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ルーキーの底力

視線を交差させる二人の美しき女性。黒と白、そう形容したくなるほどにはっきりとした色彩の区別がある。

二人とも息を切らした様子もなく、どちらかというと余裕な感じが見て取れる。

一方の女性である白石 雪乃は内心舌を巻いていた。


西京漣会幹部である夜霧 影奈の実力は予想以上で、ここまで苦戦を強いられるとは思ってもみなかった。養成学校に少数でのり込んで来たことを考えると腕に自信があるのは明白。その思いも手合わせてしてみれば十分に理解できる。


舐めてかかると痛い目を見る・・・・容易に想像できる展開だ。



「ふふふ・・・さすがは氷雪の女王ってところね。全く隙が生まれない。どうしたらそんな風になれるのかしら?」


薄い笑みを浮かべながら影奈は雪乃に尋ねる。ただ本当に知りたいという気持ちら伝わってこない。当たり前の話か・・・あの笑みは余裕の証。


「思ってもないことを。こちらとしても聞きたいことが山のようにあるのだけれど?」


「さっきも言ったと思うけど、私を負かせばいくらでも聞かせてあげるわ。」



話は平行線を辿る。ここはやはり剣の腕で勝負をつけるしかない。

先に飛び出したのは影奈だった。あっという間に間合いを詰めて、音速の連撃を繰り出した。その動きについていける者は数少ないだろう。だが、その数少ない人物に当てはまるのが雪乃だ。


全ての攻撃を避けきる。しかも余裕を残して。表情ひとつ変えることなく、じっと影奈に視線を向けている。


「・・・甘い!」


攻撃の合間に見えた一瞬の隙を雪乃は見逃さない。

力みのない動きで影奈の懐に斬撃をかますが、影奈もそれでやられるほど甘くない。わずかに後方へと身体を反らし、ほんの数ミリのところで雪乃の斬撃を避ける。


「やはりそう簡単にはいかないわね。」


「「支部長!大丈夫ですか?」」


足利 夏葉と桐生 慶太の一年生コンビが武道場の方から雪乃の方へと向かってきた。


「夏葉、慶太、下がっていなさい。ここは危険よ。」


「ふふふ、獲物が増えたみたいだけれど?」

容赦はしないという風に刀の切っ先を向ける影奈に夏葉と慶太は身構える。

ピリピリとした緊張感を肌で感じる。嫌な予感はしていた。夏葉も慶太も武道場内から出ることをためらっていたが、じっとしていられないという思いが勝って今ここにいる。


足手纏いにはならないと胸に誓い、影奈と対峙する。一筋縄ではいかない相手なのは重々理解している。いや一人では絶対に及ばないと心の底から感じている。


 夏葉は覚悟を決めて、刀を鞘から抜き放った。


足利流剣術の将来を担う足利 夏葉の得意な異能剣技は光線という剣技。刀が輝きを放つと、何本もの光のラインが前方へ放射される。そのラインに沿って光刃が次々と流れ出ていく。


神聖光線ハイリッヒ ライン。」


夏葉の呟きと同時に複数の光線が現出する。

自分の無力さと戦う毎日を過ごし、千秋や咲姫の背中だけを追いかけていた。その経験は今に生きてくる。


光線の弱点は非常に分かりやすく、見えるラインそのものが問題だ。どこに刃が向かってくるのか瞬時に判断できてしまうのだ。

現に今、影奈は余裕を見せながら光線を見極めている。


夏葉自身もその弱点をよく理解している。千秋や咲姫にも同じように全てを避けられた経験がある。


「ふふ、こんなもの?たいしたことないみたいね。」


「あんまり舐めないでよね。」


影奈は光線を避けた。しかしいきなり脇腹の肉が裂ける激痛に襲われた。


「な・・・どういう、こと?」


倒れることはなかった。ただ影奈は自分の脇腹から噴出する鮮血を手で押さえるのに必死だった。状況が一変する瞬間が訪れる。


雪乃も影奈と同じように驚きを露わにしていた。影奈は間違いなく光線を避けきっていた。にもかかわらず、光刃で脇腹を負傷した。何が起きたのか分からなかったので、ただただ困惑していた。


唯一、桐生 慶太だけが理解できていた。それは決して慶太が優れた洞察力を持っていたというわけではない。夏葉とは幼なじみで、ずっと共にいる。しょっちゅう話をしてるし、夏葉の性格も、戦い方も、ぶっちゃけどんな奥の手があるのかも熟知しているのだ。


夏葉の得意な光のラインを伴う斬撃破は文字通り、その視認できるラインが弱点となりうる。慶太は自分では見切れないと思っているが、千秋や咲姫、宗一郎らには上手く避けられてしまう。それを逆手に取ろうと工夫したのが、幻影刃だ。幻影刃はその名の通り、対象者に幻影の刃を見せる異能剣技で、それを上手く光線のなかに織り混ぜ、嘘の光線を作り出した。そして逆に真実の光線を一瞬では判断できないくらいに薄く現出させたので錯覚し、光の刃が直撃した。という仕組みになっている。


種明かしを口に出すほど夏葉も慶太も馬鹿じゃない。時間をかければ、真相に辿り着くだろうが、そんな時間を与えるわけにはいかない。間を置くことなく、夏葉は攻勢をかけようとする。少しの時間、呆気に取られていた雪乃も行動を開始する。

冷気を纏い始める雪乃の刀。冷気が薄水色の色彩を帯び、徐々に広がり出すと、その影響で影奈の体から体温が奪われていく。


「冷葬縛り。」


「か、体が動かない・・・?」


夏葉のおかげで冷葬縛りが成功した。これは相手の体温を限界まで下げて、身動きを取れないようにするもので、この剣技か成功するにはある一定時間、相手がその場で動いていないのが条件となる。だから実際は成功させるのは非常に難しい技だ。夏葉の光線で負傷していなければ、失敗していたのは間違いないだろう。


夏葉は雪乃の異能剣技が成功したのを確認すると、振り抜こうとしていた刀をピタッと止めて、そのままゆっくりと鞘に納めた。その様子を見て、慶太が夏葉の隣まで歩いてきた。


「まあまあ良かったじゃん。あの幻影刃。」


「まあね。実戦では初御披露目だったから大丈夫かなとは思ったけど。」


神聖光線ハイリッヒ ラインに慣れてなかったんだろうな。あんまり見る機会のない技だし。」


「それで慶太は何のためにここに来たの?まさかビビってたの?」

いきなり発せられた刺々しい口撃に慶太は少したじろぐ。


「は?お前が飛び出したから邪魔しないようにしてたんだろ。俺だってやってみたかったよ、この人と。」


「ふーん・・・・まあそういうことで構わないけど。」


「おい、本当に信じてないだろ?ビビってなんかないからな!よし、今度こういうことがあったら絶対に夏葉よりも先に動いてやる。」


二人の言い合いはいつもの調子で繰り広げられる。その姿に思わず笑みをこぼしてしまう雪乃。自分の知らないところでこうやって成長していく生徒らの姿に感慨深い思いを抱いた。

そして雪乃は身動きひとつ取れない影奈の方に目を向ける。

「・・・・・・私ではなく、夏葉にやられるとは思ってもみなかった、そんな感じかしら?」


視覚や聴覚は正常に働いている。影奈の目つきは変わらないが、その奥に宿る黒々しい感情が強まるのを雪乃は正確に感じ取った。

先程までは口を動かし、声を出すことも可能であったが、今はもうそれすら不可能になっている。


「あなたの油断は見て取れた。獲物が増えたと喜んでいたようだけど、とんだ勘違いね。うちの連中を舐めないでくれる?」


まあ実際は雪乃もここまでのことを夏葉ができるとは思っていなかった。影奈は間違いなく強い。その相手に対して意表を突く夏葉のセンスと度胸に凄みを感じた。


「そういえば、千秋はどうしたの?一緒じゃなかったの?」


「北門の方に飛び出していきました。こっちは任せてって言いながら。」


「うん、たぶん敵が迫ってるんだと思う。千秋先輩の索敵は剣衛隊の隊長並みだし。」



雪乃は北の方角をじっと見つめる。心配など微塵もしていない。蝦夷の風姫と謳われる北山 千秋の実力は雪乃以上。雪乃自身がそう思っている。それはないだろうという人もいる。だが、千秋の本当の力を把握している者は雪乃を含めていない。底が知れない不気味さを常に抱いている。


「まあ千秋なら大丈夫でしょうね。私たちは他の生徒たちの安全を考えるわよ。」


「戻りなさいって言わないんですか?」


「言ったところで戻る気ないでしょ?こうなったからには働いてもらうわよ。」


「ふふふ、了解です。」

 夏葉はうずうずした様子で何だか楽しそうだ。それを見て慶太は一度大きく息を吐いた。これから起こるであろう面倒事に対しての反応。後であんまりテンション上げるなよと釘を刺しとかないと駄目かもしれない。


 雪乃は外壁沿いを回ってみるらしい。夏葉と慶太は校内や武道場方面の安全を確保するように、と命じられた。手が足りないようなら宗一郎や和美も連れ出しても構わないと支部長直々の許しを得た。本人達の意思が反映されていない現状に少し可哀想と思ってしまう。



「なら先ずは校内を散策しよう?なんか楽しそうだから。」


「そんなんで大丈夫かな?俺たちよりも強い奴が侵入してる可能性もあるんだろ?」


「もう、慶太は本当に用心深いね。そんなの気にしてたら始まらないっしょ。進んでみて無理だったら逃げりゃいいんだから。」


確実に逃げられるのならいいけども、そこが曖昧になってしまうくらい圧倒的な強者が来たらおしまいだ。二人の性格の違いがここにも現れている。


雪乃は夏葉と慶太の二人が校舎の方へ向かうのを確認してから、動けないままでいる影奈に向き直る。


「私もそろそろ行こうと思うのだけれど、その前にあなたをどうするか、考えなきゃね?」


返事はない。何を考えているのか分からない目つきでただ前を見ている。

薄い雲の切れ間から太陽が顔を覗かせる。勝者と敗者を決するような天候。呆気ない幕切れにさえ思える一戦に笑みはない。

これが始まりに過ぎないことをよく理解しているからだ。


「あ・・・・・・」

そしてふと気づく。

何が目的なのか聞くのを忘れた。まあそこまで手加減できる相手ではなかったから仕方ないと雪乃は開き直り、懐から携帯を取り出す。

他の教官らに影奈の捕縛を任せて、雪乃は外壁沿いを見回ることにした。



  雪乃が立ち去る姿を彫刻のように動けないままで影奈は見送る。心底、苛立ちを覚えていた。無様に動けなくなっている自分に、そしてあの一人の少女に。


  いつか、どこかで、必ず・・・


 









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