19:高原での戦い(4)
第19話です。
「ギィィイイイイ!!」
グランドヘルメスが叫ぶと、周辺を囲むように魔法陣が出現しました。
そして、私とエプリクスへ向けて無数の風の刃が放たれました。
『主よ、我の背に隠れるのだ』
「はい!」
エプリクスが両手をかざすと炎の壁が地面から吹き上がりました。
その熱風が、風の刃を押し返し無効化します。
『蟲の魔物よ、我が炎を喰らうがいい』
お返しとばかりに、エプリクスの口から炎の渦が放たれます。
それを見たグランドヘルメスは魔法陣を生成し、今度はメアリ様の上級魔法を無効化した竜巻を発生させました。
竜巻はあの時と同じように、エプリクスの炎を巻き込んでいきます。
「エプリクス、あの竜巻を止める事はできますか!?」
『造作も無い』
エプリクスはそう言うと、竜巻へ向けて駆け出しました。
そして、自らその中心へと飛び込みます。
稲光を発しながら竜巻の進行はその場で止まり、見る見る勢いが落ちて行きました、
『お前の攻撃手段はこれだけか?では、もう終わりだな』
「ギギギギ……」
竜巻が消え、炎を尾まで滾らせたエプリクスは、グランドヘルメスへ向かい巨大な炎の塊となって突進しました。
その駆けた後には炎が広がり、グランドヘルメスを燃やします。
「ギァァアアアア」
残りの羽も焦げ落ち、グランドヘルメスは黒焦げになり沈黙しました。
「やったぞ!!」
「さすがリズさんです!」
騎士様達が喜びの声を上げました。
確かに、グランドヘルメスの生命活動は停止しているように見えます。
でもなぜでしょう……私の心はずっと警鐘を鳴らし続けています。
黒焦げになったはずのグランドヘルメスからは、今もなお魔力が感じ取れます。
まだ終わっていない────エプリクスも警戒を解いていないようです。
「ギギギギギギ…………」
大気が振動し、グランドヘルメスの背中に再び亀裂が入りました。
「そんな……まだ変身するというのか!?」
勝利のムードは一変し、騎士様達は絶望の声を上げました。
私の悪い予感は的中したようです。
「エプリクス!!」
私からエプリクスに注ぐ魔力を高めます。
エプリクスの表面に広がる炎が更に燃え盛り始めました。
「その炎であの魔物を燃やし尽くしなさい!」
『御意!』
羽化しようとする魔物に、エプリクスは直接しがみ付きました。
殻から出ようとする魔物は、エプリクスから発せられる炎に焼かれ苦しみもがきます。
「ギェェエエエエ!!」
「お前が何になろうとしていたのかはわかりませんが……それを待っていてやるほど、私は優しくは無いのです!」
私が更に魔力を高めると、エプリクスの炎は巨大な柱のようになり魔物を包み込みました。
炎の中からは魔物の断末魔の叫び声が続きます。
やがてそれが静かになると、エプリクスはその場を離れました。
そこには魔物の姿は無く、黒い墨の様な残骸が残されただけでした。
◆◇◆◇
「カペルキュモス!デミアントの様子はどうですか!?」
戦いが終わった私は、すぐにデミアントの下へと向かいました。
光の膜につつまれたデミアントは、カペルキュモスの傍らで眠り続けています。
『体は全て治ったはずなのですが……』
カペルキュモスは焦りの表情を浮かべていました。
「魔力が足りないのなら、もっと使ってください!」
『優しき主よ、貴女の魔力は既に限界に達しようとしています。残念ですが、これ以上の行使は無理です』
デミアントを包む膜が段々と薄くなって行きます。
「そんな……この子は優しい子なんです!助けてあげてください!お願いします!」
『申し訳ありません……』
膜が消え、精霊達も光となって宝石へ戻って行きました。
「私が……私が、ここまで連れてこなければ……」
何とか最後の魔力でデオヒーリングを掛けます。
それでも、デミアントは起き上がる事はありません。
「リズ……もうやめるんだ」
「ロデオ様、何か良い方法はありませんか!? 魔道士様、メアリ様……どうか私にこの子を助ける方法を教えてください!」
「ごめんねリズちゃん……あたしも回復魔法を覚えてきたらよかったね……ごめんね」
メアリ様に抱きしめられました。
あの時と一緒です。大事な両親や友達、町の人達を救えなかった時の無力感が私を襲ってきました。
何も変わって無いじゃないか……私は結局、大事な人を救うことなんてできないんだ……
その時、背後から何者かが近付く足音が聞こえました。
振り返ると、そこには数匹のデミアントがいました。
デミアント達は眠っている仲間に近付き跪くと、祈りをささげるような動きをし始めました。
「これは一体……なんなの?」
「メアリ様!見てください!」
デミアント達から不思議な光が発生し、眠っているデミアントの体へと集まります。
すると、眠っているデミアントの背中からは衣の様な綺麗な羽が生えてきました。
「……女王様」
思わず口を付いてその言葉が出ました。
私の前世の記憶にある女王様の様な姿へと変貌し、デミアントは目を覚ましました。
『リズ────』
デミアントから私の名を呼ぶ声が聞こえます。
『あなたのお陰で私は助かる事ができました。感謝いたします』
「デミアントが喋っているのか?」
ロデオ様達にも彼女の声が聞こえているようです。
「女王様……そんな事ありません。
私がここまであなたを連れてこなければ、危険に巻き込まれる事は無かったのですから」
『あなたは私達を悪魔の脅威から救ってくださりました。感謝以外の気持ちはありません』
女王様は、私に向けて頭を下げてきました。
周りのデミアントも、それに従います。
『そちらの方々も、私を魔物と知りながら差別することなく接してくださりましたね』
「あ、えっと……もったいないお言葉です。
リズが止めなければ、あなたを斬っていた可能性もあります……それに、あなたには逆に救われる形になってしまい……」
女王様の威光に、ロデオ様も王族の方と接する態度になっています。
あのデミアントが女王様だったなんて、未だに信じられません。
「どことなく可愛いとは思っていたけど、女王様だったのね」
「メアリ様、可愛いだなんて失礼ですよ」
『うふふ、いいのですよ。あ、でも抱き付くのはもう勘弁してくださいね』
やはり女王様は、メアリ様に抱き付かれたのは嫌だったみたいです。
それを聞いたメアリ様は、絵に描いたように落ち込んでしまいました。
「デミアントは人を襲うと聞いていましたが、実際は違うのですか?」
『いえ……あなた方の知っての通り、私達デミアントは人を襲います。
理由は様々ですが、種の保存の為には仕方の無い場合もあるのです』
ロデオ様からの質問に、女王様は毅然と答えます。
『しかし、ここにいる私達が、これ以降理由も無く人を襲う事は無いでしょう。
あなた方が私達を襲ってきた場合は、話が別になりますが……』
「とんでもありません。
我々としてもデミアントと友好を結べるのでしたら、それに越したことは無いのですから」
女王様とロデオ様は固く握手を交わしました。
周りのデミアント達も嬉しそうに触覚を動かしています。
『リズ、あなたのしてくださったグルーミング、私は一生忘れる事は無いでしょう』
「私も、女王様にしていただいたグルーミングは一生忘れません」
「グルーミングって何だ?」
ロデオ様は不思議そうな顔をしています。
女王様のおっしゃった事は、アリだった私にしかわからないことです。
その後、私達はエスカロ高原を離れコルン王国へと戻って行きました。
女王様は近いうちに、コルン王国へ訪れてくださるそうです。
エスカロ高原に平穏が戻りました。
お読みいただきましてありがとうございます。
高原での戦いはこれでおしまいです。
魔物のモデルになったカゲロウの仲間は、実際に幼虫→亜成虫→成虫へ成長をするそうです。
次回からは新展開になる予定です。引き続きよろしくお願いいたします。




