ただいま、移動中。
関東、いやもっと厳密に言うと東京大都市の江戸にある叶駅から出発する三叉列車。真夜中に鳴り響く汽笛が静かな街並みに轟く。
眠りにつくほぼ全ての住民が三叉列車がこの時間に発走する理由を知っている。
その列車には物々しい雰囲気を漂わせた軍服の集団が乗っていた。関東方面に常駐していた剣衛隊のなかで選抜された隊員達。そのトップを務めるのが浜家 豊。剣衛隊総司令部副総監の位に就く人物だ。
「ふん!面倒だ!何故俺がこんなことをしなければならん!」
椅子にふんぞり返って、機嫌悪い様子で窓の外を眺めている。過ぎ去っていく街の景観について何も思うことはなく、ただただ自分がこれから向かう蝦夷地に対して鬱憤した思いを溜め込んでいた。
浜家が蝦夷地行きを通達されたのは今からたった三時間前。いくらなんでも急すぎる、普通なら率直にそう伝えるが、これがそうもいかなかった。なぜならこの要請をしてきたのが二条 宗親大元帥だったからだ。しかも直接面と向かって言われたので、為す術もなく蝦夷地行きの列車に乗ることになった。
偶然か?それとも誰かの策略か?俺を貶めるための。そう何度も思ったが、何の確証もないことだと浜家は頭を切り替えた。
蝦夷地へ向かう理由・・・それは蝦夷に蔓延るカムイクワという組織を討伐することらしいが、蝦夷地は唯一剣衛隊が常駐していない土地だ。そのため国の意志が最も反映されにくい。
カムイクワが蝦夷で行動を起こし始めたようだが、剣衛隊がそれを阻止しようとするとなるとある程度の批判が巻き起こるのは必至。剣士養成学校だけが剣衛隊が自由に行動できる場所で、それ以外で活動しようとするものならどうなるか分からない。
「・・・蝦夷も大和の一部だろう。大元帥は何故支配を広げないのだ・・・」
蝦夷の地は正真正銘、新大和帝国の一部だ。那覇王国のように独立した国とは違い、通常なら浜家が思うように国の防衛戦力である剣衛隊が常駐するのが普通だ。
浜家が国のトップなら有無を言わさずに蝦夷地に基地を築き上げるだろう。
「広げたくても広げられない理由がある・・・それくらいわかるだろう?」
浜家は背後から聞こえてきた声に咄嗟に反応し、後ろを振り向く。
そこにはいつも通りの憎たらしい表情を浮かべた男がいた。
「・・・名取か。」
名取 昭三。剣衛隊第一部隊に所属している老兵で浜家とは同期。ただの一般兵とは思えないほど人間としての迫力を持っている。今もその圧をぷんぷんと漂わせている。
「北星の存在が邪魔をしているんだろう?それくらいは理解している。ただそこまで警戒する相手なのか?」
「まあ、やり合えるとしたら大臣達や桐原ぐらいだろう。西木や沢登じゃあ難しいかもしれんな。」
「北星の戦いを生で見たことがあるのか?」
「ああ、三国戦争の時にな。私はその当時、数少ない蝦夷地派遣のメンバーの一人だった。行ったところで何もすることはなかったが・・・」
名取は向かいの席に腰を下ろして、一呼吸置いた。
「ほとんどの敵を北星、八木 玄道が蹴散らした。自由軍を組織してな。」
「蝦夷の英雄になるのも理解できるな。」
「北星を仕留めることは難しくはないだろうが、そのあとの混乱を考えるとな。」
蝦夷地に住まう全ての住民が国に対して刀を向ける可能性すらある。それほどの影響力を持っているのが八木 玄道だ。
「それで、養成学校に着いた後はどうするんだ?おそらく、いや確実に、学校外に出ることは禁じられるぞ。まあ駅から学校の間は移動できるだろうが。」
「そこは蝦夷統治部の人間と話して許可をもらうしかないだろう?」
「正攻法だな。お前らしくない。」
「この部隊のトップは俺だ。そんなにずる賢い方法を使う気はない。今はな。」
浜家 豊が剣衛隊に入隊したとき、彼は決してエリートではなかった。末端の兵士として様々な地方に遠征し、多くの防衛任務に就いた。しかしやはりコツコツと仕事をこなしても、優秀な人間たちには追い付けない。年々それを感じ始めていた矢先、三国戦争の発端の一つとなったフィリピン大戦がオーストラりア帝国と新大和帝国の間で勃発した。第三部隊の一員として浜家はフィリピン海へ繰り出した。両国共に多大なる戦死者を出しながら勝敗は付かず。その中で第三部隊は特に甚大な被害を受け、隊長と副隊長が共に戦死した。そこから部隊の総指揮を執ったのが浜家だった。戦闘力という面では凡人と変わらないレベルであったが、他の隊員と異なるところは集団をまとめる能力、そして兵士を動かす能力が卓越していたことだ。
浜家の指揮能力のおかげで第三部隊が分散することはなかった。隊長らが指揮をしていた時よりも統率を増した第三部隊はフィリピン大戦で大きな功績を上げた。大戦後、その成果を評価されて、浜家はそのまま第三部隊の隊長に就任した。
そして三国戦争後、剣衛隊総司令部の幹部へ。その二年後に現在の総司令部副総監に上り詰めた。
あれから大きな戦争は起きていない。総司令部としては大和国内の治安だけに目を向けていられる時代だ。
ただ今回のように自分自身が目的地に向かうのは総司令部に配属されてからは初めてだ。
考え事をしながら窓の外を見ていると気付けば前の席に座っていた名取はいなくなっていた。
「存在感のない爺さんだな・・・」
そう言って浜家は目を閉じた。
次に目を開けたとき、列車は蝦夷の土地へと車輪を走らせていた。
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蝦夷のとある山林。人間が誰も通らないような場所。まあ生物がいるとすれば、熊やら猪ぐらいだろう。
「言われた通り、北支部内に夜霧が到着したみたいっすよ。まあその前に到着してたエクストラの日溜がやられたようっすけどね。」
「ふん!エクストラの恥だな。俺が行けばちょちょいのちょいなのにな。へ!」
「僕たちはまだここにいないといけないのですか?」
三人のエクストラが漣会の最高幹部の一人である黒装束の男に視線を集める。
その男は退屈そうに頬杖をつき、だるそうな口調で三人に告げる。
「まあ待て。夜霧が一人で十分だと息巻いていたんだ。まずはそれを尊重しようではないか。」
三人は何か言いたげな感じだったが、それを呑み込み、渋々頷いた。
彼らにとって黒装束の男の言葉は絶対的だ。逆らうなどといった選択肢はない。心のなかで思うことがあったとしても、それを口に出すことは決してないのだ。
男の名前は檜垣 烈火。燃え盛るような赤い髪が特徴的で、目付きは狼のように鋭い。
西京漣会が蝦夷に来たのは桂 虎太の指示。桂は赤石衆の生き残りだ。そんな男が何故西京漣会に接触してきたのか、当初はかなり怪しまれた。今も若干薄らいだとはいえ、全面的に信用されているわけではない。
桂の目的はアルプス連帯の独立。それが到底叶わないことなのは闘争の結果で理解できるようなものだが、何か彼なりの考えがあるようだ。そしてその考えの一つが今回の蝦夷派遣らしい。
檜垣は正直納得がいっていない。あの桂という男の頼みを聞く必要がどこにあるのかと思っている。西京漣会にメリットなどあるのか?と。
それでも西京漣会のトップ、最高幹部の頂点であるあいつが決めたのだから仕方ない。
おそらくカムイクワと治安部隊の衝突で剣衛隊がこちらに向かっているだろう。そして養成学校へと到着し、我々と相対することになる。桂が、そして向田 亜斗が望んだ結果となる。
そして数日後、次はまた新たな地で騒動が勃発するのだろう。あの桂の仕掛けによって。その騒動に西京漣会は関係してはいないだろうが。
何よりも今は派手に大暴れして、国全体の気を蝦夷の地へ向けることが最重要なのだ。
任務は任務。言われた通りにこなすしかあるまい。
「それにしても・・・大天宮 花の動きが気になるな。」
結果的に石狩駐屯地をカムイクワは征服することが出来なかった。それもこれも大天宮 花の介入のためだ。あの女が石狩に現れるまではカムイクワが優位に進めていたのだが、仏の冠の集団が現れたと思ったら、一気に戦いの結果は見えてきた。
養成学校の戦闘にも介入してくるだろう、というのが檜垣の予想だ。いや確信にさえ似たものだった。
恐怖などといった簡易な言葉では片付けられない。剣聖の異常さを身に沁みて理解している檜垣にとって花の存在は天災だった。
「出来れば出会いたくはないのだがな・・・」
檜垣は大きく息を吐いてから、手元に置いてあった酒瓶に手を伸ばした。今は養成学校にいる夜霧、もしくはその周辺の部下からの連絡を待つしかない。
落ち着かない気持ちを酒で誤魔化しながら、檜垣はうたた寝を始めた。




