20:囚われのリズ
第20話です。
ここは謁見の間──────
アステア騎士団長ロデオは、コルン王への直訴に訪れていた。
「いつまでリズを閉じ込めておく気ですか!」
「静まれ!王の御前であるぞ!」
エスカロ高原の魔物を無事討伐し、凱旋したロデオ達騎士団。
しかし、精霊魔法を危険視されたリズは、コルンの兵達に拘束されてしまった。
それからリズが解放される様子は無く、この対応に納得のいかなかったロデオは、コルン王に直訴する動きに出たのである。
「ロデオよ。あの娘は精霊を使役すると聞く。
魔物も危険だが、精霊魔法を使う者も時として脅威をもたらすのだ」
「リズは心優しい娘です!そのような事があろうはずもありません!」
ロデオはコルン王国へ来てからというもの、リズに精霊魔法を使うことを禁じていた。
それは、このような事態を想定しての事だった。
アステア国での戦いの際、リズの精霊魔法を目の当たりにした当初は、ロデオもその力を危惧していた。
だがそれ以上に、自身やディアに対し献身的なリズを見てその考えは捨て去る事にしたのだ。
「あの娘はメディマム族では無いのか?」
「メディマム族……?」
その昔、精霊を操る一族が存在したという話が残っていた。
それが赤い髪を持つ一族、メディマム族。
各国に伝わる文献によると、その一族は人でありながら魔族へ与し、人類への反逆を行ったと記録されている。
アステア国の騎士団長を任されていたとはいえ、まだそれほどの年代では無いロデオは、その話に関してお伽話程度にしか聞いた事が無かった。
「兵からの報告によると、その特徴は見当たらないとの事だが……王として国を危険に晒すわけにはいかぬのだ」
「リズを解放しなくては、せっかくまとまっていたデミアントとの和平も無くなります」
「魔物との和平など笑止。全て焼き払ってしまえば良い」
王の側近であるゲルドは、冷たく言い放った。
ロデオはこの男に不信感を抱いていた。
アステアが陥落する以前、コルン王へ謁見した際には居なかった男だ。
ここ数年で台頭してきたであろうこの男は、当初アステアの民への支援を求めた際も渋っていた。
この時は、コルン王がアステア王の古くからの友人であった事もあり、独断でディアやアステアの難民を保護する事を決めてくれたのだ。
「王よ、デミアント討伐の許可をお出しください」
「ううむ……」
「そのような事はおやめ下さい!あの者達は魔物とはいえ善良な者達です!」
「貴様、王へ意見を申すというか!」
ゲルドはロデオの発言を遮るように言った。
「騎士や魔道士達も、あのデミアント達が善良な魔物であった事は実際に見ているはずです!
我々はデミアントの女王に救われました!リズの精霊魔法にしても、我々を守るために使役したものです!」
「……ロデオよ、わかった。お前がそこまで言うのであれば、わしはリズという娘と会ってみようと思う」
「何をおっしゃいます、王よ!?」
コルン王の言葉に狼狽するゲルド。
ロデオは他国の騎士団長とはいえ、その実力や功績からコルン王国でも一目置かれている。
さしものコルン王も、そんなロデオの必死な訴えに何かを感じ取ったようだ。
「ありがとうございます」
「礼には及ばぬ。全ては実際にその者と話してから決める事だ。
デミアントの件についても、それからでも遅くはあるまい」
リズとの面会は、すぐにでも行われるという。
これでリズが解放されるかどうかはまだわからない、少なくとも王が直接面会するのであれば大きな前進だ。
アステアの件からずっと、リズがよくやってくれていた事をロデオは知っている。
そんなリズを、一刻も早く解放してやりたいという気持ちがロデオにはあった。
ロデオは再度王へ礼をし、謁見の間を後にした。
◆◇◆◇
私の手には手枷が付けられています。
精霊の力が宿る指輪や首飾りも没収されてしまい、私は一人格子のついた窓から外を眺めていました。
外は良い天気です。
畑に水を撒かなければ、せっかく育ててきた野菜も枯れてしまいます。
ずっとここにいるので正確な時間の感覚はわかりませんが、時間が経つと兵士様が私に食事を持ってきます。
手枷をされているので、置かれた食事を直接食べるしかありません。
人間に生まれ変わってからは手を使う事が当たり前になっていましたので、これはなかなか不便です。
ディア様は今頃どうされているのでしょうか。
デミアントの女王様はお元気でしょうか。
ロデオ様、メアリ様、レド様達はお元気でしょうか。
寂しいです……この中には何もありません。
「王がお前とお会いになるそうだ」
兵士様は格子越しに私に言いました。
いよいよ、私は刑に処されるのでしょうか。
私の精霊魔法については、ロデオ様から使わないようにと忠告を受けていました。
その忠告を破ったわけではありませんが、あの時のロデオ様の表情は渋っていたのを覚えています。
でももし、ロデオ様が許可を出さなかったとしても、私は精霊達を呼んでいたでしょう。
精霊達のお陰で皆さんを救う事ができました。
私はどうなろうと後悔はありませんでした。
でも、最後にお世話になった皆様にお会いしたかった……そんな寂しい気持ちが沸いてきました。
しばらくすると、遠くから兵士様達の声が聞こえます。
王様が来られたのでしょう。
格子の外を見ていると、この場所には似つかわしくない方の姿が見えました。
王様には護衛の騎士様がついています。
「お前がリズか?」
「はい」
王様に問いかけられ、私は答えました。
「なるほど、ロデオの言う通り優しい目をしている」
王様は、じっと私を見つめてきました。
「お前に聞きたい事があるのだが、良いか?」
「私に答えられる事でしたらなんなりと……」
王様から質問をされます。
精霊の事、両親の事、出生の事、私に使える魔法の事。
それについて、私は答えられる限りのことを答えました。
「ふむ……つまり、精霊の指輪は母親から譲り受けたものだと」
「はい。首飾りの方はご存じでしょうか?」
「リオンがお前に持っているように言っていた首飾りであるな。まさか精霊の力が宿っていようとは……」
リオンは精霊の事を話していなかったようです。
彼も、私がこうならないように気遣ってくれたのでしょうか。
「失礼ながら発言をお許しください」
「申せ」
「リズさんが居なければ、我々騎士達は無事に帰って来られたかわかりません」
王様の隣に居た騎士様です。何となく、その顔に見覚えがありました。
この方は、高原で一緒に戦っていただいた騎士様です。
「もしあの時、精霊が居なければ全滅もあり得ました。彼女の回復魔法にも助けられました。
そんな彼女が精霊を使って国家を脅かすなど、あり得ない事です」
「……ふむ」
「そんな彼女が、こうしてこのような場所で苦しむ姿を見るのは堪えられません」
騎士様の発言に、王様は頷くと牢の鍵が開けられました。
「リズよ、すまなかった。
わしは国の恩人に対し、とんでもない事をしていたようだ」
騎士様の手により、私の手枷が外されました。
「お前はわしを恨むだろうな」
「いえ、そのような事は……私達アステアの難民を受け入れていただいた事に関しても感謝しております」
「このような事で許されるとは思えぬが……」
王様と騎士様達は私に頭を下げてきました。
「私の様な者に頭を下げるなど、おやめ下さい」
私が止めると、王様は頭を上げました。
王様との面会も終了し、私は二日ぶりに外へと出ました。
「リズ!」
私を呼ぶ声がして振り向くと、ロデオ様とクルス様がそこにいました。
たった二日程なのに、牢の中で過ごした私には何日もお会いしなかったかのように思えます。
「ロデオ様、クルス様、ご心配お掛けいたしました」
「まぁ、出られて良かったよ」
「リズさん、あの時はお力になれずに申し訳ありませんでした」
お二人と話していると、あそこから出て来られたのだと実感します。
「精霊の指輪と首飾りもお前に返す事にしよう。
ロデオよ、デミアントとの和平も、そなたの言うように受ける事にする」
「ありがとうございます!」
ロデオ様は深々と頭を下げました。
私に対する疑いも解け、ようやく安堵の一時が訪れたとこの時は思っていました。
しかし、そんな私達を見つめる怪しい姿が、そこにはあったのです。
お読みいただきましてありがとうございます。
ブクマや評価もありがとうございました。
ちょっとびっくりしました。期待にお応えできますようがんばります。




