31:馬に乗って
第31話です。
クルス様と、馬小屋のご主人を連れて戻ってきました。
奥さんは旦那さんに抱き付いて、私達に「ありがとう」と繰り返しおっしゃっていました。
寝息を立てている旦那さんを奥さんに引き渡し、クルス様と私は宿屋へ戻ります。
宿屋でさっとお湯を浴びて、部屋に戻るとクルス様はベッドに寝そべり地図を眺めていました。
「どうかされたんですか?」
「馬で行くには、どのルートが最適かなと考えていまして……」
私は袋から、枯れて造花のようになった冠を取り出しました。
幼い時、マリーが私にプレゼントしてくれた冠です。
「リズさん、それは一体何ですか?」
「私の大切な宝物です……」
馬小屋のお子さんを見て、昔の事を思い出してしまいました。
マリーとディア様と、高原のお花畑での思い出……。
私は冠に額を寄せてから、崩れないように再び袋へと戻しました。
「馬小屋のお子さん、可愛らしかったですね」
「ああ、あの娘さん。温かそうな家庭でしたし、娘さんも幸せでしょうね」
「旦那さんを助ける事ができて良かったです」
「そうですね。もしご主人が居なかったら、まだまだ子供も小さいし、奥さん一人では育てるのも大変だろうしなあ……」
クルス様は地図を閉じて、ベッドから起き上がりました。
「僕もお湯を浴びてきます。リズさんは先に寝ていて構いませんよ」
「ありがとうございます」
クルス様は湯浴びに出て行かれました。
ベッドの上には地図が置いてありました。私も地図を見てみますが、さっぱりと見方がわかりません。
地図もまともに見れないのに、私は一人で行こうとしていたんだ……クルス様が付いてきて下さって、本当に良かった。
思えば、クルス様には助けられてばかりでした。
アントライオンと戦った時、クルス様が助けてくださらなければ、私は前世と同じくあの悪魔にやられていたかも知れません。
巨大なアントイーターとの戦いでも、クルス様が私を助けて受け止めてくださったのです。
今回の旅に付いて来て下さる為に騎士も辞められてしまい、そこまでしていただいているのに私はクルス様に何も返す事ができていません。
クルス様の事を考えていたら、何だか体が温かくなってきました。
湯あたりでもしてしまったのでしょうか。すぐに上がったはずなのに……。
地図を折り畳んで、ベッドの上に戻しておきました。
窓を開けて、風に当たります。ひんやりとして気持ちが良いです。
「リズさん、起きていたんですか?」
クルス様が戻ってきました。
さっぱりとしたご様子で、何だかいつもと違うような印象を受けます。
「……どうかしました?」
気が付くと、私はクルス様をぼーっと見ていました。
「な、何でも無いです!明日も早いですし、そろそろ寝ましょうか!」
急いでベッドに戻ろうとして、自分の足に躓いてしまいました。
「危ない、リズさん!」
クルス様に支えられ、転ばずに済みました。
心臓がドキドキします。きっと、転びそうになったからだと思います。
でも、ドキドキはちっとも収まろうとしません。
どうしちゃったんでしょうか、私……。
「仲の良さそうな夫婦でしたね」
クルス様はふとそんなことを呟きました。
奥さんは旦那さんが助かった事を、涙を流して喜んでいました。
夫婦愛って本当に素敵だと思います。
そんな仲の良い夫婦に、可愛らしいお子さん。
きっとあのご家族は、幸せなんだろうなって思います。
人間は、女王様も一般人も関係無く、家族を作り子供を育みます。
アリだった頃は、卵を産めるのは女王様のみで、私達・働きアリには卵を産むような機能は備わっていませんでした。
人間に生まれ変わった私も、いつか家庭を持ち、子供を産む時が来るのでしょうか。
母が私を産んだように、私もいつか……。
「クルス様、今まで私を助けてくださりまして、本当にありがとうございました……」
改めてクルス様にお礼を言いました。
この方には、感謝をしてもしきれません。
「当然の事をしているだけですよ。というより、僕や騎士達の方がリズさんに助けてもらっていたような気がするんですけど……」
「クルス様に助けていただかなかったら、私はここには居ませんでした」
「大袈裟ですよそんな……」
しばらく沈黙が流れました。
私の心臓の音だけが、ずっと頭の中に響きます。
「僕では頼りないかもしれないけれど……これからもずっと、あなたを守らせて下さい」
「そんな事は無いです……頼りにしてます、クルス様」
夜は更けていきました。
何だか、温かい気持ちのまま私は眠る事ができました。
こんなに安心して眠る事ができたのは、いつ依頼の事でしょうか。
翌日、目を覚ますと、クルス様は既に旅の準備を進めていました。
「おはようございます、クルス様。寝過ぎてしまったようです、ごめんなさい」
「いいんですよ。リズさん気持ち良さそうに寝ていましたし。準備ができたら、馬小屋へ行きましょうか。
あと、また“様”に戻ってますよ」
私は急いで準備を進めました。
髪の毛は櫛で整えて後ろに縛りました。
◆◇◆◇
「ご主人、もう出てきて大丈夫なんですか?」
旦那さんは元気に馬の体を洗っていました。
「そこの姉ちゃんの魔法のお陰で、いつもより元気なくらいだ。
牛達は残念だったが、ほんと助かったぜ。ありがとうよ」
「それは良かった。ところで馬を買いたいんだけど……」
「そうだったな。どれでも持って行ってくれ」
「え?」
なんと、旦那さんは馬を私達に無料で譲ってくださるそうです。
本当に良いのでしょうか?
「リズさん、どの馬にします?」
「どの馬と言われても……」
馬達はブルルと鳴いています。
見比べていると、一頭の馬が目に着きました。
とても優しい目をした、艶のある茶色い毛質の馬です。
「お、姉ちゃんはこの馬が気に入ったのかい?こいつはなかなか良い馬だと思うぜ」
「ではご主人、こちらをいただいていきます」
クルス様は私が見ていた馬を、旦那さんから受け取りました。
「あんたら、これからどこに向かうんだい?」
「ここから東に向かったジュノーの町を目指します」
「ああ、あそこか……あそこはなあ。まあ、冒険者にはいい町だけどよ。
ずっと平坦な道が続くし、馬で向かうなら半日も掛からないな」
ジュノーの町に行けばギルドもあるそうです。
荷物の整理もしなくてはいけませんし、そろそろ土の精霊の情報も聞けるかもしれません。
「じゃあご主人、お世話になりました」
「気を付けてな」
「ほら、マリー。お姉さんとお兄さんにバイバーイってしなさい」
マリーと呼ばれた子供は、お母さんに抱かれながら馬の上の私達をじっと見ています。
「マリー、元気でね」
私がそう言うと、マリーは手を振ってくれました。
私も彼女へ、ずっと手を振り続けました。
クルス様の駆る馬は、私達の歩く速度の何倍もの速さで草原を駆けていきます。
「リズさん、大丈夫ですか?しっかり掴まっていてくださいね」
落ちないように、クルス様の腰に手を回しぎゅっと掴まります。
「この調子なら、すぐに町に着きそうですね!」
「クルスさん……ありがとうございます」
この声がクルス様に届いていたかはわかりません。
でも、私は何度でも彼にお礼を言いたかったのです。
途中で馬を休ませ、休憩を取りながら進みます。
馬は、旦那さんに渡されていた乾草を美味しそうに食べていました。
しばらくすると、街道沿いに町が見えてきました。
王都に近い規模のある町です。
「リズさん、もう直着きますよ。初めての乗馬は辛くありませんでした?」
「大丈夫です」
まだ明るいうちに町へ着く事ができました。
馬を厩舎へ預け、町を見渡します。
露店が多く並び、あちこちから大きな声が聞こえます。
あまり良く無さそうな人達も歩いています。
そういえばロデオ様が、こちらの地域はあまり治安がよく無いっておっしゃっていましたね……。
「リズさん、僕から離れないでくださいね」
「はい、クルスさん」
本当にクルス様が一緒で良かったです。
クルス様と私は、早速ギルドへと向かいます。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
馬に乗るってどんななんでしょう。
某暴れるお方が馬に乗って波間を走っているシーンしか思い浮かびませんでした。




