29:スライムが現れました
第29話です。
クルス様と私は、平穏を取り戻したエスカロ高原を進んで行きます。
行き掛けに女王様にご挨拶をと思っていたのですが、女王様は産卵の準備に入られてしまわれたそうです。
兵の方々も忙しそうに走り回っていましたので、また後日寄らせていただく事にしました。
高原を抜けて、その先に広がる平原を東へ進みます。
クルス様の話では、この平原を抜けた先に村があるとの事です。
エカルド地方は、さらにその先へ抜けたところだそうですので、私達の最初の目標はその村という事になります。
「リズさん、ずっと歩いていますけど疲れませんか?」
「はい、大丈夫です。歩く事には馴れていますから」
私の前世は働きアリです。
あの頃の私は、ずっと餌を求めて歩き回っていました。
人間に生まれ変わって足は二本になってしまいましたけど、歩くことが大好きな私には、このくらいの事は何でもありません。
「しかし、エカルドへの道のりはまだまだ遠い……そうだ、次に立ち寄る村で馬を買いましょう!」
「馬ですか?」
馬に乗れば、確かに移動速度が速くなります。
でも、私は馬に乗った事がありません。
「クルス様、私は馬の乗り方を知りません」
「大丈夫です!リズさんは僕の後ろに乗って、ただ掴まっていてくださればいいんです」
「それではクルス様に迷惑ではありませんか?」
「迷惑どころか、むしろ大歓迎というか……いや、何でも……そういえば、リズさんに話があります」
クルス様が真剣な顔で見つめてきます。
私に話って、一体何でしょう?
「ずっと思っていたのですが、その……僕に“様”を付けるのやめにしませんか?」
「そんな、恐れ多いです!」
「僕はもう騎士ではありません。今はただの冒険者ですし、そんな風に読んでもらうような立場でもありません」
私は別に、クルス様が騎士だからそう呼んでいたのではありません。
魔物に立ち向かうその姿や、何度も助けていただいた事から、尊敬を込めてそう呼ばせていただいているのです。
「できればその……“クルス”と、呼び捨てでも構いません!」
「私が構います!」
呼び捨てだなんて、とんでもない事です!
クルス様の顔が真っ赤です。
旅立つ時もそうでしたけど……私のせいでご迷惑をお掛けしていますし、もしかして何か怒らせてしまったのでしょうか!?
「あの、どうしても……そうしなくてはいけませんか?」
「できればでいいんです!あと、僕もその、“リズ”と呼んでもいいかな?……なんて」
「私の事は、どう呼んでいただいても構いません。
でも、私にはクルス様を呼び捨てだなんて、そんな事とてもできません!」
「そう……ですか……」
クルス様は落ち込んでしまいました。先を歩くその背中が、明らかに項垂れてしまっています。
私は一体どうしたら良いのでしょうか。どうしたら、クルス様に許していただけるのでしょうか。
こんな時、メアリ様が居たら相談に乗っていただけるのに……。
「あの……呼び捨てで無くていいので、せめて、クルス様というのはやめてください……」
「わ、わかりました。クルスさ……ん。これでよろしいでしょうか?」
なぜか、クルス様は喜んでくださりました。
よくわかりませんが、機嫌を直していただけたようですので、良かったです。
私達は、時折出現する魔物と戦いながら進みます。
途中、アントイーターなどの強力な魔物にも遭遇しました。
リトル様にいただいた弓と、クルス様のお陰で、さほど苦労する事無く撃退する事ができました。
クルス様はやはりお強いお方です。現れた魔物を次々と倒していきます。
しばらく平原を進むと、大きな森が見えてきました。
森の入口が前方に口を開けています。
「村はこの先にあるはずです。僕が先頭で進みますので、リズさんは後に付いてきて下さい」
「わかりました、クルスさ……ん」
もうじき日が暮れようとしています。
日が落ちる前にこの森を抜けなくては、夜の森は危険だと聞きます。
◆◇◆◇
森の中に入ると、様々な生き物の鳴き声が聞こえます。
この鳴き声の中の幾つかは、魔物の鳴き声だったりするのでしょう。
私は弓を構え、クルス様も剣を構えながら先を進みます。
森の中ではコボルトも現れます。
襲い掛かってきたコボルトを弓で迎え討ち、クルス様も剣で薙ぎ払います。
今のところ、それほど強い魔物の出現はありません。
いざという時は、魔法や精霊達の力が必要かとも思っていましたが、この調子でしたら大丈夫そうです。
魔物を倒すと、ギルドで換金できそうな部位は回収し、それを袋へ詰めておきます。
村にギルドは無いそうですので、その先に町があればそこで換金しようと思います。
「リズさん、この調子なら、日が暮れるまでには出られそうですね」
「そうですね。クルスさ……んのお陰です」
そろそろ森も後半へ差し掛かったところでしょうか。
日もだいぶ落ちてきました。
少し視界が悪くなってきたような気がします。
「リズさん、暗くなってきましたし足元に気を付けてくださいね。
もう少しで森を抜けるはずです」
「はい、クルス様……さん」
足元に注意しながら進みます。
急な斜面などもありますので、気を付けなくてはいけません。
すると、私の足に何かが触れたような感触がしました。
「えっ……キャア!?」
急に足をグイッと引っ張られ、私は倒されてしまいました。
「リズさん!!」
後ろを見ると、何やらぶよぶよの塊が、触手のようなものを伸ばして私を引っ張っています。
「な、何なんですか、これは!?」
「おそらくスライムです!すぐに助けますから!」
スライム!?
その不定形の魔物は、縦横無尽に伸び縮みし、私をどんどん引き摺っていきます。
私は懐からナイフを取り出し、触手のようなものを切ろうとしました。
ですが、そのぶよぶよの物体は、ナイフくらいでは簡単に弾いてしまいます。
「魔物め!リズさんを離せ!!」
クルス様の剣が、私の足を掴んでいた触手を切り離しました。
「ありがとうございます、クルス様!」
「こいつは危険な魔物です。リズさんは離れていてください」
そう言って、クルス様が私の前に出ます。
剣を構えたクルス様は、スライムとの間合いを計り、じりじりと距離を詰めていきます。
スライムも、クルス様を警戒しながら少しずつ前へ出てきます。
魔物が通った場所からは、微かに煙が上がっています。
そこには、まるで溶かしたような跡が残されていました。
「クルス様!お一人では危険です!」
「大丈夫です!安心して見ていてください!」
すると、スライムの方が痺れを切らせて跳びかかってきました。
クルス様はそれをしゃがんでかわすと、スライムの体を振り下ろすように真っ二つに切り裂きました。
「これでどうだ!」
二つに裂かれたスライムは再び融合し、クルス様に襲い掛かろうとしました。
「何だと!? しつこい奴め!」
「【フレイムゲイザー】!」
私は、あらかじめ詠唱しておいた魔法を唱えました。
スライムの足元から炎が沸き上がり、その体を焼いていきます。
魔物は蒸発するように消えて行きました。
「クルス様、大丈夫ですか?」
「あ、うん……ありがとう、リズさん。あと、呼び方……戻っちゃってますよ……」
スライムを倒し進むと、森の出口が見えてきました。
前方に、村に灯る明かりが見えます。
クルス様のお陰でここまで来る事ができました。
いっぱい歩いたので、お腹もペコペコです。
今夜はとりあえず、この村でお世話になる事にしましょう。
お読みいただきましてありがとうございます。
スライムってたぶん、実際に遭遇したら厄介な魔物だと思います。
現実世界だと、オオマリコケムシみたいな感じでしょうか?
あの物体が動き回る姿を想像すると気持ち悪いかも……。




