メイフォン レイフィールド
米国のフィラデルフィア地区。そこは十年前の三国戦争の際に米国内で唯一被害を受けた場所。当時、米国はオーストラリア帝国に対して刀剣の製造、かつ輸出という面で多大なる貢献をしていた。いわゆる完全なる同盟関係を結んでいたのだ。
その点からしても米国が三国戦争に直接的ではなくとも間接的に関わりあっていたのは欧州も大和も知っていた。
だからこそ狙われた。いわゆる武器の補給を絶つために。
もちろんオーストラリア帝国の国内でも刀剣の製造を為されており、強制的な雇用が生まれていた。しかし三国戦争は歴史的に見ても大規模な戦争で、自国内だけでは製造が追いつかないというマズい事態に陥ってしまったのだ。そこで手を貸してもらったのが米国だった。
当時から米国は軍事的に見ると世界で遅れを取った存在だった。世界第三位の軍事国家であったオーストラリア帝国と手を結んだのはそんな軍事的弱点を補うためのものだった。他国を牽制し、米国の一時的な安定を図ること。それが主な同盟理由。
その関係性を考えると欧州や大和が戦争時に米国に狙いを定めるのは必然でもある。
フィラデルフィアの地を火の海にしたのは世界第一位の大国、新欧州帝国だ。
新大和帝国も同じような指令が大元帥から発令されたが、大和よりも早く、欧州が行動を起こしたのだった。
メイフォン レイフィールド。
フィラデルフィア地区の一等居住地、バルシエと呼ばれる場所に住まう富豪レイフィールド家の一人娘の名前。
父であるガルシア レイフィールドと母、エイラ レイフィールドの間に生まれた彼女は七歳まで優雅に暮らしていた。メイ自身も子供ながらに自分が周りと比較しても良い暮らしをしていることは何となく理解はしていた。そこに申し訳なさのような感情はなかった。
メイの暮らしは彼女にとって当たり前の日常で、贅沢しているという感覚は当時一切なかった。
そんな自分なりの平凡な幸せが八歳を迎える誕生日の前日に突如として失われるなんて思ってもみなかった。
刀剣製造の施設が爆破された。爆弾というわけではない。火薬なんて使い物にならないから。何者かの異能剣技によって施設が次々に爆破されたのだ。
そしてレイフィールド家にも剣術士が攻めに来た。
七歳のメイには何が何だか分からなかったが、後から考えるとメイの父であるガルシア レイフィールドが刀剣製造施設の第三施設長を務めていたからだと分かった。
あの当時は全く理解が出来なかった。ただただ彼等に抵抗し、殺された父の遺体となった姿が目に焼き付いているだけだ。
その父を殺した剣術士が身に付けていた軍服の胸の部分に新欧州帝国の国旗が付けられていた。
メイは今になって思う。普通は隠すのではないか。素性がわかるものを身に付けるなんてあり得ないのではないか、と。
しかもメイとメイの母、エイラは何もされず、父だけを殺し、剣術士は去っていったのだ。そこも疑問を覚えている部分ではある。
まあ今となっては何を考えも意味はないが。
メイは戦争後、母エイラとともに新大和へと渡った。
間接的には敵国となるが、そういう敵に対する悪感情というのは一切なかった。もう一方の敵国であった欧州にはもちろん父を殺された強い恨みはある。それは今でも継続して持っている感情だ。
米国では同世代に敵なしだったメイも大和に来て愕然とした。
自分と同じレベルの剣術の使い手はごまんといた。ましてやそれ以上の剣術士も。
メイがそれまでいた場所は最高の環境ではなかった。それをすぐに覚った。
剣士養成学校東支部で頭角を現し、東の四天王の一人にまで数えられる実力者へと成長した。
そして今、彼女は遠征先で自身が勝てるかどうか分からないくらい強力な剣術士と相対している。
ギャラリーは大きな歓声に包まれている。
観客の視線の先には東の四天王の一人であるメイフォン レイフィールドと柊家の長女の柊 咲姫がいる。
睨み合うというよりも微笑み合っているように見えて、はたから見れば少し不気味な感じがする。
周囲の熱気とはまた別種の熱気が二人の間を交差する。
「東支部次鋒、メイフォン レイフィールド、北支部次鋒、柊 咲姫••••••両者前へ。」
審判を務める並木はメイと咲姫の様子を伺ってからスタートの合図をする。
「••••••では始め!!!」
並木の合図で二人は一斉に駆け出した。
先鋒の戦いとは違って、最初からギアを最大にしているようだ。
早めに決着するかもしれない。
両者の距離はおよそ三メートルほどにまで迫っていた。
どちらも異能剣技を使う様子は見受けられない。
まずは純粋な剣術の腕を比べようとしているのか。
タケルは二人の戦いに意識を集中した。
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「柊 咲姫の方は知っているのだけれど、メイフォン レイフィールドの方はあまりよく知らないわね。」
大天宮 花は少し首を傾げる。
「東の四天王と呼ばれる四人のうちの一人です。」
薫子の返答に花は苦笑する。
「ふふふ、それくらいは知っているわ。ただそれ以上は知らないの。あの子がどんな子なのか、ね。」
「失礼致しました。」
やはりというか、薫子は律儀に頭を下げる。花が知っていることを自らが告げたことに不敬の意識を感じてしまったのだ。
「いいの。それよりも薫子はあの子のことを知っている?」
「はい。メイフォン レイフィールド••••••元米国人で父はガルシア レイフィールド、元々米国のフィラデルフィア地区で刀剣製造の責任者をしていた男です。そして母はエイラ レイフィールド、結婚後は専業主婦としてメイフォンを育てていたようですが、独身の時は米国でも名高い剣術士だったという話です。父の方は既に亡くなり、母の方は存命です。」
「さすがよく調べてるわ。詳しいわね。」
「ありがとうございます。」
花の手放しの賞賛に顔色を変えることなく、薫子は頭を下げた。
「ということはあの子は米国に住んでいたということかしら?」
「はい、十年前までは。」
「十年前?」
花は今までに見せていなかった鋭い目つきでメイの姿を捉える。
背後に控える薫子は自らが知っている情報を淡々と言葉にする。
「三国戦争の影響らしいです。」
「三国戦争•••••••••フィラデルフィア地区•••そういうことね。でも何故大和へ来たのかしら。米国の他の地区に留まるという選択肢もあったように思うけど。」
「申し訳ございません。その部分は把握しておりません。」
「そう••••••まあいいわ。それにしてもこの試合、面白くなりそうね。」
「はい、かなりハイレベルな戦いになると思われます。」
花と薫子の二人は今まさに剣を合わせた二人をじっと見つめていた。
一方、当の本人であるメイは柊 咲姫と対峙して武者震いするほどに楽しみを感じていた。
普段は四天王である凌剣や優奈そして風間、四天王ではないにしても麗奈という存在もいて、強者に対しての欲求は満たされてはいる。しかし彼ら以外の実力者とは普通に生活していても出会うことはそうそうない。
ましてや東の四天王と呼ばれるほどのメイに突っかかってくる無謀な人間などいないのだ。
だからこそ楽しみであった。この遠征が。
北支部の実力者と剣を合わせるこの日を待ち望んでいた。
アルプスへ学徒兵団という形で出兵したが、そこまで満足できたわけではない。というよりも一対一での戦闘はそんなに多くはなかった。
血みどろなあの状況にもメイは心を病むことはなかった。まあそれは第一師団に属していた他の誰しもがそうなのだが。
今はそんな緊迫した状況ではなく、正式な試合としてこの場にいる。剣を手にしている。
それだけでメイは心が躍るようだった。
「楽しそうね、メイフォン レイフィールド。」
咲姫の問いかけにメイはニコッと笑顔を浮かべる。
「柊 咲姫、あなたは楽しくないの?」
「まさか。私も楽しくてうずうずしてるわ!」
咲姫の木刀は不規則なリズムで斬閃を刻む。メイは余裕のある動きで全てを受け止めた。
「そうこなくっちゃ!!!」
咲姫の返答にメイはより満面な笑みを浮かべた。
刀身強化すらも発動していない二人の壮絶なる攻防はその場にいる誰も目を離せないものだった。
まるで踊るように戦う姿、タケルには初めて見る剣術だった。
「麗奈の時と同じだ。そう簡単に終わらないね。」
仕方ないかとメイは心の中で呟き、咲姫から距離を取った。
念じると瞬時に木刀が光り輝いた。稲妻を纏う木刀は凄まじい高音を響かせている。
メイは雷系の異能剣技を得意としている。彼女曰く、ババババッ!ドドドドッ!って感じで強そうじゃん、とのことだ。
まさにその通りではある。雷系の異能剣技は非常に強力な部類に入る。使える人間も数少ない。メイのように十代で使う者など大和国内にもいるかどうか•••••••••
咲姫はそんなメイの行動を見ても異能剣技を使用する様子はない。
なめてかかっているわけではない。
柊家の剣術は属性を持つ異能剣技をほとんど使わない。もちろん使えないというわけではないが、流儀には反しているので使う機会はない。
本気を出そうとしているのは咲姫も同じだ。彼女の顔つきが鋭く変化する。
「行くよ•••••••••雷狼牙!!」
木刀から放たれた稲妻は数体の狼の形へと変貌し、咲姫へと襲い掛かる。
野生の生物として存在する狼と変わらない鳴き声を浮かべる雷狼は威嚇しながら咲姫の喉元へ迫る。
速い•••••••••!!!
咲姫は反射的に距離を取った。
生物を具現させる異能剣技は使用者の剣術のレベルが高ければ高いほど、鋭い動きを見せる。剣技者の力に起因するのだ。
雷狼は五匹。
どれかに意識を向けるのではない。
全てに意識を向けるのだ。そしてそれはメイフォンも含めた全てだ。
咲姫の剣術は複数の敵相手に力を発揮しやすい。
彼女自身もその自負があった。
咲姫は木刀の切っ先を前に突き出す。そのままの構えから瞬時に一歩、そして二歩目を踏み出した。
花が咲いた。花弁が一枚、二枚、三枚と開いていく。
その正体は超速の刀身分裂。
五匹の雷狼は一瞬にして、搔き消えてしまう。初見では何が起こったのか分からないと感じる者も多いだろう。幸運なことにメイは初見でも咲姫が何をしたのか理解はできた。理解したところで対策は何も思い付かなかったが。
「キタァーーー!!!蓮の花だ!!!」
北支部の生徒たちが目を輝かせた。おおおと沸く観客にタケルやエリーも圧倒されてしまう。
柊流異能剣技、蓮の花。
咲姫の十八番で使い勝手のいい剣技だ。尚且つ仕組みはそれほど難しいものじゃない。
ただ刀身分裂の速度は鍛えなければ、どうしても向上しないので、蓮の花の技自体を身に付けるにはかなりの時間を要する。
結果的に扱える人間は少ない。
「すごい••••••下手に接近したら今のでやられるかも。」
「メイフォン、来ないの?今ので終わりというわけではないでしょ?」
「うわぁ、挑発してくるなぁ。そう簡単にその手に乗ると思わないでよね。」
メイはぷいとそっぽを向く。
咲姫はそんな姿を表情を変えずに見つめている。
「なーんてね?その挑発に乗ってあげる。それが敗北に近づく一歩であり、勝利への近道でもあるから。」
メイは思い切り駆け出した。今出せる最高の速度。何も付与していない正真正銘の身体的な動きだ。
咲姫は疑問を覚えた。動きが直線的すぎる。こんなにも馬鹿正直に攻撃してくることがあるだろうか。何か裏があるのかもしれない。咲姫はメイの一挙手一投足から目を離さない。
雷の異能剣技は何よりも速い。そこが魅力の一つだ、相手に接近した上で雷撃を放てば、まず間違いなく命中するだろう。
しかし咲姫はその常識を打ち破りたい欲求に駆られた。
そして何よりも自分ならメイの雷撃を無力化できると確信していた。
まだ••••••まだ••••••
咲姫はメイの微かな動きも見逃していない。もうすぐそこまで迫っているメイは全くと言っていいほどに異能剣技を使用する気配がない。
気付けば咲姫の目の前にメイが••••••
木刀と木刀が打音を鳴らし、乱れ狂う。
咲姫は色々と考え過ぎた。こうしてくるだろうと思い込み、予想に対する準備しかしていなかった。予想が外れた際にどう動くか、という考えを持っていなかったのは反省点だと咲姫自身も後悔している。
その結果としてメイの荒ぶる木刀についていくのがやっと。いや、徐々に遅れてきた。
その時、メイが突然叫んだ。
「サンダーネット!!!」
細い糸のような稲妻が無数に結びつき、網のような形を構成し、投網のように対象者を捕縛しようとする。
咲姫はなんとかそのネットを躱すが、その動きでバランスを崩してしまった。
最初からサンダーネットで咲姫を捉えられるとは思っていなかったメイは流れるように三歩でトップスピード。そして両手持ちで木刀を横に一閃した。
防御が間に合わない咲姫はまともにメイの一撃を喰らい、吹き飛んで壁に激突した。
メイはハアハアと荒い息遣いで壁に激突した咲姫に視線を向けている。
ピクリとも動かない咲姫。
勝負あったかと息を呑む観客。
審判の並木が咲姫の意識の有無を確認しに行こうとした時、よろよろと咲姫は動き出した。無傷とまではいかないが、まだ動けるのは間違いないようだ。
メイは驚きよりも当然だろうという感情の方が強かった。
柊 咲姫は北支部の第二位だ。そして蝦夷治安部隊の隊長も務めているほどの周囲に認められた実力者。こんなところで負けられないという思いが彼女にはあるのだろう。
「大丈夫か?咲姫。」
「っ••••••••ええ、大丈夫です。まだ試合は続きますよ、並木教官。」
明らかに大丈夫ではないが、二本の足でしっかりと立った咲姫の表情はまだまだ闘争心を無くしていなかった。
それを見て並木は何も言わずに試合継続を決めた。
「今のを受けても立てるなんて、丈夫だね。」
「••••••柊家の稽古はもっとハードなの。」
メイと咲姫は笑い合っている。
やばい楽しい。
二人の共通した気持ち。
自分が負けるかもしれない強者と対峙した時の高揚感は本来の二人の力を発揮させる。
咲姫は全身の力を振り絞り、走り出す。体が軋むような痛みを頭の奥底に追いやって。
蓮の花は受けの異能剣技。咲姫は基本的にあまり自分から攻めることはしない。得意としているのは相手の攻撃を受け流す、または倍の力で返すことだ。
だが今は咲姫自身の攻撃パターンとは異なる、いわゆる咲姫らしくない剣術が行われている。
それも相手がメイフォン レイフィールドであるから。
咲姫は木刀で数回の斬閃を刻む。
それは一見すると不規則だが、しっかりと計算された斬撃。
メイは気付く。これは普通の攻撃ではないと。
柊 咲姫の攻めるための異能剣技だ。
「柊流異能剣技、残光ムカイバナ!!!」
咲姫が描いた花のような形の斬撃が固体の物質としてメイが防御態勢に入った木刀に直撃する。
「くっ•••••••••」
メイの顔は苦悶に満ちる。
重い。まるで大岩が迫ってきているようだ。このままでは押し負ける。メイは一瞬の間に念を込める。すると木刀に青白い稲妻が宿り、刀身強化を軽く超える威力を持つ木刀へと変化する。
「雷狂剣••••••属性系の付加型異能剣技の中では最上位の一つ。さすがはメイフォン レイフィールド。まあ驚きもしないけど。」
雷狂剣の攻撃力は咲姫が使える異能剣技の全てを凌駕している。純粋な力比べではまるで歯が立たないだろう。
(やはり真正面からは無理ね••••••)
自分の得意分野ではないにしても敵わないと理解してしまうのはやはり悔しい。
咲姫は柊家の人間としてまだまだ未熟だ。圧倒的に勝利する、それが父である茂春から幼い頃から言い付けられていること。
メイや同じ北支部の千秋を見ているとその父からの威令を守れていないと焦ってしまう。
他の第三者から見れば、咲姫は天才、最強。しかし彼女自身は劣等感に苛まれているのだ。どんな人物も悩みというのは本人にしか分からない。
木刀を合わせているとそんな咲姫の思いが伝わってくる。言葉を交わさなくてもその重みが。
雷狂剣を発動したメイの木刀が固形化した斬撃を打ち砕いた。
ガラスが割れるように粉々になる斬撃。
それを予想していたのか、咲姫は続けて異能剣技をお見舞いする。
「柊流異能剣技、喇叭水仙!!!」
斬撃の破片が舞い散る中から急に飛び出してきた一撃にメイは目を剥いた。防御態勢が間に合わない、そう悟った時にはもう目の前まで迫っていた。
雷を纏う斬撃がメイの腹部にまともに直撃した。咲姫が使える最速の剣技。
普通ならば立っていられないほどの衝撃のはずだが、雷系統だったためにメイは二本足で立っていた。しかしダメージは皆無ではない。メイは痛みを堪えるように全身に力を入れる。
立っているのもギリギリだ。息も荒く、今は木刀の重ささえもだるく感じる。
「そろそろ限界みたいね••••••お互い。」
「まだまだ!•••••••••って言いたいところだけど、否定しないよ••••••うん。」
咲姫もメイも体力の消耗が著しい。しかし二人共よく立っているものだ。タケルはその丈夫さに憧れるし、見習わなければならないと思う。
周囲の北支部の観客、またはそれ以外の人達も咲姫の応援を思わず忘れて目の前の戦いに見入ってしまっていた。
どちらが勝ってもおかしくない。総合的な力の差はほとんど無い。
「じゃあ••••••行くよ。」
まず動き出したのはメイ。
体力が尽きかけていると言っても移動速度は人並み外れている。人間離れした速さだ。
メイは先ほどと同じように雷狂剣を即座に発動した。雷を纏う木刀で攻勢をかけにいく。
咲姫は少しばかり後方に下がり、メイの様子を直前まで観察する。
メイの攻撃は割と予想通りの攻撃だ。動きも予想を逸脱したものではない。
やはり勝つ確率の高い正面突破で来る。咲姫はそう結論付けた。
「柊流異能剣技、蓮の花!!!」
咲姫の木刀が一瞬にして刀身分裂する。数は二本。二本分なので、さっきの五本分よりもずっと速く構成される。それはメイの計算を狂わせる。案の定、一本はメイに防御される、が•••••••••
しかしまだ二本目がある。
「これで、終わりよ!!!」
蓮の花の花弁の一つがメイに直撃した、ように思えた。
その直前に小規模の爆発が起きる。何が起きたのか、その場にいたほとんどの人間が分からなかった。タケルもエリーも亜由美も、そして審判の並木も、当事者である咲姫も。
ただ一人だけ正確に理解していたのは剣聖、大天宮 花だった。
「思ったよりも賢いわね、あの子。」
花の言葉を合図にしたかのごとく、爆発の際に生じた煙の中からメイが木刀を振りかざして現れた。そのまま咲姫を一刀両断するような勢いだ。
ただ咲姫にしたらその構えは隙だらけだった。
「甘い!!!」
咲姫は木刀で思いきり首元を突いた。
呼吸も出来なくなるくらいの痛みを伴うだろう、それを承知の上で狙った一撃だが、首元に木刀が触れた瞬間に咲姫は強い違和感を覚えた。
軽い。幻影に向かって攻撃しているような、現実感のない感触だ。
それもそのはず、次の瞬間には電撃が木刀を伝い、咲姫の体へと流れ込んでくる。
思わぬ極限の痛みと痺れ。声も出せない。
「•••••••••こ••••••れ、は•••••••••?」
いまだにモクモクと上る煙の中からメイがゆっくりと歩いて姿を現した。
さすがに咲姫も驚きを隠せない。しかし表情を変えることすらままならない。
「支倉流剣術異能剣技、伝雷人影。支倉 慎吾の十八番。私があの人に直接もらった剣技で唯一使える技。こんなところで役に立つなんて。」
メイは倒れ込む咲姫を見ながら小さく呟く。その時の瞳は何故だか悲しみに満ちていて、到底勝利者の目ではなかった。
誰にも見られていないその表情はすぐに消え去り、メイらしい明るい顔つきへと変わる。
一瞬の沈黙の後。
「勝者、メイフォン レイフィールド!!!」
並木の大声が響き渡る。審判をやっている彼も繰り広げられた戦いに胸を打たれたようだ。興奮を隠せていない。
咲姫は気絶している。メイも膝をついて肩で息をしている。満身創痍だ。
「勝ったね•••••••••」
誰かが呟く。たぶんエリーだと思う。
「うん、勝った•••••••」
タケルは現実感のない口調で返答する。
「やったぁ!勝ったぜぇ!まあ勝つと思ってたけどね!それにしても良い試合だったね!」
どこからともなく現れたのは葉山 里奈。さっき麗奈のところにいたのに戻ってきたらしい。こちらも興奮を抑えきれていない。
メイが勝利したことはもちろん、それに加えて面白いと思える接戦だったことが皆の興奮を倍増させているのだ。
「あんな試合がしてみたい••••••」
喧騒の中で発せられた亜由美の言葉をタケルは耳にした。
「できるさ、きっと。いつか。僕たちも。」
何も考えずにその言葉を口にした。
亜由美は驚いてタケルの方を見る。答えを求めての呟きではなかったのだろう。
しかし亜由美はタケルの顔をじっと見た後、小さく微笑んだ。
「するつもりだし。いつかじゃなくて近いうちに、ね。」
その強がりに見せた本気の言葉を聞いてタケルも笑う。
そしてこう返す。
「僕も、そのつもり。」
タケルの目の前ではメイが飛び跳ねて喜びを露わにしていた。




