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終わりなき争い

どす黒く淀んだ感情が胸に宿る。邪魔者が現れた。ただそれだけのこと。それだけのことなのに相手が圧倒的有利に立った。この勢力争いを終焉に向かわせる決め手になると普通なら思うだろう。

 大天宮 花。剣聖の一人で、大和国内で一、二を争うほどの強者。

 カムイクワの蝦夷地支配を阻む最大の敵として根岸 重國は花を強く意識し始めた。


「やはり・・・邪魔をするか・・・大天宮。まさかこんなにも早く石狩駐屯地へ来るとはな・・・」


「どうしましょうか?瀬能と我們、二つの駒を失ってしまいましたが・・・」

 宗田が膝をつき、根岸に対して敬意を表す。


「我們の方は替えが利く。ただ瀬能の方は惜しかったな。浮世刃の核を埋め込んだ二人のうちの一人だからな。」


「八木 玄道に力を借りましょうか?」

 その提案は至極真っ当なものだ。北星と呼ばれる蝦夷地の大剣豪の力はそれほど脅威になるのだ。

「それしかないか・・・西京漣会もあの東支部の支部長も信用ならんからな。」


「では連絡しておきます。」


「ああ、頼む。」


「それはそうと陽角は我慢しているか?」


「はい。石狩駐屯地には近付かないように、と釘を刺しておきました。」


「ああ・・・そうでもしないとあいつは何をしでかすか分からんからな。」


 重國は葉巻を嗜みながらソファに深く腰を据えている。自分はこの地の王だと信じて疑っていない。

 宗田は根岸 重國の執事のような役割を担っており、彼もカムイクワの中で中心戦力の一人だ。瀬能や我們にも負けないくらいに。


 

 八木 玄道の答えはイエスだった。

 このカムイクワの屋敷に「北星」本人が訪れて、いつでも力になると言った時はここまで早くその力を借りることになるとは思ってもみなかった。


「まあ・・・北星の力を見せてもらおうか。」





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爆発が起きる。その激しい轟音に全ての武道館にいる人間が驚きの声を上げる。

 第十武道場のギャラリーにいた鶴来 タケルもその一人だ。


タケルはちょうどお茶を飲んでいたのだが、音にびっくりして溢しそうになった。


「な、何だろう・・・今の音・・・なんかやばい感じ。」


 エリーがタケルの服の袖を掴んで、怯えた顔を見せる。

 この建物が壊れてしまうのではないかとエリーは思っている。だが、その心配はない。

 音がしたのと同時に、武道場に大規模な魔術のようなものが掛けられたのが感覚的に理解できた。それはこの武道場を守るためのもの。ひとまずここは安全みたいだ。


「大丈夫かい、君たち。」


 米屋 英心。彼は剣士養成学校東支部二年で一軍に所属している。タケルはあまり話したことはないが、とても気さくなイメージがある。あと女子に人気がある。それくらい容姿端麗なのだ。


「はい、大丈夫です。」


「エリーは?」


「はい。ちょっと驚きましたけど、大丈夫です。」


「里奈は・・・心配しなくてもいいね。」


「もちろん。んで、何が起きたのか、分かるの?英心。」


「今の爆発はおそらくサザンクロス。爆発の異能剣技だね。」

 

「エクスプロ―ジョンよりも規模も威力も弱いけど、使い勝手のいい剣技。」


「うん、そんなに難しい異能剣技じゃないから武道場を破壊しようと思っての攻撃ではないだろうね。」

 

 英心は武道場中央へと視線を向ける。第十武道場の中にいた多くの教官らが集合して、入口の方へと武装して歩いていく。

他に凌剣や風間が教官らに混じっている。


「あ、先輩達ずるい!私も行こうっと。」

里奈はギャラリーから飛び降りて、凌剣達のあとを追随する。

やれやれと言った感じの反応を見せつつ、英心はゆっくりとギャラリーを降りていった。

彼らの他にまた一人・・・・・・

「あれ?亜由美、どこ行くの?」


「決まってるしょ。様子を見に行くの。」


「ちょ、そんなことしたら怒られるよ?」


「私、強くなりたいから。行ってくる。」


エリーの問いかけに対する答えとしては噛み合ってないように思えたが、亜由美の目は真剣そのものだった。


心配半分、興味半分でタケルも武道場の外へと足を進める。

養成学校本館から黒い煙が上がっていた。異常事態なのは間違いない。いったい何が起こっているのか?


タケルは自分がいた武道場を外から見る。屋根から外壁にかけて氷の薄い膜が張ってある。よく見るとそれは全ての武道場を覆っていた。


おそらくあれは・・・・・・


「支部長、大丈夫ですか!!!」


大声で叫びながら走っている北支部の一人の教官が向かっている先には刀を抜き放ち、戦闘態勢を取る白石 雪乃。

氷雪の魔女と呼ばれ、恐れられている雪乃は世界的にも名の通っている存在だ。


「ええ、大丈夫。それよりも武道場内に怪我人は?」


「第十武道場はいません。その他は今確認中です。」


「そう、わかったわ。北支部の生徒、そして何よりも東支部の生徒達に怪我人を出さないように。それが出来なければ切腹ものだと皆に伝えなさい。」


「はい、了解です。」


雪乃が武道場の方へ手をかざすと、薄く覆われていた氷膜が跡形もなく消え失せた。これから戦いが始まるかもしれない。そんなときに異能剣技を他のことに使用していたら力が分散してしまう。それは避けた方がいいだろう、という考えに至った。

生徒達の安全は他の教官らに任せよう。雪乃がそう決意したのと同時に目の前の煙幕から炎の刃が飛んできた。確実に雪乃を狙った攻撃。肌に強い熱を感じながら全ての炎刃を避けきる。


相手の姿は目視できない。だが、相手は雪乃の居場所を正確に理解している。

現段階で状況だけを考えれば、こちらの方が不利だ。ただしそれは実力を鑑みない場合の話だ。


雪乃は自らの刀を顔の前に持っていき、静かに目を閉じた。


祈る。ただそれだけ。それだけで冷気が生まれる。煙すらも凍りついてしまう永遠の絶対零度。サザンクロスによって生まれた爆発の激熱はすっかりと鳴りを潜め、変わって氷乱の地獄が生まれ出でた。



「・・・・・・な、これは!」


煙が塵となって跡形もなく消え去ると、眼前には黒服の男がいた。額の下は黒い布で隠れ、鼻の上までも黒い布で隠れている。なので顔で見えている部分は双眸だけ。もしかしたら女かもしれない。ただ体型を考えるとやはり男だろう。

まあどちらにせよ、手を抜くなんて真似はしない。

雪乃は刀の切先をその黒服の男へ向ける。


「なにか申し開きはある?」


「・・・白石 雪乃・・・氷雪の魔女の異名は伊達じゃないな。」


「何もないみたいね。なら無理矢理にでも吐かせるだけよ。」


雪乃は全速力で男に向けて駆け出した。まるで風のような超高速のスピードは常人には決して到達し得ないもの。


「は、速い!!!」

 男はすかさず地面に刀を突き刺す。すると即座に地中から高温の蒸気が漏れ出し、周囲に飛散する。


 雪乃の刀が放射する冷気と男が発生させた蒸気がぶつかり合い、乱気流が生じる。地面は砕け、瓦礫が宙へと舞っていく。

 雪乃は動きを変化させて、気流に巻き込まれないように立ち回り、男へと斬りかかった。


 甲高い金属音が鳴り響いた。両者の刀は拮抗し、閃光が煌めく。

 異能剣技を使うことなく、剣戟が始まった。


 雪乃は下から斬り上げるが、男はその一撃を上手く弾き返す。

 

 まあ予想通り。雪乃は間をあけることなく、乱撃を繰り出した。どこからともなく雪乃の刀が現出し、男の頬を、腕を、あらゆるところを斬っていく。

 黒布が破れて、顔が露わになる。若い男だ。それもここの生徒たちと変わらないくらいの。


「あなた・・・何者?ここに何しに来たの?」


 返ってこないだろうなと思いつつ、雪乃は自然と男に問い質していた。


「・・・・・・」

 案の定、質問の答えは返ってこない。男は頬から血を流しながら走り出す。目つきはさっきよりも鋭く、男が本気を出し始めたのが分かった。


 雪乃の実力には到底及ばない。それは男も雪乃も理解していた。にもかかわらず、逃げることもなく立ち向かってくるのはなぜか・・・

 単なる遊びじゃないみたいね。


 雪乃は再度、静かに目を閉じる。

  

 何も見えない暗闇の中で真っ白な雪を、青白色の氷塵を、無限に広がる白霧を想像する。それは想像から創造され、この現世界へと表出した。

 

夢氷乱月むひょうらんげつ天世幕氷てんせいばくひょう!!!)


 周囲に何の変化も現れない。全てが日常の時を刻み、動いている。しかし雪乃の目の前で刀を振り上げている男はその状態で止まったままだ。彼の時間だけが止まってしまったかのように。


 男一人だけを限定的に凍らせた雪乃の異能剣技。 

 それを見ていた第三者は存在しなかった。もしその状況を見た者がいたのなら、驚愕で言葉も出なかっただろう。

 白石雪乃は底が知れない。氷雪の魔女と恐れられる蝦夷の剣豪は九条奈々に比べれば、政府に対する危険人物として強くマークされてはいない。

 彼女もそうならないようにうまく立ち回っているつもりだ。面倒事にはなるべく巻き込まれたくない、それが本音。


「さて・・・まずは口と耳の部分だけ溶かして・・・」


そう言うと雪乃は凍った男に手を翳す。

 右耳と口元の氷が溶けて、男は激しく咳き込む。身動き一つ取れない状態ながら命だけは助けられている。しかしその命でさえ雪乃の思うがまま。彼女が殺そうと思えば、殺すことも容易。自分の全てが彼女の手の上にある感覚は男を心理的に追い込んでいた。


「少し落ち着いたみたいね。じゃあまずはあなたの名前から聞いていい?」


 黙秘するほど強気な態度を取ろうとは思えなかった。

 男はゆっくりと口を動かす。思うように動かない口を懸命に。

「・・・・・・日溜ひだまり東児。」


 雪乃は眉間に皺を寄せ、考え込む。が、全く聞いたことがない名だ。

 

「誰かの命令でここを襲ったの?」


「あ、ああ・・・西京漣会・・・」


 その答えは予想だにしていなかった。誰もが知っている組織だ。

 東京漣会と西京漣会の両巨頭の裏組織。この二つが中心となっていた時代が確かにあった。それは一昔前。それから政府の力が衰え、多くの組織が誕生した。漣会の威厳が落ちたと言っても、大和国内屈指であることに変わりはない。東京の方は反剣教団に喰われた形となってしまったが。


「何故、西京漣会が?あなたはそのメンバーなの?」


「・・・そうだ。俺は西京漣会のエクストラの一人。」

 

「エクストラ?それはどんな存在?」


「幹部になり損ねた存在。西京漣会の特攻兵団。」


 東京漣会の方にはエクストラなどというものは存在していない。九条 奈々から聞いた情報ではそうだ。漣会という大元の部分では一緒だが、構造はまるで違うようだ。


「なんの目的でここに?」


「・・・それは・・・この・・・」


何かを話そうとした日溜の口がそれ以上動くことはなかった。

突然の爆音。新たな敵の到着を告げるその音に雪乃は警戒感を露わにする。

背後から飛んできた爆刃に日溜の身体は分解される。いや消し飛んだといった方が正確か。

雪乃の目の前から綺麗に消えてしまった。肉片の欠片も残すこもなく。


「ダメですよ。そんなに簡単に話しちゃ。エクストラとしてもっと組織に忠誠を誓ってほしいものね。」


「次から次へと・・・・・・部外者が養成学校に入るにはしっかりとした許可が必要なのよ?」


ゆっくりと足音が近付いてくる。雪乃の視界に現れたのは暗赤色の衣を纏った髪の長い女性。その上に妖艶なオーラを何重も着込んでいるよう。


「あら?そうだったの?誰でも自由に入っていいのかと思ってた。ふふふ、ごめんなさいね。」


仕草を取ってみても妖しい雰囲気が滲み出ている。同性である雪乃でさえもそう思うのだから、異性であれば尚更だろう。

ただし呆気に取られることはない。雪乃はこの何倍、いや何十倍も濃密な妖艶を知っている。それを経験しているので、こんなもの何もないのと同義語だ。


「それであなたは何者なの?まあ西京漣会の人間なんだろうけど。」


「隠したって分かるわよね?そう、私は夜霧 影奈。西京漣会の幹部の一人。覚えといて?白石 雪乃さん?」


「それで目的は教えてくれないの?」


「私を楽しませてくれたら、考えてもいいわね。」


「なら話は早い。準備はいい?」


「ええ、いつでも。」


抜き身の刀が殺気を帯びる。それを見て影奈は小さく笑う。


ゆったりと流れ行く雲の切れ間から赤い光が薄く空を彩る。

そんな幻想的で情動的な光景とは裏腹に二人の女性は向かい合い、今まさに刀剣が交わった。


火花が散るほど高々とした音が武道場にいたタケルの鼓膜を揺らした。そんな気がした。



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