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風刃。

激しい突風が全てを巻き込み、吹き飛ばす。土にしっかりと根を生やした草木ですら耐えられないのに、ただ突っ立っている人形などもってのほかだ。


太刀を一振りするだけで全てが一変する状況に唖然とする者がいれば、士気が上がり、歓喜する者もいる。

それでも心が揺さぶられることなく、千秋は刀を振り続けた。

一騎当千を超える一騎当万。国際剣士ランキングで五十位に入った強者の剣術は敵味方関係なく、惚れ惚れとしてしまうものだった。


人形が刀を振り下ろそうとするが、その前に神速の斬撃が体に刻まれ、真っ二つにされる。核の位置を把握するような便利な能力は持っていないので、それをも関係ないくらいにバラバラにすることを意識して刀を振っていく。

 

「どこからこんなに・・・・・・」

 千秋の目の届くところで夏葉が暴れ回っている。彼女の疑問を呈す声が千秋にも聞こえる。


「大元を絶たないと・・・意味がないようね。夏葉、手を貸しなさい。」

 

「こいつらがどこから来てるかわかるんですか?」


「ええ、ただどういう理屈なのかは想像もできないけど。」

 千秋はそう言って、走り出した。

「あ、ちょっと待ってくださいよ~!」

 慌てた様子で夏葉もそれに続く。


 それを望遠から見つめる二葉 和美はため息をつきながら千秋と夏葉がいた場所で人形と乱戦を繰り広げる。

「ふう・・・私の負担が増えるんだけど・・・後で千秋からお金貰おう。」


  同じように宗一郎や慶太も疲れを見せながらも戦っていた。


  

  千秋と夏葉は養成学校を出て、近辺にある最も高い塔へと上る。

  そこは電波塔。この周辺に電気を与えるためだけに建てられたもの。階段を馬鹿正直に上ることはなく、鉄骨を跳躍して、正規ルートではない場所から天辺まで行くと、大幅な時間短縮に繋がった。

  凡人なら足が竦んでしまうくらいの高さに千秋と夏葉は平然と立っている。


「これは・・・・・・何でしょうか?」

  夏葉は戸惑いを隠せない。なぜなら目の前には時空が歪んだようなぼやけた空間が出現していたからだ。

  見たことのない光景。特殊異能剣技でもこんな現象が現れるとは思えない。夏葉の頭ではそう考えている。


「これを処理しなければずっと人形が出続ける・・・」


「で、でもこれ・・・どうやって・・・」


「この中に入るしかないわ。」


「入る?ここ入れるんですか?」


「人形が出てくるのだから入ることも可能でしょう?」


千秋からここまで単純明快な答えが返ってくるのは思ってもみなかったようで、夏葉は釈然としない顔で曖昧に頷いた。

 

「じゃあ行こう。覚悟を決めて。」


「・・・・分かりました。行きましょう。」


 ここまで来て怖気づいたなんて許されないし、それ以上に自分を許せないから。

 私から行きますよ!と胸を張って夏葉はその不気味な空間に飛び込んだ。

 

 

 視界がぐるぐると回転する。淡い青色が瞳の奥に吸収されていくような言い表すのが難しい感覚に陥ったと思いきやすぐに視界が鮮明になる。

 夏葉は薄暗い室内にいた。研究室のような場所。室内といったが、とてつもない広さで天井も見上げるほど高い。


「すんごいところに来ちゃった・・・どういう仕組み?」


少し遅れて千秋もその場に転移した。


「千秋先輩、ここは?」


「どこなのか・・・知る由もないけど、ここから人形を送り出してるのは間違いないようね。」


奥の方からこちら側に近付いてくる人形の群れは千秋の後ろに展開される不気味な空間が目的のようだ。

二人が今いる場所からさらに奥が人形の生産部だ。千秋は夏葉に視線で合図をして、いきなりトップスピードで走り出す。


夏葉は千秋とは異なるルートで奥の部屋へと向かう。もちろん人形の邪魔が入るので、それを切り抜けながらだ。


死と隣り合わせの戦いの経験は千秋も夏葉も少ないと言わざるを得ないが、それを為す覚悟はずっと秘めていた。こういうときのために刀を振ってきたのだ。


  二人で何体の人形を葬ったか分からない。

 奥の部屋へと辿り着いた時には夏葉は膝に手を付いて疲労を感じている。

 広々とした空間には塵となった人形しかいない。他の個体は転移して北支部へと降り立ったみたいだ。

「大丈夫、夏葉?」


「はい、なんとか。・・・でもここまで戦い疲れたのは初めてです。」


「もう少しの辛抱よ。」


 そう言って千秋はゆっくりと歩を進める。


 奥の空間に入るのに扉はなく、少し細い道があるだけ。長さ数メートルの道を抜けると、天井が吹き抜けの円柱型の空間が現れた。

 そして嫌でも目に入る巨大な球体。その球体の表面はゆらゆらと揺れ動いていて、固体としてではなく液体としてそこに存在している。


「ここから生み出されてるんですね。」


「ええ、そうみたい。そしてあの方が人形を送っている張本人ね。」


 刀を両手で持ち、天に掲げるような形で祈りを捧げている。すると突然、刀の刀身にヒビが入り、すぐさま砕け散った。

「ほう・・・まさか転移門を通ってくる人間がいるとは・・・なかなか勇気ある行動をするね。」

 呟いたその者は千秋達の方に顔を向ける。

 濃紺のローブを着用した中年の男だ。フードを被って顔をあまり見えないようにしているが、垣間見えるその瞳の目力は落ち着き払っている。


 どちらかが何かを言う前にフードの男は携帯で何やら連絡を取り始めた。


「俺だ。転移門から侵入者だ。見張りはついてなかったのか?・・・まあいい。ピックアップを頼む。見た感じ、なかなか手強そうだ。やればたぶん負ける。そうなるのはあんた方も望まないだろう?」


 頼んだぞと最後にそう言って電話を切った男は肺に溜めた息を吐き出す。


「君らは人形を止めに来たのだろう?」


「ええ、そうですよ。これを壊せば人形は生産されないんですか?」

 千秋は男に向かって素直に尋ねてみる。

 急くような様子もないし、純粋に気になったから聞いている感じなのを見て、男は千秋に興味深い印象を抱く。

  

「そうだな。壊せば生産はできなくなる。ただ、自動で人形が作り出されるわけじゃない。俺の人造異能の力で生まれるんだよ、人形は。」


「ということはこの球体だけでは人形生成は成り立たないというわけですか・・・」


「ああ、そういうことになるな。」


 夏葉は刀を持つ右手に力を込める。

 こいつを仕留めれば、もう人形は生まれないということだ。どういうわけか助けを求めていたからここから逃げようとしているのは明白。北支部に向けて人形を放つのはひとまず止めるようだが、またいつ再開させるかもわからない。明日かもしれないし、一年後かもしれない・・・もしくは一時間後かも。

 夏葉は心に決める。ここでこいつを逃がすわけにはいかない。その意思が千秋と同じであるかを視線だけで確かめる。

 千秋は推し量ってる様子だった。男の狙いを、そして何者なのかを。


「千秋先輩・・・私、行きます。」


 小声でそう宣言して夏葉は駆け出した。千秋の返答を聞く前に。

 そして千秋はというと夏葉がその行動に出ることを予想はしていた。止めることはなく、自身も戦闘態勢を取る。夏葉が危険に晒されれば守る準備は出来ている。


「まあそうなるわな。俺を殺しに来るよな、普通に考えて。」

 

 夏葉は姿勢を低くして、男の懐に入り、斬り上げるように銀閃を刻んだ。

 何の得物も持っていない男がその斬撃を防ぐことなど不可能だと夏葉も千秋をそう思った。避けるには行動を始めるのが遅すぎるとも。


 しかしそれは自らの勝手な判断でしかなかった。男は手刀で夏葉の一撃を軽く受け止めたのだ。二人の過信は数秒後の危険を生み出す。


「夏葉、下がって!」

 瞬時に行動できたのはやはり北山 千秋だった。

 自分の理解の範疇を超えたことが起こって、夏葉の心に薄い霧のような迷いが生じる。それを逃しはしないと男は手刀で夏葉の首元を狙ったのだが、それは失敗に終わる。突風が吹き、気が付けば男のすぐ目の前に千秋の顔があった。


「やはり・・・俺の目に狂いはないな。お前・・・なかなかの大物だろう?」

 千秋の顔を見て、男は楽しそうに笑う。

「さあ、それはどうでしょう。そういうのは自分では分からないものですよ。」


 千秋が次の一撃を与えようと男から少し距離を取ると、千秋と男の間にうねりの様な空間が現れる。それは千秋達がここに来た時に入った転移門と似たようなものに見える。


 うねりが収まると、出てきたのはスタイル抜群の女性。眼鏡を掛け、見るからに優秀な雰囲気が漂う。今度は何だと千秋は油断せず力強い視線で女を見つめる。


「遅いぞ、土屋。危うく殺されるところだったぞ。」


「すみません。こちらもたて込んでいるんですよ。あまり時間もないので、帰還します。」


土屋と男が呼んだことで千秋は彼女が何者なのか気付く。そして同時に背後で手を引いている組織が大和最凶の組織だということにも気付く。

千秋は珍しく顔をしかめる。


「まさかこんなところであなたに会えるなんて・・・土屋 美鈴。」


「覚えていて下さるとは光栄ですよ。蝦夷の風姫、北山 千秋。」


土屋 美鈴は元々剣士養成学校北支部の生徒副代表を務めていたこともあり、先輩として千秋と何度か顔を合わせたこともある。純粋に先輩後輩という立場で出会った二人。その時、土屋 美鈴は世間でも素晴らしい女剣術士として認識されており、多くの女子の憧れの的だった。それは千秋も同じで尊敬の対象として、会うのも楽しみにしていたし、彼女と話したことで自らの価値観に影響があったのも事実だ。

まさかこんな形で再び出会うなんて、想像もしていなかった。


「あなたが反剣教団にいると知った時は驚きました。裏組織とは無縁の正しさを追求した人間だと思ってましたから。」


「千秋、正しさとは何なのか・・・疑問に思ったことはない?」

余所余所しさはどこかに消え去り、千秋と接するときの態度は柔らかいものに変わった。

時間がないと言いつつ、美鈴は千秋と話すのが少し楽しそうだ。


「疑問に思ったことはあります。ただ反剣教団のやっていることはどんなことがあっても正当化できないものだと考えていますよ。」


「相変わらずね。まあその強い意思を無くさないように、ね?嫌いじゃないわ、千秋のそういうところは。」


「ええ、そうします。それであなたが何故反剣教団などという組織に身を寄せたのか・・・その疑問も今答えてもらえますか?いや、正確に言うと捕まえて吐かせる、こう言った方が分かりやすいですかね?」


「できると思ってるの?」


「できるかできないかじゃないですよ。やるかやらないか、です。」


「千秋、あなたと久しぶりに話すと面白いわ。また今度ゆっくりと話しましょう。」

美鈴は口に手を当てて、小さく微笑む。

微笑んだ瞬間、時空が歪んだ。それと同時に千秋は右手に持った刀を力の限りに振り抜いた。



風 刃。


その室内にある全てのものを巻き込んで凄まじい風力の大渦が生み出される。龍がとぐろを巻き、轟音の鳴き声を上げる。そんな幻影さえ見えてしまう千秋の風刃が次元破壊で転移しようとしている美鈴と男に直撃した、ように見えた。


千秋の後ろにいた夏葉は本気の風刃が来ると悟り、今の場所よりももっと後方へ距離を取って、頭を守りながらうずくまった。

そうするように千秋にも言われているし、たとえ言われていなくても、そういう判断をするに決まっている。それくらい本気の風刃は危険な代物なのだ。

案の定、距離を取ったものの、気を抜けば吹き飛ばされてしまう大風が夏葉を襲う。しかも屋内のために風の逃げ場がない。大きすぎる風圧に体が悲鳴をあげる。


「うわわ・・・・・こんなに距離取ったのに。」


「夏葉、もう少し耐えてね。」


「は、はい。いくらでも耐えますよ。」


次第に風力が弱まっていく。天井や壁にはヒビが入り、崩落の危険を感じさせる。


「仕留め・・・損ねたみたいね。」


土屋 美鈴の特殊異能剣技である次元破壊はいわゆるテレポートだ。異なる場所へと転移する妙技。距離の上限はないが、遠方に転移すると次に転移できるようになるまでに一時間近く掛かってしまう。

これは全て美鈴本人から聞いたことだ。千秋は一般の剣術士よりもずっと次元破壊について熟知していると言えよう。



「ふう、やっと収まりましたね。」


「夏葉、大丈夫だった?」


「は、はい。なんとか。千秋先輩はあの女の人のこと知cy?」


「ええ、彼女は元々北支部の生徒副代表。今は反剣教団の最年少幹部。」


「え、えええええええええ?」

北支部というところに驚いたのか、反剣教団のところに驚いたのかは分からないが、夏葉は険しい表情で千秋の言葉を反芻している。


仕留められなかった悔しさはあったが、とりあえずの危機が去ったことで良しとしよう。千秋は夏葉に声を掛けて北支部へと戻った。転移門はそのまま残っていたので、それを潜った。


 電波塔の上に戻った千秋と夏葉は北支部の敷地内に侵入した人形が鎮圧されるのを確認した。千秋は懐の携帯を手に取った。


「・・・・・・和美?負傷者の確認をお願い。」


 


  次元破壊で転移した美鈴とフードの男は反剣教団の組織本部へと戻った。

  大理石で造られた細長い廊下を歩いていくと、両開きの大扉が目の前に広がった。ヒノキ製で見るからに高級感に包まれている。


  美鈴は一度呼吸を整えてから扉をゆっくりと開いた。

「遅れて申し訳ございません。晴嵐様、連れて参りました。」


「やっぱり欧州産の赤ワインは美味ね。あら?美鈴じゃない。どうしたの?」


「晴嵐様が会いたがっていた人間を連れてきました。」


「あら、そう。確か名前は・・・中原 麻也と言ったかしら?」


「んあ、そうだ。で、あんた誰?」


「私は晴嵐。教団の最高幹部を務めているわ。」


「ほう、お偉いさんってことだな。」

物怖じしない麻也の態度は晴嵐にとって非常に新鮮だった。


「俺に会いたかったのか?」


「ええ、この瞬間が早く来ないかと恋い焦がれていたわ。」


「おお、そりゃあロマンチックな話だな。」


「聞きたいことがあるの?」


「聞きたいこと?」


「ええ、あなたの異能について、ね。」


麻也は露骨に顔をしかめる。麻也の異能とはもちろん、人形を生み出す能力だ。それには得物というか媒介になるものは必要になる。刀でなくとも良くて、物質ならば何でもいい。

その異能について知りたいと、晴嵐は言っている。麻也はこの事についていつか聞かれると思っていた。反剣教団と関わりになって、麻也を殺さずにいるのはその異能に利用価値があるから。


確かに不気味だった。異能について今まで何も聞いてこなかったのは。

とうとう聞かれたか。しかもその相手が最高幹部。

じんわりと麻也の額に汗が浮かび上がる。


「異能の、何について聞きたいんだ?」


「生まれつきというわけではないのよね?」


そんなことは有り得ないと知っていながらも晴嵐は面白がって聞いてみる。


「まあ違うね。後天性の代物だよ。」


「どこで手に入れたの、その異能。」


晴嵐は笑っている。いや厳密に言うと表情は笑顔だが、目は全くと言っていいほど笑っていない。


「黒数社で。」

麻也は淀みなく正直に答えた。嘘偽りはない。欺けば瞬時に首が飛ぶ、それくらいは理解している。

妖艶な花魁姿の晴嵐は小刻みに何度か頷いた。

「黒数社・・・刀の強度についての研究をしている大和でも有名な組織ね。そこで異能を手に入れたと言うの?」


「ああ、そうだ。黒数社が秘密裏に行っている研究は異能の植樹。人工的に異能力を与える研究だ。」


「ふふふ、面白いわ。とても興味深い。」


晴嵐は黒数社で行われているその研究について調査するように美鈴に命じた。純粋なる興味もあったが、何よりも教団の利益になると判断してのことだ。


「もっと詳しく聞きたいわ。食事でもしながら話をしましょうか。」


拒否権はない。有無を言わさずに晴嵐は別の部屋へと移動した。麻也もそれに続いた。


張り詰めた気が休まることはない。誰にも聞こえることのない麻也のため息が空気中に広がった。





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