37:ある感情
第37話です。
『精霊使いの娘よ!貴様の一族はその精霊の力で人類に仇為し、魔族と共に闇の世界を歩んだ一族だ!』
(違う……私は、違う!)
『その力は諸刃の剣だ!人間共はその力を恐れ、敵として貴様を排除しようとするだろう!』
『リズ……あんたもメディマム族だったんだね!私の大切な人を返してよ!』
(ごめんなさい……ごめんなさい……知らなかったの!私がそうだって知らなかったの……!)
『お前が苦しむ様を、地獄で見ていてやるぞ……!』
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夢……?
全身が汗でびっしょりです。
外を見ると、わずかに空が明るくなってきていました。
私はメディマム族です。この体には、人に仇為した一族の血が流れています。
もう、この町に居る事はできません。人々と触れ合う事も出来ません。
クルス様ともここでお別れです。私と一緒に居ては、あの方に迷惑を掛けてしまいます。
静かに音を立てず、荷物を纏めます。
外に出ると、ひんやりとした空気が肌に刺さりました。
とても寒い……寝汗で冷えた体にはとても堪えます。
早朝という事もあり、馬達も静かです。
クルス様と一緒に馬で駆けた草原。今度は一人で歩いて行きます。
薄く霧のかかった草原は、あの時とは別世界のように見えます。
「行くのか?」
声を掛けられ振り向くと、そこにはフリューゲルさんが居ました。
「はい。私が居ては、皆様にご迷惑をお掛けしますから」
「そうか……相方は置いて行くのか?」
「これ以上、あの方に迷惑をお掛けする事はできません。
皆様にはお世話になりました。チキータさんにもよろしくお伝えください」
私は精一杯笑顔を作り、フリューゲルさんに答えました。
「私は冒険者だ。これから先、もしかしたらお前の討伐依頼なんてものも出るかも知れん。
次に会う時は、お前と戦う事になるのかもな……」
「お手柔らかにお願いしますね」
そう、私はメディマム族。平和に暮らす人々には、脅威の存在なのです。
フリューゲルさんは、気まずそうな顔をして苦笑しています。
「選別に教えてやろう。ある町で聞いたんだが、世界を渡り歩く精霊が居るそうだ。
その精霊は、綺麗な花畑を好むらしくてな。そういった場所によく現れるらしい」
「精霊……ですか?」
これまで火の精霊、水の精霊、土の精霊と盟約を結んできました。
彼らは精霊石に封じられています。
カペルキュモスやウィストモスの例で考えれば、精霊石のままでも多少の自由は効くみたいですが、世界を渡り歩くなんて事が可能なのでしょうか?
「じゃあ、私が言うのもなんだが……元気でな……」
フリューゲルさんは去って行きました。その後ろ姿に私は礼をし、町を出ました。
◆◇◆◇
私はこの先、アリエスと戦うつもりです。
アステアの再興も、あの男が存在する限りきっと妨害をしてくるでしょう。
アリエスは魔族をも従えているようです。対抗するには精霊の力が不可欠となってきます。
フリューゲルさんの言っていた、精霊の情報が気になりました。
綺麗な花畑と言えば、私が住んでいた町の近くの丘。
町があった場所には、父と母、マリーや町の人々のお墓があります。
そこに精霊が居るのかはわかりませんが、お墓参りを兼ねて立ち寄るのも良いでしょう。
コルンは経由せず直接向かいたいと思いますが、私は地図を持っていません。
町へ戻るわけにもいきませんし、どうしましょうか。
「【エプリクス】」
指輪から、光と共に火の精霊が出現しました。
『主よ。戦い以外で呼びだすとは珍しいな』
「エプリクス、あなたはこの世界の地理に詳しいですか?」
『まあ、多少昔とは呼び名など変わっているかも知れんが……大体はわかる』
「ゼラの町があった場所まで行きたいのです。できれば、コルンを経由せずに」
私の住んでいた町、ゼラ。
今は魔物により滅んでしまった、名もない場所です。
『そこなら大丈夫だ。では向かうとしよう。主よ、我が背に乗るがいい』
エプリクスは、その体に纏っていた火を消しました。
その背に跨ると、彼は走りだしました。
「エプリクス!凄いです!あなたは、こんなにも早く走れたのですね!」
ジュノーの町が見えなくなりました。
エプリクスは私を乗せて、この広い草原をどんどんと進んで行きます。
ふと、クルス様のかけて下さった言葉が頭に浮かびました。
『これからもずっと、あなたを守らせて下さい────』
…………クルス様。
あなたに何も言わず、出てきてしまった事をお許し下さい…………。
「……クルス様…………」
『主よ。辛い時、苦しい時は我慢せず、思い切り泣くがいい。
幸いここは広い草原の真ん中だ。誰にも迷惑を掛ける事もあるまいよ』
私はエプリクスの背の上で、思い切り泣きました。
エプリクスは何も言わず、ただ私を乗せて草原を駆けました。
◇◆◇◆
森を抜けた先に、清流の流れる場所がありました。
今日はここで野宿をする事にします。
この川は、位置的にエスカロ高原にあった沢から繋がっているのでしょうか。
エプリクスは、指輪の中へと戻りました。
河原で集めてきた薪に、魔法で火を点けます。
お腹が鳴りました。そういえば、朝から何も食べていません。
せめて水だけでも……川で水を汲みました。
薪の火は、魔物避けにもなります。
一本、また一本と、私は火に薪をくべていきます。
静かな夜です。川のせせらぎだけが聞こえてきます。
明日には、ゼラの町があった場所にも着く事ができそうです。
ディア様はお元気でしょうか。
ロデオ様が亡くなって、悲しくないはずは無いのに、それでも気丈に振舞っていらっしゃりました。
もう誰にも、あんな悲しい思いはさせたくありません。
私の大切な人達が傷付くのを見るのは嫌です。
私はなぜ、この世界に転生したのでしょうか。
元の世界で、私はただの働きアリでした。人ですら無かったのです。
私達アリにとって、人間は脅威の存在でした。
そんなある日、私は旅のコオロギさんに出会いました。
彼の話は面白く、特に人間の世界に伝わる童話のような世界の話は、働く事だけが生き甲斐だった私を夢中にさせました。
その中には、魔王に侵略された世界を救う勇者の話もありましたっけ。
彼の話を聞くうちに、私は人間に興味を持つようになりました。
私は悪魔に喰い殺され、人間に生まれ変わりました。
生まれ変わった私は、両親を始め色々な人達と触れ合ってきました。
人間には様々な感情があり、成長するに従って、それは私にも芽生えました。
不思議です。
人間は、感情によって強くも弱くもなります。
大切な誰かを想う事で、どんな強大な敵にも立ち向かえる力にもなります。
私にとって大切な人……それは……。
少しだけ眠りましょうか……布を身に纏い、最後の薪をくべます。
その時、遠くから足音が聞こえました。
魔物……? 私は弓を持って立ち上がります。
暗闇の中、足音は、どんどんこちらへ近付いてきました。
弓の弦を引き、足音が聞こえる方に構えます。
薪の火に照らされ、足音の主の姿が見えました。
「……そんな……嘘でしょ?」
そこには、私にとって大切な人の姿がありました。
あまりの衝撃に、手から弓が音を立てて落ちました。
「クルス様……!」
「リズさん……置いて行くなんて酷いよ」
私はクルス様に抱きつきました。
クルス様の体は夜風に冷えていましたが、こうしていると体も心も温かくなってきます。
彼の手が私の髪に触れました。
「フリューゲルさんから話を聞いて、僕もすぐに追いかけたんだ。
でもリズさんがどこに向かったのか、わからなくてさ。
草原をよく見ると、ところどころ燃えた跡が残っていて、もしかしたらとそれを辿ってきたんだ」
燃えた跡……? もしかして、エプリクスが?
指輪を見ます……何だか淡く光っています。絶対にこれは彼の仕業です。
「ずっと、あなたを守ると言ったでしょう?」
再び彼の口から出た言葉に、思わず涙が出そうになりました。
「クルス様……私はメディマム族なんです!」
「わかってます」
「普通の人間じゃないんですよ!」
「そうみたいですね」
「私といると、あなたに迷惑を掛けてしまいます!」
「僕がリズさんの事を、迷惑だと言った事がありますか?」
クルス様は、私が言う事をどれも何でも無いことのように答えました。
「僕は、あなたを愛しています」
クルス様は、私を抱きしめてきました。
その時、私の中にある感情が芽生えたのを感じました。
私は、人間に生まれ変わって、初めて恋をしました。
お読みいただきまして、ありがとうございます。




