39:悪夢の世界(1)
第39話です。
お母さんも、町の人達も、みんな殺されたはずです。
まるで五年前に戻ったかのように、私の姿も子供の姿に戻りました。
『リズ、お父さんも帰ってるわ。すぐに夕飯の支度するからね』
「お父さん……?」
お母さんと話していると、そこへお父さんもやってきました。
『外は寒かったろう。お転婆なのは良いが、ほどほどにな』
『今日は、シチューにしたからね。リズの大好きなジャガイモのシチューよ』
「お母さん、私も手伝います」
私は食器をテーブルへ並べて行きました。
お母さんはシチューを運びます。バスケットの中には、硬めのフランスパンが置いてあります。
恐る恐る食べてみると、あの頃の懐かしい味がしました。
「美味しい……」
『ふふっ、リズに喜んでもらえて良かったわ』
お母さんは、優しく微笑みながら言いました。
『ご飯を食べたら、久しぶりにお父さんと湯浴びでもするか?』
『あなた、リズももう年頃なんですよ』
両親の談笑を見ながら、私も自然と笑顔が零れていました。
お父さん、お母さん……。
これが夢や幻でも、再び両親と出会えた事は私にとっては嬉しい事でした。
●○●○
夜も更けて、寝る時間になりました。
『じゃあ、お休みなさい。リズ』
お母さんは、私を部屋に連れて行きました。
「……一緒に寝てもいいですか?」
『どうしたの、今日は甘えんぼさんかな?』
『良いじゃないか。母さん、今日は久しぶりに親子で一緒に寝ようか』
父と母の部屋で一緒に寝ます。
ベッドはフカフカで、お父さんとお母さんのにおいがしました。
「お母さん……」
『ふふっ、リズは良い子ね……』
『お父さんにも甘えてくれよー』
「お父さんも、大好き……」
忘れていた温かさが、そこにはありました。
もう、ここが夢や幻の世界でもいい……両親の温もりに包まれて、私は眠りにつきました。
………………
…………
……
リズさん遅いな……。
僕は、妙にそわそわしながら、彼女が戻ってくるのを待っていた。
テティスの村の時のように、一緒に寝るだけなのに、なぜか緊張してしまう。
別に、何かを期待しているわけでは無い。……たぶん。
でも、僕が勇気を出して『一緒に寝たい』と言ったら、リズさんは同意してくれた。
すると、急に彼女は顔を真っ赤にして、外へ行ってしまった。
もしかしたら、彼女もそういう風な事を考えたのだろうか……いや、リズさんに限ってそれは無いな。
体調が悪かった可能性もあるし、そう考えたら心配になってきた。
『……』
「……ん?」
誰かに呼ばれたような気がして、僕は振り返った。
ここには僕しか居ない。でも、誰か女性の声が聞こえたような?
もしかして、リズさんに何かあったのかもしれない。
僕は、外を見に行く事にした。
◆◇◆◇
「リズさん!」
井戸の傍に彼女は倒れていた。
顔色は悪く、体も冷えてしまっている。
僕は、急いで彼女を家の中へと運んだ。
幸い寝室には暖炉があった。長い事使われていないようだけど、薪も僅かに残っていた。
湿気ていて、なかなか火が点かなかったけど、根気強く石をすり合わせる事で、なんとか火を点ける事ができた。
こういう時、魔法を使えない自分が恨めしい。
リズさんの顔は真っ青だった。
何でもっと早く気付かなかったんだ、僕は!
戻ってくるのが遅いとは、思っていたのに……。
リズさんの体に、布を何重にもして被せた。
無理をしていたのだろうか……普段、彼女は自分が辛くても、それをなかなか言ってくれない。
もしかしたら、重篤な病気に罹っているのかもしれない。
「お母さん……」
「リズさん、気が付いたのか?」
違う。彼女の目は閉ざされたままだ。
家族の夢でも見ているのだろうか。その割には、苦しそうな表情を浮かべている。
『……んで……』
また何か聞こえた……?
声のした方を振り返ると、リズさんの持ってきた荷物が淡い光を放っていた。
近付くと、袋の中が光っているようだ。
『わたしを運んで……』
はっきりと聞こえた。
僕は、袋の中を探ってみた。すると、枯れた草花でできた冠が出てきた。
これは、リズさんが宝物だと言っていた冠だ。
『リズのもとに……』
「わ、わかった」
その淡く光る冠は、自分をリズさんの所へ運んでくれと言った。
僕はその声に従って、冠をリズさんの胸元に置いた。
………………
…………
……
気が付くと、私は町の広間に磔にされていました。
『これより、この娘を処刑する!』
町長の声に、町の人達が歓声を上げます。
なぜ、私がこのような目に……!?
「やめて下さい!何かの間違いです!」
『リズ……あなたが悪いのよ』
「お母さん!?」
お母さんの手には、松明が握られていました。
松明の炎が、私に近付きます。
「お母さん!お願い、やめて!」
『お前のせいで、俺達は死んだんだ』
「お父さん!何を言っているの!?」
お父さんは憎しみのこもった目で、私を睨んできました。
私のせい……?
お母さんは、私の足元に火を点けました。
「やめてください!お母さん!」
火は足元から燃え広がり、私を包んで行きます。
「熱い……熱いよ……!」
燃え移った火で、私の体が焼かれていきました。
髪の毛の焼ける臭いでむせかえります。
すると、目の前にいた町の人達の姿が、別の物に変わっていきました。
「あ、あなた達は……!」
そこに居たのは、私が倒してきた魔族や魔物達でした。
『お前のせいだ!』
『お前にも焼かれる苦しみを!』
『地獄に落ちるがいい!』
その憎悪に満ちた目で、私を睨んでいました。
恐怖と絶望の中、炎は私を完全に包み、抵抗する事もできず私の体は燃えてしまいました。
○●○●
気が付くと、今度は森の中で倒れていました。
私は、燃やされて死んだはずです。
なぜこんなところに……?
立ち上がろうとすると、なんだか今までと勝手が違う感じがしました。
どこか、懐かしい感覚が体にあります。
まさか……恐る恐る手を見ると、そこにはアリだった頃の私の前足がありました。
私は死んで、またアリに生まれ変わったのでしょうか?
触覚や、顎も思い通りに動きました。
わけがわかりません。今までの事は、私が見ていた夢だったのでしょうか?
それにしては、やけに現実味のある夢だった気がします。
私は人間に生まれ変わって、色んな人達と出会って、恋もしました。
全部、私の妄想……?
コオロギさんから聞いた話の影響で、変な夢を見てしまったみたいです。
前方を見ると、仲間の働きアリが死んでいるのが見えました。
寿命でしょうか。とりあえず、巣へと運ぶ事にしましょう。
死んだ仲間は、次の世代の糧になるのです。
仲間の死体を咥え込みます。
すると、周囲がすり鉢状に変わって行きました。
これはまさか────!?
中心から、悪魔が顔を出しました。
私は急いで脱出を図ります。しかし、すり鉢状はどんどんと私を吸い寄せて行きます。
────エプリクス!
精霊の名を思い浮かべました。夢の中で、悪魔を倒してくれた精霊の名前です。
もちろん、助けに来てくれるはずもありません。
悪魔の大顎が、私に迫ります。
すると、すり鉢の中心に何か大きなものが現れました。
人間の手です。
その指が悪魔の大顎を掴み、すり鉢の中心から悪魔を引っ張り上げました。
助かった……?
ホッとしている私の横に、人間の指が置かれました。
もしかして、乗れということでしょうか?
恐る恐る、私は人間の指に乗りました。
指は、上へと引き上げられて行き、その持ち主の顔が見えました。
『リズは、アリさんだったんだね』
少女は無垢な顔で、私に笑いかけていました。
私が人間だったのは妄想なんかじゃ無かった。
この無邪気な笑顔を、忘れるはずがありません……今度こそ、本当に……本物のマリーです!
私の姿が、人間の姿へと戻っていきました。
十歳の頃では無く、本来の私の姿に。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
実は最近、夢占いにはまってます。




