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疲労

人形が全滅した。

北支部では少年少女がへたり込みながらも歓喜の声を上げている。側には核を失い、粉々になった人形の残骸がある。


「ねぇねぇ、優奈。何体倒した?」


「人形ですか?」


「もちろん。私はね、三十体くらいかな。」


「私は多くても二十体くらいでしょうか。」


「お、今回は私の勝ちだね。」

メイは優奈とどんなことでも競おうとする。優奈は別にそんなつもりはないのだが、自然とライバル関係のようになっている。


二人の側にいる麗奈は人形が造られている成分が気になるのか、粉々になった残骸を手に取り、材質などを調べている。


「何かわかるか?」


そんな麗奈に風間は声を掛ける。

麗奈は首を横に振り、そのままゆっくりと立ち上がる。


「初めて見た素材です。普通の人形とは造られてる成分自体が違うようですね。」


「訓練用の人形とは違うということか。」


「ええ、人形についてもう少し学ぶべきかもしれません。」


「お前ら、怪我人の把握をするぞ。東支部は俺たちが担当だ。」


東支部生徒代表の真田 凌剣は他の四人に声を掛けると、それぞれが学校の敷地内に散り散りになる。

自らが取る行動が分かっており、尚且つ他の者が取る行動も漠然と理解できているのだ。


携帯で連絡を取る。スムーズに連絡が取られ、怪我人の把握が速やかに行われる。

そこまで大きな怪我をした者はいなかったらしい。せいぜい切り傷程度。

タケル達は里菜や英心と合流し、天井に穴の空いた第十武道場へと戻った。

「・・・ようやく終わったね。」

 エリーは壁にもたれかかって深く息を吐き出した。

 

「気付いたら人形がいなくなってたね。」

 タケルも同じような態勢で呟いた。

 一心不乱に木刀を振り続けた小一時間。無限に湧いて出てくると思われた人形も何がきっかけだったのか分からないが、収束を見せた。


「うん、まあ何にしてもよかったよかった。三日分の稽古量に相当するよ、この疲労感。」


「そうだね。あー、ホテルのベッドで横になりたい。」

 


「なになに?もうへばってんの?そんなんじゃ一生私を抜けないぞ?」

 里奈がタケルの頭をポンと叩く。

「葉山先輩は疲れてないんですか?」


「こんくらいどうってことないよ。この程度で根をあげてたら、優奈先輩には到底届かないし。」


里奈の表情は至って真剣。彼女の隣まで歩いてきた米屋 英心もその言葉にうんうんと頷いている。


「そうそう、来年は僕たちが優奈先輩たちのポジションになるわけだからね。そのためにもっと頑張らないと。」


「あんたがそれ言うと、私はどんだけ頑張んないといけないのよ。あんたは少し抑えてもいいくらいでしょ。」


米屋 英心の実力は二年生の中でもずば抜けている。東の四天王に次ぐ実力者だとも言われている。里奈もそれを理解しているし、英心は最強だとまるで身内のように疑ってもいない。

天才、と呼ばれ、四天王にも一目置かれた彼の本気を見たことがある人はいない。

それを一瞬だけ垣間見たことがあるのが里奈だ。その時から英心の力に尊敬の念を抱いた。


「僕なんて三年生に比べたらまだまだだよ。」

傷ひとつない体、汚れのない衣服。戦いに身を置いたとは思えないくらいに綺麗だ。


「まあいつかは抜くけどね。」


 里奈はライバル心をむき出しにして英心に向かって微笑みを浮かべる。

 武道場に続々と戻ってくる東支部と北支部の生徒たち。先導している教官の一人には慶次もいた。どうやら無事だったらしい。やはり見知った顔の人が無事なのは何より安心する。


「今日はもう試合は終わりですかね?」


 タケルは英心に尋ねる。英心とまともに話したことはない。接点自体が少ないのだ。


「うーん・・・今日のところはそうだろうね。さすがにこれで続行することはないと思う。」

 残念だけどねと付け加えてから英心はその場から離れた。


 武道場に散乱する瓦礫の撤去作業を東支部と北支部の生徒達が一緒になって行い始める。全てが手作業で、疲労がピークに達した生徒達の手は止まりつつあるが、さすが主力のメンバーは違う。千秋や和美、夏葉はせっせと動き、東支部の四天王と麗奈も同じように重い木材を運び出している。


 しばらくして蝦夷治安部隊の面々と花が率いる仏の冠北の連中も北支部へと到着し、復旧作業を手伝い始めた。夜遅くまで作業は続き、タケル達がホテルへと戻ったのは深夜一時を過ぎた頃だった。



「ふぅ・・・疲れた・・・・・・」

 ベッドに横になったタケル。隣にはもうぐっすりと鼾をかいて寝ている渋沢 栄太の姿が。遠征試合の前に起こした小競り合いで負傷したが、すぐに医術を受けて回復したみたいだ。

 

 タケルはため息をつく。明日は一日中休みと言われた。おそらくあと数日はオフということになるだろう。

休んでいる暇はない。人形との戦闘で自らの技の威力が低く、トドメを刺すに至らないことを悟った。それをどうにかしたいとタケルは思っている。


「・・・・・・葉山先輩に相談してみようかな。」


そう呟いた後、すぐにタケルは眠りについた。





 北支部の校舎と校舎の間に陰湿な影が落ちる。太陽が顔を出しても光が届かないその場所で携帯を手に取り、深刻な表情を浮かべているのは東支部の支部長である向田 亜斗だった。人形の軍勢が敗れ去るとは露にも思っていなかった。ましてや大天宮 花が来る前に収束してしまうとは。


「どうするんだ?火種になる前に全て終わってしまったんじゃないか?」


「「思ったよりも攻めあぐねたみたいだ。死者が一人も出なかったのは予想外だ。」」

 電話の相手は桂だ。他人事のように話すその姿勢が少々気に喰わない。

 苛立ちを隠さずに亜斗は桂を怒鳴りつけようとしたが、その前に桂が口を開く。


「「まあ、今回のことはほとんど反剣の連中がやったこと。それを利用しようと考えたのだが、予測を間違えたようですね。まあでも次の策は考えてあります。」」

 冷静さを失うことのない桂を漠然とだが信用してしまう。


「・・・それで策って何だ?」


「「それは・・・・・・」」


 話し終えてもいまいちピンと来ない。計画については桂に任せるしかないというのが本音だ。桂の顔の広さには驚きを禁じ得ない。何故こんな人物と関わりを持っているんだと思ったのは一度や二度じゃない。

 それがこいつは本物だと悟った理由の一つだ。

 

「お前、今どこにいるんだ?」

 昨日の人形騒動の時は共に校舎の屋上でその光景を見ていたが、すぐに用事があると北支部を後にした時までは知っている。

「「蝦夷のどこか、と言っておきましょうか。」」


 ・・・・・・・・・・・・・・・

 亜斗が返答しないのが怒りに震えてのことだと思った桂は少し笑った。


「「心配する必要はないですよ。次は確実に波風を立てられるはずですから。あなたはそのまま支部長として振る舞って下さい。特別なことをする必要は今はまだありません。」」


 そう言うと桂は電話を切った。亜斗は手に持った携帯を少しの間じっと見つめていた。

 

 俺は一体何をしているのだろう。桂の口車に乗せられて、その気になっていたのかもしれない。今も継続して洗脳されている。ただ悪い気はしない。東支部の支部長で留まるような男ではないと自分でも思っているし、上に行くための方法があるのならリスクは問わない。


 亜斗は乾ききった喉を潤すためにズボンのポケットから透明の液体が入った瓶を取り出した。

 舌の感覚がおかしくなったのか、甘く感じる。そこで初めて自分が疲れていることに気付いた。肉体的疲労と精神的疲労、どちらもコップになみなみに注がれた水のように満杯だ。それは今にも零れ落ちそうだ。


 でもこんなところで立ち止まってもいられない。 

 亜斗は明朝の北支部を後にした。





「・・・申し訳ありません。こんな立て込んでいるときに。」

 電話を切った後で桂は謝罪の言葉を口にした。その相手は蝦夷で最も有名な剣術士。


「でもまさか本当に会えるとは思ってもみませんでしたよ、八木 玄道さん。」


「初めましてだな。お前のことは聞いているよ、カムイクワの根岸にな。」

 

二人は畳の間で対面した。とある森の奥にひっそりと聳える素朴な家屋を訪れた桂は恭しい態度で一礼している。

  ここは八木道場。旭川にある格式高い剣術道場だ。


「・・・聞けば道場を閉めたと聞きましたが?」


「ほう、耳が早いな。数日前のことなのに。」


「蝦夷でもっとも有名な道場ですからね。そりゃあ話が広がるのも早いですよ。」


「そういうものか。それで、お前はここに何をしに来たんだ?」


桂は訪れる理由を言わずに無断でここに来たため、玄道の問いは当然のものだった。

失礼に当たる行為だとは重々承知してはいたが、なにしろ時間がなかった。


「はい、そろそろ動いてもらいたいのですよ。北星、八木 玄道に。」


「動く?」

険しい表情の玄道と表情一つ変えない桂。それが対比になって二人の内情を表しているようだ。


「はい、カムイクワの石狩駐屯地奪還は失敗に終わり、北支部へと人形を放り込みましたが、たいしたダメージを与えることはできませんでした。」


「それは聞いている。」


玄道は八木道場から一歩も外へ出ていないが、根岸と密に連絡は取り合っている。彼からもたらされる情報によってある程度の成り行きは理解しているつもりだ。


「ただそれが意味のないことだったわけではありません。東京大都市の方から剣衛隊の一行が向かってきていると聞きました。・・・・・・いやもうこちらに到着しているでしょう。」


「剣衛隊も動かざるを得なくなったか。ただそうなると複雑な争いになりそうだな。」


「そうですね。カムイクワ、西京漣会、そして北星・・・我々の勢力がそれです。まあこのタイミングで反剣教団が人形を発生させたのはイレギュラーな事態でしたがね。」


「第二の勢力が蝦夷治安部隊と仏の冠、そして北支部、東支部の生徒及び教師。」

玄道がそうだろ?と言うように桂に目で合図をする。

「ええ、その通りです。そして第三に剣衛隊です。」


「皮肉なものだな。北支部は国が運営しているのだろう?なのに剣衛隊とは相反する勢力になっているとは。」


「国に支配されたくないのでしょう。蝦夷地は国の意思がほとんど働いていない土地ですからね。」


「蝦夷も大和の一部、なのにな。」


「あなたの存在が大きいのですよ。北星は蝦夷の象徴であり、最大戦力です。国も蝦夷地に部隊を広げたいのは山々でしょう。ただそう上手くもいかないんですよ、北星という抑止力があるとね。」


「くくく、国が俺をそこまで買ってくれているとはな。まあいい。で、本題に入ろう。俺は何をすればいい?」


「直接剣衛隊を叩いてもらいたいのです。彼らは恐らく北支部の敷地内に留まるように言われるでしょうから、居場所は分かっています。」


玄道は桂を真っ直ぐに見つめる。その目には強い意思が感じられる。これから為すことが蝦夷のためになるという誰から生まれたものでもない自分で考えて確信したことを再度思い直し、意思を明確にする。


「大天宮 花と出くわせば俺でも不可能だ。それだけは覚えておけ。」

玄道は自分の力を過信してなんかいない。客観的に見ることができるから相手の力も正確に感じ取れるのだ。花と戦えば間違いなく負ける。自分が勝利してる未来が全く見えないし、想像すらできない。しかしショックはない。自分は自分。以上にも以下にもならない。



「その対決は非常に興味がありますけど、そこは任せてください。大天宮はこちらで何とかして見せます。」

桂は剣聖相手に何とかして見せます、と言いのけた。

やせ我慢でもない。過剰な自信?いやそんな薄っぺらい人間じゃないのは話した瞬間にわかった。

本気で何とかするつもりだ。そしてそれをする過程も組み立てられているのだろう。赤石の軍師は有能なようだ。玄道の赤石衆に対する考えが変わった瞬間だった。


「・・・詳しいことを話していきましょうか。決行は三日後に。それまでに大天宮を北支部から切り離します。そしてそれから・・・」


これからの計画について放しているとただでさえ薄暗い空間が日当たりの関係でもっと暗くなりつつあった。太陽がそれだけ動いたらしい。


桂から滑らかに話されることが成功するとははっきり言って思えない。最高の形で終わる確率は限りなくゼロに近い。

それでも絶望も諦念も全く感じない。信頼しているのかもしれない。この短時間でそう思わせる話術と表情と振る舞い。玄道は薄い笑みを顔に浮かべて、まだ勉強しなければいけないことがあるようだと誰に語り掛けるわけでもない独り言を呟いた。














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