ブラストコーポレーション4
今タケルの目の前には正座をした安藤がいる。大輔に拳骨をもらって、説教をされている姿はあまり正視してはいけない気がして、タケルはよく分からない方向を見ていた。
「お前が守られてどうする!何のための剣警局だ!」
大輔の口撃はいまだ続いている。安藤は頻りにすいません、すいませんと連呼している。その姿には目も暮れずに他の剣警局員は大輔が打ちのめした研究員の生き残りを縛り上げて、連行している。皆どこかしらから血を流して、ふらふらな状態だ。
今研究所には常葉 達郎が潜伏している。ブラストコーポレーションの社長で剣警局が狙っている人物でもある。
そんな彼からタケルが聞いたのは研究所に存在する研究資料を全て焼却すること、そして研究所自体を破壊すること。その内容を大輔に伝えると彼は真剣な表情で考え込んだ。
「それを本当にやるとするなら、なかなか大胆な男だな。」
満身創痍の安藤を車で休ませてから数人の局員を連れて大輔は研究所に入っていく。タケルと瑠璃もその後ろをついていった。一度研究所全域をまわったので二人は道案内の役でもある。
ほとんどの研究員は大輔が始末したため、研究所はやたらと静かだった。タケルたちが最初にここに入った時も研究員と一度も遭遇しなかった。それなのに何故あんなにも大勢の研究員がいたのか。タケルには凄く疑問だった。
大輔たちは一つ一つの部屋をまわっていく。見たこともないような研究装置や大多数のパソコンに圧倒される。他にも人間の腕がガラス容器に保存されている状況は異様で不気味なものだった。普通じゃない。それはタケルが最初に見た時から変わらない印象。そしてこの研究所があってはならない施設なのだと心に刻み込まれるような光景だった。
研究所の部屋を全てまわり終えた。常葉 達郎の姿はどこにもなかった。何故いないのだろう。自分が見たのは常葉 達郎ではなかったのか、そう思ってしまうほどタケルの頭はパンクしそうだった。確かに一人の男が常葉社長と言っていたし、リラも社長直々と言っていた。この研究所には外に抜ける裏口があるのだろうか。というよりもそれしか考えられないような気がした。
「大輔さん、ここにはいないんじゃないですかね。」
一人の局員がそう言った。
俺もそう思うと同調する声が次々と挙がる。大輔にその声は聞こえていないらしく、一人で黙々と考えていた。
「••••••よし、少し考えがある。お前ら少し下がれ。」
その言葉の意味がよく分からなかったが、タケルたちは大輔から距離を置く。何をする気だろう。あまり良い予感はしなかった。
「地上にいないってことは••••••ここにいるんじゃねえか?」
そう言って大輔は腰の刀を抜き、思いきり床に叩き込んだ。そしてニヤッと笑みを浮かべる。
「爆炎剣!」
赤く燃ゆる炎が大輔の周囲の床を包み込む。激しい爆音とともに床が抜け、崩れ去った。大穴が開いて、大輔はそのまま下へと落ちていった。
「大輔さん、大丈夫ですか!」
「ああ、もちろん。それよりも見てみろ。地下室だ。」
大輔が言うように地下には空間が広がっていた。このような方法で地下空間を見つけた人間はいないだろうなとタケルは思った。
タケルや瑠璃も大輔が開けた穴から飛び降りる。
地下室の空気は冷たく、淀んでいた。決して汚いというわけではないが、長時間はいたくないと思う場所だった。
机や椅子が綺麗に並べられていて、この部屋はおそらく会議室だろう。少し埃も溜まっているようだ。ここはあまり使われていないのかも知れない。
部屋に唯一あった扉を大輔が躊躇なく蹴り開けると、その先には迷路のような廊下が続いていた。
「こりゃあ迷うな••••••」
それは全員が共通して思ったことだった。複雑すぎて、設計した人間はどういうつもりだったのか、知りたくなるくらいだった。
それでも進まないという選択肢はない。
少し悩みながらもよし、こっちだと大輔が言うことに誰も反対することなく、進んでいく。
運任せで道を決める。それしか方法がない。
ただそれは結果的に彼らを目的地へと誘う道だった。
細い廊下の行き止まりにはまたも扉があった。大輔が先程と同じように扉を蹴り開けた。あまりにも大きな音でタケルは少しびっくりした。
目の前には広々とした空間。本やら資料やらが乱雑に置かれているのがまず目に入った。
黙々と作業している研究員が一斉にこちらを振り向いた。それもそうだろう、あんなにも大きな音だったのだから。
決意を固め、タケルを含めた全員が刀を抜く。
「手を止めろ。さもなくば貴様らの血が冷たい床にぶちまけられることになるぞ。」
急な展開に研究員たちは戸惑いながらも作業の手を止めた。
「まだこんなにいたんですね。」
タケルが想像していた以上の研究員の数。やはりブラストの研究部門の規模はかなりの大きさらしい。
「まぁ、想定内だ。外にいた奴らだけだとは元から思っていないからな。」
大輔はゆっくりと歩き始めて、研究員に近付いていく。すると奥から笑い声が。
「はっはっはっ、まさかこんなにも早くこの地下が見つかるとはな。」
大輔の視線の先に現れたのは常葉 達郎。
「隠し階段の存在に気がついたか?」
「何だそれは?俺はただ床をぶち壊しただけだ。」
達郎も地下を発見した手段がそのような乱暴なものだとは思っていなかったようで、少し驚いた顔をした。ただすぐに微笑む。
「これはなかなか••••••芝山の後継者は破天荒な餓鬼らしいな。」
「ふ、局長の後継者になんかなりたくもないね。」
大輔は本当に嫌そうな表情で言った。芝山の嫌悪感というわけではなく、自らが組織の上に立つという野心が彼にはそもそも一ミリも存在していなかった。
「そうなのか?まぁ、そんなことはいいか。それでこれから私たちをどうするつもりだ?」
まるでこの状況を楽しんでいるかのように達郎は何の危機感も感じていないようだ。
「やけに余裕だな、何かこの状況を打開する名案でもあるのか?」
「いやいや、諦めの境地というやつだな。もう何をしても私が捕まるのは目に見ている。」
達郎は大輔の目の前まで歩いていき、両腕を前に出した。
「何の真似だ?」
「諦めたと言っただろう?剣警局に連行しないのか?」
「その潔さが怪しいが••••まぁ、いい。戦闘の準備は整っていたんだがな。」
大輔は達郎の両腕に手錠をかける。背後にいるタケルは一瞬の気も抜いていなかった。呆気なく達郎の捕縛に成功し、次第に芝山をはじめとした剣警局員が研究所に到着し、次々とその場にいた研究員を連行していく。
「無意味な逃走劇だったな、常葉 達郎。」
芝山が達郎に向けて言った。
「何もかもが上手くはいかないものだな、芝山。」
達郎はふっと小さく笑みを浮かべたが、それがどんな意味を含んだ表情なのかは芝山でも判断できなかった。
ただ何か企みがあると想定していた方が今後は動きやすいだろう。剣警局としても注意しなくてはと心に決めた。
地上へと戻ったのは夜が明け始めた時間帯だった。薄暗い外の世界が視界に飛び込むことでそれに気付く。タケルは大きく伸びをする。今までで一番気持ちの良い伸びのような気がした。
タケルの視線の先には連行される達郎の姿。彼は後部座席に座らされ、大輔や芝山とともに研究所を後にした。
「最後は呆気なかったね。」
タケルの隣に瑠璃が立ち、感想を述べる。おおむねタケルも同じ気持ちだった。もっと抵抗すると思っていた。そのための心の準備も戦闘準備も自分なりに整えていたつもりだった。だからこそ終わりに消化不良を感じてしまったのかもしれない。もちろん何も起こらないのが良いことに変わりはないが。
タケルと瑠璃は安藤が運転する車で剣警局本部へと帰還した。達郎の話を聞くという名目で取り調べを行うために。
本部の玄関をくぐるとロビーには見慣れない黒服の老人と肩まで伸びた黒髪が美しい女性がいた。老人は年齢には不釣り合いな強靭な肉体をしている。そして女性は優美で凛々しく、両の眼からは芯の強さを感じる。
「これはこれは••••••大和政府の軍政大臣と外務大臣がお揃いで。」
タケルには達郎の言葉が一瞬何を言っているのか理解できなかった。軍政大臣?外務大臣?この二人が?まさか。何でこんなところにそんな偉い人がいるのか。
「どういう用件かな?」
その場を代表して芝山が一歩前に出た。芝山にとっても彼らの存在が本部にいることは寝耳に水だった。普通に過ごしていれば芝山でさえ会うことのない政府の重鎮だ。
「まずは自己紹介させて下さい。私は桜田詩織と申します。そしてこちらのお方が倉 蓮三郎様です。」
「まぁ、あんたらのことを知らない奴はいないだろうな。」
詩織は気を取り直して用件を述べる。
「私たちがここに来たのはその男、常葉 達郎の身柄の引き渡しのためです。」
「それは、どういうことだ?」
「言葉通りの意味です。彼の身柄は政府がお預かりします。」
「そんなことがまかり通ると思うなよ。」
大輔がイライラした様子で二人に詰め寄る。それを制して芝山が冷静に返答する。
「剣警局は政府の介入を受けない。俺たちがそういう馬鹿な連中だってことはあなたたちも知っているでしょう?」
それまで黙っていた黒服の老人が咳を一つしてから喋り始めた。
「なかなか威勢の良い奴らだ、面白い。だが、この決定は山倉の許可も得ている。それがどういうことか分かるな?」
歴戦の死闘を潜り抜けてきたことを感じさせる双眸を見るだけでタケルの背中に冷たい汗が流れる。凄まじい重圧感だ。
「あのクソジジイ••••••」
大輔は小声で山倉を罵る。確か山倉というのは会議室の肖像画で描かれていた人だ。山倉 茂光。剣警局の特別顧問という肩書きだったはずだ。
「剣警局の存続という面でも大人しくしておいた方がいい。これはそういう問題だ。」
そのまま本部を後にした蓮三郎の後ろ姿を剣警局の面々は強烈な目線で睨みつけていた。
「申し訳ありません。これは大元帥の命でもありますので。」
詩織はそう言って達郎の身柄を受け取った。
「桜田さんよ、このブラストの一件には剣警局を支援している企業も関わってるってことなんだろ?」
大輔がロビーに置いてあるソファに乱暴に腰掛けた。
「そうですね。そういう理解の仕方で大丈夫だと思います。」
では失礼しますと言って詩織はその場を去っていく。
無力感だけが残された剣警局本部。彼らの領分ではない場所で巨大な権力どうしの争いがあるのだろう。
「剣警局には支援してくれる企業があるんですか?」
タケルは純粋な疑問を口にした。
「ああ、剣警局は国によって運営されているわけじゃないからな。どうしても資金的にやっていくのは難しいんだ。刀や制服も全て援助してもらっている状態だ。」
言われてみればそうだ。国とは異なる機関として剣警局は存在している。サポートしてくれる何かがあると考えるのが普通だろう。
「その企業が関わってるということを弱みに常葉 達郎の身柄を引き渡すように政府が要請してきたってことですね。」
「そういうことだね。これは思ってもみない展開だ。」
何かモヤモヤした気分を引きずりながらタケルは帰路につくことになった。もうすっかり朝だ。剣警局本部から出ると瑠璃が外に立っていた。
「あ、タケル。お疲れ。」
「うん、瑠璃もね。これからどうするの?」
「私は伊達地帯に住んでいるから今日家に帰るのは難しいけど、お世話になっている人がこの近くに住んでいるからその人のとこに行こうと思う。」
「じゃあしばらくはここにいるんだね。」
「うん、そうだね。それにまだブラストの件が終わったわけじゃないしね。」
全てを見届けないと終われない。そして北辰道場の門下生たちがどうなったのか、その行方もまだ分かっていないのだ。
瑠璃は感謝の言葉を述べて、またねと手を振り、去っていく。
明朝の鳥のさえずりが優しく鼓膜を揺らす。タケルは一度大きく深呼吸をして、歩き出す。ここから養成学校の寮まではかなりの距離だ。すぐに歩みを止めた。どっと眠気に襲われる。密度の濃い一日でずっと気を張っていたからだろう。
タケルは安藤に送ってもらえるか頼むためにまた剣警局の敷居を跨いだ。




