04:お母さんの誕生日
第4話です。残酷な表現がありますので苦手な方はご注意ください。
今日は、お母さんの誕生日です。
少し前に、丘の近くに綺麗なお花を見つけました。
それを、お母さんへ贈ろうと思います。
お花が咲いている場所は、丘の近くにある切り立った崖の上です。
採取するにも危険な場所ですので、今日は一人で向かうことにします。
季節はずれのため丘の花畑は一切の花を咲かせていません。目の前には草原が広がっています。
見上げた崖の上に、目的のお花は咲いていました。
ちょっと大変ですけどがんばります。このお花をプレゼントしたら、お母さんは喜んでくれるでしょうか。
◆◇◆◇
よいしょ、よいしょと登ります。
人間の爪はアリだった時と比べて脆いようです。私はお母さんに習った【ヒール】を唱えます。
血だらけだった爪先は、元通りに直りました。
これで、またがんばれます。
よいしょ、よいしょと登ります。
もう少し、あと少しで頂上です。
綺麗なお花までもう少しです。少し雲行きが怪しくなってきました。
もう少し、もう少しです。早く帰らなくては大雨になりそうです。
ようやくお花の場所に来ました。手を伸ばし、お花を摘んで、用意した袋の中に入れます。
下を見てはいけません。上を見ながら慎重に斜面を下ります。
少し経って、丘に戻ることができました。
もう一度、ヒールをかけます。もし怪我をしたまま帰ったら大変です。心配したお母さんに叱られてしまいます。
◇◆◇◆
丘を下り、町へと戻ります。
早くお母さんの喜ぶ顔が見たい。まだ日も落ちていないのに、空はどんどん暗くなってきました。
おうちまで、ちょっとだけ急ぎ足で帰ります。
しばらく歩くと、なんだか様子がおかしいことに気付きました。
私の住む町は決して大きい町ではありませんが、いつもなら、この時間帯はもう少し賑わっているはずです。
天候が悪くなったので、みんな家の中に入ってしまったのでしょうか?
カラスの鳴く声が聞こえます。薄暗さもあって少し不気味に感じます。
町が見えてきました。
やはり、町は静かです。こんなこと、今までありませんでした。
なんだか胸騒ぎがします。私は歩く速度を速めました。
◆◇◆◇
町に着いた私は、その光景を見て愕然としました。
一体何があったのでしょうか……町の至る所が壊されています。
人が、あちこちに倒れています。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
倒れていた人を起こすと、お腹が抉られてしまっています。
死んでる……?
崩れたレンガに挟まっている人がいます。
まだ生きているようです。私はヒールを唱えます。
「リズちゃんかい……ありがとうよ……」
「大丈夫です!私が引っ張り出します!ヒール!」
「……もういいよ、リズちゃん……私の下半身は……もう潰れてるんだ……」
「そ、そんな……」
「せっかくだけど……もう助からない……他の……人……」
駄目でした……ヒールでも、破損した体の修復はできません。
私がしたことは、無駄にこの人を苦しめただけ……ごめんなさい……
────そうだ、お母さん!
「お母さん!お母さん!」
家に着くと、外壁は崩れ、あの綺麗だった庭も荒らされていました。
はやる気持ちを抑え、中へ入ります。
「お母さん!無事ですか!?」
何ということでしょう……床には血がたくさん流れています。
そこには、血だらけになったお母さんが横たわっていました。
「お母さん!しっかりしてください!」
「リ……ズ……」
良かった……!
お母さんは息があるようです。さっきの人と違って、体も破損していません。
私はありったけの魔力を使ってヒールを唱えます。
「お母さん!助けるから……絶対助かるからね!」
魔力を使いすぎて意識が飛びそうです。
それでも、私はヒールを唱えます。
そうするうちに、お母さんが、私の手を握り返してくれました。
「リズ……あなたが無事で……よかったわ……」
「お母さん……お母さん……」
「あなたが出て行った後……急に空が……そして北の方から魔物が……」
「北から?」
北には国境があります。魔物は西の森に棲むと聞いていました。
どうして北から魔物が現れたのかわかりません。
ともかく、今この町は危険なようです。
「お母さん、一度ここから避難しましょう。お父さんも探さなきゃ」
「リズ、これを……」
お母さんは、指にはめていた赤い石のリングを外しました。
「お母さん、それよりも早く行かないと」
「これは……火の精霊の加護がある指輪……リズが成人したら渡そうと……」
「そんなのいらないから!お母さん、早く!」
それでもお母さんは、私にその指輪を渡そうとしてきます。
そのまま渋る私の手を握りました。
「お母さん……」
「リズ……あなたに精霊の加護を…………生きて…………」
お母さんの手から力が抜けて、やがて動かなくなりました。
「お母さん!ヒール!ヒール!」
私の手から魔法が出なくなりました。
「ヒール! ……何で出ないの!? お母さん!お母さん!」
魔法は万能ではありません。体に破損が無くても、失くした血は戻ることはありません。
私がもう少し早くたどり着いていれば……他の人に構っていなければ、早くお母さんの傷口を塞げていたら!!
「お母さん…………ごめんなさい……ごめんなさい……」
お母さんはまだ少し暖かく、私はすがり付くように泣きました。
お母さんの傍で泣き続けました。
◇◆◇◆
マリーもヘレナさんも……お父さんも、みんな……みんな息絶えていました。
どうして、こんなことに…………
マリーも一緒に丘へ連れて行けばよかった。今日に限って、置いて行かなければよかった。
もう、マリーは動きません。あの可愛らしい仕草を見せてくれることはありません。
胸が張り裂けそうです。私も、みんなと共に死ねばよかった…………
お母さんは、最期に私に生きてと言いました。でも、私は辛くて悲しいです。
アリだった時は、悲しくても涙が出ませんでした。それに、仲間の死を見ても、悲しくなったりしませんでした。
人間になって、私は弱くなってしまったみたいです。
こんなことなら、生まれ変わらなければよかった……あのままで終わればよかった……
家に戻り、私はお母さんの胸にお花を置きました。
袋には、マリーがくれた花の冠をしまいます。
既に枯れてしまっていますが、何物にも変え難い私の大事な宝物です。
町を出て、崩れた街道を進みます。魔物が向かった先は、おそらく王都です。
王都は────ディア様は無事なのでしょうか。