北と東
剣士養成学校北支部の武道場は十箇所も存在する。これは東、西、南の支部の中でも最多である。学校の敷地は範囲が広すぎて移動するのも嫌になるほどだ。
ちなみに東支部の武道場は色で分けられているが、北支部は番号で分けられている。
なのではっきり言って覚えにくい。
タケルと亜由美とエリーの三人は第十の武道場へと足を運ぼうと考えた。入り口から最も遠い場所だ。そこへ向かうまでに多くの人々とすれ違うことになったが、そのほとんどが北支部の生徒達だった。彼らの表情や歩く姿が何故だか強そうに見えて、タケルは少々戸惑ってしまう。
混み合う中でようやく三人は武道場へと到着した。縦にも横にも広い。まるでコンサートが開かれるのではないかと思ってしまうほどに。
中に入ると予想通り多くの人で溢れ返っていた。まあそれでもなんとかして武道場のギャラリーに上がることができた。
ギャラリー自体も東支部とは比べものにならないほど広々としていた。
こういう場所で自分もやるんだと考えるとやはり緊張する。
「もうそろそろだね。」
「う、うん、そうだね。」
タケルはエリーのわくわくした様子を若干持て余しながら返事を返した。
何故タケル達はいち観客としてこの第十の武道場で試合を見ることにしたのか。
それはここで注目の試合が行われるからだ。
東支部一軍 VS 北支部ランキング一位~十位
一から十ある武道場の中で断トツに混み合う場所になるのは明白だ。
東支部一軍メンバー
先鋒 矢吹 麗奈
次鋒 メイフォン レイフィールド
中堅 風間 大五郎
副将 浅倉 優奈
大将 真田 凌剣
北支部メンバー
先鋒 二葉 和美
次鋒 柊 咲姫
中堅 仁科 トオル
副将 北山 千秋
大将 金重 宗一郎
今まで気が付かなかったが、上部に電光掲示板が備え付けてあり、そこに双方の先鋒から大将までの名前が映し出されている。
東支部にはこんなハイテクなものは置いていなかった。同じ養成学校であるにもかかわらず、何故こんなにも差が激しいのだろう。少し疑問だ。
「東支部は矢吹 麗奈••••••誰だ?四天王じゃないよな?」
「先鋒の人、知ってるか?」
「いや知らない。」
「東支部の生徒副代表の人だよ。どれくらい強いのかは知らないけど。」
周りから聞こえるのは東支部の先鋒、矢吹 麗奈についてだ。
東の四天王が目立ち過ぎて、麗奈の存在は一般的にあまり知られていない。
ただ東支部の者ならば彼女の存在が四天王に匹敵するということは理解している。
さっそく始まるようだ。観客は全員ギャラリーに上がったらしい。ざわざわと騒然とした雰囲気が場内を包んでいる。
審判を務めるのは北支部の教官の一人••••••
「私が今回審判を務める並木 忠義です。よろしくお願いします。」
審判が紹介を終えて次の事項に移ろうとした瞬間、タケルは武道場入り口から異様な空気を感じた。それはタケルだけでなく、その空間にいた全ての者が感じ取った。
「•••••••••ふふふ、申し訳ないですね。私も見学させていただきます。」
目を疑うほど、という月並みな言葉さえも似合わないくらいに容姿端麗な女性が入り口から現れた。同性、異性問わずに常人ならば絶対に見惚れてしまう。それも仕方ないと思えてしまう。それだけのある意味、破壊力があった。
「あ、あなたは••••••剣聖、大天宮 花、様?」
「ええ、お邪魔いたします。」
ニコッと笑う顔は心を鷲掴みにする。
「は、はひ。だ、誰か案内するんだ!それと支部長を呼んでこい!」
並木は慌ただしく、他の教官に命令を下した。
「突然訪問して申し訳ありません。気になったもので。」
「いえいえ!そんな!どうぞお好きなだけご覧になっていってください。」
「ふふ、ありがとう。」
花は巫女姿の連れの者を一人だけ連れていた。それは由良 薫子、花の側近で護衛だ。
彼女はゆっくりとした歩調でギャラリーへと上がった。
不思議と場内は静まり返っていた。言葉さえ出ないという者がほとんどで、未だに状況がよく分かっていないのだ。
並木は深呼吸をして一度落ち着きを取り戻す。
「•••••••••ではさっそく始めましょう。第一試合。東支部先鋒、矢吹 麗奈•••前へ。そして北支部先鋒、二葉 和美•••前へ。」
双方とも取り乱した様子もなく、見つめ合っている。
「和美先輩!!!頑張ってーーー!!!」
大声で叫ぶ北支部の生徒達も切り替えの早さは一級品だ。
「なかなか見れない剣聖が見れたのはラッキーだったね、うん。あなたはどう?」
和美は麗奈に友人のように喋りかけた。
「私は一般の人よりは慣れていると思います。友達の祖父が剣聖なので••••••」
「浅倉 優奈の祖父、浅倉 新左衛門ね?私も見てみたいな、ふふ。」
「•••••••••よろしくお願いします。」
麗奈は付き合うのが面倒だと思ったのか、話を継続する意思はないと態度で示した。麗奈らしいと言えば麗奈らしい。
「あ、よろしく。」
しかし和美はショックを受けた様子もなく、にこやかに頭を下げた。
それとほぼ同時に並木の声が響き渡る。
「では•••••••••始め!!!!」
その声と同時に二人は一斉に動き、出さなかった。
それどころか戦闘が始まったとは思えないくらいの落ち着いた様子で佇んでいる。
観客の方が熱量があり、少しちぐはぐな雰囲気に見えた。
「あれ?来ないの?」
「あなたこそ、来ないんですか?」
和美も麗奈も全く動こうとしない。
タケルの体感では数分間、そのままだったように思う。
ついに動き始めたのは二葉 和美の方だった。
「これじゃあいつまで経っても終わらないね。あまり先行するタイプじゃあないんだけどな。」
和美は木刀をゆっくりと構えた。その一連の流れはスムーズで淀みがない。
「火追閃。」
呟いたその言葉は誰の耳にも届かないくらい小さな声だった。
しかしそれとは裏腹に大規模な炎塊が突如として具現する。
観衆はおおおと唸り声を上げて、戦闘開始を喜んだ。
和美の目の前に広がった炎塊は徐々に形状を変えていき、まるで鉾のような形へと変貌した。
炎の鉾は凄まじい速さで麗奈へと迫る。
「我慢比べは私の勝ちということで。」
麗奈は木刀を平行に保ち、前へ突き出す。
麗奈がやったのはただそれだけ。
それだけなのに、炎の鉾は麗奈の前で砕け散った。
「へぇ••••••光波防壁か、凄いね。」
「じゃあ次は私の番ですね。」
麗奈は木刀を一振りした。
周囲に眩い光の球体が多数現れ、ふらふらと漂い始めた。
「行きましょうか。」
麗奈は全く表情を変えないまま、和美に向かって駆け出した。
すると周りを漂う光玉も主人を見失わないようについていく。
和美の木刀と麗奈の木刀がぶつかり合う。
力は拮抗。斬撃速度もほぼ変わらない。
ただ麗奈の周囲を漂う光玉が麗奈の援護をする。
それは小さな針状の形に変わり、和美に攻撃を始めた。
「うわ、こりゃあ厄介。光傀儡••••••つくづく光系統の異能剣技って感じね。」
光の針を躱しながら麗奈の木刀も注視しなければならない。和美にとっては不利な状況だ。ただ伊達に北支部の第三位に名を連ねているわけではない。
手数の足りなささえ埋めればいい。ならば••••••
「炎双剣。」
木刀が猛々しい炎に包まれた。そこから分離するように新たな炎剣が生成され、和美のもう一方の手に収まる。
「じゃあここからは本気で行くよ?」
麗奈は刀身強化で炎双剣を防ごうと試みるが、思ったようにはいかない。威力が段違いに高いため、一撃受けるだけでも手が痺れる。加えて二振りの剣なので攻撃回数も先程とはえらい違いだ。
麗奈は防戦一方、いや突如として敗戦の危機を迎えていた。
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「異能剣技の応酬••••••凄いね。」
エリーは目を輝かせて戦況を見つめている。
「でも麗奈先輩、ギリギリだよ。押し切られるのも時間の問題••••••」
「うん、そうだね。大丈夫かな。」
亜由美の懸念にタケルも同意する。
ギャラリーにいる麗奈を応援していた者たちの中で諦めの雰囲気が漂い始めた。
「そんなことないよ。」
「葉山先輩?」
里奈はニコッと笑いながらタケルの頭を乱雑に撫でた。
「久しぶり!ってほどでもないかな?タケル〜出世したねぇ。」
「出世って••••••何も変わってないですよ。」
「いやいや、あんたがここにいるってことがまさに凄いことでしょ。優奈先輩の居候さん。」
まだ根に持ってる。居候していることを知った時の里奈の乱れようは忘れられない。
里奈は満足したのか、戦闘に目を向ける。彼女も一軍のメンバーの一人だが、今回は補欠という形になっている。
「麗奈先輩は生徒副代表なのは知ってるよね?」
「はい。」
「疑問に思ったことはない?何で四天王の一人でもない人が生徒副代表なのかって。」
言われてみれば確かに少しだけ疑問に思う。普通は優奈やメイフォン、風間の誰かが選ばれそうなものだ。
里奈は言葉を待たずに続きを話し始める。
「麗奈先輩は東支部•••いや全養成学校で最も知能が高いの。」
「え?東支部だけじゃなくて東西南北全ての中で、ですか?」
エリーもこの話題に興味津々だ。
「そうよ。だからこそ麗奈先輩は先の先を読んでる。あの人が負けたところは見たことない。焦ってるところさえもね。」
タケルは試合真っ最中の麗奈の顔を見る。
確かに焦りの表情は見られない。試合かま始まる前と変わらない無表情でギリギリ攻撃を受け切っている。
「ま、見てなって。」
そう言った里奈自身も何が見れるのかなと楽しんだ様子で麗奈に視線を向けた。
大天宮 花も興味深げな視線を麗奈に向けている。
「あの子、何かやりそうね。」
「矢吹 麗奈の方ですか?」
「ええ、まあ見てなさい、薫子。あなたも学ぶことがあるかもしれないわ。」
「はい、承知しました。」
薫子は深く頭を下げた。
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(やはり北支部の第三位••••••素晴らしい実力ですね。)
麗奈は確かに追い込まれていた。心情的な部分ではなく、現在の状況のみを俯瞰から見て、麗奈自身もそう思う。
もちろん手を抜いているわけではない。二葉 和美の実力は麗奈の剣術をも圧倒するほどだ。
ただ殺し合いを含めた戦いというものは純粋な剣術や体術だけで決まるわけではない。
知能という部分も大きく影響してくる。
麗奈は勝ちたいという意欲を誰よりも強く持っているわけではない。ただ、やはりやるからには勝利というものを目指して戦う。これが本物の殺し合いならば敗戦とは死を意味するのだ。
それを意識して試合をしなければならない。
里奈の言うように麗奈は養成学校に入って負けたことがない。かといって全勝しているわけでもない。東の四天王の四人にはいつも引き分けている。
彼女にとって相手の動きを予測することは難しいことではないが、四人の動きは他の生徒達と違って予測できても全てを対処することはできない。結果として勝負が付かずに終わってしまうのだ。
今、目の前にいる二葉 和美も四人の動きに似ている。全てを対処することはできない。引き分けの文字が麗奈の頭を掠める。
(ここを乗り越えなければ四人には一生勝てないかもしれないですね••••••)
四天王と呼ばれる同級生達と自らが同列だと思ったことは一度もない。しかし同列に並べて評価してくれる人も中にいる。そのような人達にみっともないところは見せられない。それはもちろん四天王の四人にも。
無表情だった麗奈の顔に初めて感情が現れる。フッと小さく笑った麗奈の変化を和美も敏感に悟った。
警戒感を露わにした和美の動きを読み、麗奈は刀身分裂を繰り出す。速度重視のため、分裂数は二本。警戒していた分、防御の意識が和美にはあった。なので刀身分裂の対処は完璧だった。
それは麗奈の読み通り。和美が完全に防ぎきれる程度の攻撃回数と攻撃位置を即座に判断した。
そのお陰で和美の心のどこかで防ぎきれた!という驕りが生まれ、それは隙という芽を息吹く。
心の問題は直接的に体へと伝わる。
和美は上部へと意識を向けていなかった。いや意識を向けることが出来なかった。
武道場の天井近くに光玉が数個集まっている。それは徐々に肥大していた。戦闘中に麗奈が光傀儡を使用してからずっと天井近くにこの光玉は存在した。それから徐々に力を蓄えていたのだ。
和美が天井を見上げた瞬間、目を開けられないほどのフラッシュが場内を包み込む。
蓄えられたエネルギーの大放射。
光が生まれるということは、その反面、影が生まれやすい。
そして麗奈は光の異能剣技の他に得意とする異能剣技がある。それが••••••影の異能剣技。
「黒影連鎖。」
和美の手足、そして首に影の鎖が巻かれ、彼女は拘束状態に陥った。
目を開けれる状態になった時、もう首元には麗奈の木刀が迫っていた。ほんの数ミリのところで止まっている。
「私の勝ち、ですね。」
体が全く動かない。抜け出せない。和美は諦めたように苦笑する。
「ふ、降参よ、降参。これはどうやっても勝てないわ。」
審判をしていた並木も驚きを隠せないようだ。
「二葉、お前••••••」
彼等にとっては二葉 和美は支部内ナンバー3。憧れるほどに強い。そう思われる人物だ。この反応も当たり前だろう。
「教官••••••もうお手上げ。この体勢じゃあ何にも出来ないわ。」
光が強いほどに影も強くなる。黒影連鎖の拘束力もおのずと上昇する。
並木は片方の手を挙げて、大声で叫んだ。
「勝者、矢吹 麗奈!!!!」
二人の戦いに見入っていた観客は勝者が決定した瞬間、時が止まったように誰も動かなかった。徐々に状況を理解し、疎らな拍手が起こり始める。
それからすぐに割れんばかりの拍手に変わり、場内には大きな歓声に包まれた。
「うわぁ〜、久しぶりに負けた。強いねぇ、やっぱり。」
「それはこちらのセリフですよ。あなたも相当な実力者ですね。私が今回勝てたのもたまたまです。」
「まあ今度やる時は負けないよ。」
和美と麗奈は共に微笑を浮かべて、握手を交わした。
タケルはその光景を見ながら心の芯の部分が熱くなるのを感じた。
「ほらね。麗奈先輩が負けるところなんて想像できないもん。」
里奈は誇らしげに胸を張ると、ギャラリーから下りて、麗奈を迎えた。
さすがです!と里奈が麗奈に言葉を掛けている姿を横目にタケルは電光掲示板に視線を向けた。
「次はメイフォン レイフィールドと柊 咲姫。ん、柊?柊って••••••」
タケルの疑問にエリーは大きく頷いた。
「うん、関東最大の剣術の名家だね。」
「関東の柊、関西の羽柴。この場にその直系がどちらもいるって何気にすごい気がするね••••••」
亜由美にしては珍しく、和美と麗奈の試合の間中ずっと静かだった。そこはタケルにも少し疑問だった。ただ何やら戦いたくてうずうずしているのが原因だったらしく、彼女らしいなと思い直した。
「••••••メイ先輩大丈夫かなぁ。」
エリーの呟きに答える者はいない。柊の名がどれほど大和国内で有名なのか皆理解しているのだ。その壁は限りなく高いと言える。
次鋒の二人が武道場の中心で相対する。
その時の歓声はまたも大きなものだった。




