38:ゼラの町で
第38話です。
クルス様に分けていただいた食事をいただきながら、消えかけていた火に薪をくべていきます。
「薪なら僕が追加しておくから、リズさんは遠慮なく寝てて良いよ」
「クルス様こそ、お疲れでは無いですか?」
「僕は大丈夫だよ」
困りました。
クルス様は、このまま一晩起きていらっしゃるつもりでしょう。
そんな状況で私だけが眠るというのは、なんだか気が引けてしまいます。
「【エプリクス】」
私は指輪から、火の精霊を呼び出しました。
『よ……用件は何かな?』
エプリクスは、私を見て気まずそうな顔をしています。
思い当たる節があるようですね……。
「見張りをお願いします」
『我が?』
「はい」
彼は火の精霊です。
薪の扱いも彼なら心配いらないでしょう。見張り役にも適任です。
『長い事精霊をやってきたが、こんな扱いは初めてだ……』
「クルス様、私達は寝ましょう」
「い、いいのかな……?ごめんな、エプリクス」
精霊を呼び出したままとはいえ、魔物と戦うわけでもありませんし、魔力も心配いらないでしょう。
それは、草原を走ってもらった時に立証済みです。
私達は布に包まり、身を寄せ合うようにして眠りました。
クルス様と一緒だと、なんだか安心します。
◆◇◆◇
無事に朝を迎えました。
エプリクスは、私が起きた事を確認すると指輪へと戻って行きました。
こんな意地悪せずに、彼には感謝しないといけませんね。
草原にこっそり印しを付けておいてくれたお陰で、クルス様にこうして会えたのですから。
「ごめんなさい、エプリクス……ありがとう」
『気にするな。そもそも我ら精霊に眠りは必要無いからな。主達が安心して眠れたのなら、それで良いよ』
指輪から声が聞こえました。
「リズさん、おはよう……」
「おはようございます、クルス様」
隣に居たクルス様も、目を覚ましました。
顔を洗い、身支度を整えます。
本当は川で水浴びもしたかったのですが、クルス様の前でそんなことできませんし……。
汗くさくなっていないでしょうか……ちょっと心配です。
「リズさん、ちょっと体洗いに下流の方へ行ってくるよ」
クルス様はそう言うと、川を下って行きました。
もしかして、気を遣っていただいたのでしょうか。
クルス様が見えなくなったのを確認してから、私も服を脱いで川に入りました。
◇◆◇◆
クルス様が、水浴びのついでに魚を捕まえてきて下さりました。
火で焼いただけの魚が、こんなに美味しいと感じたのは初めての事でした。
「リズさんは、一体どこへ行こうとしてたんだい?」
「私が住んでいた町の近くの丘に、花畑があるんです。
フリューゲルさんに聞いた話によりますと、そういった場所に現れる精霊が居るそうなんですよ」
「へー……さすが上級冒険者ともなると、いろんな情報持ってるんだなぁ」
クルス様は、地図を広げました。
私達の居るところは、エスカロ高原に近い場所のようです。
ここからでしたら、コルンを経由せずに谷を抜けて行った方が早いということです。
意図せず、私が最初考えていたようなルートで向かう事になりました。
獣道のような場所かと思っていましたが、そうでもないみたいです。
街道のように広くは無いですけど、道もできています。
「さすがに馬で走ったりは無理だけど、これなら日が落ちる前には辿り着けるかな」
「そうですね」
谷の道は、私の居た町へ直接通じているそうです。
滅んだ町へ繋がっている為でしょうか、人の通りはありません。
「もう少し行くと休憩所があったと思うんだけど、今でもやってるのかな?」
「どうなんでしょう?」
道を進むと、休憩所らしき場所が見えてきました。
しかし、そこは既に朽ち果てており、魔物によって破壊されたような痕跡もありました。
「ここも、魔物の襲撃を受けていたのか……」
あちこちに人骨のような物もあります。
長く使われなかったこの道で、旅人などに発見される事も無かったのでしょう。
私は静かに目を瞑り、ここで亡くなった方のご冥福をお祈りしました。
私達は再び歩き出しました。
途中で休憩を挟みながら進み、やがて町があった場所が見えてきました。
◆◇◆◇
「ここがリズさんの育った場所か……」
「結構賑わっていた町だったんですよ」
魔物の襲撃を受け壊滅した町です。
至るところに魔物により破壊された痕跡が残っています。
コルンから派遣された方々が、この町で亡くなった方々を弔って下さりました。
「クルス様、こっちです」
クルス様を、私の家へと案内します。
途中、マリーと遊んだ公園が見えました。噴水からは、今も水が流れています。
「ここが私の家です」
ドアを開けて、クルス様を招きいれます。
クルス様は家の中を、きょろきょろと見回していました。
「随分綺麗にしてあるんだね。驚いたよ……」
「二年ほど前に立ち寄った時、掃除しておいたんです。住もうと思えば住む事もできますよ」
木の戸を開けました。
私が小さい頃、外を見るのに使っていた窓です。
外を覗いていると、危ないからとよくお母さんに叱られました。
今では何かに乗らなくても、外を見ることができます。
私達は部屋へ荷物を置いて、お墓へと向かいました。
町の外れに建てられたお墓。ここに父や母、町の人々が眠っています。
私が祈ると、クルス様も一緒に祈ってくださりました。
日も傾き、花畑のある丘へは明日向かう事になりました。
今夜は私の家に泊まります。
少し掃除を行いましたので、寝る分には問題無いでしょう。
「クルス様、父と母の部屋が空いていますので、今夜はそこで寝ますか?」
「え……それはちょっと、何だか申し訳ないというか……」
私は自分の部屋に向かいました。クルス様はお客様ですので、広い部屋を使っていただいた方がいいですよね?
「って、リズさんも一緒に寝るんじゃないの!?」
「え……?」
もしかして……クルス様はそのような意味で取っていたのでしょうか?
「僕は……リズさんと一緒がいい……」
「えっと……では、一緒で……」
掛ける物は何もありませんけど、父と母の使っていたベッドが空いています。
ふと、小さい頃に見てしまった両親の光景を思い出してしまいました。
「リズさん?」
クルス様が心配そうに声を掛けてきました。
「な、何でも無いです!ちょっと顔を洗ってきます!」
ドキドキが止まりません。
私は気持ちを落ち着かせる為に、井戸水で顔を洗いました。
『リズ』
誰かが私を呼んだような気がしました。
『リズ、遊びに行こう』
この声は……私は声のした方を振り向きました。
────マリー!?
そこには、あの頃のままの姿で、マリーが立っていました。
町に明かりが灯って行きます。今まで見えなかった人々の姿が見え始めました。
『マリー、リズちゃんに迷惑ばかりかけちゃ駄目よ』
ヘレナさん!?
先程までの静寂が嘘のように、町は賑わいを取り戻していました。
「どういう事……?」
もしかして、魔族や魔物の仕業かも知れません。
私は急いでクルス様を呼びに戻ります。家に戻りドアを開けました。
「クルス様!大変です!」
『リズ、そんなに乱暴にドアを開けたら駄目でしょ?』
そんな……この人は私の……
『ほら、晩御飯もできてるから、早く手を洗って来なさい』
「お母さん……なの!?」
目線の高さがおかしい事に気が付くと、私の体も十歳の頃に戻ってしまっていました。
これは一体……?
お読みいただきまして、ありがとうございます。
なんとか本日中に間に合いました。




