りして行きます。
私は、精いっぱいの笑顔で魔物に言いました。
「お仕置きの時間です!」
●○●○
そこには、もうめちゃくちゃにされて倒れている魔物の姿がありました。
これで、お仕置きは終了です。精霊達は、満足げな顔で石の中へ戻って行きました。
結局、今回も精霊達に助けられてしまいましたね。
それにしても、なぜ突然、精霊石が夢の中に現れたのでしょうか?
『外のお兄ちゃんが、助けてくれたみたいだよ』
「クルス様が?」
謎の空間が崩壊し始めました。悪夢の世界もこれで終わりです。
どうしてこんな事になったのかはわかりませんが、夢の中とは言え、再びマリーにも会えました。
「マリー、色々とありがとう」
『ううん、わたし何もできなかったよ。ごめんね』
マリーは照れくさそうに笑いました。
何もできなかったなどという事はありません。
彼女が助けてくれなければ、私は……。
『関係ない人にまで祈ったりするから、こんな危ない目に遭うんだよ?』
急に厳しい顔をして、大人ぶった言い方をしてくるマリー。
私、何かしましたっけ?
『もう行くね。冠ずっと持っていてくれて、嬉しかった。さよなら、リズ……』
「マリー!」
私が叫ぶと同時に、目の前が真っ白に広がって行きました。
………………
…………
……
「う……ん……?」
「リズさん!」
目が覚めると、クルス様に抱きしめられました。
「クルス様……苦しいです……!」
「あ、ごめん!」
胸元には、精霊石と私の宝物が置いてありました。
私の初めての友達がくれた宝物。
マリーだけは夢じゃ無かったんだ……。
もうすっかり枯れてしまったその冠を、私は崩れないように抱きしめました。
お読みいただきまして、ありがとうございます。




