金剛の戦狂
腕を振るえば大地が揺れ、強風が吹き荒れる。動きに遅延は見られない。米国にいた時と何ら変わりない力を持っている。手を開いたり、握ったりを数回繰り返す。具合は良い。周囲に漂う黒煙も愛しく思える。人間のように吸い込む鼻がないので、煙の香しい臭いを嗅げないのが残念ではあるが、まあ崩壊する景色が見れるだけで良しとしよう。
敵意をひしひしと感じる。自分の命を狙う者達が大勢集まってきていることに金色の鎧兜は愉しさを感じていた。
鎧兜は認識するだけで存在のレベルを把握できる。
いわゆるその人間の、その生物の強さを姿を視認するだけで理解することができるのだ。
弱い人間はつまらない。鎧兜は一瞬にして剣衛隊の半分を蹴散らした。
そして最も濃密な存在感を放つ人間が接近してくるのを感じ、喜悦に満ちた感情を我慢しながら鎧兜はその人間の攻撃を受けきった。
「・・・・・・面白い。お前は面白いな。他とは違う感じだ。」
「それは光栄だな。ただ俺はあまり面白くないぞ?散らかしすぎだ。」
「ん?ここはお前の家だったか?」
「そうだな・・・友達の家とでもしておこうか。」
そう言うと桐原は鎧兜を思いきり蹴り上げた。凄まじい重量だったが、桐原の蹴撃も強烈で重々しい体の鎧兜が吹き飛んだ。鎧兜に蹴られて吹き飛んだ部下の仇を討つかのような一撃だった。
またもビルに大穴を開く。
「弁償代が高そうだな、これは・・・・・・」
「くくく・・・あいつは本当に人間か?」
瓦礫の中からゆっくりとした歩調で出てきた鎧兜は桐原の馬鹿力に驚きを隠せない様子だ。米国にはこんな怪物のような人間の男などいなかった。
大和は世界二位の強国・・・やはり面白い。
「何か面白そうな顔してるけど・・・こちらとしては早く切り上げたいの。最初から本気で行かせてもらうわ。」
鎧兜の目の前に現れたのは女。そしてその女はあの怪物男の次に濃密な存在感を放っていた気になる人間でもあった。好都合だと心の中で呟き、鎧兜は凄まじい速さで女のもとへ走る。
「緑剣。」
緑のオーラを纏う斬撃が鎧兜の身体を直撃する。眩い光と共に強力な衝撃波が広がり、地面やビル壁に亀裂を生んだ。
強い。今の一撃は米国で爆弾をまともに喰らった時と同等の威力だった。うん、また楽しみが増えた。
鎧兜は傷一つついていない。無傷で起き上がり、淀みもなく歩いているのを見て、さすがの琥珀も戸惑った。緑剣は確実に直撃した。威力も十分致命傷を与えるほどのものだったはず。ただそれは人間の場合だ。
琥珀は気を引き締める。この相手は一筋縄ではいかないと。
「面白そうなのがいっぱいいるな。リラが言うように大和は退屈しないな。」
鎧兜は余裕を見せている。いや実際にダメージが蓄積していないのだろう。唯一桐原だけが冷静に事の成り行きを見つめていた。
鎧兜は常人の目では追えぬ速さで駆け、何もかも破壊し尽くすくらいの暴れっぷりを見せる。吹き飛んでいく剣衛隊の隊員達。その場から避難する翡翠や希美達。
戦うなんて一切考えられない。もはやこれは蹂躙。圧倒的暴力による蹂躙だ。これに立ち向かうなんて自分の力を過信した馬鹿と勇気と無謀を履き違えた勘違いくらいだろう。この場にいる一人を除いては。
愉快な様子で暴れ回る鎧兜が突如として動きを止めた。桐原の刀と鎧兜の腕がぶつかり合う。力と力の拮抗が生まれ、空気が放射状に広がり、体の奥底を振動させる。
「またお前か。楽しみは最後にとっておくのが俺のやり方なんだが。」
「こちらは逆なんでね。」
素早い刀捌きで次々に斬撃を叩き込むが、鎧兜はそれを全て受けきってしまう。桐原は決して手を抜いているわけではない。いたって本気だ。全ての攻撃を防がれる感覚は久し振りだったが、思ったよりも冷静な自分がいた。
自分と同等、もしくはそれ以上の強者など五万といることを知っているし、当たり前のことだと理解している。
桐原の刀でも傷がつかない金色の鎧の防御力は並みではない。想像を遥かに越える存在が今、桐原の目の前にいると考えてよい。
桐原でさえもこの鎧兜を倒すイメージが全然湧いてこなかった。
しかしそんなことで諦念するような精神の持ち主ではない。
「龍閃乱舞。」
刀身がまるでしなるような動きを見せる。龍が蜷局を巻くような様子が伺える。変化を読みづらい攻撃は威力も桁違いだ。
「龍閃乱舞か・・・・ここまでキレのある龍閃乱舞を見るのは初めてだ。愉快、愉快。」
「傷一つ付かない、か。もっと強力な技でないと難しいみたいだな。」
桐原の戦いを見て、琥珀は自分の弱さを嚙み締めた。自分のことを最強だと思っていたわけではないが、多少なりとも自信はあった。それを全て砕かれたような気分で、その場から動けずにいた。あの鎧兜は琥珀では倒せない。足止めさえできないのではないか。あの桐原でも未だ仕留められていないということはそういうことなのだろう。
逃げ出すのは簡単だ。それが正解なのかもしれない。ただその行為をするくらいならここで死んだ方がましだ。
琥珀は再度、集中を高める。焦りや戸惑い、不安や諦め・・・・・・それら全ての感情をひっくるめて捨て去る。いつも通りの自然体で集中することができた。琥珀の視界の先で縦横無尽に桐原と鎧兜が戦闘を繰り広げている。
琥珀の変化に桐原も気付く。やろうとしていることも察した。
「緑剣。」
琥珀が小さく呟くのと同時に桐原は戦闘から一時離脱した。
衝撃波はまたしても鎧兜を吹き飛ばした。
どうなったか確認することなく、すぐさま桐原が次の攻撃に移る。仕留め切れていないのは確実。琥珀ももう一度集中を高める。馬鹿の一つ覚えみたく、緑剣を放っているが、それが今、自分にできるベストの選択だと承知している。桐原のサポート。それだけを考えて。
琥珀の緑剣は桐原にとってもありがたいものだった。緑剣を受けて無傷だったとしても数秒から数十秒の間を桐原に与える一撃になっていた。非常に重要な時間だ。次なる一手を考える時間や技のために集中力を高める時間にもできる。
案の定、桐原の強烈な一撃のための布石となる。
「行くぞ・・・破戒の一太刀。」
白い輝きを放ち始める刀身。外界の空気やビルを構成する物質などからエネルギーを吸収し、それを斬撃の力へと変える反則級の技。
時間が経つにつれて輝きは増していき、光が擦れ合うような高音が響き渡る。
桐原は一直線に鎧兜へと向かっていく。鎧兜は桐原が持つ刀の刀身に視線を向け、その威力を推し量る。
先程の女が放った一撃と同等くらい・・・ただ何か嫌な予感がする。外界の力を吸い取り続け、力はどんどん肥大していく。
鎧兜は待つのではなく、自分から桐原に向かっていった。
今止めなければ、もっともっと強力な一撃に変わってしまう。
鎧兜がこちらに向かってきたことに驚きは感じなかった。いやむしろ予想通り。自分の技の威力がどれくらいなのか判断したのだろう。
桐原が白刃を振り下ろす。鎧兜はそれを最小限の動きで避けて、右拳を桐原の腹部に叩き込もうとした。しかし桐原は鞘で鎧兜の右拳を完全に防いだ。
目に見えないくらいのほんの僅かな時間でそんな攻防が繰り広げられる。まるで彼ら二人だけが違う世界で生きているかのよう。
ギリギリの戦闘に血が騒ぐ。面白い面白い面白い。わくわくが止まらない。こんなに強い人間が存在しているなんて。口元がどうしても緩んでしまう。
正反対に桐原の顔に笑顔は見られない。ただ切羽詰まった様子もない。冷静さは全く失っていないようだ。
三国戦争をはじめとして数多の戦乱を潜り抜けてきた。そしてどこも桐原の死地にはならなかった。
ここも同じだ。
桐原が持つ白刃が再び鎧兜へと迫る。斬撃の速度がさっきよりも増しているからか、鎧兜の反応が遅れる。桐原渾身の一撃は眩いばかりの閃光を生み出した。
この戦闘で初めて鎧が軋むほどの力を感じた。今のを何度も受けてしまうと間違いなく鎧の耐久値が持たない。視界が小刻みに揺れているのは衝撃の余波が未だ残っているからだろう。
「・・・・・・名前を聞いてもいいか?」
「桐原 武人だ。」
「そうか・・・お前が桐原か。どうりで強いわけだ。」
鎧兜も桐原の名前、その存在は認知していたらしい。
「こちらは名乗ったぞ・・・お前は何者だ?」
「ソルジャと呼ばれている。それが名前なのかどうかは知らない。」
聞いたことはない。それもそのはずで、人間ではないのだから。今までの動きを見て、この存在が何なのかおおよそ検討はついている。
「米国の人形か・・・・意思を持った人形。初めてお目にかかるが、ここまで精巧な作りだとはな。それに意思疏通にラグがない。本当の人間と話していると言われても疑わないな。」
「そう、俺は人形。しかも心を持った最新鋭の、だ。」
米国の秘匿技術で作られた特殊な人形の話は世界的にも有名であるし、技術提供してくれないかという問い合わせが今でも米国に殺到していると聞く。どういう原理で、こんな魔法のようなからくりを生むことができるのかはやはり疑問だ。
「何故大和にいるんだ?」
「命令を受けたからだ。河瀬系列の会社を物理的に破壊していけとな。」
「それはまた乱暴な命令だな。で、黒幕はどこにいるんだ?」
「黒幕?」
眉間にシワを寄せて、小さく首をかしげる。
「そう、河瀬啓一だよ。」
ああ・・・と言ってソルジャは表情を変えることなく、淡々と話し始める。
「確かに河瀬 啓一は今の俺の主人だ。でも居場所までは把握していない。まあ、あっちの方は俺がどこにいるのか知っているんだろうが・・・」
ソルジャは啓一を主人だと形の上で思っているだけで信仰心はさらさら持っていない。それは啓一も理解しているみたいだ。だからこそ自らの情報というものを一切伝えていなかったのだろう。
「そうか、わかった。お前は嘘を付かない気がする。」
「それは光栄だ。さあ、続きをやろうか。」
何度目になるのか分からない戦闘が開始される。長引けば長引くほど人間の桐原が不利になる。人形には体力という概念が存在しないためだ。
全く速度が落ちないソルジャへ狙い撃つように緑の衝撃波が襲い掛かる。琥珀の緑剣だ。今日三発目となる大技にもかかわらず、辛い表情一つ見せることなく、琥珀はしっかりと前を向いている。
ソルジャは直角に曲がり、上手く衝撃波をかわす。
目の前の桐原だけでなく、隙あらば緑剣を狙ってくる琥珀の存在もソルジャの意識にはある。
「全ての意識が私に一瞬でも向けば、成功ですよね。」
「ああ、十分だ。」
ソルジャが緑剣をかわそうとして、進行方向を変えた瞬間が狙い目。そこを逃さず、桐原は最短距離でソルジャのもとへ向かい、斬撃を叩き込む。それも一度ではない、二度、三度と連続で刀を振り抜いていく。
そして最後の一撃は・・・・・・破戒の一太刀。
まずい!と即座に体を捻るが、桐原の一太刀はソルジャの腕を一刀両断した。
宙を舞うソルジャの左腕。当たり前だが、切断口から血は流れない。人間ならば焼けるような激痛で意識が一瞬で飛んでしまうだろうが、人形には痛みの感覚すらない。ソルジャの顔に苦しさは見られない。
移動速度は変わらないが、桐原から一定の距離を取ろうとする。追い打ちをかけるように桐原は距離を詰めて刀を振るう。その攻勢に片腕のソルジャは対応しきれない。
「終わりだ・・・・・・!」
桐原が仕留めにかかる。
ソルジャはこの状況でも冷静だった。どうやっても桐原の一撃を受けてしまう・・・ならば。
金色の鎧は仄かな輝きを放ち始め、眩いばかりの閃光と化す。
ただの目眩まし、そう思うほど浅はかではない桐原は刀をピタッと止めて、ソルジャからできるだけ距離を取った。
その場にいる全ての人間がその神々しくも禍禍しい光の塊に釘付けになった。拝む者も出てきそうな勢いだ。それくらいに神聖な感覚に陥る。
「・・・・幻術のようなものか?いや・・・・・これは・・・」
嫌な予感は的中してしまう。桐原がふと思ったこと。それは最悪の展開を予感したものだった。まさかそんなはずはない、と心に蓋をしたが、それが答えだったのだ。
「くくく、状態変化を使うことになるとはな。全く予想していなかったよ。うーん・・・・・・久し振りだなぁ、この感じ。」
神話に登場するような聖天使の如く、白銀の衣を纏い、兜ではなく幾何学模様が描かれた仮面を被っている。その存在が放つオーラは息を呑むほど濃く、力という概念を超越しているように思える。
「みんな!退却しろ!」
珍しく焦りの表情でそう叫ぶ桐原だったが、それを言い終わるのとほぼ同時にソルジャの姿がまるで瞬間移動したかのように消えて、桐原の部下達の前へと移動した。
「な・・・・・・え?」
何が起こったのか理解できぬまま、鮮血を上げながら息絶えていく。剣衛隊の制服は血みどろになり、もう本来の色を失っている。まさに惨状。そこには希望など一ミリ足りとも存在し得なかった。
近くにいた翡翠も希美も死ぬ!と心の中で叫んだ。
抗うことなどできない差がある。すぐに理解できた。恐怖を感じる暇もないくらい死が目の前に迫っている。それでも翡翠は反射的に腰に携えた刀を抜き放ち、一閃しようとした。意識しての行動ではない。剣術士としての翡翠の才覚がそうしたのかもしれない。
自分がこの状態になって反撃の意思を示した人間はなかなかいないとソルジャは心中で手放しの称賛をした。
翡翠に対して面白い人間という印象がついたが、それも一瞬。すぐに命を刈り取ろうと迫る。
ガキイィィィンという金属音、そして苦痛による小さな呻き声が翡翠の耳に入る。
「っ・・・・・なんて力・・・」
「お姉様!!!」
「ここで諦めたら死ぬだけよ。勝てる可能性はゼロに近いけど、それでも抗いなさい。あなたが本当の剣術士ならば!!!」
奮い立たせるための琥珀の言葉が胸に響く。染み渡るように心に溶けて、力がふつふつと沸いてくる。
冷静さは失わず、抗う。抗って死のう。
翡翠の双眸には覚悟が見えた。刀を握りしめる手に自然と力が入る。刀剣を振り上げた瞬間、目の前でソルジャを止めていた琥珀が勢いよく吹き飛んだ。それでも翡翠はソルジャから視線を逸らさずに一気に斬りかかる。
翡翠の緑剣。放たれる衝撃波にソルジャの身体は吞まれるが、薄い笑みを浮かべていて、ダメージを喰らった素振りが一切見られない。
諦めの感情はもう生まれない。翡翠は臆することなくソルジャに向かっていく。
違う方向からも傷だらけの琥珀が覇気を纏いながら刀を振るう。
「やはり面白い人間だ。その心意気・・・退屈しないな。」
仕留めようと思えば仕留められる。にもかかわらず、欲が出たのかソルジャは体術で二人にダメージを加える。どうやらもっと楽しみたいという感情が強まったらしい。
「河瀬姉妹、上出来だ。」
桐原の時間稼ぎになればいい。そしてそれは成功した。
「煉獄魔装。」
桐原の身体がまるで火だるまになるかのように炎に包まれた。水でも消えない魔の炎は剣技者の能力を飛躍的に向上させる。
特殊異能剣技の一つである煉獄魔装まで出したということは桐原が部下にもほとんど見せたことのない本気を今ここで見せていることに他ならない。
「この状態も長くは続かない。三分で終わらせよう。」
赤黒い炎に包まれた桐原が動き出す。
ソルジャの状態変化後と比較してもひけをとらないスピードだ。視覚で捉えることなど凡人には不可能で、桐原の刀とソルジャの手刀がぶつかり合う時に生じる音だけが耳に鳴り響く。
ソルジャはもう目の前の桐原にだけ意識を向けていた。他はどうでもいい。こいつともっと楽しみたいと。初めて負けるかもしれない相手だと理解し、ゾクゾクと背筋に震えがくる。
ソルジャを真っ二つにするかのような縦振りの超速斬撃を最大まで硬度を増した手刀で受け止める。足が地面に沈み込むほどの衝撃。速さだけじゃない・・・力も異次元だ。先ほどまでとは別人、いやそもそも人間にこんな動きが可能なのか?ソルジャは驚きを露わにする。
まるで蛇のように流れるような動きで桐原はソルジャの背後に回り込む。ソルジャもそれを見逃さず、警戒を続ける。
「紅蓮獅子王!!!」
黒炎を纏いし、煉獄の刀が燃え盛る乱音を鳴らして暴れ出す。
それを見たソルジャはさすがに手刀では防ぐことはできないとすぐに察し、鎧兜から金色の液状化した物質を生み出した。その物質はすぐに形を成していき、固形化される。
ソルジャの腕に黄金の剣が現出し、煉獄の刀を受け止める。
物凄いエネルギーどうしのぶつかり合いによって衝撃波が広がり、固唾を呑んで見守っていた者達を吹き飛ばす。
ソルジャの持つ黄金の剣はその金色の光を徐々に増していき、太陽のような輝きを放ち始める。
「おおおお、ここまで黄金の剣が喜んでいるのは初めてのことだぞ。」
押し切れないと桐原は察した。そのままぶった斬りたいのは山々だが、こればかりは仕方ない。相手とほぼ同格の力ではこんなものだろう。案外と冷静な自分がいた。
拮抗した状態からまず離れたのは桐原だった。
しかし距離は取らない。そのまま攻める姿勢を崩さない。ここで受けに回ればこの戦いに勝つことはできなくなる。桐原の歴戦の記憶がそう告げてくる。
桐原は体を限界まで屈め、下からの攻めに転じる。ソルジャは後方に下がりながら桐原の全ての攻撃をいなしていく。
あと何分、何秒、煉獄魔装が続くのか定かではない。この状態が終わってしまえば勝機は失われる。すぐに終わらさなければ。
桐原が纏う炎装は激しさを増し、周囲の気温さえも僅かに上昇させた。あまりの熱に地面がひしゃげて、どろどろの粘着性を持ち始める。
人形には熱を感じる組織はない。なので人間のように汗をかくこともないし、熱さで反射行動を起こすこともない。
それでも桐原の状態がより力を増したことは理解できた。
「面白い・・・・なんて言っている場合じゃないな。あれはヤバイ。ヤバすぎる。」
さすがのソルジャも恐怖を感じるほど。目の前にいるのはまさに鬼。怒り狂った赤黒い鬼だ。
「紅蓮獅子乱無双!!!」
桐原、いや炎の塊が凄まじい速さでソルジャに迫る。初動で生じた高温の熱風に見ていた者達も思わず顔をしかめる。
黄金の剣はまたも光を増す。はたから見れば先ほどと何ら変わらない光だ。ただ持ち主には分かる。黄金の剣があまりの力に悲鳴をあげていると。
案の定、魔炎の刃が何度も剣に襲い掛かり、数秒で粉々に砕け散った。しかし桐原の攻撃は止まらない。逆に勢いを増し始める。避ける暇もなく、ソルジャの体に乱撃が直撃した。
今までだったら鎧に深刻なダメージを受けることはなかったが、今回ばかりはワケが違った。
鎧にひびが入り、金属に明らかな傷がついた。
それでも終わらない。終わらせることなどあり得ない。桐原の怒濤の剣技は続く。
翡翠はごくりと喉を鳴らして、今見ている状況を目に焼き付けた。いや自然と焼き付いてしまうほど衝撃的なものだった。これは剣術と言えるのだろうかという疑問で頭が一杯になる。人外の魔物が暴れ回っているような神話上の出来事みたいだ。
桐原の一方的な攻撃に翡翠達のような味方も呆然として見るしかなかった。
桐原が終わりだと呟き、最後の斬撃を下す。
炎が放射状に広がりを見せて、一気に燃え上がる。地面は抉れ、桐原が立つ両側には渓谷のような絶壁が広がる。
翡翠の視線の先には肩で息をする桐原。そして目を凝らすとその向こうにパッと見て鎧だと判断できないくらいに残骸となり果てたソルジャの姿が確認できた。
何十秒か、それとも一分は経っていたか。その場から誰も動こうとしなかったし、喋ろうともしなかった。目の前で起きたことをそれぞれが自分なりに理解しようとした、そのための時間がその一分を生んだのかもしれない。
桐原がゆっくりと刀を持つ方の腕を高々と挙げる。
静寂が歓喜の瞬間へと変わる。誰もが汗を滴らしながら叫び、腕を組み、嬉しそうに飛び上がった。
翡翠と琥珀は同時に大きく息を吐き出した。安堵した表情で琥珀は翡翠に握手を求める。
翡翠は喜びを露わにしてその手をぎゅっと握り締めた。
ビルや道路は姿形を変えてしまうくらいにぐちゃぐちゃになっている。それでも雲の切れ目から晴れ間が覗き始めたのが唯一の救いだった。




