剣 聖 & 剣士養成学校
先程と同じ屋敷の食事処へと戻ってきたタケルは暇だった。
優奈と梶田の二人は朝稽古をしていたために朝の食事を摂っていなかったので、今現在、食事中である。
タケルは先程済ませた。今は尋奈が入れてくれた熱々のコーヒーを飲みながら時間を持て余していた。
大画面のテレビにはアイドル剣術士という特集が組まれて、さまざまな大和の美剣士が紹介されている。
優雅で、とか華麗な、とかテレビの中の男性が興奮したように話している。専門家なのだろうか。だとしたらいろいろな専門があるんだなと呑気にそんなことを考えていた。
「あ、新左衛門様だ。」
米を大きい口で吸い込みながら梶田はテレビを凝視している。
いつの間にかアイドル剣術士の特集は終わっていて、確かにタケルが昨日会った浅倉新左衛門、優奈の祖父の顔がそこにはあった。
「何の特集ですか?」
「そりゃあ、剣聖の特集だろう。」
「鶴来くんに剣聖は説明しましたよね。」
「はい!昨日教えてもらいました。」
「お前、それまで剣聖知らなかったのか?」
梶田は前のめりになって、驚愕した表情を浮かべる。やっぱり剣聖を知らないことは普通ではないみたいだ。
「鶴来くんは蝦夷の山奥出身らしくて、あまり世間のことに詳しくないみたいなんです。」
「へぇ~、蝦夷出身なのか。まぁ、確かにあそこはただでさえ内地と格別しているもんな。」
梶田は納得顔を浮かべる反面、タケルはその発言に首を傾げていた。
そこから梶田の講義が始まった。剣聖はこの新大和帝国を代表する剣術士のことで選ばれることになれば世界でも有名な剣術士になることができるらしい。
そして今、この国には七人の剣聖がいる。
白刃の鬼、浅倉 新左衛門。
銀閃の剣豪、ノーブル。
剣衛隊総隊長、桐原 武人。
太閤、羽柴 龍斬。
月影の刀姫、響 風音。
桜の女王、大天宮 花。
鬼神、武蔵。
以上の七人がこの国で最強の剣術士たちだと梶田は熱弁してくれたが、その中にも知らない単語が山のように出てきて、頭がパンクしそうになった。
昨日会ったあの人が大和最強の剣術士の一人だということだ。七人しかいないという事実を聞いて、こんな近くに剣聖がいるという現実があまり受け入れられない。想像ができない。
あの優しげなお爺さんが「白刃の鬼」の二つ名で呼ばれる最強の一角だということが。
梶田の話は続く。
剣聖は五百年前、世界各地で巻き起こった刀剣革命を発端として、大和政府が独自に選び出したのが始まりらしい。
刀剣革命が起こる前は銃火器や爆撃などの飛び道具で戦争や紛争が行われていて、刀や剣、サーベル、ナイフなどの刃物は時代遅れの産物として忘れ去られていた。
しかし、突如として刀剣は脚光を浴びることになる。
黒服の謎の男が世界各地に現れ、神の使者を自称し、「争いに銃火器を使用するな。さもなければ天罰が下る。」という言葉だけを残して霧のように消えたという。
もちろんそんな誰とも知らない男の言葉を聞く者など皆無だった。国と国の争いで銃火器は人間の体に穴を穿ち、爆弾は大地に穴を穿った。
それから世界中で神の目撃情報が増え始めた。
その直後、世界の全ての銃火器、爆弾は使用できなくなったという。
撃とうとすれば持ち主のもとで銃火器も爆弾も爆発する。
何故だかはわからない。この世界の誰にも理解できない事象だった。
理由を解明できないまま、時は流れた。たとえ銃や爆弾を使えなくなったとしても、人間の争いが無くなることは決してない。
だからこそ人間は銃を忘れ去り、剣を握ったのだ。
そういう事情から新大和帝国は国を代表する剣術士である剣聖を選び、国力の底上げを図った、というわけだ。
「いまだにわかっていないんですか?」
タケルの質問は省略しすぎていた。
「何が?」
話が一段落して、梶田はお茶を美味そうに啜っていた。
いつの間にか料理ではなく、優奈と梶田の二人の目の前には湯気を立てているお茶が置いてあるのだ。
「えっと、銃や爆弾が使えなくなったことは今の最先端技術でもわからないんですか?」
「ああ、それか。現在の技術でも全くわからないらしい。研究は続けているようだが、成果は上がっていないようだ。」
銃火器を特殊な部屋に配置し、自動で発砲させる。そして銃身が爆破する様子を様々な方向に付けられたモニターやセンサーで観察し、音波や熱の感知などの変化を確認する。
それでも未だにどのような現象が起きているのか、わかっていないのだ。
「鶴来くんは世界聖法を知っていますか?」
優奈が唐突に言ったその言葉。
タケルはその内容に聞き覚えがあるような、ないような不思議な感覚がしたが、詳しくは知らない。世界聖法という言葉だけ頭の中に残っている感じだ。
世界聖法は刀剣革命が起きてから成立したこれからの世界の基準となるもの。
世界の誰もが従わなければならない秩序。
神の寵愛を受けたと言われている四人の神官を革命後に初開催となった世界会議に出席させ、世界の代表者たちとともに世界聖法なる法を丸一年をかけて定めた。
銃火器や爆弾の使用の全面禁止、刀剣類の産業復活など今までの軍事行動が百八十度変わった。
新大和帝国は従来の戦争よりも刀剣での戦争の方が得意だった。得意というには国の状況がガラッと変わりすぎた。大和は世界の大国を合わせてもトップクラスの軍事力を持つことになった。
そうなれば世界のバランスが大きく変わる。
米国や亜細亜帝国の衰退が始まり、新大和や新欧州の力が拡大し、二大軍事国となった。
そのまま二国の軍事バランスは続いていたが、十年前に勃発した新大和、新欧州、オーストラリア帝国が争った三国戦争でそのバランスは一気に崩れる。
新欧州が完全勝利を収めたのだ。
新大和は数々の歴戦の剣術士を失い、大損害をもたらした。
オーストラリア帝国に至っては謎の大斬撃により大陸を二分され、そのために以前から悪化していた国内状況は目を当てられないものになってしまい、東西に国が分かれてしまうという惨劇が起こったのだ。
優奈は目を瞑りながら語っていた。
その内容にタケルは耳を傾けていた。いつの間にか世界の歴史話になっていたが、それも気にならないほどタケルはその話に興味を持っていたようだ。
世界聖法がこの新大和帝国の転機になったのは間違いない。それが無ければ、世界の中でも今のような発言力は持っていなかっただろう。
「いや~改めて考えてみると、この国も幸運だったよな。」
梶田はお茶を音を立てて啜っているが、その姿が風情があるように見えるのはタケルの見間違いということにしよう。
「はい。銃火器の製造は他国と比べてもそれほど変わらなかったんですが、練度が低かったことが弱兵であった原因だと言われています。」
「それは••••••剣士養成学校で学ぶんですか?」
「いえ、基本的には養成学校に座学はありません。」
「まぁ、ほとんどが実習の学校ってことだ。」
ということは優奈は世界の歴史を独学で学んだということだろう。
しかし、それほど意外なことではない。浅倉流は大和でも非常に有名であり、国内を代表するお嬢様であるため、それに見合った教育を施されている。
「鶴来くん。」
自分の世界に入って、黙考していたタケルはその言葉に顔を上げた。
優奈は深呼吸を一つした。
「••••••剣士養成学校に入りませんか?」
「へ?」
いきなりのことにポカンとした表情を浮かべた。
「すいません。急な話でしたね••••••でも、興味ありませんか?」
「それは••••••」
タケルの視線は一点だけをじっと見ている。
「興味は、あります。剣術が••••何故だか好きなんです。」
昨日木刀を握った瞬間、不思議と安らぎに似た感覚が襲ってきた。自分は剣術をするために生まれてきたのではないかと大げさながらそう思った。
「では、どうですか?養成学校に入りませんか?もっと剣術の世界に触れることができますよ。」
「でも、入学するには入学金が必要ですよね?それに試験もあるんでしょうし••••••」
タケルの不安は最もだった。
「それに関しては大丈夫ですよ。試験で上位に入れば、入学金は免除ですからね。」
剣士養成学校には毎年二百人前後の入学者がいるが、その三分の二が入学金を収めることになっている。
剣士養成学校に入るには入学金が必要であり、莫大な入学金は主に稽古刀の仕入れや損壊した道場の修理費に充てられる。
試験は人形を使用した対戦形式で行われる。
人形とは科学や異能の力を用いて作り出した試験用剣術擬人間。数百年前にもはや開発されていたと言われている考古遺物である。今は世界中で多くの人形研究が行われていて、その分野では米国が頭一つ抜きに出ていると言われている。
その人形と入学希望者が対戦して打ち負かすまでの時間で試験の点数に換算し、上位、中位、下位を決定する。下位にも入れない者は試験に落ちることになる。だが、それは年に数名しかいない。
そして二百人以上いる中で上位に入った約五十人は入学金が免除されるのだ。
「でも試験で上位になんて入れないですよ。」
「何言ってんだ!ここをどこだと思ってる。新大和帝国無形文化遺産浅倉流の本家だぞ。」
梶田は乱雑な勢いでタケルの肩に手を回した。
「そうですよ。大丈夫です。鶴来くんの剣術の才能なら、短期間で試験で上位に入ることができると思います。」
コホンと一度話を止めて、
「剣士養成学校東支部三年、浅倉優奈として正式にお尋ねします。剣士養成学校東支部の入学試験を受けませんか?」」
華のような美しい優奈の笑顔に否応なく見惚れてしまい、タケルは頬を赤らめながら自然と頷いた。
「••••••はい!受けてみたいです!」
現在、三月で養成学校は春休みの期間に入っている。四月一日に入学試験があり、四月五日に結果発表が控えている。そうなれば今から三週間ほどの時間しかないことになる。
それまで優奈に直接手解きを受けることになったのはタケルにとっては非常にありがたいことだった。
優奈が用事のある時は梶田が稽古をつけてくれるらしい。タケルは感謝の言葉を述べたが、まだ俺は何もしていないぞと豪快に笑いながら梶田は言う。
秒針の音を奏でている柱時計は気付けば十時を過ぎている。思った以上に長い間話していたようだ。
優奈と梶田は今日からタケルの稽古をしようと決め、第三道場で汗を流した。